41.命を賭けた小さな一歩
8月8日、2話更新の1話目になります。
荷物番として、ルピアが野営地に残る事になった。パーティは違うが、エリスと知り合いで人となりが分かったためだ。
道案内は無くても問題ない、と判断した。狼煙が上がった方向は分かっており、その周辺を探せば見つけられるはず。
討伐隊はハジメ、リリア、エリスの3人。
エリスは周辺探索や伝令役を担当し、周辺の環境を確認する。
そしてハジメがオーガとやり合う計画を立てた。
リリアは手を出さず、ハジメが討伐出来ないと判断した時のみ討伐を代わる。
つまり、ハジメに致命的な事が起きない限りリリアは動かないと言う事だ。
「注意することは3つ」
道中、リリアが戦う上での注意点を教えた。知識があっても、戦わなければ分からない事は多い。実際の経験者の言葉は財産である。
「分かった?」
「自信はないけど、覚えた」
教わった事を心に留める。何も知らないハジメの命を救うかもしれない。
「見つけた」
そして先行していたエリスが目的であるオーガをすぐに見つけた。ハンドサインが送られてきたのでその場で待つと、すぐに戻ってくる。エリスが指を指した方向を見ると、木々ではない違う何かが見て取れる。
「2人とも準備は良いね?」
「「はい」」
リリアのいつも通りの言葉に覚悟を込めて返事をする。
恐怖と不安を抱えて1歩先に進むと、リリアに背中をポンと優しく叩かれた。
「リリア?」
先ほどまでの怒りも圧もない、普段通りの様子で心配そうに見つめてくる。普段の優しさはなく、けれども覚悟を持った表情を浮かべていた。
「気を張り過ぎ。集中するのは重要だけど、落ち着いて」
「……そう、だね」
リリアの言葉に強く握っていた手をほぐす。深呼吸をして再び強く握ると、今度は手のひらの感覚がしっかりと感じた。
「よし。行ってくる」
「気を付けて」
「いってらっしゃい!」
2人の言葉を胸に、落ち着いた心と覚悟を持って進み始める。
近づくとすぐにオーガに気付かれた。ハジメは何も言わず、ロングソードを持って構える。
「ガアアアア……」
「……」
少しでも動きやすいよう鞘は置いてきた。今のハジメにはそのほんの少しが重要だ。
「……」
今では握り慣れた自分の武器に少し緊張をほぐしながら、目の前に存在する死の圧が体を包む。
ハジメより頭2つ分は高い体躯に巨大な剣、それが凄まじい圧を発しながらハジメを見ている。
「(これが、殺し合い)」
オーガがハジメを敵として認識した。ギロリと睨むと構えとも取れないよな雑な動きから剣に力を込めた。きっと軽々と振り回し、どれほど上手に受けても叩き切られるだろう。
「(これが、死)」
日本に居たら感じる事のなかった圧に恐怖を受けながらも、この世界で生きるために自分の意志で前に進む。
「(怖い)」
もう逃げる事はあり得ず、戦わない事は出来ない。リリアにあれほどの啖呵を切ったが、それでも怖い物は怖い。
「(でももう、守られてるだけは嫌だ)」
握る剣に力を込める。今まで守られていた殻は破った。もうハジメを守る者は何もいない。
ここからは自分の力で、自分の意志で、自分の覚悟で、自分の命で、自分を守らなければいけない。
「(俺は、なんて弱いんだろう)」
ハジメがこのオーガに勝てる部分は無いだろう。
「(死にたくない)」
オーガの構えた剣が一瞬動いた。その動きに反応して体が固まる。その良くない動きにすぐ気づき、深呼吸をする。強張った体はほんの少し落ち着き、相対するオーガを睨み返す。
「(この世界で、1人の人間として生きれるようになりたい)」
オーガに睨み返されたが、それを受けてなお睨み返す。怯えでも恐怖でもない。
震えていた心を覚悟で塗り固め、前に踏み出した。
「っ!」
目の前を通った死の暴風を下がって避ける。そこにある巨大な隙は、長い武器の間合いが邪魔をしてハジメには何もすることが出来ない。
けれども安心して、頭に残ったリリアの言葉を頼りに前を見る。
――1つ目は、オーガの剣は絶対に受けない事。
雑に、けれど確実な死を迎える剣が振り回される。ハジメには近寄る事も出来ず、ただただ距離を取って躱すしか出来ない。
もし受けようものならハジメの武器ごと叩き切られる。それほどの致命的な物量と力の差が立ちはだかった。
それでも距離を取れるのなら、振り回される死を躱すのは難しくない。
「(もし俺に、ライファさんくらいの剛力があったら)」
有りもしない妄想が頭をよぎるが、無駄な思考とすぐに放り投げる。
「くっそ」
覚悟を決めていても目の前を通る死の一太刀は恐怖を植え付ける。背中を向けて逃げ出したくなる恐怖を全力で前で受けて、出来るだけ冷静に剣筋を見極めて躱す。
――2つ目は、一撃で決めようと思わない事。
反撃も出来ず、ただただ目の前に広がる死を見つめる。死の恐怖に心が落ち着き、少しずつ冷静さが戻ってきてリリアのアドバイスがしっかりと頭に留まる。
相手の急所が目に付くが、狙うためには間合いも速度も何も足りない。
狙えればすぐに仕留められて楽だが、今のハジメには間合いの内側に入れず不可能だ。
「(リリアだったら、軽々と躱して仕留めるのかな)」
自分の力のなさを実感して、意味のない妄想が湧いてくる。ハジメは覚悟して前に進んだが、リリアはずっとその先を進んでいる。殻を破ったとしても、ハジメはまだまだ子供。
けれどすぐにその思考を吹き飛ばす様に、死の暴風が前を通る。
「(集中しろ、死にたいのか!)」
無意味な思考を吹き飛ばす様に目の前を通る死の暴風を観察する。左右や上からまるでランダムに襲い掛かる巨大な死は、当たらないハジメに苛立ってきているらしくどんどん雑になっていく。
ハジメにも分かる。隙はある。
けれどその隙を突く力がハジメにはない。
「……すぅぅうう」
「っ!」
苛立ちが限界に来たのか、オーガが勢いよく息を吸う。その動きを気づいたハジメは一瞬遅れて、ゴロゴロと転がる勢いで後ろに跳ぶ。
――3つ目は、咆哮に気を付けて。出来るだけ距離を取って安全に受ける。
「ガアアアアアアアアア!!」
「っ……」
轟音を体に受けながらも、距離を取った事でダメージをしっかり減らす。しかし初動に気付くのが遅れ、想定よりも大きな衝撃となって体を襲った。
後ろに跳んだ勢いのまま転がり、オーガの追撃が来る前に起き上がる。そこには本物の鬼のような、怒りと苛立ちを込めて襲い掛かるオーガが居た。
「(エリスだったら、もっと上手く躱せたのかな)」
素早い妹を思い出し、自分の無力さを実感する。
そんな思いを吹き飛ばすよう、オーガは死の暴風を振り回す。その恐怖を躱しながら、考えたくもない言葉が心をよぎる。戦えば戦うだけ、自分の弱さが心を叩く。
冷静に戦いながらも、頭に浮かぶのは自分より強い人たちばかり。
もっと、小説のように強くなれると思っていた。
もっと、異世界は素晴らしい所だと思っていた。
もっと、自分は特別な存在なのだと思っていた。
もっと、素晴らしい力があるのだと思っていた。
でも、現実は甘くなかった。
自分より上はそこら中に居た。なんて自分は弱いのだろう。
世界は何も変わらなかった。世界の違いなんて些細な物だった。
何も特別なんて無かった。結局積み重ねてきたモノで戦うしかなかった。
素晴らしい力なんて無かった。自分より優秀な人に埋もれる、力はただの力でしかなかった。
それでも。
「――ふうぅ」
意識して息を吐き出すと、心に浮かんだくだらない言葉を踏み潰す。
「ここで生きるって、決めたから」
覚悟を決めて言葉にする。それがどうしたと心を奮い立たせる。目を前を通る剣を冷静に躱す。
ライファさんに教わった。俺は弱いと。
でも、戦い方はあると。リリアが居るだろう、と。
リリアに教わった。俺は無知だと。
でも、これまで積み上げてきたモノは本物だ。知識は力となって、今ここに立っている。
エリスのおかげで気づいた。家族と優しさを。
でも、俺はまだまだ弱い。2人を守るなんて到底できない。それでも今ここで、2人の隣に立ちたいと思った。
いつまでも守られているだけでは、2人の背中を見るだけだ。2人と共に生きれる存在になりたかった。
だから、決めた。生きるために、覚悟を決めると。
「……」
目の前を通る剣を冷静に見つめる。リリアの様な洗礼された技術は無く、ライファの様な理不尽さもない。
ゆっくりと落ち着いて見れるようになった自分に驚きもせず冷静に、視界を通る剣を眺める。
「……」
「ガアア!!」
タイミングを計る。自分に出来る事を理解し、出来る事をするために限界を見切る。
ハジメの様子が変わったことにオーガが気づく。オーガは怒りからではなく、違和感を振り払うように剣を振り回し始めた。
「……」
ハジメは手を出さない。けれどこれまでよりも紙一重で、しかしどこか余裕をもって躱す。
「ガアアア!!」
オーガの苛立ちを無視する。それはまるでリリアのように、けれどそれはハジメで、力を持ちながらも力を使わずに戦う。
狙うのは一瞬。戦いながらもずっと出来る事を探し、自分に出来る事を見つけた一瞬。
そのタイミングを待つ。オーガの動きを見る限りその一瞬はすぐに来る。そう信じて待つ。
「ガアアア!!」
「(来た!)」
オーガが苛立ちと恐怖から放った、思いっきり力を込めた振り下ろし。隙は大きいが威力は高く、ハジメに受ける事は不可能で素直に躱すしか出来ない。
「ふっ!」
だから踏み込んで横に躱した。これまでだったら後ろに跳んでいたが、距離を詰める。
これがハジメが見つけた、唯一とも言える攻め筋。
「ガアアアア!!」
怒りをぶつけるようにオーガが叫ぶ。咆哮と言えるほどの威力は無く、音量に少し驚く程度のモノだ。
だからハジメは気にしない。この反応は覚悟していた。
「ガア!?」
その後のハジメの行動は、オーガにとっても予想外だった。
振り抜き、地面に叩きつけられていた剣をハジメは剛力を使い全力で、増えた体重を活用するように踏みつけた。バランスを崩させ、動きを封じ、絶対的な隙を作るために。
「っ!」
そのまま作った隙だらけの胴体に切りかかろうとしたが、オーガも生き残るために足掻いた。
ハジメが踏んだ剣を思いっきり、ハジメごと振り上げる。ハジメの増えた体重ではオーガを拘束し続ける事は出来なかった。
想定外のオーガの動きに体が飛ばされる中でも、ハジメは諦めず自分の状況を把握する。
「この!」
「ガアアアアアアアアア!」
飛ばされバランスが崩れる中、その勢いを使うようにギリギリ届いた肩を深く切り裂いた。
致命傷には程遠いが、それでも痛みでオーガが叫ぶ。
その叫びを聞きながら、ハジメは勢いのまま地面を転がる。しかし勢いを完全に殺し切る前に木へとぶつかった。
「っ……いってぇ」
衝撃に呻きながら、ハジメは顔を上げる。
そこには切り裂かれた肩を抑え、剣を地面に転がしたまま膝を付くオーガが居た。痛みと怒りからハジメを睨み、今までとは比較にならない殺意をぶつけて来た。
「……」
それでもハジメは怯まない。
覚悟を持ってここに立つと決めているハジメに、もう殺気は関係ない。
「(体に異常はない。痛みだけだから大丈夫、何も問題ない)」
体の状態を確認しながらゆっくりと立ち上がり、自分の体をしっかり把握し、睨みかえす。
だからこそ、次の行動を読めなかった。
「ま、待て!」
オーガが戦いを放棄して、背中を向けて逃げ出した。あまりの想定外の行動にハジメは叫ぶしか出来ない。
「ま!っ……」
衝撃は体にしっかりと残り、追いかけようと動いた瞬間、体に痛みが走る。膝を着きながらも、遠ざかる背中を追おうと足を動かそうとする。
けれど足は動かず距離は離されるばかり。今のハジメに追いかける手段は残されていなかった。
「待て!あ……」
声しか届かずどんどん距離が離れるオーガの横を、とても見覚えのある人影が怒りをまとって近寄った。
「ガアアアアアアアアア!」
その人影はとても綺麗にとても静かにオーガの足を切り飛ばした。オーガは痛みに叫ぶと受け身も何も取れず、ドサンとその場で転がった。
「ガアアアア!アアアアア!!……」
そこで何かをさせるほどその人影は甘くない。振り回される腕を簡単に避けると、届くようになったオーガの首を一閃。軽々と切り落とした。
そのままオーガは動かない。
「……。」
とても呆気なく戦いが終わった。
ハジメはその光景に何も言う事もすることも出来ず、自分の無力を実感すると剛力を解除する。
そのまま疲労からバタリとあおむけに倒れると、真っ青で美しい空を見上げた。
「大丈夫!?怪我は!?」
リリアはオーガなんてもうどうでも良いと言わんばかりの勢いでハジメの元へと駆け付けた。
「多分大丈夫。痛いけど、軽く打っただけ」
近寄って来たリリアにハジメはそう言葉だけを返す。戦いの終わった不安と安堵で疲れ切った体は起き上がれず、リリアに目線を向ける事も出来ない。
「俺に討伐は、ダメだったね」
「……」
ハジメの諦めたような言葉に、リリアは何も返せない。
リリアが動いた。即ち、もうハジメには討伐出来ないと判断した。その事を理解して、悔しさも寂しさもなくただ事実を述べる。
「俺にはまだまだ早かったのかな」
一抹の恐怖と共に、手に残る感触を思い出す。
肉を切る感覚。骨に当たる衝撃。
命を奪おうとする覚悟。命を奪われる恐怖。
それから逃げず、生き残った事を喜びながらしっかりと心に繋ぎとめる。
「そんなことない、ちゃんと戦えてたよ。私が思っていた以上に」
リリアの優しい言葉に驚き、ハジメはやっとリリアに目線を向けた。そこには心配からか少し不安そうに、けれどとても優しく微笑むリリアが居た。
「でも、討伐出来なかったよ」
「1人でする必要は無いの。1人で討伐するのが目的?」
「……」
リリアの言葉に何も返せない。
分かっている。1人で討伐したかった、訳ではない。
リリアと同じ、討伐の場に立ちたかったのだ。そのためには、安全な殻から抜け出す必要があった。
リリアの庇護下ではない、自分の意志で戦う覚悟が必要だった。
だから、討伐出来なかった事は問題ないのだ。それは分かっている。
それでも感じる無力さに、何も言えず空を見上げ続ける。
「それで。キミはちゃんと戦えたと思う?」
リリアが優しく語り掛け、ハジメの考えを確認しながら手を差し出してくる。
「……」
何を聞きたいのか伝わり、けれど何と答えようか悩み、結局答えが出ずに微笑みを浮かべる。
「分かんない」
「そっか」
ハジメはそう言って差し出された手を握る。リリアは答えを気にせずに勢いをつけて引っ張り、ハジメは素直に起き上がる。
「でも」
そのまま立ち上がるとハジメは一言だけ呟き、戦いの跡を見る。
剣によって抉れた地面、転がるオーガの死体に巨大な剣。
命を賭けて戦った後を確認すると近くに転がる、血糊の残る自分の剣を見つめる。
「この世界で生きる覚悟は出来た、かな」




