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【3節終了】『英雄たちの愛娘』  作者: 西日爺
2節 弱い『力』

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38.安心不安全の安らぎ

「……ん~」

エリスが少し明るくなったテントで目を覚ました。普段と違うちょっと硬めの枕と柔らかい布団と不思議な重さに違和感を感じながらも、安心した匂いと穏やかさに包まれて気分よく起き出す。

野営をした時のいつも通りの朝。テントの中は肌寒いが、今日は不思議と寒さは感じない。

「ん~……」

自分に掛けられたリリアの毛布に気付くと安心したように2度寝しそうになるが、すぐに意識を戻して起きるために伸びをしようとした。

「ん……」

「え?」

エリスが頭を動かすと、自分ではない声がすぐ近くから聞こえる。動かそうとした体を恐怖で硬直させ、寝ぼけた頭でゆっくりと声の主を確認するとハジメの寝顔が目の前にあった。

「……」

想定外過ぎる状況にエリスが完全に固まる。ハジメは遅い見張りのせいか未だに寝ており、起きるまでもう少し――

「ミッ!!」

「うっ」

パニックになったエリスは引きつったような悲鳴を上げると、全てを無視して目の前で無防備に眠るハジメの腹に有無を言わさずストレートを叩き込み飛び起きた。


「リ、リ、リ、リリア!」

「おはよう、エリス。さっきの声はどうしたの?何が――」

「変態が私の毛布に入り込んで来て!」

テントから飛び出したエリスはのんびりと本を読んでいたリリアに抱きついた。尻尾を逆なで普段と違う様子のエリスに驚きながらも、普段通りを装って落ち着くように優しく頭を撫でる。

「落ち着いてエリス、何があったの?」

「へ、変態が私の寝てた毛布に潜り込んでたの!」

「変態?」

「ハジメ!」

慌てるエリスを宥める様に優しく撫でるリリアだが、嫌な予感がしているのか冷や汗を流している。

「えっと、大丈夫?何も()()()()?」

「ぶん殴って逃げて来た!殺した方が良い!?」

「ダメだから落ち着いて」

リリアのおかしい聞き方に気付かず、エリスはテントを睨みながら唸る。

「エリス、落ち着てゆっくり聞いてね」

「何が!」

そんなエリスを落ち着かせるように、リリアが優しく抱きしめる。エリスもリリアの温かさで少し落ち着いたのか、力を少し抜く。

「エリスはどっちで寝てた?」

女部屋(左側)だけど、だから!変態が潜り込ん……で……あれ?」

エリスはそこで声をあげると、ゆっくりと寝起きの記憶が蘇る。

目が覚めてハジメが居て驚いてテントから出たがどうも情景がおかしい。その時は男部屋(右側)だった記憶がある。

「あれ?」

思い出した記憶に困惑しながらも、けれど嘘を含むことが出来ない自分の記憶に、何が起きたのかゆっくりと自覚していく。

「……」

やってしまった、と言った感じでエリスが目を泳がせながらリリアを見るが、リリアは何も言えずに目線を逸らすしか出来ない。

「ハ、ハジメ?」

落ち着きを取り戻したエリスはリリアから離れると、恐る恐るテントに近づく。静かなテントからは返事が無く、チラリと入り口を開ける。

「ハジメ?」

再び声をかけるがハジメからの返事がなく、エリスはテントに頭を突っ込んだ。

「……」

2度寝(気絶)させられていたハジメにエリスは何も言えず頭を出すと、そっと入り口を閉めた。



夜の話(何があったのか)

ハジメはテントへと戻り毛布を被っていた。

長いような短いようなリリアとの見張りを終え、先ほどとは違う穏やかな眠気が体を包みうとうとと眠りに落ちようとしていた時だった。

「エリス?」

仕切りの布がもぞもぞと動いて気配が近づいてきたので声をかける。そこにはほとんど寝ているようなエリスが這うようにハジメへと近づいてきていた。

「エリス?どうかした?」

ハジメが出来るだけ優しく声をかけるが一切起きる様子はなく、ハジメの毛布に乗っかるとそのまま丸くなって寝てしまった。

「エリス?動けないんだけど」

エリスはハジメの腕を腕枕にして寝息を立てている。起こすのも忍びなく、ハジメが優しく声をかけるが起きる気配は一切ない。

軽く揺すると「ん~」と嫌がるような声が聞こえるが、それ以外の反応が無い。

予想もしていなかった状況に眠気も薄くなりどうしようと本格的に悩み始めた頃、エリスが甘えるように頭をぐりぐりと押し付けてきた。

「――お父、さん」

「……」

エリスから聞こえて来た寂しそうな悲しそうな、不安を混ぜた小さな声にハジメが固まってしまう。

けれどすぐに復活すると少しでもその寂しさが減るよう、無意識に、抱きしめる様に頭を撫でてしまった。

「……ん」

「子猫かよ」

暗くてぼんやりとしか見えないが、それでも安心しきったケットシー(エリス)の寝息が小さく響く。その様子が嬉しくてつい言葉が零れてしまう。意識せず漏れ出た言葉に起こしたらどうしよう、と慌てて口を結ぶがエリスは起きる様子が無かった。

――さて、どうしよう。

どこかこの状況を嬉しく思って余計に起こすことが出来なくなり、何も出来ずにエリスの温かさと重さを受け止めた。


ハジメが見張りを終えてからリリアは今まで(いつも)通り本を読んでいた。普段と変わらないはずが少しだけ感じる寂しさを気にしないフリして、何も起きない静かな夜が過ぎていく。

――ポフン

見張りを続けていたリリアの耳に、聞きなれない小さな音が届いた。直後のリリアの動きは早かった。

本を閉じると同時に照明を落とし、転がって今の位置から距離を取る。

何も起きない事を確認すると、伏せたまま周囲を伺う。一瞬聞こえた音以外何も異常は無く、これまでと変わらない静かな夜だ。

――ポフン

再び同様の音がする。何か柔らかい物を叩いたような、この場に似合わない音。

――何の音?

一切前兆も気配もなかったこの音に、リリアは困惑しながら警戒する。危険な物なのかも分からない音。何が起こるのかも分からずに音源を探す。

――ポフン、ポフン

再び聞こえた音にリリアが耳を澄ませると、かなり近くから聞こえる。落ち着いて聞くとその音源は分かりやすく、そして気づいた音源に困惑しながら目線を向けた。

「……テント?」

テントから響いていたその音に、困惑し過ぎて声を出してしまった。


「何の音?」

「リリア?助かった……」

警戒を解いていつも通りに戻ったリリアは、けれどもほんの少しだけの警戒を残してテントの中に声をかける。

帰ってきたのはハジメの安心した声とエリスの寝息だった。暗くほとんど見えないテントの中を持って来た照明を最小限の強さで照らす。

「……何で?」

常夜灯よりも小さく弱い光がテントを照らすと、そこに広がった光景にリリアはいつも通りの声で呟いてしまう。

そこにはハジメが寝ているところに寄り添うようにエリスが乗っかっていた。

エリスは安心したように眠っており、反対にハジメは不安そうにリリアを見ている。片腕はエリスに捕まり腕枕状態で、動いたら起きるだろう。

空いた片腕にはハジメの武器が握られており、テントを突いていたようだ。先ほどの音源はこれで、リリアを呼んだらエリスが起きてしまいそうだったので、これで音を出していた。

「なんでエリスがこっちに?」

「寝ぼけたみたいで入り込んで来て。起こすのも悪いからどうしようも出来なくて」

「そう言う事ね。もう、ほらエリス起きて。ここじゃないよ」

「んー……やー……」

何があったのか察したリリアは、優しくエリスを揺する。しかし起きる様子が無く、ハジメにしがみ付くように丸くなる。より強く揺するが一切起きる様子が無く、リリアはため息を吐いて諦めた。

「安心しきって熟睡してる。野営じゃ初めて見た」

「そうなの?」

「うん。時々部屋に遊びに来るから一緒に寝るの。その時はこんな感じ。何かやった?」

「何も。寝ようとしたら寝ぼけて入り込んできた」

リリアは普段通り話すが、ハジメは起こさないように声が小さい。リリアは再び起こそうと揺するが、エリスはより丸くなり一切起きる様子が無い。

「キミはこの状態で寝れる?」

「多分、寝れるはず」

「なら今日はこのまま寝かせちゃって。明日エリスが起きたら説教しなきゃ。ほらキミも、明日も早いんだからおやすみ」

何かあった時はすぐに起きなければいけないのだから、野営で熟睡などあり得ない。

なのに安心して寝ているエリスをどこか嬉しそうに見ながら、リリアはテントの外に出ようとした。

「あ、待って」

「ん?」

そんなリリアをハジメが呼び止める。リリアが振り返ると、ハジメは困ったようにエリスを見ていた。

「このままじゃ風邪引いちゃうから、毛布貸してくれない?」

この涼しい中何も被っていないエリスを心配していた。

リリアは「もう」と言って微笑むと、反対側(女部屋)から自分の毛布を持ってくるとエリスに被せた。



そして今に至る(ハジメが目を覚ました)

あまりの事にエリスを説教することも忘れていたリリアは、朝ごはんを準備してハジメが起きるのを待っていた。

昨日のスープの残り。他に硬めのパンを炙り、チーズとハムを乗せた簡単な物。ちょうど出来上がった頃にハジメが起きて来たので、そのまま朝食となった。

が、その朝食の雰囲気は地獄そのものだった。

まず加害者(エリス)

自分がやったことを自覚しており、パンに口をつける事も出来ずにちらちらとハジメを見ている。しかし耳はずっとハジメを向いており、監視でもするかのように怯えている。

そして共犯者(リリア)

そのつもりが無くても、テント1つで行くと判断したのはリリアだ。まさかこういう事になると思っておらず、食事を進めながらもどこか後悔したかのように俯いている。

最後に被害者(ハジメ)

剛力になって少し頑丈になったらしく、既に痛みもないらしい。ただ「寝坊した」と申し訳なさそうにテントから出てきて、何があったか分かっていない様子は少しだけ平和だった。

だが現状は一切平和ではない。

ハジメは何かを悩むようにパンを食べており、それはまるで怒っているかのよう。そのせいでエリスは怯えている。

「あ、あの」

「……」

エリスが謝罪しようとハジメに声をかけるが、ハジメは気づかず静かに口を動かす。その事にエリスは余計に怯え、どんどん小さくなっていく。

「ご馳走様でした」

ハジメが食べ終わり顔を上げると、やっと周りの異変に気付いた。雰囲気の悪さに驚いてエリスを見ると怯えて小さく固まった。声をかけたら恐怖で逃げ出しそうだ。

「何があったの?」

「えっと」

そんなエリスに声をかけるのをためらい、ハジメはリリアに声をかける。リリアもなんと言って良いか分からず口を紡ぐ。

それでもエリスは小さくなりながら、覚悟を決めて回答(懺悔)した。

「寝ているハジメの毛布に潜り込んで、朝寝ぼけて殴った……」

「……」

想定外の回答にハジメがポカンと口を開けて固まる。何かを確認するようにリリアに視線を向けるが、リリアは頭を下げた。

「ごめん、まさかこんな事態になるとは思わなかった。思いつかなかった私も悪い」

「……リリアでも謝罪するんだ」

滅多に聞かないリリアの謝罪にハジメが失礼な事を言う。酷い言い方にリリアがむっとした様子で頭を上げる。

「キミが謝罪し過ぎなの。私だって非があるならちゃんと謝罪するよ」

リリアが後悔したように呟く。エリスはもっと小さくなっており、もはや可哀そうなレベルだ。

その様子を少し辛そうにしながらも、ハジメは状況を確認する。

「潜り込んだのは知ってたけど、朝殴ったって」

「……潜り込んだのに気づかず、寝ぼけて」

エリスが怯えながら口にする。その言葉にハジメはどこか納得するしか出来ない。朝起きて男性(異性)が目の前に居たら、身を守るために手が出てもおかしくない。

エリスの懺悔を追いかけるのはリリアだ。

「想定できる事だったのに思いつかなかった。本当にごめんなさい。戻ったら新しいテント、私が買うから」

「……今日は外で寝る。それなら、こういう事を起こさないから」

リリアとエリスの提案に、ハジメはどこか困ったようにテントを見る。

それほど大きいものではないが、それでも生地もしっかりとした物でそこそこ値が張る。この地域は寒いため、そうしないと寒さで体調を崩す。

銀貨にして5枚程。決して安い買い物ではない。

そしてそのまま荷車に目を移す。テントを2つ乗せる、それはつまり積載量に影響する。乗せられる荷が減ると言う事は、それだけ収益が減る。

「……」

何か呆れたように溜め息を吐くと、ハジメは立ち上がり歩き出した。その様子を眺めるしか出来ないリリアは目線で追いかける。

「……」

ハジメはそのままエリスの前で立ち止まると、エリスは怯えてどんどん体を縮こませる。そんなエリスに向けて、ハジメは手を向けた。

「っ……」

エリスが怯えて体をびくっと震わせるがハジメは気にせず、頭に手を置くと優しく撫で始めた。

「気にしていない、って言ったら嘘になるけど。でもそこまでさせるつもりはないから」

「……ぇ」

「俺が居るのは初めてだったから、少し調子狂ったんでしょ。仕方ないよ」

「……」

エリスが困惑したように顔を上げて、今日やっとハジメの目を見る。その目はとても優しく、まるで父親のようだった。

「毛布に潜り込んだことは気にしない。寒いからね。でも殴ったことはダメ。()からはしないで」

「……はい」

「だからテントの外で寝るなんてしないで良い。風邪引いちゃうよ」

「……え?」

「この話はこれで終わり。さっさとご飯食べよう。今日はこれから大変なんだから」

ハジメはそれだけ言うと、座っていた位置に戻る。エリスは泣きそうになりながら呆然としていると、ハジメが「ほら」と勧めるので慌ててご飯を頬張る。その様子にハジメが「慌てないで良いから」と優しく言葉にした。

「リリアも。新しいテントは要らないから。今のままでも何とかなるでしょ」

「それは、そうだけど。キミの安全を確保できないよ」

「充分安全だよ。それよりもテントが増えたら場所取るから、その方が問題」

ハジメの言葉にリリアが驚く。けれどハジメは気にせずに、ご飯を食べるエリスを優しく眺める。

「そりゃ、今回のは良くない事だけどエリスはちゃんと反省してるし。それに、嬉しくて」

「嬉しい?」

リリアが驚いてハジメを見る。ハジメは一切気にせず、ただ優しくエリスを眺めるだけだ。

「そんなに俺の隣って安心できるんだなって。そう思ったら、どうでもよくなっちゃった」

ハジメは感じた幸せを嬉しそうに言葉にした。

エリスが入るとすぐギャグ寄りになるんだよね、なんでだろう。

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