50.平和な道中
最初の街は結局3日程滞在し、その間は平和を字に書いた日々だった。
軍との訓練試合は後程、丁度町と町の距離がある区画で長い野営を行う予定があるため、そこで行う事が決まった。
これは毎年行っている事で、去年と一昨年はリリアの訓練試合でクロッサとデンドンがかなり空を舞ったらしい。今年はその代わりにハジメとアマラが訓練試合をする、と言う形だ。
そのため今の生活には全く影響もなく、まだ慣れない日々を過ごしていく、
ハジメがやったのは初日の繰り返し、荷を運び、降ろし、渡す。剛力が2人居るから普段よりもスムーズに行えるから凄く助かった、と依頼者は喜んでいた。
そのまま商売を終えると、街を出る。こうやって荷を入れ替えとっかえ商売をしていく。
ギルドはそのフォローや空いた時間にその町のギルドに行き、状況確認や依頼が溜まっているようなら手伝い。大丈夫そうなら採集等の常時依頼を行い、常備品の補充を行う。
軍は滞在部隊との合同訓練や警護協力。場合によっては、街の外に出て見回りなども行う。
この繰り返しで、特別な事を行うと言う事は無かった。
そのため初参加のメンバーも10日もすると慣れてきて、適度な緊張を保ちながら適切に仕事を行う。元々が優秀なメンバーを集めているため、慣れてしまえば普段通りになっていく。
それは実力と平和の積み重ねとなり、出来る事と信頼が上がっていった。
王都を出てそのまま20日近くが経った。特別な事は何も起きず、最初の街の繰り返しのように生活になっていた。
野営と街の違いはあるものの大きな違いはなく、夜の見張りなどで不定期な生活は冒険者として慣れているハジメ達には日常茶飯事だった。
それでも移動中に何度か魔物を発見することはある。しかし参加している冒険者はアマラが低ランクに見える程の高ランク揃い。最低ランクのハジメさえも経験もしっかりと積んだことで、最近は実力詐欺扱いとされてきている。
ハジメ達が低ランクになってしまうギルドメンバーにとってはFランク相当やEランク相当程度では話にならず、散歩のノリで休憩時間の間にちょっと狩ってくる、で済んでしまう。
しかも町中ではハジメやアマラがメインになるため、「道中ぐらい俺たちがやるよ」と男性陣がさっさと行ってしまった。
「ここまで平和な旅程になるとは思わなかった」
「……今が平和じゃないの」
ハジメが今までの記憶を掘り起こしながら現実逃避をすると、アスティアが突っ伏しながら文句をぶつけた。
ここは王都から出て4つ目の街、モナルダのギルド。応接間の1室を借りて帳簿とにらめっこしていた。
「大丈夫、だよ。そろそろ、終わる、から」
「……本当、ラナラスのおかげだよ」
ラナラスがどんどんと帳簿確認を終わらせていくので、リリアが本当に助かったと言わんばかりに苦笑いを浮かべる。
現在、4人はギルドで帳簿確認をしていた。ギルドの帳簿が実際と合わず、どこかで計算間違いをしているか分からないと泣きつかれたのが朝の話。
そろそろお昼になる頃だが、アスティアが途中で分からなくなって呻きながら頭を抱え、ハジメも慣れない作業と数字の山に計算間違えが出たので、休憩に入った。
リリアも疲れから集中が切れており、数日仕事かなと絶望し始めていた頃。
ラナラスがまるで救世主と言わんばかりに計算を続けた。それは、もはや一人で全て片づける程の速度。王都ではよく頼られていたリリアとハジメでも足元にも及ばない勢いで確認を進めて行く。
既に何ヶ所か帳簿のずれの原因を見つけており、残る帳簿もあと少し。アスティアは言わずもがな、ハジメも、リリアすらも既に戦力外状態。書類整理や、ラナラスに飲み物や軽食を持ってきてサポートするしか出来なくなっている。
「……うん、これで、最後。計算間違い、だけ、だね」
ラナラスが最後までチェックを終えると紙束をまとめ、ギルド長や関係者を呼ぶ。最悪の想定が無かったこともあり、泣きそうになりながら両手で握手するので、ラナラスはどうしていいか分からない。
「ほら、胸張って。ラナラスが頑張ったんだから」
アスティアが自慢したそうに肩に手を置く。ラナラスは助けを求めようとするが、誰もが嬉しそうの微笑むだけであった。
「でも、本当に私まで良いの?」
いつもの6人でお昼ご飯を食べ終えると、エリスがとても不安そうにラナラスに聞く。
先ほどの帳簿確認だが当然と言えば当然、エリスは参加していなかった。アマラと一緒に部屋の隅から眺めており、誰か部屋に入ってきたら止めるぐらいしかしていない。
「良い、の。かなり多めに、依頼料と、して、頂いた、から。私が、一緒に食べたい、の」
ラナラスは水を飲みながら、嬉しそうに微笑む。隣にはアマラも居り一緒に食事を取っていた。
「でも知らなかったよ。ラナラスってこんなに凄かったんだ」
「ラナラスは凄い。居なかったら、私達王都まで来れなかったから」
ハジメがラナラスに尊敬の眼差しを向けると、アマラがとても嬉しそうに相槌を打つ。
「本当、ラナラスは凄いよ。書類関連もだけど、知識も凄いからね」
「薬草知識なんかはギルドでも話題になってた。書類関連はちゃんと出来てる自信があったのに、ここまで差があるなんて」
アスティアが誉め言葉で追いかけると、リリアもとても嬉しそうに降参と手を上げながら笑う。
ラナラスは全方位からの誉め言葉に顔を真っ赤にして照れながら、俯いて固まっている。
「最近のギルドは通常業務だけで、応援要請も無かったし」
「私にも来てなかったよ。ラナラスがこれだけ出来るのなら、私達じゃ出番無いね」
「あ、あの、そ、そんな事な、ない、ので……」
ハジメとリリアの追撃にラナラスが顔を真っ赤にしてどんどん小さくなってく。
「そのぐらいにして。本気で褒めてくれるのは嬉しいけど、ラナラスが見えなくなっちゃう」
アスティアが物凄く嬉しそうに小さくなるラナラスを抱きしめる。
「それで、リリア達はこの後どうする?」
これ以上ラナラスを褒めると小さく居なくなりそうなので、アスティアはラナラスを抱きしめたまま立ち上がった。他の面々もその動きに合わせて水を飲み干したり、武器を手に取るなり店を出る準備をする。
「私はギルドで依頼の確認かな。この様子だといくつか手助けした方が良いかも。キミも来るでしょ?」
「そのつもり。街の外も少し見たいし」
エリスが来るのは決定事項で、ハジメへの確認も分かり切ってるが一応、と言った様子。
「なら一緒に行かない?この辺りは全然分からないから、安全のためにも一緒の方が安心出来て」
「私達もその方が嬉しいな。さすがに初めての場所は、ね」
「……あの時は、本当にすいませんでした」
リリアの楽しそうな小言に、アスティアが反省しながらも楽しそうに頭を下げる。友達同士のじゃれ合いをしながら、店の戸を開けようとした。
「すまねぇ、人を探して――お、ここだったか」
戸を開けた瞬間、目の前に傷の目立つ顔が居た。想定外の登場に、ラナラスがビクンと驚く。
「クロッサさん?」
そこにいたクロッサにハジメが声をかける。クロッサは「おう」と軽く返事をすると、リリアに目線を向けた。
「リリア先輩を探してたんだよ。今、お客さんが来ててな」
「私に?」
クロッサは声をかけようとした店員に「すまねぇ、邪魔をした」と言わんばかりに手で謝ると、そのままクルリと後ろを向く。
「あぁ。ギルドに居ると思ったらもう出たって言うから探してたんだ。マリーって女性なんだが、知ってるか?」
「マリー?」
リリアは言葉を繰り返して首をかしげる。何か引っかかるのか言葉を何度も繰り返して悩み始める。クロッサは気にせずそのまま歩き出すので、全員で後を追いかける。
「よくある名前だが、分からねぇか?」
「心当たりないよ」
リリアは首を横に振る。クロッサはそのまま他のメンバーに目を向けるが分かるはずもなく、首を横に振るしか出来ない。
「そうなのか?リリア先輩の事よく知ってるみたいだぞ。今、軍の駐屯地で待ってもらってる」
「誰だろう」
リリアが記憶を掘り起こして悩みながら追いかける。クロッサは悩むリリアを邪魔しないように先導しながら、そう言えばと言った感じでラナラスに目線を向けた。
「そうだ、ラナラス。何かやったのか?」
「……へ?」
思ってもいなかった声掛けにラナラスは変な声をあげて固まる。そのまま遅れそうになったので、隣を歩いていたアマラが慌てて肩を叩いて動かした。
「さっきギルドに顔を出した時に、ラナラスについて色々聞かれたんだよ。どこ所属だとか、出身とか。適当に誤魔化したが」
「え、えっと。ギルドの、帳簿の確認、を、した、だけです」
「帳簿?」
「はい、えっと、色々あった、そうで」
「そうなのか。どのくらいの期間を確認したんだ」
ラナラスが言葉を濁すと、クロッサが目線を少し険しくする。一瞬怯えるがすぐに落ち着くと「言っていい?」とアスティアに目線を向けた。概要だけなら問題ないので、アスティアは小さく頷く。
「えっと。1年分、で――」
「1年!?」
「ひっ」
「ちょっとクロッサさん、声が大きすぎます」
クロッサは驚きから足を止めるとラナラスの肩を掴む。予想外の動きにラナラスは恐怖から凍り付いてしまう。慌ててアスティアが叱りハジメが引き離そうとするが、クロッサはびくともしない。
「待て待て、この街に着いたのは昨日の夜だよな!?徹夜でやってたのか!」
「あ、え、え、その」
「クロッサさん落ち着いて、ラナラスを怯えさせないでください!」
興奮しだしたクロッサに、アスティアがかばうように間に手を入れた。そこでやっと落ち着いたのは「すまん」と前を向いて歩き出す。
ラナラスが助けを求める様にアスティアの袖を掴むので、説明を引き受ける。
「相談を受けたのは今日の朝ですよ。ほとんどラナラス1人でやっちゃいましたが」
「1人、じゃない、です。4人で、やり、ました」
「私達は途中から戦力外でしたよ」
アスティアが褒めたい欲望に任せて褒めるので、クロッサはマジマジとラナラスを見る。さすがに怖くなってきたのか、より距離を取ってアマラの後ろに隠れようとする。
「クロッサ。ラナラスを怯えさせないで」
「わりぃ、すまんすまん」
アマラの本気の声にクロッサもやり過ぎたと思ったのか素直に謝り、そのまま先導を続けるように歩く。
そんな騒ぎの中でもリリアはずっと悩んでいたので、ハジメは不安になり声をかけた。
「リリア、大丈夫?思い当たる人は居ない?」
「……思いつかなくて。でも、私の事知ってるはずでしょ。なら分かるはずなのに」
「だよね。相手が一方的に知ってるとか?」
「それなら呼ばない、はず」
リリアが不安そうにクロッサに視線を送ると、小さく頷く。
「王都の人なんだが、デンドンが知ってる人みたいだから変な人ではないはずだ。それに、これを言えば分かるはずとも言われたんだ」
「これを言えば分かる?」
リリアが疑問で返すと、「ああ」と肯定を返す。
「孤児院名持ちなんだが、変わっててよ」
「聞いてないよ」
「言い忘れたんだ。それで、出身町がサイシアなのに孤児院名がガンマなんだ」
「……え?」
リリアが驚いて足を止める。後ろを歩いていたアマラがぶつかりそうになり「きゃっ」と珍しく可愛い悲鳴を上げた。
「ガンマ?アルファじゃないんですか?」
ハジメは不思議に思い確認するが、クロッサは頷いて返す。
「ガンマなんだ。王都にある孤児院はアルファだろ?ハジメもだが、王都に居たら孤児院名はアルファになるはずだ」
ハジメも頷いて返す。
当然だが、孤児院は街によって名前が違う。王都はアルファ、隣町のルベルにはベータ。
基本はその街の孤児院で孤児院名の試験を受けて、名前を貰う。ただ全ての街に孤児院があるわけではなく、無い街も多い。
その場合、近くの孤児院がある街に出て孤児院名を貰う事になる。これはアスティア達が該当し、タウの孤児院名は孤児院がある街に行って受けている。
「違う町で受けても問題ないが、特に意味はない。それでも、マリーって女性は言えば分かるって言っててな」
「……何で言わなかったんですか」
「忘れてたんだよ」
ハジメがつい文句を言ってしまうが、クロッサは気にしない。
そんな2人のじゃれ合いも耳に入らず、凄まじく驚いているのはリリアだ。口をわなわなと震わせ、ガンマ、ガンマと呟く。そして気づいた事実が信じられずに固まっている。
「そ、その人は今どこに居る!?」
「おわっ」
リリアはクロッサにしがみ付くようにつかみかかると怒鳴った。普段とは全く違うリリアにさすがのクロッサも驚いて顔が引けるが、すぐに答えを出す。
「軍の待機場だよ。リリア先輩落ち着け、らしく――」
「待機場のどこ!」
「お、応接間だよ。デンドンが相手――おい、リリア先輩!」
リリアはそのまま、脇目もふらずに走り出した。おいて行かれたクロッサが声をかけるが、耳に入っていない。
「追いかけましょう」
「あ、あぁ」
始めてみるリリアの慌て動揺した姿に驚きながらも、ハジメは周りに声をかけるとリリアよりは冷静に、けれど慌てて追いかけた。
「あんなに慌ててるリリアは初めて見た」
「それだけ大切な人なんじゃないの?」
つい呟いてしまった言葉に、横を駆けるアスティアが返事をする。その言葉に少し寂しくなり、つい言葉に棘が生まれてしまう。
「いつも冷静で居ろ、って言ったのはリリアなのに」
「それが理想だけどね。でも、本当にずっと冷静だったらおかしいよ」
「……」
当然の言葉に、ハジメは足を動かせなくなる。クロッサは気づかず先を進みエリスも追いかけるが、アスティアとアマラは一緒に足を遅くする。
「ハジメ。もしかして、嫉妬してる?」
「…………」
アスティアの核心を突いた言葉に、ハジメの足が完全に止まった。
リリアがあそこまで慌て、動揺する相手が居る。その事に対して、ハジメは自分が思っている上に動揺し、相手に嫉妬していた。
その事に気付き制御出来ていない自分に対して、ハジメはもう何も言えない。まるで子供の様な反応にアスティアがとても楽しそうに笑みを浮かべる。
「ハジメが一番動揺してるじゃん」
「うっ……」
心に突き刺さる一撃に、ハジメはもはや何も言い返せない。そんな固まるハジメで遊ぼうとするが、それを止めたのはアマラだった。
「それで、良いの?」
「何が?」
アスティアは意味が分からず疑問を返すが、アマラが前を進むクロッサを指差すと慌てた。
「私達、軍の場所知らないじゃん!」
アスティアが慌てて走り出し、ハジメも足を動かす。ラナラスが追い付けず遅れていたため、アマラはひょいと優しくお姫様抱っこすると急いで追いかけた。
軍の待機所へと行くと、先を進んでいたクロッサとエリスが待っており「すまん、気づかなかった」と軽く謝罪した。クロッサも少し慌ててたのかもしれない。
「――ランクになりました」
「――。おおき――ないかい?」
「はい。健康そのものです」
「――かい。元気そうでよかった」
そのまま客間まで一緒に行くと、空いたままの部屋の中からリリアと誰かの声が聞こえて来る。慌ててたのか扉は開けたままで、近づくにつれて会話がしっかりと聞こえて来る。
「それで、扉の外で話を聞いてるのは誰だい?」
「失礼しました。リリア先輩の連れと一緒に来て、丁度着いた所なのです」
部屋の中からかけられた声に驚くことも無く、クロッサがすぐに返事をすると姿を見せる。そこに居たのはいつものクロッサではなく、スノーライトの責任者の姿だった。
「……あっ」
「リリア、慌てすぎですよ。久々だからって、お友達を置いてきちゃダメ」
「ごめんなさい。慌ててた」
珍しいリリアの謝罪を聞きながら、ハジメ達も姿を見せる。
そこには、リリアの他にも人が居た。
リリアの前には、高齢の女性が座っており、その前にはリリアが立ってとても嬉しそうに話をしていた。
客間にあるテーブルにはコップが4つ並んでおり、その高齢女性の分と部屋の壁ぎわで直立不動するデンドン、そしてアビエスとフィルマの物だろう。
ただし、3人の様子が少しおかしい。
とてつもない緊張感があり、背筋は綺麗な直線になっている。ハジメは一瞬だけ視線を向けるが、それに気づかない程緊張していた。
「リリア先輩。紹介を頼めますか?」
その緊張が伝播して、普段より少し背筋が伸び始めたクロッサが代表してリリアに確認する。リリアだけは緊張感もなく、普段よりも気楽な様子で「うん」と頷くと、予備動作もなく凄まじい爆弾を投下してきた。
「私のおばあちゃんのマリー・ガンマ・サイシア。グレンさんの前の元帥で、戦時中の元帥夫人。私も知らなかったんだけど、今は隣町に住んでるんだって」
「「「「「……」」」」」
予想の斜め上を突き抜ける言葉に、ハジメ達の背筋も限界まで伸びたのは仕方がない事だろう。




