4. 柄シャツとジェラシー
あの面接の日から、また翠と仲を深める日々が始まった。
最初こそ「最近就活どう?」とメッセージを送ったりさりげない理由を考えていたが、最近はもう吹っ切れて、「この店美味しいらしいよ」と普通にデートに誘っている。
今の翠には、高校の頃と変わらないようでいて、全く違う人のような不思議な雰囲気があった。
変わったところといえば、例えば、洋服。面接で言っていたように古着が好きなんだろう、個性的な服を着ている。奇抜な柄のシャツを羽織っていたり、ネクタイをつけてきたり。だがそれも似合っているから何も文句はあるまい。
一方で、表情や話し方、仕草は全く変わらない。
身につけるものが変わっても、ふと高校時代が透けて見える時がある。
そのたび、俺は別れたいと伝えた時の彼女の泣き出しそうな顔を思い出して、胸が苦しくなる。
そろそろ認めなければならない。俺はまた、翠に惹かれている。
就活の愚痴をこぼしたり、趣味の話に花を咲かせたり、大学の話をしたり、最近あった嬉しいことを報告してみたり。まだまだ翠と話したいことがたくさんある。
翠に会えると嬉しいし、一緒にいる時間が幸せだと思う。会えない時間は、つい翠のことを考えてしまう。
一度振って、彼女を悲しませておいて図々しいとは自分でも思うが、好きになってしまったものは仕方ない。
もし翠と付き合えたら、今度こそ懐の深いところを見せて、なんでも受け止めたい。
思いを巡らせると、これまでより攻めた「飲みの誘い」のメッセージを翠に送信した。
「もちろん行く!」、翠の返信を見るなりガッツポーズが出てしまったのは言うまでもない。
◇
ちょっと頭が重くなってきたのを感じて、酔いが回っていることに気づく。
何もしていないのに、自然と口角が上がってしまう。それを勘付かれないように、グラスを口へと運ぶ。
どうやら彼女も酔ってきたようだ。頰がほてっているし、いつもより口が緩いような気がする。
アルコールの力を借りて、気になっていたことを聴いてみる。
「翠、彼氏とかいたりする?」
「え、いないよ。いたら来ないよ〜」
「だよね」心の中でめちゃくちゃガッツポーズする。
「大学で彼氏とかできたことある?」
「中野くんがそれ聞く?」少し睨んでくる。
「いや、それはその」
「ま、いいけどさ。できなかったな〜。私の大学生活〜!」
ほう。じゃあ元カレは俺だけってことね。
「じゃ、じゃあ、今いい感じの人とかいるの」
「え、い、い、いない、かなたぶん」
急に不自然だ。じっと目を見ると、視線を逸らされる。
だいぶ動揺が見られる。これは嘘をついてるな。
気になってる人。大学の人とか、バイトの人とかかな。
俺、だったりしないかな。
なんて。翠は可愛いから、いろんな人が狙っているはず。調子に乗ってうかうかしている場合じゃない。
「じゃあさ、俺…」
「あれ、翠じゃん!!」
俺の後ろから男の声がした。
「えー!健!!?超偶然!!!ここで飲んでたの?」
「おー!さっき経営学受けてた友達とな!」
健、と呼ばれていた男がこちらをちらっと見た。目が合ってしまって、お互いなんとなく会釈する。
「こんちは。もしかして、翠の彼氏っすか?」
「…い、いや高校の同級生で」
「へー!じゃあ同い年っすね!」
ニコッと笑う。ノリは軽いけど、感じの良い人だ。
会話を聞いてる感じ、同じ大学っぽい。サークルの友達とかか?
何よりも俺が気になるのは、その服装だった。
細かく柄があしらわれた薄手のシャツにデニムのフレアパンツ、そこにゴツい黒ベルトを合わせている。派手な服装だが全体的に色味のバランスが取れていて、スタイルもあってか妙に目が惹きつけられる。
それにしても、服の雰囲気が翠に似ている。
俺はある予想に思い当たる。
もしかして、元カレ、なのか。
これまでのことを思い出す。高校時代とは全く違う服装になった翠。趣味と聞かれて古着と答えるほどハマっていること。そして、俺と付き合っていたときの、俺の趣味の追っかけよう。
健と翠はまだ話し込んでいる。翠の隣に座りそうな勢いだ。
その姿を見て、俺の想像はもっと膨らんでいく。
きっと、翠は健と付き合って、健の服装や古着の話を聞いたことで、古着が好きになったんじゃないだろうか。
ーー高校の頃の俺たちと同じように。
俺の心はめちゃくちゃになっていた。
目の前で仲良さそうな姿を見せつけられている今の状況や、高校の頃の彼女の言動、どうにも燻ってしまっていた彼女に対する恋情や怒りみたいなものがぐちゃぐちゃに混ざったような感じだった。うまく言葉にできない。けど苦しかった。
「じゃ、楽しんで。長居しちゃってすみません」
健がこちらに向かって謝った。それどころじゃない俺は、愛想笑いを返すことしかできなかった。
「慶ごめんね。大学の友達なの。偶然会ってテンションあがっちゃった」
翠は恥ずかしそうに笑っている。
もう我慢できなかった。きっと酔いがまわっていたのも原因の一つだと思う。言い訳でしかないけれど。
「…翠、あの人と付き合ってたんでしょ?」
「え、違うよ。さっき言ったじゃん、大学で彼氏できてないんだって」
「じゃあ、さっき言ってたいい感じ男ってあいつだろ」
「だから違うって」
「じゃあ、なんで同じような服装なの?どうせ、また翠が好きな男の趣味追っかけてるんだろ」
翠が息を呑んだ。傷ついた顔をしている。
酷いことを言ってるのはわかってる。
けど、喋り出した口が止まってくれない。
「古着だって、あいつが着てたから好きになったんだろ。言ってくれればいいのに、好きな人いるって。俺、こんなにわかりやすくアプローチしてさ、馬鹿みたいじゃん」
止まらない。
「服装とか変わってさ、高校の頃と違う一面見れたと思ってたけど、全然変わってないんだな」
翠は俺の言葉を聞いて一粒涙を流すと、それを隠すように手で覆いながら言った。
「ごめん、酔いさめた。今日は帰る」
半ば逃げるように出口へと向かっていった。
残された席で、俺は呆然と言った言葉を振り返っていた。
身勝手すぎる内容に、自分で自分を殴りたくなった。
あの頃から何も成長していないのは、彼女じゃない。俺だ。高校の時と何にも変わってないじゃないか。
嫉妬と怒りに任せて言葉をぶつけてしまった。あまりにも未熟な自分自身に嫌気がさす。
少しでも自分を傷つけたい気分になって、飲みたくもない酒を一気に飲み干す。
それから重い腰をなんとかあげて、店を出た。