4.グレンの面談
「言葉を不自由なく扱えるようになる事、武器の慣れ、後は体力だな」
翌日ハジメは、午前の語学勉強の後に時間を作ってグレンに相談した。返された言葉はつい昨日、リリアから聞いた言葉とそっくりだったため引きつった笑いをしてしまった。
同じ言葉を返したリリアはグレンの後ろに立ち、ハジメのその表情と反応に顔を背けて肩を震わせている。
「でもどうした急に?今のままは不満か?」
「違う。生活、問題ない。ありがとう」
まだ慣れない異界の言葉を使いながら、何とか意思疎通をする。
「でも、この世界、知りたい。たくさんの場所、行きたい。冒険者、行ける、なりたい」
「……先に言うが、命の危険が高いぞ。他の何よりも」
ハジメの言葉にグレンが呆れたようにため息をを吐きながら見つめる、いや、睨め付ける。ハジメの覚悟を確認する目だ。射殺しかねない力を感じる。
これに目を背けたらダメだとハジメは受け止め、見つめ返す。その視線を本気と捉えたのか、グレンが言葉を続けた。
「分かってるのか?どれだけ気を付けても危険に近づく必要がある仕事だ。何もミスがなくても、正しい選択肢を選んでも死ぬことだってある」
覚悟を試す様に、事実と恐怖を羅列する。
「何かあった時も自己責任だ。金の問題だけなら良い方、死んでも文句は言わせない。誰かのせいで死んだとしても、それが分からなかったお前が悪い。そう言われる世界だ」
記憶を辿るように、辛い事を思い出す様に、グレンが強い口調で続ける。その言葉には強い心配も混じっている。
「リリアが勝手に冒険者になってた時だって、辞めさせようと大反対したんだ。それを実力でひっくり返してここまで来ている」
グレンが、後ろに立つリリアをちらりと見る。リリアは笑いの波からとっくに復活しているが、グレンの言葉に少し困っている様子。だがその眼は、ハジメの覚悟を見つめている。
「今のハジメにそれだけの力があると思ってるのか?」
グレンの言葉をしっかりと受け止める。ハジメはその言葉を噛みしめると深く、深く息を吸う。一晩、いや、書類とにらめっこしていた1週間、ずっとこの世界を見つめて来た。
だからこそ伝えるべき自分の言葉を、ゆっくりと探した。
「力が、必要、思った」
――ここはもう、自分が知る世界でも社会でもない。命を守る力も法も文明も足りなく、そして何より自分の力が足りない。
拙い言葉でで、必死に紡ぐ。ハジメのその言葉を、グレンが静かに聞く。
「この世界に来て、知った。色々、恵まれていた」
ハジメの言う恵まれていたは、この世界に来てからだけではないだろう。
幼い子供が商店で必死に接客するのを見た。ハジメは同い年の頃、何をしていたか覚えていない。それでも、そこまで苦労していなかったはずだ。
グレンが腕を組み、先を促す様に黙る。
「俺は、まだまだ、ガキ。何も出来ない、知らない、分からない」
何度か見た「遺品回収費」や「墓所管理費」と言った言葉が頭を走り続ける。
実際にパーティの誰かが亡くなり、ギルドで泣く人も見た。
怪我をしながら帰ってくる冒険者を見た。
命の危険がある場所で、生きるために必死に足掻く。
「俺は、恵まれてる。グレンさんに、ミノルさんに、リリアさんに会って。生かしてもらっている」
そう、生かしてもらっているだ。
「だから、自分の意志で生きたい。冒険者、出来ない、分かってる。でも、まだ」
色々悩んだから分かる。
「俺は、バカ。何も知らない。知りたい、知るため、生きるため。危険、分かる、受け入れる」
勉強は出来たかもしれない。それだけだ。自分の無力さ、知らなさをこの1週間、嫌と言うほど感じた。
手が震える。当たり前だ。今までにない、死がすぐ横に居る世界だ。
安い言葉だけではない。今までの恵まれた世界でもない。危険な世界に飛び出そうとしているのだ。
この世界で生きるだけなら、選択肢はもっとあるだろう。
例えば、ミノルは料理人としてこの世界を生きている。楽しそうに、幸せそうに。
このまま職員として生きていくのも選択肢だ。お金の心配も、命も心配も最小限で生きれるだろう。
外を見るだけなら商人になる手もあるだろう。ありがたい事に計算は出来る。どこかの商店に入れば、行ける場所は今より広がるだろう。
それでも選んだ。自分の意志で、自分が行きたいと言う道を。
ほんの数秒のはずだが、とても長く感じる緊張感が続く。
「……死ぬのは勝手だが、俺の立場上、ハジメを簡単に死なせるわけにはいかない。それは理解しているな」
「はい」
グレンの最後通告を正面から受け止める。こちらを見ていないのに、今まで生きていた中で一番の圧を感じる。
ハジメの覚悟が分かったらしく、グレンが深く息を吐きだす
「まず第一に、今のハジメをすぐに冒険者として出すのは無理だ。何もせず死ぬだろうし、護衛しているリリアに意味のない危険を負わせる事になる」
「はい」
当然だ。死にに行くようなものを守れ、なんて無駄にもほどがある。
納得していると、グレンが後ろに居るリリアに声をかける。
「リリア、ハジメの指導と訓練を任せたらどのくらいかかる」
グレンのその言葉にリリアは驚いたが、その言葉に吟味するように悩む。
「……どの程度ですか?」
「目的を考えるとAランクを目指したいが、現実的に考えたらとりあえずDランクとして使えるぐらい。最終的にはCランクになれるなら良い」
リリアはその言葉にどうするべきか頭を悩ませ、じっくりと考える。
「……最低1年はかかると思います。ものすごく、しっかり、厳しく、徹底的にやってそのくらいになりそうです」
「……まぁ、妥当か。よし、ハジメ」
「は、はい!」
背筋を伸ばしグレンの言葉を聞く。
「これから1年、リリアに鍛えてもらう。冒険者としては最低でもDランクとして戦える程度になってもらう。それが俺が出せる最低条件だ。超えてないと判断したら、期間を伸ばすか諦めてもらう」
「はい」
グレンの言葉に冷や汗が流れる。
1年間、それで冒険者として生きれる実力を作れと言っているのだ。それが出来ないなら諦めろと。
「言葉の勉強と仕事があるから今の日程は変えづらい。仕事が終わった後に時間を取って、そこで鍛えてもらう。言語が大丈夫になったら、その時間は冒険者としての基礎知識習得に時間を使う。元が無さ過ぎるから大変だろうが、頑張ってもらうしかない」
分かっていたつもりだが、選んだ道の大変さに唾を飲む。そんなハジメの緊張を和らげるようにふんわりと微笑む。
「大丈夫だ、リリアは優しいからな。安心して鍛えられろ」
話は終わりだ、そう言うかのようにグレンが立ち上がる。
ハジメも急いで立ち上がるが、気にしないようにさっさと出て行ってしまった。
「私たちも行こう。ご飯食べて仕事行かないと」
リリアがハジメに声をかけて動き出す。いつもの時間をグレンとの面談に使ったのだ。時間は足りてない。
「うん。ご飯、食べよう」
「そうだね。訓練は今日からで良い?早い方が良いでしょ」
「うん。今日から。訓練、よろしく」
「よろしくね。大丈夫、今日は倒れる程度の訓練に抑えるつもりだから」
ん?