【第1章】
【1】
江戸時代末期。
京都守護職に就いた最強の人斬り集団、新撰組。
彼らの【異常なまでの強さ】は史実書、文献などでは正確には伝わってはいない。
何故に少数で、数多くの倒幕組織に対抗できたのか、
何故に魑魅溢れる混沌の都・京都の治安を守れたのか、、、
……
それは、
各部隊の隊長の異端なる能力によって保持され、
倒幕勢力、または
時には【人外なる者】から魔の都を守護してきたのである。
1860年 京都 壬生。
夕刻。
たたみ80畳程はある道場の中央、
正面一点を見据え、
ひたすらに鉄製の竹刀を振り続ける男。
髪は短く小綺麗にまとめあげられはいるが、その眼光は鋭く、
体格、身長、風体からも誰が見ても一目で【猛者】だということが解る佇まい。
振り上げられ、振り下ろされる鉄製の竹刀の所作は、解る者がみれば、
対峙すれば【圧倒的な死】を容易に想像できるであろう。
ザザッ、、、
道場の外から微かな気配を感じたが、彼は動じることなく、視線はかえないまま、竹刀を振る。
『あぁ、新八さん。
やはりここにいたんですねぇ。 …稽古はとっくに終わってるのに本当に熱心ですね。』
道場の戸を片手にかけ、
微笑みながら、ゆっくりとした口調。
容姿は、15~17歳程か。
髪は侍らしからぬ長髪。
マゲも作らずにそのまま下ろしている。
【新八】と呼ばれた男とは、真反対ともよべる容姿。
男にしては小柄ともいえ、そのあたりの町娘ともさほど変わらない体躯であり、顔も美しい娘のように整っている。
『……総司か。。
何かようか?』
新八と呼ばれた男は、
視線は一切移さずに、竹刀を振り上げながら、最小限の言葉で問いに答える。
『はい。勇さん、
あ、近藤さんがですね、
明日の隊員選抜の試験官をやってくれ、と言伝です。』
新八が振り上げた鉄製の竹刀を一気に振り下げる。
ガキィィィン…!!
彼の鉄製の竹刀が、空中で真ん中から木っ端みじんに砕けちる。
鉄の竹刀が、鍔の部分を残し、
まるで飴細工の棒のような脆さで砕け、破片が地面に落ちた。
『あのぉ、、
新八さん、……【式】を選抜試験の人たちに使ったらダメですからね。
……普通に死んじゃいますからね。。』
それを扉から見ていた総司は、
苦笑いしながら呟く。
『……わかっている。』
新八は相変わらず無愛想に言葉を返した。
【明朝】
壬生の新撰組頓所の境内前にたくさんの人が集まっている。
身なりをしっかり整えた武士、
落武者のようにみすぼらしい格好の侍、
または、
そのあたりにいる町人のような若者、
大工を生業としているような、法被姿の中年。
入隊手当金目当ての博徒。
どうみても農民にしか見えない者。
その格好は千差万別。
なぜなら、
新撰組の入隊条件には、
唯一において、絶対的な1つの条件しかないからである。
条件、それは、
【高い戦闘能力】
である。
入隊条件には家柄も職業も関係ない。極端な話、
シンプルにただ強ければ良い。
入隊試験合格後に、最低限の教養や作法などは学ばされるが、
まず、強くなければ入隊試験にすら合格できない実力主義の登用試験である。
境内上におかれた椅子には、
主だった新撰組隊士が座っている。
本日の選抜は第1次試験なので
局長をはじめとした幹部は姿を見せていない。
あくまで現場の隊士の采配による試験である。
境内上には10人程の隊士
境内下の広場には15名ほどの入隊希望者。
ざわざわとする喧騒の中、
一際大きな声が響きわたる。
『それでは、
隊員登用試験を行う!!
今から諸君らには、試験官との木刀による立ち会いを行ってもらう、
合格基準はただ1つ、試験官から一本取ることである。
面、胴払い、突き、小手、
なんでも構わない。
ただこちら側も真剣勝負にて参るゆえ、
ケガをしたり、最悪、当たりどころが悪ければ死ぬこともある。それでも構わない者のみ残るがよい。』
あげられた声に動じない者、
多少の戸惑いをみせる者、怯えて境内をでていく者。
残った数は10名ほど。。
『では、先頭から3名、中央に参られい。試験官が手合わせいたす! 立ち会い前に流派、免許あるものは名乗られよ。』
3名の志願者が、それぞれの試験官の前にたつ。
左端の志願者が
『流派逸刀流、椎名竜二にござる。参る!』
と叫び、
試験官である、痩せ型の隊士に足を進める。
椎名の攻め手は面を狙い、二手目からの胴を狙う、ある意味、指南書通りの攻め方。
『きぇぇっー!!』
ガッッ
2人の木刀の刃の中央部分がそれぞれの頭上に交差した、
かのようにみえたが、
痩せ型の隊士は木刀を、刀の鍔付近で受けて、
そのまま滑るように椎名の喉元に突きをいれる。
『ぐぼっっ!』
椎名は理解できない相手の動き、突然の激痛にそのまま崩れ落ちる。
『……剣術はな、人を殺す術なんだよ。この道場剣が。』
崩れ落ちる椎名を横目に、
痩せ型の隊士が吐き捨てた。
真ん中の手合い。
試験官は新八である。
志願者は、どこぞの侍崩れ。
名乗りを挙げたが、正直どうでもよい。
相手の足運び、間合いの詰め型、
こいつは道場剣ではないな。
刀の構え型が、右上がり。
新八は侍の突きを、
剣の先端で見切り、左に身体こど避ける。
侍は体勢を崩されながらも、剣を横に振る。
が、新八の姿はない。。
『がっっ…』
背後に回った新八の木刀が侍の首の後ろに振り払われ、
侍は前のめりに倒れた。
『……つまらん。』
新八は倒れた侍に、一声呟くだけであった。
試験が繰り返される中、
合格者は、まだいない。
『なんだと、、、がはっっ!』
左端の試合場から聞きなれた声
がして、新八は視線を移す。
そこには試験官である痩せ型の隊士が仰向けに倒れている。
着物は血で真っ赤に染まり、
地面にはおびただしい鮮血。
まさか、やられたのか。
痩せ型の隊士は、
二番隊遊撃隊を任される男、
決して弱くはない。
むしろ、新撰組全体でも凄腕の部類である。
新八は自分の対戦相手をことなしげにあしらうと、
痩せ型の隊士を倒した男に近づいていく。
鮮血に染まり仰向けに倒れた痩せ型の隊士の真正面には、
長身の若い男。
薄汚い着物、飛びはねた短い髪。表情は冷静にみえるが、瞳の奥には凝縮された殺意が見え隠れしている印象。
どうみても武士ではない。
かといって町人にもみえない。
新八は倒れた痩せ型の隊士に目を配る。
決め手は、左上からの切り下ろし。
だが、異様。
痩せ型の隊士の肩の骨は砕け、
心臓付近まで裂けている。
これは致命傷である。
木刀でここまで鋭利に切り裂くのは不可能のはず。
横には10つ以上に細かく裂かれた木刀。
……あり得ない。
人の力でここまでの破壊力は。
これは【式】か?
自分の【式】とは違う異質の力。
『……貴様、なにをした?』
新八は立ちあがり長身の男に問いかける。
『殺す気で来いと言われたから、殺す気でいったまでだ。』
長身の男は答える。
『貴様、名は?』
炎のように赤みがかった髪、
狼を想像させる肉食獣独特の殺意が潜んでいる、
緑色の瞳。
泥で汚れてはいるが、
端正な顔立ちといえるだろう。
『……斉藤一
、
博徒の用心棒だ。』
長身の男は、
新八を前にして堂々と答えた。
『用心棒、、だと、、、?
博徒ごときの用心棒に、
やつがやられただと?』
『……貴様、流派は?
剣術は習っていたのか?』
普段は冷静な新八も、
自分が実力を認めていた隊士が、博徒の用心棒を名乗る男に負けて、感情が高ぶっていた。
『流派も剣術もなにもない。
…ただ用心棒だからチンピラ相手にはケンカしてた位だ。』
『…貴様、愚弄するか。
俺とも手合わせをしろ。
俺に勝てば隊士どころか、
隊長の座もくれてやる!!』
斎藤は自分のもつ木刀を握り直しながら、薄く笑い、
『一気に隊長の座が、、、
悪くないな。』
一声呟くと、
新八を前に構えをとった。
新八も対峙し、構えをとる。
対峙した2人はお互いに、
2歩、3歩と後ずさりをする。
互いに間合いを探るためである。
新八は斎藤から感じる殺意、所作から一瞬でただ者ではないことを感じとる。
同時に感じる異様な違和感。
これは普通の【武士】と戦うときに感じる戦いのプレッシャーではない。
例えるなら、
人の形をした【狼】を相手にしているような感覚。
新八は様々な思考を巡せながら、取る構えは、
【上段構え】
相手の実力が未知の時は、
とっさの事態に対応しやすい構え。さらに攻めに転じたさいの突進力も申し分ない。
対峙する斎藤は、
木刀を左手にもち、横に伸ばしている。
これは構えと呼べないような、剣術関係なしの素人同士のケンカで使うような木刀の持ち方。
斎藤の表情は、
ほぼ無表情。
だが、緑色の瞳は新八に向けての殺意に満ちている。
新八は対峙する斎藤の素人丸出しの構えをみて、
本当に剣術を習っていないことを理解したが、
同時に、
剣術なしの我流の剣で、凄腕だった痩せ型の隊士を屠った事実を踏まえ、決して油断はできない、と悟る。
新八は上段構え
斎藤は左手を横に伸ばした構え、
のまま、互いの必殺の間合いを探る。
ピリッとした空気の中、
斎藤が一歩詰める。
ピクリと新八が反応し、
新八は攻めにはいる。
上段構えは万能の構えではあるが、どちらかといえば、
先手必勝の型。
上段から全力で振り下ろされる刀は、
新八の力、速度、技量を乗せ、
大抵の侍なら、反応すら出来ずにただ脳天を砕かれてきた。
『せぇぇぃっ!!』
新八の瞬速の上段からの振り下ろしが、斎藤の頭上に襲いかかる。
新八は的確に捉えたと感じたが、
斎藤は刃が頭上に届く瞬間、
後ろに飛び、その瞬速の剣を交わす。
と、同時に
左手に長く構えた木刀を横払いの形で、新八の胴を狙った。
ビュウゥ!
斎藤の左からの横払いが矢なりのような音をたてる。
このままでは胴払いを受けてしまう新八は、
身体をひねり、
木刀の腹でなんとか斎藤の斬擊を受ける。
ガシュッ!
いや、受けたはずだが、
新八の木刀は受けた面が、
まるで大根を鋭利な刃物で切ったかのように、簡単に割れた。
それを瞬時に反応し、新八は身体をひねったが、
新八の横腹から鮮血、
そして新八の後ろ10メートル先にあった境内の柱にも
一文字の傷が刻まれる。
新八は後ろに飛び、
再度間合いをとり、斬られた横腹に手を当てる。
傷は浅いほうだ。
そして確信し、斎藤に呟く。
『……やはり、
貴様、【式】を使えるな。。』
斎藤は無表情ながらも殺意にみちた目で新八を見据え、
『【式】? この力はそう呼ぶのか。俺には知らんことだ。』
と返す。
本来【式】とは、
生まれついての天錻の才
さらに積み重なる鍛練
そこから極一部の人間のみが習得に至る異能の力。
新撰組内でも【式】を使えるのは隊長クラスの一部の人間のみ。
それを剣術の経験なく、
無意識下で【式】を使えるのは、
歴戦の猛者の
新八自身も初めて目にするイレギュラーであった。
『ふぅぅっ……、、』
新八は深呼吸をする。
2/3ほどになってしまった木刀の先端に左手を沿える。
木でできた木刀が瞬時に変化をとげ、まるで鉱石でコーティングされたかのように変わる。
『新八さん! 【式】はダメですって!』
境内の上から、
制止するような総司の声が響く。
関係ない。
『…おい、お前も使ってるんだ。
俺が使っても卑怯だとは言うまいな。』
鉱石のように変化した木刀を握りしめ、
正面に対峙する斎藤に呟き薄く笑う。
斎藤は答えることなく。
ただ殺意にみなぎった瞳で、新八を見つめかえし、
また斎藤も薄く笑いかえした。