強制解放
「おりゃあ!」
コングラーの剣が魔王の体を切り取ったかと思えば、
「はあっ!」
魔王の拳がコングラーの肉を抉る。
「光魔法『光弾』!」
コングラーから放たれた光の球が魔王の体に風穴を開けたかと思えば、
「安寧の棺!」
魔王から放たれた黒い糸がコングラーの体をズタズタに切り裂く。
魔王とコングラーの、一進一退の激しい殺し合いが始まった。
異様な空気が辺りを包み込む。
トムファーは依然として意識が戻らず、『時の支配者』はいまだにゴルヴァーと戦っているため、この勝負において援軍は望めない。
つまり、純粋な力比べに持ち込まれた。
魔王は速度の利を失うどころか、光速で移動するコングラーに追いつけずにいる。
そして、『解羅』の発動で、体力、魔力ともに限界が近い。
また、コングラーの使うことができる魔法は、具現化した『光』を放つ魔法と、光速で移動する魔法のみだが、それでも魔王はかなり苦しめられた。
それほどまでに、『闇』は『光』に弱い。
しかし、だからといってコングラーが優勢というわけではない。
コングラーも慣れない魔法の多用により、何倍もの速度で体に疲労が蓄積する。
さらに、魔力の減少も著しく、いつ魔力切れによって倒れるか分からない。
そして、精神がかなりすり減ってしまっている。
つまり、2人の力は拮抗し、どちらが勝ってもおかしくない状況となっていた。
しかし、それでも、終わりの時は刻一刻と近づいていた。
その戦いが始まって、二十分程が経過した。
相も変わらず2人の拳と剣とがぶつかり合う音が部屋に響いている。
魔王は体のあちこちに穴が開き、コングラーはそこらじゅうから血を流している。
2人とも満身創痍で、いつ倒れてもおかしくない。
そんな状況で、とある出来事が起きてしまった。
「……ん?」
コングラーの左目が機能を失い始めたのだ。
魔法というものは、全身を使って発動されるが、主に脳と腹、特に脳を使う。
そのため、魔法の発動の仕方を覚えたばかりのコングラーにとって、二十分という時間は、いくら覚醒したばかりとはいえど、脳の血管を破壊するには十分すぎた。
そして、脳が破壊されたことで、片目は失明した。
「限界が来たようだねえ!」
コングラーのその異変に魔王はいち早く気づき、左側にまわって戦うようになった。
「くっ……!」
コングラーはそれに対し全力で抗ったが、片側が見えないという条件は、保たれていたその均衡を容易く崩した。
それに加え、コングラーは魔法の使用を制限され、その戦いは再び一方的な蹂躙へと変わりつつあった。
「おりゃあ!」
コングラーは全力を出して戦った。
だが、魔法が使えず、左目も使えない人間の全力など、魔王にとっては赤子同然だった。
魔王は手を抜きコングラーとやり合ったが、それでも、段々と、コングラーの肉体は削られていった。
そして、ついに魔王の右手が、コングラーの首を軌道に入れた。
コングラーは、今度こそ死んでしまうはずだった。
しかし、それに待ったをかける存在が、そこに現れた。
「否定魔法『固定』!」
その瞬間、魔王の体と、その周囲が切り取られる。
コングラーは声の発せられた方向を見る。
「トムファー……!」
コングラーの目から流れた一筋の透明な涙が、ゆっくりと頰を伝った。
「何してる!早くその場から離れろ!」
コングラーはハッとして再び魔王の方向をみる。
そこには、ゴリゴリと固められた空気を削っている魔王の姿があった。
「はっ!」
コングラーはトムファーのいる方へと飛びのく。
バギンッという破裂音と共に、魔王は自由を得た。
「思ったよりも早いねえ、まあ、『理の支配者』は人と比べて頑丈だからもあるだろうが、それにしてもだ」
コングラーの血がこれでもかと付着した両手を、ゆっくりと打ち鳴らす。
「見直したよ、『否定の支配者』、少しはやるようだ。……ただねえ、残念ながら、君は大丈夫でも、君の相方はもう死にかけなんだよ、戦闘が苦手な君にとって、最悪の状況には変わらないだろう?ここは一つ取引と……」
「黙れ」
魔王の言葉を、トムファーの静かだが圧のこもった声が制した。
「このままじゃきついなら、俺も力を解放すればいい」
トムファーは自身の剣を取り出し、手をかざした。
「本当は、反動が大きいからやりたくなかったんだがな」
紫色の異様な空気がトムファーから発せられる。
それと呼応するかのように、トムファーの剣がカタカタと動き出した。
「……いいねえ」
魔王は狂気に満ちた笑みを浮かべる。
「戦いを長引かせた甲斐があったよ。さあ来い!私たちの関係に終止符を打つぞ!『否定の支配者』!」
「ふーっ」
トムファーは目を閉じ、魔法を唱える。
「否定魔法」
パリンッと部屋の窓が割れる。
それとほぼ同時に、トムファーの左目につけられていた眼帯が外れた。
眼帯の下には、紫色の呪文のようなものが刻まれた目があった。
その目は、時間が経つにつれて光量を増し、『理の支配者』にふさわしいほど禍々しい魔法陣を浮かべた。
「『解呪の印』」
唱え終わると同時に、トムファーの剣が低い唸り声をあげる。
紫と黒が混ざった光が放たれ、部屋が淡い闇に包まれる。
「ぐおっ……!」
魔法によって無理やり力を解放された剣が、自我を持ったかのように激しく動き出し、それを押さえ込んでいたトムファーの両腕に黒い光がまとわりついた。
タンッと魔王はトムファーと少し距離を取る。
得体の知れない何かの気配を感じたからだ。
やがて剣から放たれる光は少なくなり、部屋全体に明るさが少し戻った。
そして、そこに浮かび上がった光景は、誰がみても明らかだった。
尋常ではない、ということが。
剣は異様な変貌を遂げ、おおよそ剣と呼べるものではなかった。
刀身らしき部分からあちこちに第二の刀身がはえており、そして、そこからも第三の刀身がのびている。
その連鎖は、第四、第五と続いていた。
その様子は、さながら葉の落ちた大木のようだった。
しかし、それよりも恐ろしい変化をした存在が、そこに立っていた。
トムファーである。
トムファーの両腕は放たれていた紫と黒の光に侵され、真っ黒に染まり、顔も半分ほどが黒ずんでいる。鋭く尖った両目のうち、右目は赤黒く変色し、左目は不気味な魔法陣が浮かび続けている。
立っているのがやっとのようで、浅い息をつき、ふらふらと揺れている。
「そんな力があったんだねえ、凄いじゃあないか」
魔王が少し離れたところから声をかけた。
「まあ、それでも、剣を振ることができないなら、何の意味もないけどねえ」
「トムファー!」
コングラーがトムファーの元へと駆けつける。
「大丈夫?!」
「ああ、大丈夫だ」
その声は、コングラーが今まで聞いたどの声よりも優しかったが、同時に、とてつもなく恐ろしかった。
「さあ、そろそろ終わりにするぞ、コングラー」
「……うん!」
コングラーは気合いで満ちた声を出し、魔王の方へと向き直る。
「いいねえ、その意義だ。さあ、戦おう、2人とも!まあ、負けるのは君たちだがねえ」
『理の支配者』及び魔王は『楽しさ』を何より重視しているので、滅多なことがない限り不意打ちなどはしません。
ただ、個体によって何を楽しいと感じるかは異なります。
例えば、『死の支配者』は他人同士が戦っている様子を見ることが楽しいと感じます。だから死者を操って戦ってました。
逆に、魔王は自分自身が誰かと戦うことを楽しいと思います。
まあ、魔王は王様なので自由に戦うことはできませんが。




