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41.隣人

「あ~緊張したぁ」


 アイラは、部屋に戻るなりルルに見られていることも構わずベッドに倒れこんだ。


「なにがあったのか知らないけど、ひとまずお疲れ様」


「あはは、ほんと一時はどうなるかと思ってたけど」


 少しの間ベッドに突っ伏していたアイラだったが、突然起き上がるとルルの方を見た。


「どうしたの?」


「さっきはぐらかしちゃったけど、やっぱり正直に話そうと思って。その、さっき連れてかれた理由をさ」


 この考えに至ったのは、遅かれ早かれどこかでバレてしまうだろうという思いもあったが、同居人に変に隠し事をして過ごすことが、アイラにはどうにも居心地が悪かったからだった。


「まぁ、別に大した話じゃないんだけど、実はさっきさ」


 と、部屋の扉がノックされ、アイラの話が遮られる。


「誰だろ。はーい!」


 アイラが、ベッドから立ち上がり扉を開けると、青みがかった髪の少女が立っていた。


「五十一号室の者でーす。ごめんね~突然、折角だから挨拶しとこうと思ってさー」


 どこか抜けた口調の彼女が、挨拶のために訪問してきたのだと聞いて慌ててルルも駆け寄ってくる。


「私はウィエラ。宜しく」


「宜しくウィエラ。私はアイラ」


「ルルです」


「アイラにルルか、ふーん」


 ウェイラは、アイラとルルの顔を交互に見て再度アイラに視線を戻すとニヤリと笑った。


「あなたでしょ。さっき宿舎の前で貴族と喧嘩してたの」


「えぇ?!」


 ウェイラからまさかその話題が出てくるとは思っていなかったアイラは、驚きのあまり間抜けな声を出す。


「アイラ、そうなの?」


 横を見ると、ルルが若干ひきつった顔でアイラを見ていた。


「それは! その、そうです......」


 こんな形で知らせるつもりのなかったアイラは、諦め混じりに弱々しく声を出す。


 だが、ルルの反応とは反対に、ウェイラはまるで獲物を見つけた猫のように目を輝かせていた。


「やっぱり! いや~貴族に喧嘩を吹っ掛けるなんてアイラは中々肝が座ってるんだねぇ」


「うぅ、別に肝が座ってるとかそういうのじゃないし、そもそもどうしてそれを?」


「そりゃあ、あれだけ騒いでれば嫌でも目につくって~。それに宿舎の前で喧嘩なんかしたんだから、大体の人は知ってるんじゃない?」


「そうだよねぇ......。あ~あ」


 アイラは、自分の痴態が学校中に広まっていかもしれないと思うと、恥ずかしさと情けなさで押し潰されそうになる。


「ウェイラさん、突然押し掛けてそんなこと言ってアイラさん達に失礼でしょ」


 突然声がしたかと思うと、扉の影からもう一人ピンク色の髪の少女が顔を出した。


「初めましてフレンダです。ウェイラと同じ隣の部屋の者です」


「どうも」


 フレンダは、ウェイラを押し退けてアイラの前に出る。


「話は聞かせて頂きましたわアイラさん。ですが、そう落ち込む必要はありません。それどころかむしろこれはチャンス!」


「へぇ?」


 フレンダのまさかの言葉に、またしてもアイラから間抜けな声が漏れる。


 フレンダの後ろでは、ウェイラが呆れたように笑っている。


「普段であれば決して交わることのない貴族と庶民。喧嘩から始まった仲だとしても、そもそもこんな状況でなければ知りえなかった仲なのです。むしろこれを仲を深めるきっかけとして考えてはどうですか」


「どうですかって言われても、別に無理して仲良くなろうとは思わないし」


「そう! 最初は、そう言ってお互いが嫌厭しあうの」


「そうだろうね」


「けれど、顔を合わせる度にいがみ合う内に、いつしか二人の間に嫌悪とは別の感情が育ち始める。そして、ふと自分があれだけ嫌っていた相手のことばかりを考えてることに気がつき、やがて自分の中にあるもう一つの感情が芽を出すのよ!」


「ちょっとまって、なんか話がおかしくない?」


「待たない、いえ、この感情は待てないわ! それでも表面上は嫌い合う関係が続いていく二人だけれど、同じ戦場に行くことが決まり二人は苛烈な戦いに身を投じることになるの! そこであわや敵の刃に倒れそうになったその瞬間!!」


「おーい」


 アイラが、話に着いていけず呆れながら声をかけるが、興奮したフレンダに止まる気配はない。


「彼が颯爽と現れてあなたを救い出すのよ! 安心から倒れそうになるあなたを彼が抱き止める!」


 可憐な顔に不釣り合いな鼻息を漏らしながら、フレンダの興奮が加速していく。


「ねえウェイラ。フレンダっていつもこんな感じなの?」


「私もさっき会ったばかりだから何とも言えないけど、多分そうなんじゃない」


 そう語るウェイラの表情から、アイラとルルは彼女が既に経験済みであることを察した。


 最早聴衆を無視して暴走するフレンダは、その興奮が遂に頂点に達する。


「戦いが終わり、勝利の余韻に浸る二人は、自らの感情に向き合って戦いで火照った体をお互いに慰め合うのよ!! きゃーーーーーーー!!」


 フレンダが、叫びながら両手で頬を押さえてその場で飛び上がる。


「あはは。すごいすごい感動したよ」


 廊下にフレンダの叫びが木霊する中、ウェイラはわざとらしい拍手を送る。


「何を騒いでるんだお前達! 自室で待機だと言っただろうが!」


 四人が声のした方を見ると、グライウスが巨体をしならせながら怒りの形相でこちらに向かっていた。


「やば! それじゃお二人さんまたねー!」


 ウェイラがフレンダを引っ張って部屋に戻って行くと、残された二人はグライウスの眼光を一身に浴びることとなった。


「またお前かアイラ! お前という奴は舌の根も乾かぬうちに!」


「ま、待ってくださいこれには訳が」


「聞かん! いいから黙って部屋で大人しくしていろ!」


 グライウスが力任せに扉を閉じると、部屋に大きな音が響き渡る。


「どうしてこうなるのぉ~!」


 アイラは、その場で崩れ落ちてしまった。

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