3. 志望動機とリユニオン
大学4年生になると、就職活動がいよいよ本格的に始まった。
明確な夢とかやりたいことがあるわけじゃないけど、東京で、ある程度のお金を稼いで、ちゃんと休みをとりながら働きたい。
けど、同じように思っている人がたくさんいるわけで。
まだ内定をもらえないまま、3月、4月と過ぎ、季節はどんどん夏に近づいている。
こんな時に彼女がいたら、励ましあったり、お祝いしあったりできるのかと想像することも少なくない。
そういう時に思い出すのは、翠と付き合っていた時のことだ。
大学でも告白してくれた子何人かと付き合ったが、愛想を尽かされていずれも別れてしまった。(友達は趣味が暗いだとか根暗だとか俺をからかうけど、正直そこで見限られているような気がしないでもない)
思えば翠は、俺の趣味を好きだと言ってくれた。
それだけで、無敵のような気分だった。
あの時の俺は幼くて、彼女を変えてしまう恐ろしさに怯えて別れを選んでしまったけど、あの頃は幸せな思い出として俺の胸に残っている。
本当に身勝手な話だけど、就活で自信が無くなった時は、彼女のことを思い出してしまう。
◇
業種を狭めているわけじゃないが、興味のない仕事に就く気もさらさらない。
昔から好きだった本に携わる仕事がしたいという思いから、今は出版社とか印刷会社とか、あと取次とかを片っ端から受けている。
これまでの就職活動の中でも、今日は割と重要な日だ。
東京にある取次の会社で、エントリーシート、ビデオ面接が珍しくトントン拍子で進み、今日の集団面接へと駒を進めた。
俺は最寄り駅のトイレで身だしなみを確認したあと、ネクタイをしっかりと閉めて、会場へ向かった。
「こちらの待機室で声がかかるまでお待ちください」
担当の方に待機室に案内してもらう。
扉を開けると、そこにはすでにひとりの女性が座っていた。思わず、あの時の記憶がフラッシュバックする。
まさかな、そんな気持ちだった。
女性がこちらに気付いて振り向く。
その姿がスローモーションで瞳に映る。
切れ長な瞳と薄めの唇、そしてスッと高い鼻。
そこには、少し大人びた、しかしあの頃と変わらない翠の姿があった。
「…翠?」
「中野くん?」
そうして、俺たちは再会する。
◇
他の面接者が続々と入室するなか、和気あいあいと話すわけにもいかない。
けど、挨拶がないのはあまりに無愛想すぎるだろう。
「ひ、久しぶり」
「久しぶりだね」
「卒業以来だな」
「うん。ここ、受けてたんだ。中野くん本好きだったもんね」
「うん」
「お互い、がんばろ」
「うん、がんばろう」
「定刻になりましたので,集団面接を開始させていただきます。受験者の方は一度着席してください」
人事の人が入ってきて案内を始めた。
「集団面接は、ここから3つのグループに分けさせていただきます。グループ分けですが、現在座っている席の縦に並んでいる方々が同じグループとなります。左端からA,B,Cグループです。」
なんだと。翠は俺の2つ前の席に座っている。ということは、つまり、同じAグループ。
「それでは、会場までご案内します。まず、Aグループの皆さん移動をお願いします」
続々と立ち上がる。
やばい。翠と集団面接。元から緊張していたのにますます緊張する。
知り合いに面接内容を聞かれるのって何故こんなに小っ恥ずかしいのか。しかも元カノ。気まずいに決まっている。
面接時間は30分間。短い時間で好印象を残す必要がある。
やるしかない。覚悟を決めて、前に続いて入室する。
「本日はどうぞよろしくお願いいたします。では、志望動機を右端の方からお願いします」
面接が始まった。
まずは、志望動機。本が好き、本の流通に携わりたい、考えてきた内容をしっかり伝えられたと思う。面接官の反応も悪くないはず。
次は翠の番だ。
「私が御社を志望いたしました理由は、本を世の中に届ける仕事がしたいからです。幼いころは本とは無縁だった私は、友人に貸してもらった本がきっかけでその魅力に気づき、今では暇があれば本を開くようになりました。この経験から、ひとつの本をたくさんの人に広げていく仕事がしたいと考えております…」
今でも本が好きなことを知って嬉しい気持ちになる。もちろん、就活の場で多少話を盛っている可能性は多いにあるが。
俺の本を読んだ次の日、すごい形相で感想をぶちまけてくる翠を思い出す。あの時は本当に面白かったし、嬉しかった。
もしあの本が、翠の人生のひとつのきっかけになっていたとしたら、どんなにいいだろう。
その後、ガクチカや挫折経験などを聞かれた。用意した内容をつつがなく答えていく。
「皆さんありがとうございます。最後に、自己アピールも含めて趣味や特技、好きなことなどを教えていただけたらと思います」
「はい、私の趣味は読書とプラモデル作りです。そして特技は、バスケットボールです。これらに共通している私の特性は、同じことをコツコツ続けることができるということです…」
よし、そこそこの回答ができたぞ。
翠の今の趣味はかなり気になる。今でもお笑いは好きなのかな。流石にあのバンドはもう聴いてないかな。
「私の趣味は、古着屋を巡ること、そしてお笑いのライブを見にいくことです。そして私の長所は、良い意味で周りを気にせず、自分の感性を大事にできるところだと考えています…」
古着?めちゃくちゃ意外な趣味が出てきたぞ。
付き合っていた時、何度も私服を見たけど、確かにカジュアル寄りではあったが綺麗めな服装だった印象がある。
やっぱり、周りの人に影響されてハマったとかかな。
…まさか、今の彼氏とか、だったりして。
俺にはそんな資格ないのに、胸がぎゅうっと苦しくなる。
「これで面接は終了です。結果は追ってお知らせいたします。」
部屋を出ると、肩がふっと軽くなったような感覚がする。無事に終わったぞ。
受験者全員で同じエレベーターに乗り、会場の外へ出ていく。
「翠」
「今日はお疲れ様。中野くんの受け答えめっちゃよかったね」
「ほんと!ありがとう。翠のもよかったよ」
「お互い、受かるといいね」
「うん」
2人で話すのは久しぶりだ。ぎこちない会話だけど、やっぱり翠と話せると明るい気持ちになる。翠もにこにこと笑っている。同じ気持ちだったらいいのにな。
「今も、本好きなんだな」
「うん。面接で言ってた『知り合いの本』って、あれあの時貸してくれた本のことだよ」
「え、まじか」
めちゃくちゃ嬉しい。何よりも、あの時のことを翠も覚えていてくれたことが。
そうだったらいいな、って思ってた。って素直に伝えられたらいいのに。
このやりとりだけで、どうしようもなく翠への愛しさが込み上げてしまう。
ちょっとした沈黙ができる。
ーーここで別れたら、もう会うことってないのか。
もう少し、一緒に話したい。今の翠をもっと聞きたい。
素直にそう思った。
「あの、さ。もし嫌だったら全然断ってくれていいんだけど、このあとご飯とか行かない?せっかくだし、いろいろ話したいなと思って」
翠が驚いたように、元々大きな瞳をこちらに合わせてくる。
「いいよ。どこ行く?」
よっしゃ。俺は心の中でガッツポーズをする。
「高校時代思い出して、ファミレスとかどう?」
「賛成!豪遊しちゃお〜」
「最高」