35.記憶
10日程が経った。
ハジメはその間に親方から指名依頼を貰い、アマラを誘って前回とは打って変わった平和な作業を続けた。
初日のような忙しさは流石に無く、その分作業は抑え気味だったため1日大銅貨10枚程だったがアマラ達には十分だった。おかげでギルドの給金が入るまで持ちこたえ、余裕はまだまだないが生活に落ち着きが見えてきた。
空いた時間で冒険者業も再開し、今はウルルの森の浅層を中心に探索を行い、安全に依頼を受けるための下準備をしている。
「今の宿は安いけど隙間風がね」とはアスティアの言葉で、早めに兵士寮に移れるよう頑張っているそうだ。
「珍しいな、こんな時間に」
いつも城門の兵士が不思議そうにリリアに尋ねる。今はお昼が過ぎた辺り、普段だったら見ない時間にハジメ達が来ていた。
「はい、今日は野営しようと思ってるので」
リリアが冒険者タグを見せる。兵士は問題ない事を確認すると、すぐ後ろに居たハジメとエリスを見る。
ハジメとエリスは冒険者タグを見せるが、気にせずハジメが引く荷車に目を移した。
「装備は問題ないな」
兵士は、畳2畳分は有りそうな荷車の10分の1ほどを埋めた野営道具を軽く見て、大丈夫と判断すると2人のタグも確認する。
「そこまで確認するんですね」
「忙しかったり、他の兵士ならしない。死なれると気分が悪いだけだ」
兵士はぶっきらぼうに言うと、リリアへと視線を向ける。リリアは何も言わず横に首を振ると、そのままハジメへと視線を向けた。
「何ですか?」
視線の意図が分からず困惑していると、今度は兵士がハジメを見てきた。
「押し付けられてないか?」
「何を、です?」
「その引いてる荷だ」
兵士はそう言うと、ハジメの引く荷車を見る。意味が分からず、ハジメは再び首をかしげてしまう。
「自分の意志で引いますよ」
ハジメはそうとしか言えず、困ったように固まる。その様子を兵士はじっと見て、問題ない事を確認すると道を開けた。
「気をつけろよ」
悩みながらも、ハジメは会釈をして歩き始めた。
「何だったんだろう?」
歩き始めて少し経ち森に入った頃。荷車を引くのをリリアと交代し、ハジメは先頭を歩いていた。
荷車を引いて歩くと、普段は気にならない小さな段差や轍が車輪を取る。そのためよく荷車が引っかかり、リリアが止まっていた。
ハジメは都度「代わるよ」と提案するのだが、リリアは「帰りは私じゃ運べないから」と頑なに拒否している。途中からエリスも押す様になって、止まる事はなくなっていたが。
そう、エリスは偵察ではなく一緒に動いている。
元々リリアとエリス、2人で活動していた時は偵察として動かずに一緒に居た。リリアは偵察としても優秀で、エリスが徹底した偵察をしなくても問題なかったからだ。
エリスが偵察として動いていたのは、ハジメが原因である。何かが起きた時対処できない。そう判断して、何か、が起こらないようにしていた。
けれどハジメもこの世界にも冒険者と言う仕事にも、この森の事も分かってきた。だからこそ、今回から通常の探索に戻った。
「無理矢理、荷物運びをさせられてないか、確認していたんだと思うよ」
リリアが額の汗を拭い、少し深い段差に引っかかった荷車と格闘しながら答える。いつもの道だが既にいつもの倍ほど時間がかかっており、余計な物を運ぶというのがどれだけ手間か、嫌でも分かる。
「どういう事?」
意味が分からず、ハジメが確認する。車輪が段差にハマり動かなくなった荷車を、リリアとエリスが必死に押す。ガコン、と音を立ててついに抜け出すと、再びゴロゴロと動き出した。
「えっとね、荷運び役として雑に使ってないか心配したんだと思う」
動くようになった荷車をリリアが引きながら、ハジメの疑問に答える。
「そんな人、居るの?」
「居るらしいよ。サイシアだとそんな事が無いように、私達やギルドが目を光らせてるからほぼないけどね」
ハジメの確認を、リリアがしっかりと意志のこもった言葉で返す。その強さにハジメも一瞬怯む。
「あれ?なら何で確認されたんだ?」
――絶対にさせない。
そう言う意思の中、なぜ確認されたのか分からずにハジメが困惑する。
「キミが剛力として珍しいタイプだからだよ」
「俺が珍しい?」
「うん」
ハジメが驚いて一瞬固まり、止まれなかった荷車に引かれそうになったので慌てて横に避ける。リリアが目線で「何やってるの」と呆れてるが、ハジメは気づかないフリをする。
その様子を、後ろから押していたエリスが鼻で笑いながら答えた。
「ハジメは剛力としては変だから。穏やかで丁寧で、荒くない」
「それは、多分そうだけど」
「だからそこに付け込んで、面倒な事を押し付けられてないか気にしてた」
その言葉にハジメがすごく嫌そうな顔をする。つまり、リリアやエリスがそう言う事をしてないか疑われていた、と言う事だ。
「2人がそんな事する訳ないじゃん」
「仕方ないよ。仕事だもん」
ハジメが怒りに任せて言葉にすると、怒りを汲み取ったエリスが嬉しそうに言葉を返す。ガタンと荷車が揺れて体が一瞬沈むが、驚いた様子もなく押し続けた。
「一休みにしない?」
「そう、しよう、か……」
「疲れたぁ!」
これまで何度も通っている森の中の広場までたどり着くと、ハジメが声をかけた。
疲れ切ったリリアとまだ少し余裕のあるエリスだったが、ハジメの提案を素直に受けると草原のど真ん中で大の字で横になった。普段なら中心辺りにある岩に腰かけるが、その余裕すらない。
そんな2人に代わって、ハジメは周囲を見渡す。草木の動きや草原の足跡を確認するが、風に揺れ動く以外何も無く、ハジメの目には危険も何も映らない。
「無理しないで良いのに」
「帰りは手伝えないんだからこれぐらいは。この辺りまでなら私達でも運べるからね」
ハジメが呆れ気味に言葉をかけると、エリスが大の字のまま答える。リリアに至っては返事も出来ない程疲れ切っている。
そんな2人のためにハジメは荷車から野営道具を2つ取り出すと、魔法で水を注ぐ。
「飲む?」
「頂戴」
ハジメが言うとエリスが起き上がり、コップを受け取る。そのまま一気に飲み干すと、「もう1杯」とコップを返した。
「リリアは?」
エリスのコップに2杯目の水を注ぐ前、返事のなかったリリアに確認を取ると言葉なく手だけを伸ばしてくる。
「っ……はぁ」
「ちょっとリリア!?」
その伸ばした手にコップを持たせると、リリアはそのまま自分の頭に水をぶっかけた。頭が冷えて落ち着いたのか、びしょびしょに濡れたままハジメにコップを返してくる。
「もう1杯いる?」
「……欲しい」
「飲むなら座って飲んでね」
渡された2つのコップに再び魔法で水を注いて返す。
エリスは貰った水を一口で飲むと一段落した様子で、そのまま再び大の字に倒れる。
リリアは起き上がると、貰った水を一気に飲み干す。「はぁ」と深くため息を吐き、ハジメが「もう1杯いる?」と差し出した手に「お願い」とコップを返してきた。
「大丈夫?さすがに無理し過ぎじゃない?」
ハジメは再び魔法を使う。連続で使っているので、上手く集中が持続出来て会話しながらも使えている。
リリアは鞄から出した布で顔を頭を拭きながら、ハジメからコップを受け取った。
「だからって、キミに全部運ばせたら押し付けてる事になるよ」
ハジメの言葉にリリアが困ったように答えるが、ハジメは気にしない。
「適材適所って言葉もあるんだし、任せて良いんだよ」
「嫌だよ。それでキミに全部任せたら、それこそ荷運び役に連れてきたみたいじゃない」
リリアがすごく嫌そうに言う。水に再び口をつけると、「それに」と続けて、
「適材適所を理由にしたら、キミには何もさせられなくなっちゃうよ」
「……」
リリアの言葉に、ハジメは黙るしかない。今この3人で一番劣っているのはハジメだ。
戦闘ではリリアの足元にも及ばず、他の戦闘外の行動でもエリスが居れば良い。それこそ、荷運び役しか出来る事が無くなってしまう。
「……ごめん」
何も言い返せずハジメは素直に謝罪の言葉を口にするが、その言葉にリリアは腹を立てる。
「悪いと思うなら、どう変えるの?」
今のハジメの謝罪は、自分自身の罪悪感を減らすための謝罪だ。それに気づいたリリアは「だからどうするの?」と問いただす。
「適材適所を言い訳にしないで、成長して、任せられるようになります」
「よろしい」
リリアはそれだけ言うと、ちょいちょいとハジメを手招きする。疑問に思いながらも近づくと、頭を撫でられた。エリスからうっすら殺気が飛んでくるのはきっと気のせいだろう。
「あのさ」
「うん?」
「恥ずかしいんだけど」
「え?あ、つい撫でちゃった」
リリアはハジメの文句に撫でた事に気付くものの、気にせず頭を撫で続ける。止めそうにないのでハジメも諦め、素直に撫でられることにする。
「……いつまで撫でるの?」
「ちゃんと出来たんだから、しっかり褒めるべきだと思ったんだけど」
「例えそうだとしても、さすがに恥ずかしい」
ハジメの2度目の文句で、リリアが撫でるのを止める。
文句を聞いたというよりは、ハジメの脇腹をエリスがナイフで突き始めたことが大きい。もちろん鞘には入ったままだが。
そんなエリスの攻撃をハジメは振り払い、エリスから離れると一緒に座って休み始める。
「さっきの話は、リリアのご両親から?」
そんなハジメをエリスが這うように追いかけてちょっかいを再開したため、ハジメは意識を紛らわす様にリリアに尋ねる。
リリアは一瞬悩むもすぐに、とても儚く微笑んだ。
「そうだよ。お父さんもお母さんも、長生き出来ないって早くから気づいていたみたいで。小さい時から色々教えてくれたり、叱ってくれた」
「……嫌な事思い出させた、ご――……凄い両親だったんだね」
リリアの儚過ぎる笑顔に、ハジメは謝りそうになるが堪え、称える。その言葉をリリアはとても嬉しそうに聞く。
「うん。グレンさんもリズウェルさんも尊敬してたし、ライファ達も凄い大切にしてた」
凄く嬉しそうに、けれどどこか寂しそうにリリアは言葉にする。その表情を見たくなくて、ハジメは冗談交じりに言葉を続ける。
「すぐ張り付いてくるのも?」
「……待って。私、そんなすぐ張り付いてる?」
「俺が恥ずかしくなるぐらいには」
リリアが少し恥ずかしそうに確認する。撫でられたり手を握られた事を思い出しながらも、ハジメは恥ずかしさを隠す様に無表情を意識して返事をする。
リリアは恥ずかしさを誤魔化すように目線を逸らすとすぐに落ち着き、色々と思い出す様に手元の水に目線を移した。
「多分、ヒカリさんとリズウェルさんかな。あの頃は落ち込んでて、ずっと迷惑かけたから」
「……」
リリアはそれ以上言葉にしなかった。あの頃が何を指すのか分かってしまい返事をすることも出来ず、ただ居心地の悪い沈黙の中で静かに待つ。
「後はエリスかな。エリスは撫でられるのも抱きつくのも好きだから」
そんな居心地の悪さを吹き飛ばす様に、リリアが不器用な笑顔を作る。不器用過ぎて、見ている人が泣きそうになる笑顔だ。
「リリア……」
「ん」
その表情に気付いたエリスが立ち上がると、泣きそうになりながらリリアに抱きつく。リリアは少しマシになった表情で、抱きついてきたエリスを優しく撫でる。
リリアは「どうしたの?」と聞くがエリスは離さず抱きついたままだ。
「エリス?本当に、私は大丈夫だから」
リリアの泣くのを堪えたような言葉にハジメも放っておくことが出来ず立ち上がると、恥ずかしさも全て捨て2人を丸ごと包み込むように優しく抱きしめてしまう。
「キミまで、もう。ほら、水零れちゃうからね」
リリアは2人の行動に呆れたように、けれどどこか嬉しそうに言葉を送る。
けれど2人は離れる事もせず、どこか辛そうなリリアを癒す様にただただ優しく抱きしめ続けた。




