2.x.グレンとミノルの裏話
「それでグレン様、どうするんですか?」
ハジメに食事を届けた後、ミノルはグレンの執務室に来て話をしている。ハジメが居ないから日本語は使っていない。
外はもう暗くなり始めているが、今後の事を考えると真っ暗になるまで打ち合わせは続きそうだ。
「まずはギルドの司書扱いで働かせながら言語を覚えさせるしかないだろう。確認したいんだが高校3年は子供って考えて良いか?」
「はい。経験によっては半分ぐらい大人に入りますが、あの様子だと子供でしょう」
「なら護衛も必要か。はぁ……参ったな」
グレンが椅子に体をゆだねて天井を見上げる。その表情は、困惑と混乱、諦めと言ったところか。独り言のように呟く。
「リリアに任せるしかないんだが、何も分かってない馬の骨と関わりを持たせたくない」
グレンにあるのは親心か、ものすごく嫌そうに呟く。
ハジメの様子を見るに、話しやすい同年代の護衛の方が良いだろう。安心して護衛を任せられる実力者で、簡単な言葉だけでも良いから言語が分かる人、そしてそういう面倒な事を理解してくれる人。
それが出来るのはグレンの知る限りリリアしかいない。
「一応私は『迷い人側』なのでそういう本音を言うのはどうかと」
「例えそうでも、ミノルはもうしっかりとこの世界で生きているだろう?」
「まぁ、ルビアとも恋愛結婚で子供も貰いましたし、今更日本に帰れると言われてもルビアを置いて帰るつもりはありませんが」
ミノルはそう言うと、家で待つルビアを思い浮かべる。
「ミノルはそうかもしれないが、ハジメは来たばかりでこの世界を生きる能力も気力も、意思もない。帰れると知れば頑張るかもしれないが、不可能な事に希望を持たせて後々問題にするわけにもいかん」
「それは……ちゃんと伝えましたけど」
「受け入れてるようには見えたが、本当かどうかは分からない。何にせよ、ちゃんとここで生きる土台が出来ないと」
「その生きる土台が出来る頃にはこの世界から離れられない、ですか?」
「……悪いと思ってる」
ミノルの皮肉にグレンが言葉だけだが辛そうに謝った。だがミノルは全然気にしてないように笑った。
「グレン様は関係ないでしょう。それに下手に希望持たせるよりも不自由なく生きれるよう動いた方が良い、と言うのは理解しています。グレン様に文句言うつもりはないですよ。ただ、運が悪かっただけです」
これまでの事実があるとはいえ、帰る方法も手段も探さずに「この世界で生きろ」と言ってるのと同義だ。元の世界に執着があれば、いや例えなくても暴れられたりする危険はあった。
それを分かった上でグレンに出来る事は生きる環境を準備する事だけだ。金だけ渡してと言う方法もあったかもしれないが、そのための費用を出し続けるのも大変だ。
それにハジメと言う存在は魅力だ。大人ではあるが子供のようにまっさらな状態で、しかも高い基礎教養があるのだ。上手く使えば素晴らしい人材になる。
立場上その辺りまで考えなければならず、先々の事も考えるとこれしか方法がなかった。
グレンの困った様子にミノルがため息を吐きながら続ける。
「それで、明日の朝は私がギルドまで連れていきますけど」
「頼む。朝は忙しいのにすまない」
「明日は仕込み担当が違うので大丈夫です。ただ、明日以降は無理ですけど」
「明日さえ何とかすれば、後はリリアに頼むつもりだ。ほとんど喋れない人と一緒の方が、言語を早く覚えるだろう」
「荒療治、ですね」
「仕方ない」
2人そろってため息を吐く。それに合わせて、ミノルが思い出を引っ張り出す。
「私の時よりはマシですけど……」
「大変だったらしいな」
「そりゃあ、もう。言葉は通じないし牢屋入れられたし。ヒカリさんが前線から戻ってきていなかったら危なかったですよ」
「そのせいで相当パニックになったらしいからな」
「……なんでグレン様がその事を知ってるんですか」
「ヒカリから聞いた」
「……あの人はもう」
そこでミノルが手元にあるお茶を一口飲む。はぁ、と深いため息を吐いて明日からある面倒事を悩む。その様子にグレンも同じようにため息を吐き、文字と数字が並ぶ紙を眺めて再びため息を吐く。
「本当、運が悪いんだか良いんだか」
「全くです」
ため息が止まらない。
「予算どうするか。ギルド通さないとリリアへの護衛代でまた文句言われそうだし…」
「……明日にしません?私も家でルビアが待ってますし」
「あぁ、俺も妻が待ってるし……」
現実逃避するしかなく、ため息のコーラスは止まらなかった。