17.ハジメの弱さ
「え……」
周りの喧騒に掻き消えそうなぐらいにか細い声が、ハジメの口から洩れた。
リリアはハジメを握っていた手を離し、指示を出していた人がこちらに来るのを待っている。
「リリア?なんで……」
「なんでって、キミが戦えるほど強くないから。連れて行っても足手まとい」
「そ、そんなことはない!これまで鍛えて……今日だって見たよね?あれぐらいは戦える」
ハジメが慌ててリリアの肩を掴む。けれどリリアは、相手にしていない。
「無理。お願いだから戻ってじっとしてて」
「また誰かが死ぬのを黙ってみてろと!?俺だって戦えるようになったんだ」
「お願いだから戻って。今、キミを相手にしている時間は無いの」
そう言うとリリアが周りを見る。
「偵察隊が行った。あと1時間もかからずに情報が来て、討伐隊が組まれるはず。見つかった魔物からしてもCランク以上。だから多分、私が呼ばれる。準備が必要なの」
「俺だって、今日ソフィラさん相手にちゃんと戦えた。それぐらいは――」
「無理。ごめん、説明している時間がないの。サシウスギルマスを待って――」
「何でだ!何がダメだって言うんだ!なら俺は今まで何のために――いってぇ!?」
ハジメがリリアの両肩を掴んで文句を言おうとした瞬間、後頭部に衝撃が響いた。リリアに投げられていた時とは違う、固いものでぶん殴られた衝撃だ。
「誰だ人の頭を――」
「サシウスだよ。忙しい中で喧嘩してるんじゃねぇ。リリア、偵察隊から情報来たらCランク以上メインで討伐隊組むから急いで装備整えろ。それぐらい予想してるだろう」
ハジメが振り向きながら怒鳴ると、そこにはロングソードの柄でハジメを小突いた犯人が居た。ライファよりも身長がある、ドスの聞いた低い声。ギルドマスターのサシウスがそこに立っていた。
「ついでにライファとキョウヤにも声かけてくれ。気づいてるとは思うが、念のためだ。多分グレンの所に居るだろう」
「ヒカリさんは良いんですか?」
リリアがサシウスの頼み事の内容に驚いていると、サシウスは自分の後ろを指さした。
「ちょうど遊びに来てたのよ。そのまま厄介事みたいだけど」
サシウスの後ろからヒカリが手を振って現れる。既にフル装備だが、何故か雰囲気はいつもより緩い。
「って事だ。リリア、さっさと行け。いつ連絡が来てもおかしくないからな」
「はい。あ、ギルマス、これを。被害にあった冒険者のタグです」
リリアは動く前に、リリアがタグをサシウスに差し出す。サシウスは一瞬渋い顔をすると、それを受け取った。
「……バカ野郎が」
サシウスの呟きは届いたが、それを聞かないふりをしてリリアは走り去っていく。
「ギルマス!俺も行きます!」
去って行くリリアに気を取られたハジメだが、すぐにギルマスを見ると直談判を始める。
「誰だこいつ?」
そもそもサシウスはハジメを知らなかったため、後ろに居たヒカリに確認する。
「グレンがリリアちゃんに任せてたくそ野郎」
「あぁ、こいつがヒカリが根に持ってた迷い人か。おい、ランクは?」
サシウスはそこまで聞くと、威圧するようにハジメを見る。
「……Fランク、です」
「部屋で待ってろ。討伐隊に組み込む訳ないだろうが」
呆れたような一言。けれどハジメも食い下がる。
「それでも、今まで鍛えてきて――」
「それは周りに居る、お前より高ランクのやつらよりも、か?」
「………」
サシウスの言葉にハジメが黙る。正論に何も返せず、そのまま俯く。
「ちっ……こういうのが何するか分からないんだよ。忙しいってのに」
サシウスが困ったように頭をガシガシとかく。そこでハジメから視線を外し、何かを閃いたようにヒカリを見た。次の瞬間、何かを察したヒカリがすごく嫌そうな顔をする。
サシウスはそれを無視して話し出した。
「ヒカリ。今回の招集はCランク以上、緊急だから集まるのは6人か7人の見込みだ」
「嫌なんだけど」
「そいつらをヒカリ、ライファ、キョウヤを臨時リーダーにしたパーティ組ませる」
「嫌だ」
「細かい所はライファとキョウヤが来てから詰めろ」
「ヤダ」
「その間、応接間1つ開けとくから――」
「絶っ対にヤダ」
「――この馬鹿見張っとけ。変なことしようとしたら任せるから」
ヒカリの言葉を無視してさっさと話し切ると、サシウスはヒカリとハジメを置いて去って行った。そのままギルド職員に色々指示をしながら進んで行った。
「はぁぁぁぁ。私はもう部下じゃないのに」
残されたヒカリは凄く嫌そうにため息を吐くと、ハジメを先導するようにギルドの奥へと歩いて行く。
「ねぇ、こっち来て」
「っ……」
殺気を通り越して殺意とも言えるようなその圧はすごく、ギルドから離れようとしたらその場で叩き切られる。ハジメを見てもいないのにそう感じる程だった。
ハジメは殺意に当てられながらヒカリの後をついていくと、それほど広くない部屋にたどり着いた。詰めれば3人ぐらい座れそうなソファが2つ、その間にテーブルがあり、大き目の窓から光が差し込んでいる。
「そのまま座って待って。下手に動かないで」
ヒカリは射殺しそうな圧を出しながら、さっさとソファに座る。腰に付けていた手斧は膝の上に置き、何かあったらすぐに振れるだろう。
ハジメは素直に反対側のソファに座る。
「……」
凄まじい緊張感と苛立ち、怒りを含んだ雰囲気に飲まれ、ハジメは何も言えなかった。それでも何とか溺れる様に、空気を探す様に口を開く。
「あ、あの……」
「……ギルドから出て行こうとしたらこの場で殺す」
ヒカリはハジメを見もせずに、外を眺めながら威圧した。その言葉に、ハジメは恐怖を押し殺して言葉を紡ぐ。
「お、俺も!同じ迷い人として、力になれるかもしれ――」
「つまらない冗談ね。アホなの?」
ハジメの言葉は、呆れと軽蔑を多量に含んだ言葉でかき消された。
「で、でも!力になれるかもしれないじゃないですか」
「それ以上に、リリアちゃんを危険にさらす。外を歩く基礎も経験もない素人を連れて行って、何か利点があるの?あんたの満足が得られると良い事が起こるの?」
「……実力が、あるはずです」
「それは、私達より?」
ヒカリのその言葉に、今度こそハジメが黙る。何も言えず、ただ俯く。
「何があったのか知らないけど、あんたが付いて来ても邪魔なの。外は予想が付かない。大丈夫と思ってもダメな事なんてよくある」
ヒカリはハジメを見もしない。ずっと外を、真剣な表情で睨んでいる。
「あんたが付いて行ったら、一番危険なのはリリアちゃんなの。分かる?」
怒りを多量に含んだヒカリの言葉に、ハジメはもう何も言えない。簡単に予想される危険を想像出来るようになり、恐れ始めている。
リリアは厳しいが、とても優しい。何か危険が起きたら守ろうとする、は充分予想が出来る。何も知らないハジメは、その危険に晒される確率は高いだろう。それを防ぐため、リリアは不要な危険に飛び込む事になる。
「外に行こうとするなら、今この場で処分する。同郷とかどうでもいい。私にとっては、あんたの命よりリリアちゃんの命の方が大切」
その殺意と迫力にハジメは気圧される。そして、どれだけ迷惑な事を言っていたのかをゆっくりとだが自覚する。
リリアを危険に晒す。その予想に後悔が広がる。
「すいません、でした」
ハジメの絞り出した謝罪は、ヒカリの耳にも入った。しかしヒカリは一度もハジメに目を向けず、ずっと外を睨み続けていた。
「馬鹿なことはしなかったんだな」
「しても良かったのにね。今後の問題が起きなくなるから」
「その場合、今の問題が大きくなりすぎんだよ」
扉が開くと、サシウスが入ってきた。ヒカリと軽口を叩くと、そのままヒカリの横にドカッと座りソファに体を沈める。
「じゃ、準備に行くから」
「おぉ。悪かったな任せて」
「本当よ」
入れ替わるようにヒカリが出ていく。ハジメはその2人に何も言えず、何も出来ない自分への悔しさにただ俯いていた。
「なんだ、説教でも受けたのか?」
その様子にサシウスが声をかける。ハジメは目線を上げる事も出来ず、呟くように言葉を漏らす。
「迷惑だと、言われました。危険な自己満足にリリアを付き合わせるな、と」
「ヒカリはリリアを甘やかしているからな。リリアが意味のない危険に晒されるなら、あいつは本当に消すぞ」
「それは……」
「でもそうなりゃ、リリアが悲しむ。だが本当に危険だったらヒカリは遠慮せず動くぞ。お前は切られててもおかしくなかったんだ。リリアが悲しまなければ、な。お前は、リリアに救われたんだ」
「……」
サシウスの本気の言葉に、ハジメは顔を上げた。
サシウスはハジメを見ておらず、ただ外を睨むように眺めていた。
「来た」
どれほどの時間が経っただろう。サシウスはずっと外を眺めたままで、ハジメを見向きもしない。そんな中、ボソリと呟くとより一層厳しく外に視線を向ける。
「えっ」
その言葉に釣られて、ハジメも外を向く。
そこには、ずっと遠くの空に浮かぶ魔法が見えた。その光はすぐに消えるとすぐに新しいライトが浮かび、そして消える。赤、黄色、緑、無色。何度か出ると、最後に赤色が撃たれ、その後は何も上がらなくなった。
「今のは…?」
「……そうか。お前、新人教習は?」
「まだ、です。外に出る直前の方が良いと言われて」
「使わん知識は風化するからな。正しい判断だ。あれは救難信号だが、今回は偵察隊の連絡だ。まぁ、狼煙だな」
サシウスはそう言いながら、ここで初めてハジメを見た。
「今回なら発見した場所と敵の数――現在分かってるゴブリンとオーガの大まかな数と状況の報告だ」
サシウスに見られながら、ハジメは何も言えずに固まる。
何も知らなかった。いや、知ろうと思えば知りえただろう。けれど何もせず、後回しにしていたせいである。まだ不要と言われ、それをそのまま受け入れていた。
サシウスが言う通り、それは正しいだろう。何も知らないハジメに、全てを詰め込んでも使える知識にならず、無用になった可能性が高い。
「……サシウスギルマス。今の狼煙の意味を聞いても大丈夫ですか」
「俺は教師じゃないんだが」
そう言いながらも「仕方ない」と言葉を続ける。
「最初の魔法が場所の報告だ。上がる角度、高さで大まかな距離が分かる」
そう言いながら、サシウスは指で軌道をなぞるように動かす。
「それから敵の種類、数に応じて上げる魔法の数と色を変える。これは後で勉強しろ」
これ以上の説明はめんどくさい、と端折られる。
「そして最後が生存者、要救助者だな。お前は見たか?」
「赤、でした」
「そう、赤だ。生存者発見出来ず、つまり救助予定者の全員死亡だな」
「……え?」
これまでと変わらないサシウスの言葉にハジメが固まる。だがサシウスは気にしない。
「まぁ、予想通りだ。今の報告は討伐隊も気づいたはずだ。安心しろ、今回はヒカリ達が動くんだ。すぐ終わる」
「待って、ください。生存者無しって」
「想定通りだ。アルモスが報告に来たことを考えれば、生き残りが居るとは思えなかったからな。こうなってるのは予想が出来た」
サシウスはそう言うと、先ほどリリアが渡した血の付いたタグをチャリン、と揺らして見せてくる。そこには『アルモス-クロブ』と名が刻まれた、生きた証があった。
「何で……」
「何でって、何がだ」
ハジメから洩れた言葉は、本人すら意識していなかった。勝手に溢れ出た言葉だった。
「リリア、頷いていたんですよ。助けてくれって言葉に、うんって返してたんですよ」
ふらつく体に、ハジメは自分が何を言ってるのか理解していない。ただ、感情の揺れ幅に体が追い付いていなかった。
「なのに、もう間に合わないって……リリアが、助けに行くって――」
「リリアは最初から気づいてるはずだぞ」
サシウスが言葉を止める。その言葉にハジメは何も言えない程に驚く。
「リリアもCランクになるほど経験を積んでいる。この状況、生存者が居ない事は最初から充分予想が出来た」
事実を淡々と並べる。それはハジメが冷静だったら、少し考えるだけで予想出来てしまう事。
「なら、なんで」
リリアは正面から、その死を背負ったのか。
あの時、兵士が既に対応していた。近寄っただけで血の匂いが酷かったのだ。リリアならもっと早く気づいておかしくない。その惨状を見ずに、すぐギルドに行くことも出来た。
なのに前に出て、その惨状を受け入れた。人の死を正面から受け止めて、そして進んだ。
ハジメが見ず知らずの、敵とも言える人の死でボロボロになりパニックになるなか、リリアはそれさえ抱え込んだ。
「知らねぇよ」
サシウスは吐き捨てると、もう何も浮かばない空に目を向けた。




