真実
「『否定の支配者』くん」
コングラーはその言葉を反芻する。
魔王の口から放たれた言葉は、確かにそう言っていた。
しかし、コングラーにはそれが信じられなかった。
小さい頃から一緒に暮らしてきたトムファーが、今までずっと一緒に旅してきたトムファーが、今までずっと背中を預け続けてきたトムファーが、裏切ったとはいえ敵、しかも『理の支配者』のうちの1人である『否定の支配者』だなんて。
しかし、トムファーが一言も話さず、罪悪感で満ちた顔でじっとしていることが、それを裏付けてしまっている。
トムファーが紛れもない『否定の支配者』であることを。
今から思えば、その片鱗は確かにあったのだ。
なぜあのちっぽけな村の中でたった四年で『重力の支配者』についてあれだけ調べることができたのか、なぜあのちっぽけな村の中であれほど魔物に対する知識を蓄えることができたのか、なぜ『時の支配者』がいるべき場所にいなかった時にあれほど冷静でいられたのか、なぜ空間転移の薬の作り方を知っていたのか等々、取り上げればきりがないほど大小様々な違和感が至る所にあった。
それもこれも全て、トムファーが『否定の支配者』であると仮定すれば、一応説明がつく。
全てその長い長い人生から来たものだったのだ。
「おや?その様子だと、コングラーくんはトムファーくんが『否定の支配者』であることを知らなかったみたいだねえ。『否定の支配者』も人が悪い……いや、魔物が悪い、と言った方がいいかな?」
魔王は自分のはいた言葉に対し、クククと笑った。
「そうだ、コングラーくん、取引をしないかい?」
「……取引、だと?」
コングラーは聞き返した。
「ああそうだ、そこにいる『否定の支配者』を私に渡してくれたら、君だけは助けてやろう。勿論、今後一切君に関与しないことも約束しよう。どうするかね?悪くない提案だと思うがね」
「……その前に一つ確認させろ。『生の支配者』は、もう既に取り込んだのか?」
「『生の支配者』?ああ勿論。君たちがここに来る少し前にね」
魔王はその証拠に目の前に何かを作った。
それが何か、言うまでもないだろう。
先程まで2人が戦っていた魔物とそっくりな人型の石の塊だ。
「彼女の発見はかなり手こずったんだよ。見つけた後も抵抗してきてねえ」
魔王は懐かしみながら言った。
「それはいいんだ。とりあえず、これでわかるだろう?何せ君たちは会ったことがあるんだからねえ」
魔王は今作ったばかりの魔物を消してそう言った。
「彼女の力はもう私のものだ。他に聞きたいことはあるかな?」
「いや、もういい」
「そうかいそうかい、それで、答えは出たかね、コングラーくん?」
「ああ……」
トムファーは覚悟を決めたかのように一歩前に進んだ。
しかし、
「……トムファーは、俺が小さい頃から一緒に過ごしてきた大切な仲間だ。俺はそんなトムファーと心配する必要のない世界で暮らすために、今日までお前を倒す旅をしてきた。そんなトムファーがいない世界で生きながらえたって意味がないんだ。『理の支配者』だろうが関係ない。仲間は何があっても売らない」
「コングラー……」
コングラーはトムファーを魔王に渡すことを断った。
「いいのかい?君はここで死ぬことになるのだぞ?命日が誕生日とは、何とも皮肉なものじゃあないかい?」
「知るか、そんなもん。トムファーは何があってもお前なんかに渡さない!」
「ふむ、では、力ずくしか無いようだねえ」
「ああ、臨むところだ!俺たちの絆見せつけてやろうぜ、トムファー!」
「っ……ああ、そうだな、コングラー!」
2人は再び武器を構え、戦闘態勢に入る。
「それでは、場を整えようか、言語魔法『統一』」
魔王の目が光る。
「……は?」
トムファーは混乱の声を上げる。
当然だ、この魔法は今後発することのできる言葉を一つに統制するための魔法なのだ。
国を作る時などには役立つが、戦闘には何の役にも立たない。
普通であれば、何の役にも立たない。
「何でこんな魔法をと言いたげな顔だね、『否定の支配者』よ。君も知っているだろう?魔言語と人言語は一方から他方に変換することがとても難しいことくらい」
そう、魔王の言葉通り、その二つの言語は根本的な仕組みが異なる。
そのために、どちらかからもう一方に訳すのはとても複雑なのだ。
「まさか……!」
トムファーは気付いたようだ。
魔王が、一見魔力の無駄にも思えるその魔法を唱えた意図に。
「そう、そのまさかだよ、『否定の支配者』。君は今まで魔言を全て魔言語で唱えてきたようじゃあないか。だから、ちょっとした嫌がらせだよ」
魔王の目的はこうだ。
トムファーが魔法を使う時の魔言を人言語に強制する。
言語魔法『統一』は、放つ言葉が自動で変換されるわけではなく、自身で考えて言葉を放たなければいけない。もし別の言語で話せば、その言葉自体が無かったことになる。
そのため、トムファーの魔法の使用に多少なりとも遅れが生じてしまう。
魔法を使うのがトムファーでなければ、戦う相手が魔王でなければ、この魔法は大した足枷にはならなかっただろう。
しかし、魔法の使用者はトムファーだ。魔言を人言語で唱えたことが一度もないトムファーだ。その影響は、かなり大きなものになるはずだ。
だからと言って無魔言で魔法を使用することも、難しいだろう。何せ相手は、あの魔王なのだから。
杖と魔言で最大限強化された魔法でなければ、恐らく歯が立たない。
そのため、この一見無意味に思えた魔法も、トムファーにとっては大きな障壁となってしまう。
「この野郎っ……!」
冷静なはずのトムファーも、抑えきれず怒りを露にする。
「そう怒るな、『否定の支配者』よ。さて、長話はおしまいだ。そろそろ戦い始めようかね」
魔王は杖のような物を掲げ、魔言を唱えた。
「生魔法『生命の付与』」
魔王と、コングラーとトムファーの間に、石でできた大きな魔物が出現した。
2人にとっては見覚えのある魔物、そう、『生の支配者』の力で作られる魔物だ。
2人は心のどこかで安心する。
今更それが出てきたところで、大した問題ではない、と。
しかし、一つだけ誤算があった。
その怪物は、魔法が使えるのだ。
「……岩石魔法『岩ノ壁』」
2人は驚愕する。
生魔法『生命の付与』とは、あくまで命を無生物に吹き込むだけ。魔法の付与は、出来ないとされていた。
しかし、2人の目の前にいる岩の化け物は、拙くも実際に魔言を唱え、コングラーとトムファーの両脇にザザザザザと高い高い岩でできた壁を出現させたのだ。
あり得ないことが起き、困惑する2人に、魔王は言う。
「私は魔法を司る王だぞ?魔法の付与など容易い容易い。さて、冥土の土産として、君たちにもう一つだけ教えてあげよう。なぜ今こんな魔法を唱えたのかをね」
そう言って、また杖を掲げた。
「闇魔法『崩壊の光』、さらば小さな冒険者よ。そして一つになろう、『否定の支配者』よ」
杖の先端から黒い何かが一直線に放たれた。
『闇』だ。
『闇』が岩の怪物ごと2人を崩壊させんと迫って来る。
左右が壁で囲まれているため、逃げ場は、ない。
「っ……!否定魔法『打ち消し』!」
咄嗟にトムファーが魔法を発動した。
トムファーの目の前に巨大な方陣が現れ、ギリギリのところで放たれた『闇』を消した。
「トムファー!大丈夫?!」
「ああ、まあな」
「ほう、君はその魔法を『打ち消し』と言うのかね。覚えておこう、いつかこの戦いを私の英雄譚として残す時のためにね。『2人の侵略者、少年と裏切り者を見事に打ち倒した魔物達の王様』と言う英雄譚をな」
魔王は、トムファーが魔法を打ち消したことを大事と捉えていないようだ。至って普通の反応を示す。
一方コングラーとトムファーは、いきなり向けられた巨大な殺意を前に、恐れ慄き、冷や汗が頬を伝った。
「なんだ?怖いのかい?攻めて来たのはそっちの方だと言うのにねえ……おかしな話だ」
魔王はまた杖を高くに掲げる。
それと同時に、コングラーが駆け出した。
恐らく、魔王の魔法に苦しんでいるトムファーに、これ以上の負荷をかけまいとしての行動だろう。
しかし、
「馬鹿っ!よせ、コングラー!」
「うおおおおおぉぉぉぉ!」
それはあまりにも早計だった。
コングラーは上空に高く跳んだ。細かな石の破片があたりに飛び散る。
魔王を地面ごと切り裂くかのような勢いで剣を振り下ろした、が、
「!!」
コングラーは着地した時、一つ奇妙なことに気がついた。
「まったく、実にバカだねえ、コングラーくんは。私は『闇』で出来ているのだぞ?」
斬った感触がないのだ!
空気を斬った感触とほとんど同じ感覚が、コングラーの腕に伝わる。
その刹那、コングラーは自分がいくら愚かだったのかに気づく。
相手はあの魔王だ。『理の支配者』を作り出した魔王なのだ。
当然、強さは『理の支配者』のそれを遥かに凌駕しているだろう。
それなのに、後先考えずに突撃し、案の定斬ることができず、今現在魔王の後ろに無防備な背中を晒したまま立っている。
殺してくれと言っているようなものだ。
「コングラー!」
トムファーがコングラーを助けるために駆け出したが、もう間に合わない。
今まさに魔王が魔法を唱えるところなのだから。
「さよなら、愚かなコングラーくん」
トムファーは、自身の脳を全力で回転させ、魔言を作り、魔法を唱える。
「重力魔法『超落下』」
「否定魔法『保護膜』!」
魔王とトムファーは、ほとんど同時に魔法を唱えた。
しかし、トムファーの方がほんの一瞬唱え遅れてしまった。
魔王に魔言を人言語に強制されてしまったためだ。
そのため、魔王の魔法が一瞬だけ、翻訳のために思考したほんの一瞬だけ、コングラーの体にかかってしまった。
「ぐわぁっ!」
その魔法、重力魔法『超落下』は、一定範囲内の重力がとてつもなく強くなる魔法。
それを喰らったコングラーの体が、ほんの少し、縦方向にぐしゃりと潰れた。
左足が前にある前傾姿勢だったためか、たった一瞬で、コングラーの左足はほとんど使い物にならなくなった。
「1人で行くな!」
トムファーが駆けつけ、コングラーを抱いてすぐにその場を離れた。
「ふむ、決めたつもりだったのだが、そう上手くはいかないなあ」
2人は魔王から遠く離れた場所に着地する。
「大丈夫か!?」
「う、うん……」
虚勢だ。
顔には痛みからの汗が流れているし、片目を固く瞑っており、左足を引き摺りながら歩き、息遣いも荒い。
しかし、諦めてはない。
「そうか、わかった。否定魔法『固定』、『止血』。足を治すことは無理だが、まあ、これでもいくらかマシだろ」
コングラーの足がぐしゃぐしゃのまま固まった。
固さを取り戻した足は右足と比べて少し短いが、それでも今のコングラーにとっては十分な治療だった。
残念ながら、2人が今持っている薬草や薬では、小さな怪我しか治せないのだから。
「ありがとう、トムファー」
コングラーの顔色が、全快とは言えないがだいぶ良くなる。
「さあ、俺らの絆を見せつけるんだろ?さっさと見せつけて、新世界の英雄になってやろうぜ!」
コングラーが呆気に取られた顔でトムファーを見た。
「珍しいね、トムファーがそんなこと言うなんて」
「戦闘中だぞ?油断は死を招く」
2人が魔王を見るために振り返った瞬間、魔王は杖を掲げ、魔法を唱えた。
「自然魔法・雷『雷の矢』」
魔王の上部にバチバチと音を立てている、雷でできた矢が現れ、2人めがけて一直線に放たれた。
「ぐわっ!」
「うっ……!」
2人はその凄まじい攻撃を剣や魔法で防ぐ間も無くモロにくらい、後方に吹き飛んだ。
矢が当たった部分———コングラーは左手の中央、トムファーは右足の太もも付近———に、ポッカリと穴が空いており、そこからドクドクと血が流れている。
「っ……否定魔法『止血』!」
2人から流れる血が止まる、が、その傷は治らないため、ただでさえ苦戦気味なのに、さらに不利な状況に陥る。
これ以上出し惜しみしたら負ける、そうトムファーは直感する。
魔力を温存したがために死んでしまったら、元も子もない。
だから、トムファーは魔力に対する思考を切り、目の前の敵のみに集中する。
「こっからは全力でいくぞ、コングラー。否定魔法『限界突破』、『否定の加護』」
2人の能力が向上し、相手の魔法を無かったことにする魔法の結界が2人の体に付与された。
これで、怪我に目を瞑れば、2人は最高の状態となる。
「そうこなくてはなあ、無力な一時の英雄達よ」
口無き顔で、確かに魔王はニヤリと笑った。
2人の全力を楽しみにしているかのように。
張り詰めた空気が、辺りを漂う。
2人は魔王を見つめ、魔王は2人を見つめる。
10秒にすら満たない時間が流れ、静寂は、トムファーの声によって、突如壊された。
「行くぞ!」
その合図と同時に、2人は同時に駆け出す。
先ほどコングラーが魔王相手にそうしたように。
魔王と2人との間が三、四メートル程度まで縮まった時、コングラーは先ほどと同様に翔んだ。
「またやるのかい?無駄なことだというのにねえ」
魔王は完全に安心しきり、その繰り返しにため息をつく。
そこに作戦があるなんて思ってもいないようだ。
いけるかもしれない、そうトムファーは思う。油断している者ほど倒しやすく、警戒している者ほど倒しにくいことは、すでに2人の一年間の旅の中で十分過ぎるほど学んでいたからだ。
そして、魔王は完全に油断している。
トムファーはその場に止まって杖を掲げた。
コングラーの剣が魔王に触れる直前、トムファーは全力で魔法を唱える。
「否定魔法『固定』!」
「んっ?」
魔王の体がピタリと固定される。
長い間拘束することは、相手が魔王なだけあって不可能だろう。しかし、もうコングラーの剣は魔王を捉える直前まできている。
流石の魔王でも、コングラーの剣を避けることはできまい。
「うりゃああっ!」
コングラーは剣を地面ごと切り裂かん勢いで振り下ろした。
その剣は、形が与えられた魔王の体を縦に両断するはずだった。
そう、はずだった。
ほんとはこの話で終わるつもりだったんだけど、あまりに長くなって絶対投稿しなくなるって思ったから分割して投稿します。
なんで、まだまだ続きます。
あと二、三話くらいかな。
それは置いといて、読んでくれてありがとうございました!
感想とか書いてくれると泣いて喜びます!
じゃ、またいつか!




