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【3節終了】『英雄たちの愛娘』  作者: 西日爺
3節 天才と凡才

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47.慣れない野営

「――あははは」

「――でね」

「――へぇ」

馬車の中から楽しそうな声が聞こえる。ハジメは御者台でエリザベスの手綱を握りながら、ゆっくりと過ぎて行く景色を眺めながら風を感じていた。

周りの馬車から感じる空気も穏やかで、他の馬車からも時々笑い声が聞こえる。隊商護衛レイド、なんて大仰な名前が無かったらただの旅行のよう。

馬車が動き始めてからまだ数時間、馬たちのための軽い休憩はあったものの道中は特に何も起きず、信じられないぐらい平和な道程になっている。

野盗や魔物は今の所一切見ず、時々小動物が動いているのが見える程度。

「これまで安全のために動いてきたモノの積み重ね何だろうな)」

ボンヤリと考えながら、前後に連なる馬車が進む音を聞きながら前を見た。

連なった馬車は10台を超える。エレファントホースが引く巨大な馬車は先頭と最後方、そして今ハジメの居るほぼ中央の3カ所に別れている。

エレファントホースは優秀な魔獣で、魔法適性もあり警戒能力も高い。出発時、エリザベス(エレファントホース)が馬具を勝手に外していたのは風魔法を使ったらしい。

そして頭もよく、会話や文字を読めるエレファントホースも居る。エリザベスは文字を読める個体で、なんなら文字も書ける。ただ意思疎通をする相手はかなり選ぶため、現在では軍の馬房担当以外はリリアとグレン、そしてリズウェルだけらしい。

「特にルウ(お父さん)と仲が良かったよ」とリリアは()しそうに言っていた。

そんな事を思い出しながら、ハジメは1人御者台に座る。御者経験は一切ないので何も出来ないのだが、エレファントホース(エリザベス)にはそもそも要らない。

我が強いそうで御者が「こうしろ、あぁしろ」と指示を出すとへそを曲げて動かなく、酷いと御者を放り捨てるなんてこともあるくらいだ。ただ判断能力がすごく高く、信頼している相手だと良く話を聞くため「こうしたい、ああしたい」と相談すると「任せろ」と言わんばかりに動いてくれる。

「――ああ!!」

「大丈夫、何も問題ない?」

勉強していた事を思い出しながら手綱を握って(握られて)いると、荷馬車の中から寂しそうな悲鳴が聞こえる。同時に逃げるようにエリスが顔を出してきた。

「問題ないよ、何もすることが無いくらい。そっちは?」

「アスティアが怖い」

エリスはそう言うと尻尾を逆なでながらハジメの隣に座る。アスティアに狙われて本当に逃げて来たようだ。先ほど中から聞こえた悲鳴はアスティアのもので、エリスを襲おう(抱きしめよう)として逃げられた際に上げたらしい。

「アスティアの事は苦手?」

まだ警戒しているエリスに優しく声をかけると、エリスは寂しそうに落ち込みながら周りを見た。

「人が苦手。アスティアはガンガン近寄ってくるか余計に」

アスティアが聞いたら2日は寝込みそうな事を言うと、そのまま周囲の警戒を始める。ただし今回はエレファントホースが居るため、その意味は薄い。

エレファントホースの高い警戒能力はエリス以上で、エリスが気づくよりも早く発見できる。そのためエリスは移動中と言うよりは町中や単独行動の実力を期待されて呼ばれている。

「警戒は良いから少し休んでたら?疲れてるだろ」

「疲れる訳ないじゃん。レイドは始まったばっかりだよ」

付き合いの長いリリアやハジメしか気づかないだろう。少し疲労の目立つエリスの様子に優しく声をかける。

エリスは「そんなことない」と言わんばかりに胸を張ろうとするが、ハジメは無視して頭を撫でる。

「無理しないで良いから。何かあった?」

「……何も無いと、思うけど」

素直に撫でられると、コテンとハジメの肩に頭を預けた。普段とは違うエリスの疲れた様子に少し不安になる。

「アスティア達にどうしていいか分からない。それで最近ちょっと疲れ気味、かも」

「……アスティア達の事、嫌い?」

「そんなことない!」

ハジメの言葉に全力で否定する。けれどすぐに尻尾と一緒に調子を落とすと、力を抜く。

「ただ、どう接して良いか分からない。一緒に居て楽しいけど、どうしていいか」

エリスが辛そうに小さく呟く。アスティア達と一緒に居ると静かだったのは、悩んでいたからの様子。

リリアやハジメと居る時は明るかったが、アスティア達とは距離感が上手く掴めてないのだろう。

「俺も人付き合いは苦手だからなぁ」

「そうなの?」

ハジメの言葉に、頭を預けながら聞いてくる。

「そうだよ。どうすればいいか分からない事だらけ」

「全く想像できないんだけど」

「それはこっちで頑張って人付き合いを覚えたから。向こうにいた頃は同年代がいっぱいで大変だったから、今以上に悩みばっかりだったよ」

「ハジメが?信じられない」

エリスはやっと落ち着いたようで、少し気を抜いている。隊商護衛レイドは長いため、気を抜ける時に気を抜くのは問題ない。

少しは普段のエリスに近づいたようで、力を抜くとハジメにかける体重を増やしてくる。

「……私、どう接すれば良いのかな」

「俺には分かんないよ」

「えっ」

ハジメの無慈悲な言葉にエリスが慌ててハジメを見る。けれどハジメは気にせず前を見続けた。

「だって、俺はエリスじゃない。どう接したい?」

「……仲良く、なりたい」

「なら、それで良いんじゃない。アスティアも仲良くなりたくて近寄り過ぎてるんだと思うし。距離感が分からないなら、これから探れば良い」

「……」

エリスは答えのない答えをゆっくりと噛みしめると、再び頭を預ける。先ほどまでと違いしっかりと体重を乗せた、けれどどこか不安と悩みを含んだ預け方だった。



「本当に、何も起きないんだね」

「この辺りは普段から軍の見回りも来てるから」

そのまま本当に何も起きず、拍子抜けするぐらい順調に今日の野営地点へと着いた。

一悶着あったのはその時で、特にスノーライト関係者がテント設営に苦労していた。今年は半数が初参加でテント設営がほぼ未経験な人が多かった。おまけに経験者でも去年ぶり(久しぶり)と言う人ばかりで、ほとんどの人が設営手順を忘れていた。

そこを慣れているギルドメンバーが手分けして手伝ったため、移動よりも圧倒的に大変だった。

ちなみに軍はまだマシと言ったレベルで、一部はギルドメンバーの協力を受けている。

そして今、食事も終え休憩時間となったハジメ達は自分たちのテントで休息を取っている。日は既に落ち、照明が部屋を照らしている。

周りのテントも似たような状況で、既に照明を落とし就寝している人たちも多い。

「でも、良いの?」

「今日は軍の持ち回りだから。私達の担当は次、明日到着予定の街を出た後かな。数日先だよ」

リリアはそう言うと、読んでいた本を閉じて指を折って数える。今日は野営のため夜の見張りが必要なのだがハジメ達、と言うよりはギルドメンバーは担当がない。

今日は軍が夜の見張りを担当し、1日ごとにギルドと交代する日程になっているからだ。

「そうだとしても何か落ち着かない」

「そう思えるのは冒険者としては良い傾向かもね」

ハジメが周囲の物音を探ると、リリアが微笑む。ちなみにエリスはリリアの背中に寄りかかり、武器や防具の手入れをしている。ただかなり周囲を警戒しているようで、耳は忙しなく周りを探る様に動いている。

「でも、休める時に休むのも重要だよ」

リリアが懐中時計を開くと時間は9時ちょっと過ぎ。日本にいた頃は早いと思ったが既に日が落ちて外は暗く、朝も早いため寝るには十分な時間だ。

普段と状況が違うため眠気はほとんどないが、それでも体はゆっくりと寝る準備に向かっている。

「それもそうか」

「うん。時間も丁度良いしもう寝よっか」

リリアの提案に、エリスが武具の手入れを終えて仕舞う。ハジメも本を閉じて、テントの隅に畳んでいた毛布を配る。

「っ……」

「……落ち着いてエリス。見回りの兵士だから大丈夫」

丁度そのタイミングでテントの近くを人が通り、エリスが顔をバッと向けた。見回りの兵士のようでテントの中には一切気にもかけず、そのまま歩いて行く。

エリスが固まって外を睨むので、リリアが安心させるように手を握った。

「やっぱ、落ち着かない?」

怯えた子猫の様なエリスにハジメも近寄ると、頭を撫でる。本当に人が苦手らしく、かなり周囲を警戒している。

「……サイシア(王都)の人の気配には慣れたけど、こういう場所はどうしても苦手」

問題ないとすぐに落ち着くと、エリスは落ち込んだようにペタンと耳と尻尾を落とす。

「エリスだけでも王都に帰すか、どこか休める――」

「ダメ!」

ハジメの言葉を、エリスが睨むように強く否定する。そういう反応をされると思ってなかったため、ハジメは驚き目を見開いてしまう。そこでエリスは自分が何を言ったのか気づき、余計にシュンと落ち込む。

「あ、ご、ごめん」

「気にしてないから。やっぱ帰るのは嫌か?」

「……うん」

エリスが悩むように言うと、怯える様に小さくなる。どうにか落ち着けるように、ハジメは優しく頭を撫でる。

「大丈夫か?」

テントの中に向かって声をかけられたのはそのタイミングだった。リリアはすぐにが普段通りを装うと、テントの入口へと近づく。

「大丈夫ですよ、どうしました?」

「今声が聞こえたから、何かあったのかと」

「それは、すいませんでした。明日の準備をしてたら盛り上がってしまって」

「そうか。怪我とか危険があったわけでは?」

「ないですよ。そんなに大きな声を――」

声をかけてきたのは見回りの兵士だった。先ほどのエリスの声が外に響いたらしく、心配になって声をかけたらしい。

リリアがその声に対応するために、少しの嘘を混ぜながらテントを出て行く。

「……」

エリスは口で手を塞ぎ、邪魔をしないように何も喋らない。ハジメも静かにするが、喋らないのは違う理由だ。

「……」

何故かエリスは自分の口ではなくハジメの口を塞いでいた。ハジメは文句を言うように睨むが、エリスは自分の行動に気付かず外を見つめ続ける。

「……」

「むぐっ?」

仕返しにエリスの口を塞ぐ。予想外過ぎる行動だったのだろう、エリスは何をされたのか理解できず目をパチパチとさせ、近くに居るハジメに助けを求めるよう目線を向けた。

当然と言えば当然、そこにはエリスの口に伸びている手があり、その先には既にエリスの手で口を塞がれたハジメが居る。

「……」

「……」

エリスは何をされたのか気づくと、自分の行動を棚に上げて口を塞いだ犯人(ハジメ)を睨むのでハジメも睨み返す。

お互いに手を離すと言う選択肢はないらしい。

「……もっ」

エリスが仕返しとばかりに手を握る様にほっぺたを押した。するとハジメが変な声をあげたので、一瞬エリスが笑う。その笑顔にハジメも少しイラっとする。

「ミッ?」

ハジメは仕返しの仕返しと言わんばかりに手を動かすと、アイアンクローのようにエリスの顔全体を掴んだ。既に口を塞ぐ効果はない。

「……」

「……」

お互い「何してるんだろう」と思いながらも下がるタイミングを失い、顔と頬を掴み合う。

それだけで終わらずに握り方を変えたり、ほっぺたを押したり、揉んだり。口から空気が漏れる音が時々聞こえる以外、静かにお互いの顔で遊ぶ。

そのまま少し楽しくなってきた頃、何事もなくリリアが戻って来た。そこにはハジメとエリスがお互いに顔を握りあう謎の光景が広がっており、目をパチパチとしてから目元をこすって2度見する。

「……何やってるの?」

「「分かんない(わはんない)」」

リリアが戻って来たのをきっかけに休戦して手を離すと、行動の馬鹿さ加減に微笑み合う。その様子にリリアは余計呆れながら、自分の毛布を引っ張ると寝る準備を始める。

そのまま2人の動きを気にせずに照明を消した。

「ほら、馬鹿やってないで寝るよ」

「「はーい」」

今までの重い空気も楽しい空気も全て消すかのように闇に覆われ、目が慣れるとテントを透過して来た月明かりがぼんやりと部屋を照らす。

リリアとエリスはそのまま横になったので、ハジメはリリア達から距離を取って毛布を被る。涼しさを隠す様に温かさを与え、優しい眠気に包まれる。


「……すぅ、すぅ」

数分も経つと、テントの中には3つの穏やかな寝息が広がっていた。

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