54.カウントダウン
午後、そこには汗にまみれ足元を自分の涎で濡らすウィエラの姿があった。
「だ、大丈夫?」
心配してアイラがウィエラの背中をさする。
「あ~、全然大丈夫じゃない~......」
虚ろな目で膝に手をつきながら地面を見つめるウィエラ。
「よく頑張ったね。初日にしては随分マシな方だと思うよ」
平気な顔をして立っているラフィーナに、ウィエラは信じられないような物でも見るような目を向ける。
「ラフィーナだっけ? 本当に同じ訓練を受けた人間だとは思えないんだけど」
よほど余裕がないのか、ウィエラけらいつもの間の抜けたような口調が消えている。
「慣れの問題だよ。続けていればその内汗一つ流さずにこなせるようになるさ。それに、昨日まで魔術の基礎を習ってた人が、一日経っただけでここまでやれるようになってるんだ。努力は裏切らないよ」
「全然そんな気がしないんですけど。まぁ、経験者が言うなら信じる価値はあるかなぁ」
仲間内で励まし合う微笑ましい光景を歯がゆい気持ちでみている男がいた。
「どうしたクライス? そんな熱い視線を向けちゃって」
「うるさいぞギルビス! あんな志も低そうな連中がお遊び感覚で同じ訓練を受けてることに、お前は何とも思わないのか?」
「思わないよ。こっちはお前と違って的に当てるだけでも精一杯なんだ。他人に関心を寄せてる余裕なんて無い無い。訓練が終わってもそんなに元気が有り余ってるお前が羨ましいくらいだ」
「そ、そうか?」
クライスは、ギルビスに誉められてそれまでの怒りが無かったかのように照れ始める。
「......お前は本当に素直な奴だな」
「まあな。受けてきた教育が違うんだよ」
皮肉に気が付かないクライスに、ギルビスが呆れ半分に笑う。
「なら、そんな高度な教育を受けてきたお前が掲げる志ってのは一体なんなのさ」
「決まってるだろ。打倒グリスデン、お前だってそうだろ」
「勿論。でも、それならあそこに居る連中だって同じだろ」
「本気で言ってんのか? そもそも俺達貴族とたかが庶民が背負ってる物の重さが違うだろうが。あいつらは明日の飯のことだけを考えてるが、俺達は違う。国王から任された土地を守り、そこに住む民を守るって立派な使命があるだろ。根本的に見ているものが違うんだよ」
「そういうもんかね」
あまり納得のいっていない様子のギルビスに、クライスが首を横に振る。
「戦場に出ればそのうち分かるさ」
「戦場に出たこともないお前が言っても何の説得力もないけどな」
「うるせぇ!」
この日の訓練が終わりルルとフレンダに合流したアイラだったが、夕食のときも部屋に戻ってからもずっと浮かない顔をしているルルのことが気になっていた。
「急にウィエラが抱きついてきてさ、まさか居るなんて思ってなかったからビックリしちゃって」
アイラは、ルルを元気付けようと大袈裟に明るく振る舞うも、彼女の表情は変わらない。
「何かあった?」
アイラの言葉に、ルルは自分の感情が表に出てしまっていたことに初めて気が付き、無理矢理声を張る。
「いや! 別になんでも。でも、すごいよねウィエラはさ。ちょっと訓練しただけですぐアイラと合流しちゃったし」
ただ、やはり無理があったのか話す間にどんどんルルのテンションが落ちていく。
「ねえ本当に大丈夫? 体調が悪いなら先生のところに一緒に行こうか?」
「体調が悪いわけじゃないの。ただ、本当にこの学校に居ていいのかなって思っちゃってさ」
「なんでそんな、もしかして誰かにいじめられてる?」
否定するようにルルが大きく手を振る。
「そうじゃないよ! ......今日一日訓練を受けてたんだけど、全然杖が光らなくってさ。フレンダとか周りの人達なんかはまだ魔術が使えなくても、光らせるところまでは簡単に出来るようなってるのに、私だけ遅れてて、本当は魔術の適性なんか無いんじゃないかって、そう思うんだよね」
「大丈夫だよ! 誰だって最初はうまくいかないものだし、考えすぎだって!」
「そう、だよね。ごめんね変なこと言って」
「ううん。ルームメイトでしょ。私に出来ることがあればなんでも言ってよね」
「ありがとうアイラ」
にっこりと笑うルルに安心したアイラだったが、その笑顔がこれ以上心配させまいと彼女が作ったものだということに、アイラは気が付かなかった。
その日の夜、皆が寝静まった頃にルルは密かに起き上がると、アイラが寝ていることを確認してから杖を手に静かに校庭に向かう。
ルルは、星明かりの下で一人杖に力を込めると、光らない杖の先端を憎らしげに見つめながら、それでも懸命に自分の中にあるはずの魔力を探り続けるのだった。
それから数日、最低限魔術を使える者が徐々にアイラ達のクラスに合流し始めていたが、そこにルルとフレンダの姿は無かった。
フレンダは特に気にする様子はなかったが、ルルはと言うと一向に光らない杖に日を追う毎に焦りの色が増えていく。
焦れば焦るほど夜中の訓練に割く時間が増え、削った睡眠時間の分だけ蓄積した疲労が彼女を襲うようになっていた。
そして、ある朝いつものように走り込みが始まると、途中まではなんともなかったルルの視界がにわかに揺れ始め、それが自分の頭が揺れているのだと気か付いた時には地面に倒れていた。
「ルル!」
異変に気が付いたアイラ達が寄ってくる。
「そこ! 何を休んでるんだ!」
「先生! ルルが!」
アイラの鬼気迫る様子に、グライウスが駆け寄ると朦朧と空中を見つめながら仰向けに倒れるルルの姿があった。
ルルは、そのまま医務室へと運び込まれた。




