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ほどけない心  作者: 鯵丸
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2. 会話とディペンデンス

 夏休みは、プールに行ったり、一緒に宿題をしたり、時々長電話したりして、それなりにカップルっぽいことをして過ごした。

 

 彼女になった真中はそれまでも十分可愛かったのに、3割増しぐらいで可愛くて、本当に困る。

 

 例えば、待ち合わせで遅れてもないのに走ってくるときとか、別れる直前の少し寂しそうな声色とか。道端で抱きしめそうになるけどなんとか回避している。


 今日は近場に新しくできたカレー屋を食べに来た。情報を聞きつけた人も多いのか、それなりに長い列ができている。


「結構待つかもだけど、いい?」

 他に目星の店があるわけでもないがお伺いを立ててみる。

「全然いいよ!暑い中待って食べるカレーがいちばんうまい」

「間違いない」


 そうして長い時間を喋りながら潰すことにする。


「最近何かハマってるものとかないの?」


 俺の紹介した本にどハマりしてから、翠は俺の趣味とかをちょくちょく聞いてくるようになった。

 ついこの前は、俺が最近ハマっているバンドの話をしてすごく食いついてくれたりした。


「んー最近はまた本読んだりかなあ」

「知りたい!どんな本?」

「結構長いシリーズものなんだけど。全部で11巻だったかな。面白いんだけどぜんっぜん終わらなくてさ」

 持ち歩いていた小説を取り出して見せる。

「へー!私も読んでみようかな」


 俺に興味を持ってくれるのはすごく嬉しい。けど、最近それがどんどん加速してきている気がする。


 例えば、この前話したバンドのCDをすでに何枚も買っていたり、おすすめした小説をすぐに読み終わったり、彼女はもしかして一日の時間が俺より長いんじゃなかろうか。


「フリマサイトにあったから全冊ポチっちゃった!」

「え」

「明日発送だって!楽しみだな〜」

「いやいや早くない!?俺読み終わったら貸したのに」

「それまで待てないよ!この間お小遣いもらったからお金余裕あるし」

 彼女はスマホを見ながら鼻歌を歌って上機嫌である。


 俺は、彼女の自分の軸がしっかりあるところとか、好きなものを持ってるところに憧れていた節がある。

 

 だから、俺の好きなものに興味を持ってくれるのがうれしい反面、複雑でもある。


 前に好きだと言っていたお笑い芸人の話もゲームの話も、最近はあんまり話しているのを見ていない。

 きっと本とか音楽に時間もお金も使っているからだ。別に俺に合わせなくてもいいのに。


「前言ってた芸人とかは?チケットにお金かかったりするでしょ」

「最近あんまり見てないんだよね」

「ゲームは?」

「ちょっとずつ進めてるよー!けど最近は家でも本読んでるからな」

「翠が楽しいならいいんだけど…」



 また別の日。

「えっ!翠!?」

「お、本当に会えた」

 好きなバンドのライブに近藤と来たら、会場でばったり翠に会った。


「来る予定なら言ってくれればいいのに」

「慶、近藤くんと行くって言ってたじゃん。横入りして邪魔したら悪いかなと思って」


「あれ、真中さんじゃん!」

 物販に行っていた近藤が戻ってくるなり驚いた声をあげる。

 翠はやあ、と手を挙げて挨拶する。


「何、カップルで待ち合わせしてたの?なんだよ先に言えよな」

 近藤は俺の背中をバンと叩く。痛いな。


「俺のことは気にせず楽しんでこいよ」俺の耳もとでそう言い残すと、ひとりライブハウスに向かって進んでいく。


「ちょっと待っ…」

 3人で見ようぜ、と声をかけようとしたが、こちらを見てニヤニヤしながら手を振る姿を見て、近藤の善意を無碍にするのも悪いなと、伸ばした手を下ろす。


「ごめん。私そんなつもりじゃなかったんだけど。あとで近藤くんには色々説明しとく」

「いや、俺から言っとくよ。別にあいつと並んで見るつもりでもなかったし」


 なんだか少しだけ気まずくなってしまう。


 もしかして翠は、俺に会いたくてライブに来たのだろうか。

 でも、それなら前もって連絡するなり、今日も俺の居場所を聞いてくるなり、もっとやり方があったはずだ。

 

 しかも、今の彼女の服装は、バンTにグッズのサコッシュとどこからどう見てもいちファンである。


 ーーー本当にただ曲が好きでライブに来ただけ?

 もしそうだったとしたら、俺に彼女を咎める理由など何もない。


「いやー!それにしても楽しみだね」

「な。翠は何の曲が聞きたい?」

 つくづく性格が悪いと自分でも思うが、探りを入れてみる。

「うーーーーん、迷うけど『SUMMER SONG』かなあ。やっぱ今夏だし。あと『モンタージュ』も好きだから聞けたらめちゃくちゃテンション上がる」

「まじわかる。俺も『モンタージュ』大好き」

「ね、いいよね!」


 あれ、本当に好きそうな感じだ。


 俺がおすすめしてから自分でも色々聞いてくれたのかな。それでライブ情報とかも自分で調べてくれたのかな。


 健気な彼女の姿に愛おしさが込み上げてくる。我ながらちょろすぎる。


 ◇


「…っていうことがあってさ」

「ほーん。惚気やがって」


 夏休みが明けて、授業と部活三昧の日々が戻ってきた。

 土曜の午前授業が終わり、部活が始まるまでの時間、俺は近藤に夏休みに感じたことを話してみた。


 例えば、翠が自分の趣味そっちのけで俺の好きなものを見てくれること。

 本を買ったりライブに来たり、自分のこと以上にお金を使ってくれること。


 そして、俺は彼女に自分の好きなものを好きでいてほしいこと。

 

 惚気と言われても仕方ない内容だが、いじられることも承知の上で近藤に相談した。それぐらい俺は悩んでいた。


「真中さんに直接言えばいいんじゃねーの?俺に合わさないでいいよって」

「言ってるんだけど、本が面白いから読んでるだけだよって返されるんだよな。別にそれを怒るのもおかしいしさ」

「うーん、まあ真中さんがいいならいいんじゃね」

 近藤は弁当を食べる手を止めて言葉を続ける。「けど、それだと続かない気するな」

「何が?」

「お前たちがさ。真中さんがもし我慢してるならそれも長く持たないだろうし、お前も彼女が変わっていくのが辛いなら続かないだろうし。どっちにしろ」

「だよなあ」

「一回ガツンと言ってみるしかないんじゃね」

「だよなあ…」


 何も彼女は悪いことをしているわけじゃない。趣味も私生活も彼氏一色になるカップルもたくさんいることもわかってる。


 ただ俺が、彼女が変わるのを見たくないだけだ。


 だからこそ、直接的なことを言うとなると気が重い。


 しかし、これも俺たちの輝く未来のため。


 ちょうど今日は翠も夕方まで部活をしているはずだ。早速帰りの約束を取り付けて、悩む頭をそのままに練習に向かった。


 ◇


 帰り道。部活であったこととかを話して、俺はいよいよ本題に向けて会話の舵をきる。


「翠さあ、最近何してんの?」

「え、何突然。最近はこの間教えてもらったシリーズ読んでるよ!シリーズは読んでも読んでも先があって大変だよね〜」

「読書以外には?」

「バンドの曲聴いたりとか?」

「それ以外」

「え、めっちゃグイグイ来るじゃん。何してるかな。部活?」

「前言ってたじゃん。ゲームとかお笑いとかは?」

「あー!」それがあった、と彼女は声を弾ませる。


「最近は全っ然だね。そんなことしてる時間ないし」


 俺は頭を殴られたような衝撃を受けた。「そんなこと」?


 自分が過去に好きだったものについて「そんなこと」呼ばわり? 


 好きな芸人について、お気に入りのゲームについて、あんなに楽しそうに話していたのに?


 俺が好きになった彼女は、自分の好きなものがあって、流行りにとらわれない自分の視点を持っている、そんな人だったはずだ。

 周りの人に左右されずに、自分の軸をしっかり持っていた人だったはずだ。


 いつから変わってしまったんだ。

 ―――俺と付き合ってから?


 どうして変わってしまったんだ。

 ―――俺の趣味に合わせようとしたから?



 頭の中には、入学式の日の彼女の凛とした姿が映っていた。

 

 自分の好きなものを楽しそうに話す、あの時の彼女は、もういない。


「慶?何今日本当どうしたの?何かあった?」


 彼女は心配そうに俺の顔を下から覗き込んでいる。


 翠のこと、かわいいと思う。笑わせてあげたいとも思う。

 

 でも、俺の憧れていた翠はもういなくなってしまった。


「翠、別れよう。もう俺、変わっていく翠のことそばで見ていける自信ない」


 翠は元々大きな目を見開いた。「え」とか「は」とか小さな呟きが不規則に口をついて、言葉に詰まっているのが俺にもわかる。


「な、なんで?急すぎるよ」

「ごめん、全部俺が悪いんだ。」

「なんで?理由を言ってよ。他に好きな子ができたの?」

「ちがうよ」

「私のこと好きじゃなくなったの?」

「ちがう」

「じゃあなんで?」


「ただ、変わっていく翠のこと受け止めるだけの器が俺になかったってことだよ」

「変わっていくって何?私何か変わった?」


 喉がぐっと鳴るのが自分でもわかる。

「変わったよ。俺の趣味に自分の時間使うようになって。前の翠は、好きなもののこと『そんなこと』なんて絶対言わなかった」


 俺の言葉に、彼女は息を詰まらせる。


「俺に合わせてくれること、悪いことだなんて言うつもりないんだ。嬉しかったし。けど、それにとらわれて、自分のことを見失っちゃう翠を見たくないんだ、俺が」


 彼女はまだ黙っている。その目には涙が溜まっていて、今にも溢れそうになっている。

 俺の目も熱くなっていくのを感じる。絶対に泣くな、俺だけは。


「自分勝手で本当にごめん。これからは、俺のことなんて気にしなくていいよ。自分の好きなものを楽しむ翠を見たいよ」


 少しの間、沈黙が続く。そして、やっと彼女が声を発した。


「そっ、か。じゃあ、別れよう」


 目線の先を見ると、地面に涙が落ちているのがわかった。

 慰める資格が、もう俺にないこともわかってる。


「気まずくなって、クラスの皆に気遣わせるの嫌だから、それはやめよう」


 彼女は、周りを考えられる良い子だと心から思う。そして、そんな子を泣かせているのは俺だ。


「そうだね」

「じゃ、また明日学校で。今日寄るところあるから、こっちの電車で帰る」

「うん、じゃあ」


 こうして、俺たちは付き合って数ヶ月で別れることになった。



 そして、それから6年後、翠に再会することになる。就活の面接でという形で。


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