27.命を奪う重み
「♪~~」
いつもの食事処でご飯を終えた3人は、街灯が照らす夜の大通りを歩いていた。周りの酒場や食事処はまだまだ開いており、明るく照らさせたお店からはワイワイと声が響いている。
そんな中、エリスはリリアと手をつなぎながら道を歩いて行た。久しぶりのリリアとの外任務と食事が楽しいのだろう、今まで見たことない程に浮かれていた。
ハジメはそれを少し後ろから、出来るだけ普段通りに歩く。お互いに手を伸ばしても届かない距離。ちょうど2人との心の距離感を表してるようにも見える。
食事処では『お急ぎ定食』と言う少し変わった物を頼んだ。頼んだ時にすぐ出せる物を出す。何が出るかはその時のお楽しみと言う福袋みたいな物だが、急いでいる時は重宝される。
今の時間はおむすびにから揚げに卵焼き、それに温かい味噌汁だった。
懐かしく食べ慣れた味にハジメは一息ついたのだが、どこか心の奥に締め付けられたような違和感が巣食っていた。
何故かは分かっている。それでもリリアとエリスにばれないよう、普段通りを心掛けて食事をとった。
リリアは何かに気付いたように何度かハジメを見ていたが、ハジメは気づかないフリをする。
エリスがいつも以上に明るいのも、きっとリリアが一緒だからだろう。
ハジメはそう自分に言い聞かせ、食事を終えた今は街灯の明かりを目印に寮へと歩いて行た。
「……」
「ん?エリス、どうかした?」
ハジメが街灯を眺めていたら、エリスが不安そうにハジメを見ていた。ハジメはいつも通りを作り、出来るだけ自然に笑うように努力する。上手く出来たかは分からない。
「ハジメ、大丈夫?無理しちゃダメだよ」
エリスがじっとハジメを見つめる。周りに人が居ないとは言え、道のど真ん中で見つめ合う不審な人になっている。
「大丈夫だよ。ほら、ここで止まったら邪魔になるから早く帰ろう」
「でも!」
「俺も今日は疲れたんだ。さっさと帰って寝たいんだよ」
「……」
エリスが何か言いたそうにハジメを見るが、それを無視するように歩き出す。出来るだけ視線を合わせないように2人の横を通り過ぎると、そのまま進んだ。
すぐに二つの足音が追いかけてくる。ハジメはそれを意識しないよう、前を向いて歩いた。温かくなったとはいえ、日が落ちると肌寒い。寒さが心を突き刺す様に、違和感は鈍い痛みとなって心をすり減らす。
「……」
出来るだけその痛みを意識しないよう、寒さに身をゆだねながら歩く。冷える体は寒さ特有の痛みを与える代わりに痛みを鈍くし、心の痛みも減るような錯覚を起こす。
「ハジメ!」
エリスの悲鳴のような声かけに、ハジメが驚いて後ろを振り返る。泣きそうな、辛そうな表情をしたエリスと再び目が合う。
「どうした、エリス。大丈夫?」
ハジメはいつも通りを意識して声をかける。エリスは小走りにハジメに近寄ると手を握った。
「エリス?」
急な行動にハジメは困惑し、けれどエリスは何をしていいのか分からずにそのまま固まる。
お互い固まったまま、互いの人肌は穏やかに伝わっていく。
「あの、えっと……」
「ホントにどうした?」
空いた手でエリスの頭を撫でる。エリスは少し驚いてるが、けれど素直に受け入れてる。
「ほら、寒いだろ。さっさと帰ろう」
出来るだけ明るくハジメが言うと、エリスの握る手が一瞬緩む。逃げるようにハジメは手を離すと、寮へと進んで行った。
「あっ」
エリスから声が漏れた気がするが、ハジメは意識の外に出し、出来るだけ距離を作るように歩き出す。
「えっ」
「ほら、一緒に帰るんでしょ」
「ちょっと、リリア?」
そんなハジメを止めたのはリリアだった。ハジメの手を掴むと一緒に歩き出した。逃げる事も出来ない。
「エリスもほら、帰るよ」
リリアは逃がさないようにハジメの手を掴んだまま、空いた手をエリスに向ける。エリスは驚きつつもその手を掴んだ。
「あの、リリア?」
「私も疲れたの。止まってないでさっさと帰ろ」
リリアは2人の手を掴んだまま歩き出す。さすがのハジメも少し恥ずかしいのか、歩く速度が落ちた。
「大丈夫、キミは生きるためにやるべきことをやった。責任を感じる必要も、重く受け止める必要もない」
「……」
リリアの言葉にハジメが固まる。けれど足を止める事は許されず、一瞬引っ張られるようになるがそのまま歩く。
まるで操り人形のようにただただ歩きながら、鈍い痛みはリリアの手によって温められる。
「……リリアは」
「ん?」
「……どこまで、気が付いてるの?」
「さぁ、どうでしょ」
ハジメの言葉をリリアは微笑んで流す。全てを分かっているような穏やかさに鈍い痛みは棘のように小さくなり、どこか見えないところに残り続ける。
「冒険者なら、誰もが通る道だから」
「そう、なの?」
リリアからの返事はなかった。けれど握られる手に、ほんの少しだけ強い力が返された。
「リリアは明日の朝空いてる?」
「空いてるけど、どうして?」
リリアの手の温かさと大気の涼しさでほんの少しだけ落ち着いたハジメは、リリアに捕まりながらも声をかけた。リリアがとても穏やかに返すと、釣られてハジメの声も穏やかになる。
「行きたい所があるんだけど、一人じゃ行きづらくて。一緒に行かない?」
「いいよ。準備出来たら食堂で待ち合わせで良い?」
「お願い。そうだ、エリスも行く?」
リリアの向こう側に居るエリスに声をかけると、残念そうな声で返される。
「明日は依頼があるから」
「そうなんだ」
「うん。だからリリアを変なところに連れて行ったら許さないよ」
「行かないよ」
ハジメがやっと普段通りに近い笑みを浮かべると、エリスは安心したようにハジメを見る。
「ちなみにどこへ行くの?」
「えっと、せっかくだし秘密で」
「なにそれ。私は行った事ある場所?」
「エリスは、行った事ある、のかな?」
ハジメが悩みながら呟くと、リリアが助け舟を出す。
「もしかして、私と一緒に行ったあそこ?」
「多分そこ」
「なら、エリスは行った事ないね」
リリアは場所の予想がついたらしく、イタズラしたかのようにクスリと笑う。
「え、どこ?」
「せっかくだし秘密にしよっか」
「酷い!教えてよ、ねぇ!」
エリスがリリアの手をぶんぶんと振る。その様子を、2人は手を繋ぎながら穏やかに眺めた。
「はぁ……」
リリア達と分かれた後、体の汚れを落とすために共同浴場でシャワーを浴びてきた。湯船は設置時間外だったため浸かる事は出来なかったが、それでもスッキリする。汚れた服は明日洗えるよう、部屋の端に綺麗にまとめてある。
今日使ったロングソードの手入れを終えると、疲労に従ってハジメはベットで横になった。もう1年になる慣れ親しんだ寮の部屋。とてもよく知る場所。
今着ているのはパジャマ代わりにしている服。軽く肌触りが良く寝心地がよかったので、少し高価だが買ってしまった物だ。
最初は自分のものが何もなかったこの部屋も、服や小物が増えて人が生活している部屋になった。
箪笥にはもう着れるかも怪しい制服が最奥で肥やしになっている。使っているのはこの世界で買った服だけだ。
「……っ」
そのまま眠りに落ちようと目を瞑ると、恐怖に眠気が飛ぶ。
「……ダメ、だな」
ハジメはぼそりと呟く。誰にも届かない、自分にも届かない独り言。ベットに入ったまま真っ暗な天井を見上げるが、暗闇しか映らない。
不安から使い慣れたロングソードを探して手を伸ばす。しかし触れる場所には置いておらず、ただ手を強く握り込むしか出来ない。
――俺は今日、殺し合いをした。
心の中で呟くと、その重さに体が震える。
傍から見たら一方的な、それこそ殺し合いではないかもしれない。それでもお互い命を賭けて、武器を握って戦った。
今まで殺しをしなかった、と言えば嘘になる。この世界で食べるために、食材とするために殺したことはあった。今思えば、元の世界でも何かしら食べていた。肉にしろ野菜にしろ、色々な生き物を。
ハジメ自身が殺したわけではない。けれど自分が生きるために、他の人に殺しを押し付けて、食べてきた。
でも今回は違う。生きるためではなく、自分が先に進むために殺した。自分の夢のため、冒険者として進むために殺した。
振るった剣に残った感触を思い出す。力任せに振ったから、手には何の感触も残っていない。それでも何かが残っている。
襲いかかる恐怖から目を逸らそうとしても逸らせず、逃げるように毛布にしがみ付くと体を丸める。
手に残る剣の感触に、体が震える。
まるで子供が泣くように、どんどん小さく、丸くなる。
――『大丈夫、キミは生きるためにやるべきことをやった』
恐怖に押しつぶされそうになった時、何もないはずの強く握った手に、ふわっと優しく暖かな手が触れた。その記憶が深い呼吸となって安らぎを与え、体の強張りをほぐす。
――生きるために。
ハジメは自分にそう言い聞かせ、手に残る暖かさを探す。強く握った手は優しくほどけ、恐怖から冷え切っていた手はゆっくりと命を通す。
「あ……」
急に、先ほどどこかに消えた眠気が体を包み込んだ。安らかに、穏やかに、意識がゆっくりと落ちていく。
「だい、じょう……ぶ……」
ハジメは自分にそう言い聞かせると、落ちていく意識に身をゆだねた。
懐かしい夢を、見た気がする。
どんな夢かは、覚えていない。