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四月二十六日

 最悪な一日から一晩経っても気分は最悪なままだった。

 アラームの音で目を覚ましスマホを確認すると八時を指示していて普段ならもう仕事に出なければいけない時間だった。

 そもそも仕事なんてもう意味は無いのにこんな事考えてしまう平凡な自分に嫌気がさしてきた。このままバックレてやろうかとも思ったが流石に気が引けた、悲しい日本人の性なのだろうと思い一応上司に電話することにした。

 「鈴木かどうした?」

 「すみません、実は少し体調が優れなくてですね」

 「大丈夫か?」

 「ええ、そこまで辛くはないんですが大事をとって休ませていただきたくて」

 「ああ、それくらいなら問題ないから今日はゆっくり休め」

 上司は心配そうな声で有休消化することに同意してくれた。

 騙していることに対して罪悪感が胸のチクリと刺した、朝の目覚めとしては最悪だった。

 どうしたものかと悩んでいるとピンポーンと家のチャイムが鳴った。どうにも相手をする気になれず無視を決め込むことにしたが、等間隔にチャイムが鳴り続けてついに根負けして玄関のドアノブに手を掛けた。

 「はい、何ですか?」

 「話の続きをしにきた」

 不機嫌さを隠さずに扉を開けた先には昨日の男が感情の見えない顔で立っていた。

 「話ってなんだよ」

 「鈴木亮介さん、あなたは六月二十五日死にます。それまでに一つ願いを叶えられます。今日はそれを聞きに来た」

 男は事もなげにまたそう言った。

 「だから何言ってんだ」

 「あなたは六月二十五日死にます」

 「ふざけるのも大概にしてくれ」

 「ふざけてなんかいない、あなたが六月二十五日死ぬのは決まったことです」

 まるで暖簾に腕押しで一向に話が嚙み合ってないようだった。

 男は神経を逆なでするのが得意なのか彼の一言一言が癇に障った。

 「出ていけ」

 「だが」

 「また来る」

 「出ていけ!二度と来るな!」

 玄関に悠然と立っている男に玄関に置いていた装飾の一つを投げつけながらやけくそに叫んだ。

男が出ていくのを確認してベットにへたり込んでただ茫然と立ち尽くした。

 もう一度玄関のチャイムの音がした。

 どのくらいの時間そうしていたか分からなかったがチャイムの音を聞いた瞬間に沈み切っていた気持ちが一気に沸騰したように感じた。

 「もう来るなって言っただろ!」

 「は?」

 語気を強めてそう言った先に居たのは彼女のミカだった。

 ミカの後ろの空は赤くなっていて時刻がいつの間にか夕方になっているのを知らせた。

 「何?私の事そんな風に思ってたの?」

 「違っ、ミカに言ったわけじゃない」

 「さようなら」

 ミカは僕の話を遮るように扉を強く締めた。

 最悪だ、これも全部あの男のせいだ、そうでも思わないとやっていけなかった。


 病院の中庭に一組の男女が車いすをゆっくりと押しながら喋っていた。

 この場所には場違いな喪服に見える黒いスーツの男が車いすを押していた。

 「二か月ほど忙しくて来れないんじゃなかったの?」

 「出て行けと言われてしまった」

 車いすに座った紬は少し嬉しそうにそう聞いた。それに対して黒づくめの男は感情の読めない真顔で短く答えた。

 「怒らせちゃったの?」

 「多分そうなのだろう」

 「多分って、何それ」

 何が面白いのか紬は小さく笑った。

 「ねえ、何があったのか教えて」

 「興味があるのか?」

 「ほら三人寄れば文殊の知恵って言うでしょ」

 「二人しかいないぞ」

 「いいから、早く」

 男はここ二日の出来事を簡潔に伝えた。初めは興味深そうに聞いていた紬も話を聞くにつれて苦笑いになっていった。

 「もしかして本当に怒った理由分からないの?」

 「ああ」

 「私が教えてあげようか?」

 「分かるのか?」

 「逆になんで分からないかが分からないよ」

 紬は苦笑いを浮かべて、

 「誰だって死ぬのは怖いんだよ」

 「そうなのか?」

 「そうだよ、当たり前に続くと思っていたことがいきなり終わるって言われたら誰だって怖いよ」

 悲壮感を漂わせないように紬はつとめて少し明るく言った。

 「君も怖いのか?」

 話を聞いていた男は素朴な疑問を少女にぶつける。紬は少し考えてから、

 「私はもう慣れちゃった」

 「そうか……」

 男は少し寂しそうにそう言う少女に何て言えばいいかも分からずに思案顔でゆっくりと車いすを押し続ける。

 「それはそれとして」と言ってすぐに男を見上げるようにして、「謝らなきゃね」と男に言ったが男は紬が言った言葉に納得がいっていない様子だった。

 「なぜ?」

 「怒らせちゃったら謝るのが普通なんだよ」

 「そうなのか?」

 「そうだよ」

 「そうか」

 二人の会話はそこで途切れ、中庭に静かに車いすの車輪が転がる音だけが辺りを満たした。


 ミカが出て行ったあと電話を何度しても繋がらず誤解を解くことはできなかった。真っ暗な部屋の中で暗雲とした気持ちでいるともう一度インターホンが鳴った。

 「またあんたか」

 「あなたの気持ちを考えず失礼なことを言ってしまった、すまなかった。もし良かったらもう一度だけ話をさせて欲しい」

 男は会うなりすぐに頭を下げた。その姿は今まであってきた人の中で誰よりも綺麗な角度をしていた。

 このぶきっちょな男が謝るなんて想像もしてなったからか、面食らってしまいしばし動けなかった。その間も男は微動だにせず頭を下げ続け、そんな姿を見たからか少し、ほんの少しだけこの男の話を聞く気になった。

 「立ち話もなんだし入れよ」

 「ありがとう」

 狭い部屋ではあったがこの男がいるとどこか圧迫感を感じてしまった。

 「それにしてもえらい代わりようだな」

 「配慮が無いと怒られてしまった」

 「確かにあれじゃあ誰だって怒るぞ」

 「それにちゃんと謝れって言われたからな」

 男はすこしバツが悪そうにぼそっと言った。

 「偉いな」

 素直に感心してしまった。この年になるとなかなか素直に謝れなくなってきていた自分を少し恥ずかしく感じると同時にミカの顔が頭に浮かぶ。

 「謝る、か……」

 「何か言ったか?」

 「いや、何でもない」

 小さく呟いた言葉に反応した男を適当にごまかして話を促す。

 「それで話って?」

 「先ほど言った通りあなたは六月二十五日に亡くなります」

 「そっか……」

 「もし信じられないようなら信じてもらえるまで何度でも昨日のように見せることもできる」

 男は暗くなった窓の外を指さした。

 地面に打ち付けられてだらしなく動かなくなったカラスの姿が僕の脳裏に浮かび上がった。

 「いや、信じるよ」

 三度目の正直ではないが伽藍とした瞳をした男から告げられる言葉にはどこか説得力があり僕の心に諦めにも似た納得の感情が生まれていた。

 「そしてあなたには一つ願いを叶えることができます」

 「それってどれくらいのことができるんだ?」

 「大金を出したりとか人の気持ちを変えたりはできない、私にできるのは精々物を持ち上げるくらいだ」

 「それくらいか…」

 男の話を話半分で聞きながら幾つかのことに思いを馳せる。仕事の事、家族の事、そしてミカの事を。

 「なあ、それって僕が死んだ後でも有効か?」

 「程度にもよるが可能だ」

 それを聞いていくつかの考えが頭の中に生まれた。

 しかしその考えを口にするのは憚られた。この願いは僕のエゴで彼女にとってはもしかしたら呪いのようになってしまうのではないのか、そんな考えをほどききれなかった。

 「…ちょっと自分で考えてみるからまた今度来てくれ」

 「分かった」

 「じゃあな」

 男が部屋を出たのを確認してからベッドに倒れこんで考える。死ぬこと、そして死んだ後のことを考えれば考えるほどさっき口に出来なかったことが何度も頭を巡る。

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