44.先天魔法の先輩
「リリア、先輩?あの、えっと、ここ」
「大丈夫だから、気にしないで進んで」
ラナラスが挙動不審になりながらびくびくと通路を歩いていく。ここは王城の一角、兵士関連の施設が集まっている区画である。
ポツポツと見張りの兵士も居り、ラナラス達を見つけると目で追ってくる。
中にはリリアの知り合いもいるのだろう。軽く手を上げたり、挨拶のように武器を構えなおす人も居た。
そのたびにラナラスがびくっと震え、アマラはそんなラナラスを庇うように動くのでリリアが苦笑する。
「俺もこっちは久しぶりに来たな」
「そうなの?」
「1年近く経つかな」
ハジメが思い出す様に周りを見ると、出来る限り平静を装ったアスティアが声をかける。さすがパーティのリーダーを務めてるだけあり、こういう場でも落ち着いているように見える。
「良いから、早く行こう」
アマラはいつも通りに見えるが、かなり目線が泳いでいる。知らない場所でかなり緊張しているらしい。
「ねぇラナラス。もう兵士の待機場所超えてるんだけど」
「分かってる、よ。でも、入り口で、説明された道は、こっち、なの」
アスティアが不安そうに聞くと、もっと不安そうなラナラスが手元のメモ用紙とにらめっこする。
分かってるハジメとリリアは何も言わず、エリスも慣れた様に2人の後を追いかける。
「……え。こ、ここ?」
「間違ってない?」
「……」
そのまま怯えながら歩く事数分。
指示された部屋に辿り着くと、そこに書かれた文字に3人が固まる。ハジメが前に来た時は読めなかったが、書かれている札を確認すると改めてグレンの立場の高さを実感した。
「元帥……?」
アスティアが何とか言葉を絞り出すと、3人の空気は余計に固まった。
「固まってないで、入るよ。待ってるはずだから」
「ちょっと待ってリリア先輩」
「どうぞ、入ってちょうだい」
リリアは固まる3人を無視してドアをコンコンコン、と叩く。アスティアが慌てて止めるが時すでに遅く、中から女性の返事が返ってきた。
「いらっしゃい、どうぞ座ってね」
扉を開けると前に来た時と同じ、広めの空間に作業机がある部屋だったが、今日は様相が少し違った。
普段はない大き目の机をいくつか繋げ広くして、そこには簡単な椅子が8つ並んでる。
リズウェルはそこで人数分のコップを並べていた。机には既に大き目のピッチャーが2つ置かれており、一緒にドライフルーツが練り込まれたクッキーも並んでいた。
「「「……」」」
「どうした?扉の前で固まってないで入れ。後ろが詰まってるぞ」
「「「は、はい!」」」
動けない3人に、部屋の隅に居たグレンから声がかけられる。ツタで編み込まれたバッグを持っており、クッキーが入っている様子。目の前にはクッキーを入れた皿があるので、グレンも一緒に準備をしたのだろう。
「ほら、返事だけじゃなくて動いて」
しっかりとした返事をした3人だが、そのまま動けずに居た。
なので後ろに居たリリアがトン、トン、トンと背中を押して動かす。
「そこまで緊張しないで良いですから。娘が友達を連れて来た、みたいなものです」
緊張をほぐす様にリズウェルが微笑む。表裏のないその言葉にアスティアは覚悟を決めると一呼吸、勧められるがままに椅子に座った。それで覚悟が決まったのか、アマラもラナラスも素直に椅子に座った。
「お名前、教えてもらえる?」
リズウェルも反対側の席に座ると、ピッチャーで水を注ぎながら話しかける。アスティアは真っ先に冒険者タグを机の上に置くと、その流れに2人も続く。
「アスティア・タウ・クドラです」
「アマラ・クドラ」
「ラナラス・タウ・クドラ、で、です」
リズウェルはその自己紹介を受けながら冒険者タグを眺める。ハジメ達はその様子を眺めながら空いてる席へと座った。
その様子をリズウェルは満足そうに眺めると、自己紹介を始めた。
「私がお手紙を送った、リズウェル・フィアレスです。今日はよろしくお願いね」
その言葉に場が凍る。リリアの知り合いとは知っていたが親とは考えておらず、「娘が友達を連れて来た」と言うのも比喩だと思っていたのだ。
わなわなとアマラが震えると、ガタンと椅子を吹き飛ばしかねない勢いで立ち上がった。
「本物の戦争英雄!?」
「アマラ!」
「グレンさん達の力で頂けた名を、私も名乗ってるだけですよ」
「リズウェルだってしっかり戦ったから選べた名だぞ」
凍った空気を吹き飛ばすよう、アマラが叫ぶのでアスティアが窘める様に叱る。
しかしリズウェルは気にせず優しく正すと今度はグレンが許さず、しっかりと正しい評価をする。
しかし話はそこで終わらない。当然と言えば当然、一緒に居た男性の呼ばれた名前をラナラスが震えながら言葉にする。
「グレン、さん?……グレン・スノーライト、様?」
「懐かしい名だな。今はフィアレスだ」
グレンは懐かしそうにするが、問題なのはラナラスだ。雲の上の存在とも言うべき人たちと一気に会った事で、処理落ちしそうになっている。
「あ、私このクッキー好きです。リズウェルさんが作ったんですか?」
混沌とした空気をほぐす様に、リリアがクッキーを美味しそうに食べる。ハジメも倣って手を伸ばすと、ドライフルーツの酸味が良いアクセントとなりとても食べやすいクッキーとなっていた。
「ホントだ、すごく美味しい。みんなも食べてみなよ」
その美味しさに驚き、混乱している3人にも勧める。エリスは既にポリポリと食べており、その様子は猫と言うよりもリスだ。
「あ、あのね、今――むぐっ」
「いいから食べる。そして落ち着く」
アスティアが緊張をほぐせず文句を言おうとすると、リリアがクッキーを口に差し込んだ。そのまま素直に食べると、その爽やかな美味しさに目がどんどん輝いて行く。
「凄く美味しい……アマラもラナラスも食べてみなよ!」
「……うまい、初めて食べた」
「す、すごい。美味しい、です」
緊張が振り切ったためか、勧められるがままに周りの状況も忘れて手を伸ばす。その様子をリズウェルが嬉しそうに眺め、グレンがクッキーを盛った皿をもう一皿持って来た。
「よし、落ち着いたな」
「え、あ!すいません!こんな気を抜いてしまって」
「気にしてないし問題ないぞ。ずっと気を張ってたら話も進まないからな」
グレンの前なのにリリアとのやり取りで気を抜いてしまった事を謝罪するが、グレンは気にせずに椅子に座るとクッキーを1つ摘まむ。そのまま満足げに味わうと「さて」と区切ると話を始めた。
「先天魔法を聞きたい子は。えっと、ラナラス、だったな」
「は、はい!」
ラナラスの先ほどまでの恐怖からの緊張とは違う、集中からの緊張。グレンは満足そうに頷くとリズウェルに目線を移し、説明の続きを任せた。
「お手紙では詳しく書けなかったけど、先天魔法の何が聞きたいの?」
「た、戦い方、と、上手な、つ、使い方、です!」
今まで以上につっかえながらも言葉にする。リズウェルは少し悩むと、チラリと冒険者タグに目を向ける。
「ラナラスさん。このランクは、実力相応ですか?」
リズウェルはそう聞くと、ラナラスとしっかりと目を合わせる。嘘偽りは許さないその目線に怯むが、横からアスティアが肩に優しく手を置いた。それで落ち着いたのか一呼吸すると、怯みながらもその目線を受け止める。
「は、はい。実力相応、だと思って、ます」
「そうですか」
そこまで答えると、リズウェルは本気で困った様子でグレンに目線を向ける。グレンも同様に困ったらしく、どうするかとリリアを見る。
「リリアから見て、ラナラスの実力はどの程度だ?」
「えっ」
話を振られると思ってなかったのか、リリアが言葉を詰まらせる。けれどすぐに「大丈夫、です」とラナラスが遠慮せずに言うように促すので素直に言葉にする。
「知識面なら、Cランクでやっていけると思います」
「戦闘なら?」
「……FかEランクが妥当、だと思います」
リリアがとても言いづらそうに話すと、グレンが悩むように天井を見上げて、リズウェルは溜め息を吐くと頬に手を当てる。
いつかリリアに相談した時に見た似たような雰囲気に、ラナラスが辛そうに目線を下げた。
「難しい、で、です、か?」
ラナラスが言葉だけ投げると、リズウェルが悩みながら言葉を紡ぐ。
「その実力なら魔法を戦闘で使うのは止めた方が良いでしょう。日常魔法で戦うには実力が足りません。そうなると、ラナラスさんは使い捨ての武器のように先天魔法を使う事になります」
「そんな事させません!」
厳しい言葉をアスティアが否定する。しかしリズウェルの目線は厳しい。
「例えそのつもりがなくても、戦いは何があるか分かりません。先天魔法は使い方によっては戦力ですが、足手まといを作ります。先天魔法を使う事によって助かるかもしれませんが、アスティアさんやアマラさんを危険に晒すんです」
リズウェルの言葉に誰も返事が出来ない。
「ラナラスさんも、日常魔法の威力は上がってますね?」
「は、はい!アスティア、と、アマラより、た、高い、です」
「私達の様な先天魔法で戦う人は、普段は足手まといを作らないように日常魔法の威力で戦うんです。そのためには、本人の実力が必要です」
リズウェルはそう言うと、手を胸の前で上に向ける。するとそこに太い針の様な氷を作り出した。
「私は先天魔法を治して大気魔法にしたのでこのサイズが限界です。昔はもうもっと強く作れたんですよ」
「大気、魔法?」
知らない言葉にラナラスが不思議そうに聞いた。
「洞窟にこもって、大気中の力から魔法を使えるようにしたものです。先天魔法は使えなくなって日常魔法の威力も落ちますが、倒れたりはしなくなります」
リズウェルは説明すると作った氷をつまみ、半分に折ると自分のコップに入れた。簡単に折れる、強度も心もとない氷だった。
「この威力で戦うのは難しいですから。武器で戦う時の補助に使うんですよ」
リズウェルはそのまま、少し冷えた水を飲む。
ただの言葉だ。当たり前の説明。
なのに今までの人生を積み重ねたような、とても心に刺さる経験だった。
「……」
ラナラスは何も言えない。全てが足りないと分かったからこそ、どうしたら良いのか分からないのだろう。顔を俯けて、何かを悩んでいるようにジッとしている。
「これで終わり、ってなったら分からない事だらけだよな」
重い空気を吹き飛ばす様に、グレンが声をかける。視線が集まると、グレンの手元にあったどことなく見覚えのある鍵が目についた。
「リリア、こいつらの実力はどの程度だ?」
「どういう意味、ですか?」
リリアは質問の意図が分からず、小首をかしげる。しかしグレンは気にせず小さく笑う。
「魔法を使った戦い方を見た方が早いだろう。俺と練習して、怪我せずに済む人は居るか?」
元帥が戦う。
ありえない、けれどどこか自信に満ちたその言葉に、ハジメは膝の上で手を強く握った。




