8.剛力訓練
「久々に来たなぁ。懐かしい、何も変わってない」
鍵を借りてきたキョウヤがガラガラと扉を開けて中に入っていく。そこには地面が土のままの広い空間があった。
広さは学校の体育館ぐらいありそうだ。壁は木製で何度も補修した後がある。
そんな場所にキョウヤがさっさと入ると周りを見渡し、そのすぐ後ろをライファがどんどんとついて行く。
「ホントに懐かしいなぁ。見ろよキョウヤ、あそこの補修跡」
「うわ、まだ残ってるよ。確かライファが開けた跡だった?」
「ちげぇ、レインが俺を投げて作った跡だ」
「ん?こっちで訓練するようになってからもそんな事あったか?」
「あった。ユイ嬢ちゃんはお金の事気にして地面に刺す方向だったけど、レインには何度か投げられて壁に穴開けたよ。隊長に怒られて板打ち付けたの俺だぜ。俺悪くないのに」
「え、何その話聞かせて。その頃ずっと前線だったし部隊も違うから知らないんだよね」
「何で俺が酷い目にあった話をヒカリに教えないといけないんだよ。俺が面白い事何も無いんだけど」
「私が楽しいから。それにユイちゃんの話、もっと聞きたいじゃん。リリアちゃんもそうでしょ」
「それは、そうですけど……」
「ほら~。ライファ、話しなさい」
「待てヒカリ。ユイ嬢ちゃんのこの話って、かなり暴力的な話になるんだが!?」
「あら良いじゃない。すごく興味あるでしょう」
「それはもちろんです」
リリア達が楽しそうに思い出話を始めた。
ハジメは話に混じるか悩んで固まっている。そして、その思い出話に混じらず横で苦笑いしているグレンに目を向けた。
「あぁ、レインってのは昔の同僚だ。ユイ嬢ちゃん――ユイは、リリアの母親だな」
グレンが優しく、辛そうに微笑む。今まで見たことない表情であり、その人がどれほど大きな存在だったかが伝わってくる。その隣に立つリズウェルはもっと辛そうに俯いた。
グレンはその表情をすぐ消すと、パンと手を叩いて全員の視線を集めさせる。
「さてと、思い出話は後にしてやることやるぞ」
「「「「はい!」」」」
グレンの言葉に、今までの歓談が一瞬で止める。ハジメはその変わり身の早さに驚いて唖然としている。
それを無視してライファが背負っていた剣を地面に突き刺した。丁度半分くらい埋まっただろうか。
「よし、ハジメ。こいつを抜け」
「えっ」
ライファはただそう言うとハジメを見た。先ほどの重さを理解してるから難しい、と言いそうになるが、ライファの強烈とも言える圧力に負けた。
刺された大剣の前に立ち、柄を握る。
「んんんんんっ!」
力いっぱい動かすとほんの少し持ち上がった、気がする。しかしこのままだと先に腰が壊れる。なぜこんなことを、と考えた時に急激に力が生まれた時を思い出した。
――あの感覚は魔法を使った時に近い。
体の中のよく分からない力を、体中に回す感覚。それを思い出す様に力を込めていく。
「んんんんん!?ん~~~!!うおっ」
力を振り絞ると何とか抜けた。が、ふらふらと倒れそうになる。
ライファが軽々と持ち歩き振り回しているが、実際の重量は訳が分からないレベルだ。常人では動かすのがやっと。だがハジメでも持ち上げられた。これが剛力と言うものだ。
ただ剛力にも力の差はあり、ハジメの剛力は弱い。ライファが軽々と運ぶこの大剣を振る箏はおろか、持ち上げるのがやっとだ。そんな武器を振り回せるライファは相当だが、そもそもライファの剛力が高すぎるため比較するべきではない。
「やっぱ持ち上げるくらいの力はあるな」
「あああああっ!」
ライファが言ったが、その辺りでハジメの限界が来て大剣が地面に付いた。その様子を、唇を噛みながらリリアが見ている。
「ハジメ、そうじゃない。魔法の使い方勉強したよな」
「はい。先天魔法の練習した後、体の奥底から力が湧き出る感じがするようになって。体の外に出す事は出来ませんでしたが、それを動かす感じにしたら少し威力が上がりました」
それでも最大火力のライター程度の威力であったが。
「それは大気の魔力を体に上手く取り込んで、体に慣らす作業が出来たって事だ。それと同じだ」
「どういうことですか」
「剛力を魔法の一種と捉えろ。通常は言葉とイメージで火や水を出すが、」
ライファはそこで区切り時間をかけて集中すると『トーチ』と唱え、指先に小さな火種が生まれた。ライファはこれが限界らしい。
「剛力は、言葉やイメージ無しで体内で力に変える魔法、と考えると分かりやすいと思う。感覚の割合が強すぎて、出来るか出来ないかは資質が影響するんだがな」
「魔法……」
ハジメはライファの説明を聞くと、自分が掴む大剣を見る。
――腕に力を込めるのではなく、体の中の力を感じる。
深く、息を吸う。魔法を使うのに何度も練習をしたが、イメージが苦手でいつもこのルーティーンを行う。体の中を確認して奥底にある力をゆっくりと動かす。
――感じた力を腕、じゃなくて体全体に巡らせる。
少し体が軽くなった気がする。それと同時に手に持つ大剣が、今までよりも少しだけ軽く感じる。
「あっ」
今までの重さは何だったのか、そう思うくらいには持ち上がった。それでも重さは相当で、振る箏は出来なかった。それでも周りから「おぉ」と歓声が響く。
「そう、その感覚だ。ハジメ、一旦剣を地面に刺せ」
「はい」
ライファの指示に合わせて最初と同様に大剣を地面に刺す。腕はプルプル震えており、全身汗だくだ。
ライファはそんなハジメに無造作に近づくと、ハジメの腰辺りを持った。
「動くな。そのまま剛力を維持しろ」
近寄ったライファに驚くが、その言葉に再び体の中に意識を向け、剛力を使い続ける。
「よっと……。こんなもんか、止めて良いぞ」
そんなハジメを、ライファは腰の辺りを掴んで持ち上げる。何かを確認するとすぐ降ろした。
「ライファさん?今のは」
「力が増えてもウツギは重いんだ。簡単に振れるわけないだろう」
「ウツギ?」
「あぁ、大剣の銘だ」
ライファは刺していた大剣を軽々と持ち上げ、懐から出した布で刀身に付いた土を綺麗に拭い去ると背中に戻した。
「剛力の作用で体が重くなるんだ。そうじゃなければ振るたびに飛んでいくぞ」
「でもライファさん、普通に持ち歩いてるますよね。重量増加もあったら地面に穴空きません?」
「……戦争でな。何度も使って戦ってたら、重量増加と筋力増加を分けて使えるようになっちまったんだよ」
悲しそうに言いながら、ライファがハジメの頭を撫でる。頭を撫でられるなんていつぶりだろう。
「俺も出来るようになりますか?」
「出来ないとは言わないが難しいだろうな。俺以外に出来たやつを知らないし、そもそも長生きする奴が少ないからな」
「えっ……」
ハジメがライファの言葉を確認するように目を合わせるが、ライファはそれを無視する。
「ハジメの剛力を確認したが俺よりもかなり弱いし軽い。ただそれだけ力が発揮できるなら、相当無茶しなければ大丈夫だろう」
「弱い、ですか?」
「あぁ、弱い。剛力が無いヒカリもキョウヤでも、大剣を持ち上げて移動するくらいは出来るからな。振るのは無理だけど」
ライファの言葉にハジメが2人を見て確認すると、頷きで返事をされた。
「剛力持ちはこの町でも数人知っていたが、それと比べてもハジメの能力は高くない。飾らずに言うと、かなり低い」
ライファの言葉に、少し落ち込み気味になりながら話を聞く。
「それでも、そこらの冒険者よりはまだ強いぐらいだ。だからしっかりした訓練を続ければ充分戦える。しっかり鍛えろ。そうすればCランクは行ける。Aランクは努力次第だが」
「本当ですか」
「嘘はつかん。ただしっかり訓練しろ。鍛えないと何も出来ん」
「はい!」
ハジメが元気よく返事をする。ライファはその元気の良さに少し驚くがすぐ、とても優しい微笑を浮かべてハジメの頭を撫でた。
「頑張れ、若者」
そんな2人の様子を、リリアが悔しそうに遠くから見ていた。