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第六章 落暉 3

 昼に破ったばかりの南の市門を抜けて南岸の陣へと出るころには空がもう暗みかけていた。

 そこここに焚かれた篝火の周りで兵士たちが煮炊きを始めている。


 陣の中央の一番大きな天幕まで戻ると、タフムーラスが印璽の黒い布包みを手にして駆け寄ってきた。

王子殿下(シャーザーデ)、こちらはどうぞご自身でお持ちください!」

「なんだ、結局お前に渡っていたのかよ」

「パルメニオンが泣きそうな顔で届けにきました。――殿下、憚りながら御諫めもうしあげますが、こうした品はあまり気安く余人にお預けになるものではありません」

 なにやらどこかで聞いたようなことを言う。

 イラージュは思わず笑った。「お前カシュタリティと示し合わせていないか?」

「カシュタリティ猊下? いえ、生憎とまだ顔を合わせておりませんが――王宮内にいらっしゃったのですか? 実は《(バルフ)》を預かっておりまして」

「お前なんでも預かっているんだなあ!」

 タフムーラスはいつもと変わらず生真面目で忙しそうだった。

 イラージュはほっとした。

 今ようやく、慣れ親しんだどこかに帰ってこられたような気がしたのだ。



「……フェリドはいつ来るのかなあ」

 印璽の包みを受け取りながら、イラージュは心細さを感じた子供じみた口調で呟いた。

 タフムーラスが微苦笑する。

「アルガノス港に入ってすぐに商船に報せを託しましたからね。風さえ許せばもうそろそろお着きになるかもしれません。御到着になり次第、アーブディーン殿下が早馬いで御知らせくださるそうですが――」と、生真面目な領主貴族(アリヤーン)が表情を曇らせる。

「どうした?」

「いえ、早馬を馳せるための駅の機能は、今そもそも機能しているのか不安になりまして」

「……機能していなそうなのか?」

 訊ねるなりタフムーラスは申し訳なさそうに頷いた。

「どうも、本来各地の駅屋にいるべき公用馬の八割がたがこの陣にいるような気がするのです」

「ええ、駅馬が?」と、イラージュは愕いた。「戻すのが大変じゃないか?」

「とても大変だと思います」と、タフムーラスが情けなさそうにうなだれる。「申し訳ありません王子殿下(シャーザーデ)。我々はどうにもこの手の仕事は不得手で。フェリドゥーン様がいらっしゃればご指示を仰げるのですが――」

 そこまで口にしたところで、タフムーラスはようやく矛盾に気付いたようだった。

 背の後ろで栗毛のテディウスが堪えかねたように笑う。

 イラージュも声を立てて笑った。


「いないものを嘆いたって仕方がない――って、あの人なら言うんだろうな! なあタフムーラス、あの爺さんどこだ?」

「爺さん?」

「ほらあの、カパネウスにここまで連れてこさせた」

「あ、ああ! 財務官のマルドニウスどのですか! 当座の賃金をとりに市内の大蔵に戻るというので護衛をつけて向かわせました。彼が何か?」

 老財務官にも人がましい名前があったようだ。

 覚えておこう――と思いながら、イラージュは言葉を続けた。

「あの爺さんの話だと財務の連中は結構よく残っているらしいからさ。戦う以外の仕事はそいつらに任せたらどうだ? 爺さん――マルドニウスに指揮をとらせてさ」

「手際としては我々よりはるかに優るでしょうが」と、領主貴族は困ったダルメシアンみたいな顔で答えた。「馬や駅に関わることまで先王の官吏に一任するのはやや早きに過ぎるかと。――つまり、彼らの主人は先王の宰相だったのですから」

「あいつは大丈夫だ。信用できる」

 イラージュは自信をもって断言した。「任せちまえよ。で、お前は港に行け」

「港、と申しますと」と、タフムーラスが首をかしげる。「エリュトラーの義兄に助力を求めよと?」

「馬鹿、違うよ。アルガノスだよ! フェリドが来るってことは女たちも来るんだろう? エウリュノメを迎えにいってやれって!」

 その名前を口にした途端、若い領主貴族(アリヤーン)はその貴族らしい――気をつけてよく見ればわりあい精悍な――顔を台無しにして、

「あ!」

 と、一声叫んだ。


 イラージュは眉をあげた。

「おい、まさか忘れていたのか?」 

「あ、いや、とんでもない! まさか忘れていませんとも!」

「それなら行ってやれって。ロクサーネも来るんだからちょうどいい。王宮が落ち着くまで、お前の領地にしばらく預けておきたいんだ」

「それは光栄ですが、しかし――」

隊長殿(アリヤーン)、行くべきですって!」と、通りすがりの《朋友隊》たちが気安い口調で冷かす。

 タフムーラスは耳まで真っ赤になりながら頷いた。

 前後して、王子の身代わりとして捧げられた憐れなカンブージャが這う這うの体で戻ってきた。赤い短マントの裾がびりびりに引きちぎられている。

「うわ、カンブージャどの、すごい格好ですね!」と、パルメニオンが無邪気に愕く。「どうなさったんですか?」

「途中で偽物だってばれて石投げられてきたんだよ!」と、カンブージャが忌々しそうに答える。「王子殿下(シャーザーデ)、今市街に戻るのはお勧めしませんぜ。本物だったら奇跡で病気を治してくれって付きまとわれますし、治せなけりゃ石を投げられます」

「殿下に石を? とんでもない無礼だな!」と、タフムーラスが憤る。「王子殿下(シャーザーデ)、今夜は陣でお休みなさるのがよろしいかと」



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