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29.Aランク:ライファ・

「ちょっと!」

ライファの言葉を止めたのはリリアだった。慌ててライファを止めようとするが、ハジメは乗り気だ。

「光栄です。俺で良ければ、喜んで」

背筋を伸ばして返事をするハジメだが、ライファは苦笑いを浮かべる。

「緊張するな、ただの軽い運動だ。ニルグ老、綿と布借ります」

「ちょっとライファ!?」

2人はリリアの言葉を一切気にせず動き出す。ライファは棚から布と綿を取り出すとニルグに一言声をかけて持って行った。ニルグからは「おー」と気の抜けた了解の言葉が聞こえるが、そのまま動く様子はない。

「ハジメ、裏庭行くぞ。キョウヤ、手伝ってくれ」

「は、はい!」

「はいよ」

「待って!さすがに危険過ぎ――」

リリアは困惑してハジメを止めようとするが、ヒカリが止めた。

「気にする必要はないわ。ハジメ君がどの程度か知りたかったし、丁度良い機会だから」

「でも、そんな簡単に」

「畏まってすることでもないでしょう」

「……本当に、私のせいで迷惑かけて――」

リリアがバツが悪そうに呟くが、ヒカリが頭を撫でて黙らせる。

「リリアちゃんのせいじゃないから謝らないで。ソフィラも動ける?せっかくだから見に行くわよ」

「……」

ヒカリが動かないソフィラに声をかける。返事はなかったが、まるでゾンビのようにふらふらしながら起き上がると、そのまま裏庭に向かって歩き出す。ニルグから「倒れるなよ」と心配する声が聞こえたが返事は一切ない。

「本当にごめんなさい」

「だから違うってば。本当にハジメ君の実力が知りたかったのよ」

「私がアイツと組もうとしたから」

「それもあるけど、純粋にハジメ君の剛力としての実力が見たいの。本当よ」

迷惑をかけた、とリリアが小さくなりながら呟く。けれどヒカリは厳しい顔をして歩き出した。

「まぁ、まともな戦いにはならないと思うけど」


「なんで綿と布を巻くんですか?」

裏庭に来たライファは借りてきた綿を大剣(ウツギ)に何重にも巻き付けると、ずれないように布を巻きつけた。見た目だけなら大きな棍棒にしか見えない。

ハジメは借りた木刀に何も巻かず、ライファの準備を待つ。

「抜き身じゃ訓練には危ないからな。鞘自体も頑丈に作ってるから歪む事は無いし、ハジメが相当なヘマしない限りは比較的安全だ」

ライファは別物のシルエットになった大剣(ウツギ)を軽く振る。布がはずれる事は無いが、周りに巻き起こる豪風がその威力を物語る。

「そのための木刀じゃないのですか?」

「木刀じゃ打ち合いは無理だ。強く握っただけで砕ける」

ライファはそう言うと、距離を取るために背を向けて歩き出す。その背中は見た目以上に大きく感じ、今のハジメではどう頑張っても勝てないと言う圧をヒシヒシとぶつけ続ける。

その圧に木刀を強く握る。剛力は使っている。いや、恐怖から使わされている、が正しい。Aランクを知れるチャンス、もうないかもしれない。震える手を強く握る事で抑え込む。

「ハジメ、準備は良いか?」

普段のどこか取っつきやすい穏やかな雰囲気が消えた。そこに居るのは数少ないAランクの冒険者だ。

「はい、お願いします」

「行くぞ。()怪我だけはするなよ」

ライファの言葉の意味はすぐ理解することになる。


ライファが大剣(ウツギ)を肩に担いだまま無造作に歩いてくる。ハジメの間合いに入ったら1本取れそう、そう錯覚してしまうほどに無造作に。

だがそれが誤解と分かるほど、一切隙が無い。隙が無さ過ぎるせいで、感覚がマヒしたのだ。

「いくぞ」

ライファの間合いに入った。ハジメのロングソードよりも長く、重い大剣(ウツギ)の間合い。

「 」

何か、声をあげた気がする。けれどハジメはその声を耳が認識する事はなかった。代わりに、視界の端に映った大剣(ウツギ)の軌道に直感だけで木刀を入れた。

「っ」

次の瞬間、ハジメの体は飛んだ。理不尽な力に抗えず、ギリギリひびを入れずに済んだ木刀に大剣(ウツギ)の威力を全て乗せ、耐えようもなく空高く舞い上がった。

「あ、がっ……」

そのまま成す術もなく地面に転がる。空を飛びながらも体勢を整え、勢いよく叩きつけられなかったのは日頃の訓練のおかげだろう。

「ひっ」

座って戦いを見ていたソフィラが悲鳴を上げた。そこら辺の冒険者だったら今ので大怪我を負うか、死んでいる。

衝撃を流し、乗って、転がった(受け身を取った)だけでも賞賛される、それほどの一撃だった。

「さすがニルグ老だ」

吹き飛んだハジメに目線を送りながら、ライファは大剣(ウツギ)の状態を確認する。

ハジメは体に残る衝撃に咽ながらも何とか体を動かす。

「受け身を取れたのは褒めるが、俺が追撃に行ってたら死んでるぞ」

ライファが「早く立て」と目線で催促する。まだ終わっていない、圧倒的な実力者を前に恐怖で震えそうになる足を意地と気力で誤魔化し、ライファを睨むように立ち上がる。

「今度はハジメから来い」

そういうとライファが構えた。大剣を片手で持ち、綺麗に半身に構える。剛力が雑だ、力任せだ、そんな言葉を全て嘘にする、どんなことにも対応出来そうな美しい構え。

「っ」

ハジメが一気に走り出す。ライファはそれに反応せず、ハジメからの攻撃を待った。

ハジメはその催促を受けて全身をばねのように、回転するほどの勢いで回ると薙ぎ払うようにライファに切りかかる。

当たったらリリアでも弾き飛ばす、それほどの威力とスピードを持った全力の一撃を、

「えっ」

ライファは大剣(ウツギ)を軽く合わせるだけで受け止めた。まるで岩を殴ったような頑丈さなのに、水を押したかのように反動がない。

そんな矛盾する完璧な受けをされて、ハジメは固まった。

「まぁこの程度か」

「っ」

次の瞬間、流す様に動かされた大剣(ウツギ)にハジメの体が引き込まれた。その勢いでハジメが体勢を崩すと、ライファは空いた手でハジメを掴み、まるで一本背負いのように地面に投げ飛ばした。

「が、はっ……」

もはや叩きつけるかのような衝撃に息を吐きだす、それでもすぐ動けるように無理矢理息を吸い、乱れた呼吸のまま転がって膝を付いて立ち上がった。

「もう無理だな。お疲れさん」

ハジメの木刀(武器)は投げると同時に奪われ、目の前には大剣(ウツギ)を向けられ終わり(負け)を示す。

勝つ負けるの話ではない。

訓練とも言えない。

体を動かした、と言えるのだろうか。


それほどまでに致命的な実力差がそこには転がっていた。


「大丈夫!?怪我してない?」

膝を付いたまま動けなかったハジメを心配してリリアが駆け寄ってきた。

ライファはそれに合わせて大剣(ウツギ)を包む布と綿を外していく。

「ライファ、さすがにやり過ぎ!」

もしハジメが少しでも弱かったら死んでいる、一方的な打ち込みにリリアが怒る。だがそれを止めたのはハジメだった。

「リリア、良いんだ。ライファさん、ありがとうございました」

「良くない!あんなの、冒険者にする訓練じゃない!」

「なんだ、ずいぶん甘やかしてるんだな。あれぐらい出来なくてどうする」

「ライファと一緒にしないで」

ハジメがお礼を言って立ち上がろうとするが、膝が笑って動けない。リリアが怒りながらもハジメに手を貸そうとするが、先に手を出したのはライファだった。

既に普段ののんびりとした気配を滲ませており、先ほどまでの険しい様子は一切ない。

「あ、ありがとうござ――」

「出来れば初手は躱して欲しかった。見えてたんだろ?」

ハジメは出された手を掴み、立ち上がる。手も足も出なかった事に少しだけ悔しそうに表情を歪めると、体に異常がない事を確かめる。

「いえ、一瞬視界に映りましたが、受けれたのは勘です。躱すまでは流石に」

「視界に入ってるだけで上出来だ。リリアちゃんの訓練が良いから、か」

「褒めてもダメ」

ライファの軽口にリリアが怒る。しかしライファは気にせずにハジメを見る。

「俺以上はそうそう居ないが、それでも力がある奴は多い。ハジメの力だったら受けるより躱した方が良い」

暗に「ハジメの(剛力)は弱い」と言ってくる。けれどその先は違った。

「今後の訓練でも躱す事を意識しろ。剛力らしくはないが受け身がちゃんと出来てるし、ハジメならその方が良い」

ライファの真摯なアドバイスにリリアも、近くで見ていたヒカリも驚いている。

「飯でも行くか。付き合ってくれた礼だ、いっぱい食え」

ライファは周りの反応を気にせず背を向ける。

実力が足りず見捨てられる、そんな感覚に晒されたハジメは慌てて質問をする。

「……躱せるようになれば、ライファさんのようなAランクになれますか」

「無理だ」

救いのない一言で返される。けれどハジメが落ち込む前に、ライファは物凄く機嫌の悪いリリアを見た。

「ハジメが目指すべきは俺じゃない」

ライファはまるで子供の成長を喜ぶように微笑むと、振り返ってハジメの頭を撫でた。

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