43.遠出の知らせ
オーガ討伐から1ヶ月程が経った。
涼しい夏が過ぎ、比較的な涼しさ以外秋と実感しづらい環境は、それでもゆっくりと寒さが増し冬が近づくのを実感する。
何よりも大きな変化は、冒険者としてハジメもしっかりと討伐に参加するようになった事だろう。
オーガの様な大物と戦う事は無い。それでもリリアと共に戦力の1人として討伐に参加する。命の危険はある。けれどその事を理解したうえで、より安全に戦う。
そのせいでギルド職員の仕事の割合が減ったのだが「来てくれ!」と言う苦情は減っていた。それもこれもラナラスのおかげなのだが、ハジメとしては声が掛けられないのは少し寂しく、複雑な気持ちを抱えていた。
今は丁度夕方、ハジメがリリアとエリスのいつもの3人でウルルの森に入ってきた帰り、ギルドに薬草と魔石を提出していた時だった。
「すいません。お時間良い、です、か?」
受付の奥から出てきたラナラスがおっかなびっくり話しかけてくる。その後ろにはギルド職員としては上司に当たるオルビが様子を見る様に立っていた。
リリアはハジメとエリスに目線で確認し、問題ないと頷きを返されたので話を進める。
「大丈夫だけど、どうしたの?」
「指名依頼の相談が、来ています。その相談を、お願いしたいの、です、が」
「そんな時期か。どこに行けばいい?」
「相談室1番、で、お願い、します」
「分かった。2人とも行くよ」
とても簡略で、必要な情報のみの会話。
後ろで聞いていたオルビは満足そうに頷くと、リリア達を先導するように前に出た。
「あれ、リリア?」
「アスティア、アマラも?2人ともなの?」
部屋に入ると先約が居た。オルビがガチャリと扉を開けるとそこにはアスティアとアマラが座っていた。2人ともどこか落ち着かない様子で出されたお茶に触れずに居た。
「立ってないで入れ。ラナラスが入れないぞ」
驚いて固まっていたため、先に部屋に入ったオルビが催促する。オルビはそのまま部屋の隅っこで立つので、3人は慌てて空いているソファへと固まって座る。
「そっか。今回はアスティアも選ばれたんだ」
「何のことかさっぱり分からないけど」
リリアの嬉しそうな言葉にアスティアは肩を竦める。
それ以上に困惑しているのはハジメだ。指名依頼の経験はあるが、これはどう見てもリリアヘの指名依頼のおまけのような形。本当に自分が居ても良いのか、悩みながらも自分を落ち着けるようにお茶を手に取った。
「……何で俺も?」
「ぶっ!」
その不安がつい言葉に出てしまう。その不安だらけの言葉に聞いたオルビが吹き出した。
「オルビ、笑うな」
「だってよぉ、不安たらったらで言うんだぞ。笑うわ」
「だからって吹き出すな。失礼なやつだな」
「吹き出すような言い方するハジメが悪い」
雑に扱うのでオルビに文句を言うが、オルビは気にせず笑う。
「安心しろハジメ、ちゃんとハジメへの依頼でもあるから」
「どういう意味だよ」
含みのある言い方が気になり追及するが、オルビは一切気にせず視線を横に逸らす。
「それは、こっちのギルド職員から説明があるから」
そこには今の状況に少し怯えながらも、自分の役割を全力で全うしようとするラナラスが立っていた。
「お集まりいただき、あ、ありがとう、ございます!」
凄まじく緊張しています、と言うかのように言葉に力を込めながらラナラスが手元の用紙を見ながら話し始めた。
いつもと違う様子にソファに座る5人は真面目に話を待つ。
「今日は、『商業隊列、ご、合同護衛依頼』への、参加、ありがとうございます!」
「……強制参加なの?」
「あ」
一切説明のない中、勝手に参加が決まった事にアスティアが疑問をぶつける。するとラナラスが「間違えた」と言わんばかりに固まった。
誰も話について行けずに動けず空気が凍った中、救いの手はオルビから出された。
「ラナラス、固まってないで動け。こういうのも想定して知ってる人たちで説明会を開いたんだ。多少のミスは良いから話進めな」
「は、はい!」
言葉の端々は厳しいがどこか優しさの感じるオルビの言葉にラナラスが再起動する。深呼吸を挟み、再び説明を始める。
「きょ、今日は、10日後から予定している、『商業隊列、合同護衛依頼』。通称『隊商護衛レイド』への、推薦と再依頼のあった方に、集まって頂き、ま、ました」
ラナラスの説明は問題なかったらしく、ハジメがオルビに視線を送ると頷いて返される。しかしそれ以降は一切反応せず、出来るだけラナラスに説明をさせたいらしい。
なのでハジメは仕方なく、状況を理解できない人が大半の中を代表して説明を求める。
「流れが一切分からないんだけど」
「はい!え、えっと……」
「ならまず、『商業隊列』って何?」
ハジメの言葉でラナラスも落ち着いてきたのか、説明が始まる。
「商業隊列は、フォーサイシアの、最大商社、『スノーライト』が中心の、隊商、です。関係商店に参加希望や、ギルドと軍へ依頼をして、毎年この時期、街と街を大規模で移動する、隊商の名称に、なってます」
ラナラスが手元の資料を読みながら説明する。しかし聞きなれない名前にハジメが首を傾げ、アスティアは不安そうに確認する。
「『スノーライト』って聞いた事ないんだけど」
「はい。えっと、あれ?えっと……」
ラナラスが慌てて資料をめくるが、そこには分かりやすい情報は書いてない様子。
アスティアも同じ疑問を持ったようで、何か知ってそうなリリアに目線を送るが「私からは何も」と説明を放棄した。続いてハジメに目線を送ったが「知らない」と首を振るのみしか出来ない。
「知らないのは仕方ない。基本的に商店や食堂と取引してるから、一般には出てこないんだ。その辺の人に聞いても知らないと思うぞ」
泣きそうなラナラスを救ったのはオルビだった。そのまま説明を続ける。
「基本が農家さんやお店との取引だからな。ギルドとも取引はあるがそんなに書類も回って来ないから。職員歴が短いとよく知らない人は多いぞ」
「そうなの?」
オルビの説明にアスティアはリリアに聞く。リリアは説明に困ったように微妙な笑みを浮かべる。
「私はよく知ってるよ。隊商護衛レイドにも今回で3度目だから」
「Cランクに上がって、3年目にギルド内からの推薦だったか。グレン様も一切推薦せずよく耐えたと言うか」
「グレンさんはその辺り公平だから。身内枠で入れるとか絶対しないよ」
リリアが当然と言った様子でオルビの説明に乗っかる。その中で分からない部分があり、ハジメが声を出した。
「グレンさんが関係してるの?」
「スノーライトの代表はグレンさんのお父さんなの。私の義祖父に当たる人」
「へ?」
リリアの驚きの説明にハジメが固まる。アスティアも珍しく目を見開いており、アマラも口を開いて呆然としている。
一番可哀そうなのはラナラスだろう。説明したと思ったら、その中に依頼主の義理の孫が混じっているのだから。
ラナラスが気絶しそうになったところをオルビが手を強めにパンと叩き、響いた音に驚いて全員の目がオルビに集まる。
「今そこは重要じゃないから話進めるぞ。聞きたい事があるなら後で聞け。ラナラス、続き」
「……」
「ラナラス?」
「え?……は、はい!」
オルビの声で気絶しかけてたらラナラスを復活させる。「説明の続き」と声をかけると慌てて手元の書類に目を落とす。
「えっと……期間は、約2ヶ月を、予定」
「かなり長いんだ」
長期依頼にアマラが驚いて感想を述べる。すぐにオルビが「今は黙って聞け」と静かに圧を送ったので慌てて口を塞ぐ。
「えっと、道中の宿は、スノーライト店員、関係商店が優先使用、空きがない可能性が高いので、注意。野営も、予定しており、その時の食材は、スノーライトが準備する、との事、です」
一通り説明を終えるとやっと終わったと言うようにラナラスが一息吐く。
「依頼料」
「あ。えっと、依頼料は金貨2枚です」
オルビが助け舟を出し、抜けていた内容を指摘する。「かなり高額なんだ」とアスティアが驚く。その驚きにはオルビが補足する。
「この依頼は基本的にCランク以上で、ギルドが特に信頼できる人しか出さないんだよ。道中の護衛以外にも、街中での護衛や関係者との対面もあるからな。エリスはDランクだがリリアとセット、前回が初推薦で参加だったが問題なかったから再依頼した」
その評価に、エリスが背筋をピンと伸ばして動かない。
アスティアは推薦された、つまりしっかり評価された事が嬉しいのか少し照れている。しかし余計困惑しているのは残る2人だ。
「俺は?」「私は?」
ランクも実績も足りないハジメとアマラが疑問を口にすると、ラナラスが説明を引き継ぐ。
「ハジメ先輩と、アマラには、推薦が、来ています。スノーライトからも、信頼できる、剛力の協力があると、ありがたい、と、承諾されて、ます」
ラナラスが書類を確認する。既に根回しは済んでおり、問題は無いと言う。
「それに、ギルドとしても、経験を積ませたいと、判断して、推薦を受領し、依頼、しました」
説明に2人が驚く。つまりこの依頼に、問題が多いとされる剛力と分かって推薦した人が居るのだ。
そのことに気付いたハジメが確認を取る。
「誰が推薦してくれたの?」
「えっと、え?オルビさん、これ、合ってます、か?」
「合ってるよ」
「あの。親方、と、あります」
名前が書いてない事に混乱したラナラスであったが、2人は納得する。仕事を認められた事でもあり、アマラはかなり嬉しそうだ。
一通り必要な情報が出たので、ずっと余計な口を挟まずに聞いていたリリアが確認を取る。
「参加人数は?」
「えっと。今の状況ですと、ギルドから2名。相談してる冒険者が、ここの5名、を合わせて、11名。軍はまだ未定で、10名から20名、と言う連絡。スノーライト、並びに関係商店は、未定ですが、40名は超えない、想定、です」
「前回とほぼ一緒だね」
リリアが満足したように頷く。一通りの情報が足りたのか、質問や確認はこれ以上来ない。ラナラスはオルビに目線を送ると、頷きで返したので話を続ける。
「最後に。ギルド職員2名は、オルビさんと、私、ラナラスが、行きます」
「……」
今回、ラナラスは冒険者として扱われない。それでも一緒に行けると言う事が喜びと悲しさを含み、一瞬の沈黙が広がる。
しかし話はそこで終わらず、言葉は続く。
「スノーライト、並びに隊商全体の、リーダーは、スノーライトから、クロッサ、さん。元Bランクの、冒険者、です。軍は未定、で。ギルドはリーダーを、アスティア、サポートに、リリア先輩、に、なります」
「……え?」
余りに想定外の言葉に、アスティアが凍る。しかし誰も気にしない。
「リリア先輩、サポート、よろしく、お願いします」
「分かったよ」
凍ったアスティアを誰も気にしない。しかし話は進んで行く。
「でも、アスティアがリーダーで良いの?ラナラスに経験させるのかと思ったけど」
「はい。他の参加者からも、推薦がありました。ギルドとしても、経験を積ませたく、リリア先輩にサポートを頼めば、大丈夫と、考えました」
「そう言う事なら任せて。しっかり鍛えるから」
リリアが少し怖い感じに微笑む。けれどラナラスは「私じゃないから」とその笑みに安心する。
「……ええええええええええ!?」
「煩い」
直後、やっと理解して再起動したアスティアが「何で私が」と言わんばかりの絶叫を上げると、アマラから無慈悲な文句が飛んできた。
「そうだ。明日の事だけど、ちゃんと手紙届いてる?」
説明が終わりひと段落した後、書類をまとめるラナラスにリリアが声をかける。
「届きました。アスティアと、アマラにも、声、かけてます」
「そうなの?」
「はい。何かあった時の、ために。2人にも、知ってもらいたい、ので」
「そうか。私もハジメとエリスを連れて行くから大人数だね」
ラナラスが確認するためにアスティアとアマラに目線を向けると小さく頷く。ハジメは細かい事を知らないため、確認のために尋ねた。
「先天魔法を教わるんだよね。俺の知ってる人?」
「知ってる人。会った事もあるよ」
リリアの言葉に、心当たりが無く悩む。ラナラスは手元の鞄から自分宛の手紙を取り出すと、差出人の名前を告げる。
「リズウェル、としか、書いてなくて。ハジメ先輩は、知ってます、か?」
「え?」
その名前を聞くと、ハジメが慌ててリリアを見る。
「多分、分かってて書いてる。驚かそうとしてるみたい」
リリアは少し困ったように微笑み、アマラに詳細を教える事はしなかった。




