プロローグ
かのジャン=ジャック・ルソーはこう言った
「私達はいわば二回この世に生まれる。 一回目は存在するために、二回目は生きるために」
人々は青年期を過ごすことで自他の差を意識し自分の内側を深く理解して自我を獲得する、なら私が本当の意味で生まれた日はいつだったのだろうか。
四月九日
気持ちのよい春風が吹き桜が舞い散り始めたころに私は病院にいた。
病院にいたといっても治療のためではなく仕事をするために病院にいた、誰かの病気や怪我を治して元気いっぱいに生きてもらう仕事の真反対に私の仕事は位置している。
「紫苑紬さん、あなたは一年後の今日、四月九日に死ぬことが決定しました。」
病院の中庭で車椅子に座って宙を見つめる少女に私はいつものように決まってしまった事実を告げる。
私は俗に言う死神という存在である。しかし死神と言っても誰かを殺すことはできないし、人の運命を決定づける力すらも持ってない。私にできる唯一の仕事は死ぬと決まった人に事実を伝えることだけだ。
「あなたには一つだけ願いを叶える権利があります。但し世界を混乱させるような大それたことは叶えられない、私にできるのは精々物を持ち上げるくらいです。」
私は決まり文句を淡々と伝える。
そこに悲しいも辛いもなくただ淡々と伝える。
私は自分にできることを説明するために目の前に季節外れに落ちている茶色い葉を持ち上げながら少女に告げる。
私は今までの経験からこの少女は私のことを異常者や何かのドッキリだと言って信じないだろう。私は信じてもらうためにいくつかの手段を用意しながら少女の返答を待つ。
「お願いってなんでもいいの?」
少女は上目遣いで私に尋ねてきた。ふざけたことを言うな、と怒るでも疑うでもなく純粋に質問されることは私にとって初めてのことで面食らってしまった。
「私に叶えられる範囲という条件であればどんなことだって構わない」
少女はその言葉を聞いて少し思案してから遠慮がちに私にこう言った。
「私が死ぬまで車椅子を押して一緒に散歩して欲しいな」
今まで聞いてきた中で一番些細な願いだったが少女にとっては一大事だったのか私が返答をするよりも前にオロオロし始めた。
「散歩っていっても死ぬまでずっとって事じゃないの、ただあなたの時間が空いている時に少しの時間でもいいから、もし歩くのが嫌ならお話だけでもいいからお願い。」
少女が私に言ったのは大金を寄こせといったことではなく本当に些細な願いだった。
「・・だめかな?」
「それくらいなら大丈夫だ」
「そっか、ありがとう」
少女は本当に嬉しそうな顔で私にお礼を言った。
「ありがとう、もう死んでもいいくらい嬉しいよ」
季節外れな向日葵のような顔に涙を浮かべながらそう言った。悲しくて流す涙以外を見たのはそれが初めてだった。
「君が死ぬのは一年後だ」
私がそう言うと少女は何がおかしいのか分からないが笑い始めた。私はなぜ少女が笑っているのか分からなかった。
言葉に反応するだけだった私の自我が生まれたのはいつだったのか、正確なところは分からないがこの瞬間が大きなターニングポイントだった。
誤字脱字、感想等があれば教えていただけると幸いです。