世界を信じる
別のペンネーム、別の作品で某ライトノベル新人賞最終選考で落選したことがあります。
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巨狼狩猟――ジョシュアの右腕の手首から先が分離したかと思うや、劇的な速度でその影は膨れ上がった。
……吸血擬手は深紅の体毛の狼、それも体長二・五メトールほどの体躯を誇るモノへと変化した。
「殺れ」
ジョシュアは心が訴える痛みを押し殺しながら命じた――刹那、巨狼が疾走。
目指すは残り二人となった村人……ベンジャミン、ローラの夫婦だ。
獅子吼を放ち、巨狼はジェンジャミンの頸を砂糖菓子のように呆気なく噛み砕き、同時に振るった前足の一撃でローラの頚椎をもへし折った。
……終わった。人々が泣き、笑い、怒り、それでも尚、営々と築いてきた村の営みが。
そして、それを終わらせたのは自分だ――ジョシュアはやる瀬ない気持ちを抱く。
手もとに吸血擬手が戻ってきた。またも吸血衝動に襲われる――投げやりな動作で試験管を取り出し、右手に血を飲ませる。
俺は幾つ罪を重ねるんだ……?
ジョシュアの脳裏に浮かんだのはそんな思いだ。
人は生きている限り、他の生き物の命を奪ってそれを糧としなければ生きていけない。
人は愚か故に争わずには生きていけない。
人は欲深い故に求めずにはいられない……――何と業の深い生物だろうか。
そして、そんな種族の中でも自分は最も罪深い。全身に寒気を感じながらそんな思いを抱いた。
「ジョシュア」
呼ばれて振り返ると、すぐ側にいつの間にかティモシーが立っている。
「――ッ」
「――っ!?」
無言で彼がジョシュアの頬を張った。
ジョシュアが目を白黒させながら凝視すると、
「いい加減にしろ」
とティモシーは静かに叱責を浴びせてくる。
「なるほど、俺たちが間に合わなかったことで新たな犠牲が生まれたのかもしれない。その責は確かに負おう」
だがな、と言葉を続ける彼の眼差しは怖いほどに真剣だった。
「原因を作ったのは常罪術者だ。大きな責を負うべきはお前じゃない。お前が勝手に自責に駆られるのは、間接的に奴の罪を軽くしているのと一緒だ。償わせるべき罪の一部をお前が勝手に背負ってるんだからな。お前は、外道――常罪術者を赦すつもりなのか?」
……ジョシュアは無言で首を左右に振った。
「だったら、いい」
そう告げると、「ったく、説教なんてさせやがって」と気恥ずかしげに口もとを歪めてティモシーはこちらに背を向ける。葉巻を取り出すのが、その挙措から背中越しでも分かった。
――ジョシュアの感じた痛みが消えて訳ではない。背負った物を下ろせて訳でもない。
しかし、常罪術者の討伐という向かうべき道を思い出すことはできた。
そこに、
「すまない。夜の森を走ったせいではぐれた!」
と叫びながらオースティンが姿を現す。
「この莫迦ッ、土壇場で迷ってたら意味ないだろう!」
「……いっそ、そのまま迷っていたらよかったのではないでしょうか」
彼は、ティモシーとアリスの厳しい言葉に肩を落とした。
あいつッ――ジョシュアも呆れと怒りの入り混じった思いを抱く。
が、
「――」
莫迦ばかしさの方が勝って笑みを形づくる。
ただ、目元が歪んで全体としては泣き笑いのような表情を浮かべていた。それでも、仲間がいるお陰で打ちひしがれて膝をつく――そんなことをせずに済んでいる。
……そこにアリスも加わった。ジョシュアはすぐ近くにいる彼女へと視線を向ける。何だかんだといっても、彼女は仲間と力を合わせ自分を助けに来てくれた。
「ありがとう、アリス」
「今後は足を引っぱらないようにして下さい」
「……」
心からの礼を切って捨てられ、ジョシュアは本気で泣きたい気分を抱く。そんな彼の耳に、
「――あなたの力は大したものです。今後、戦力として期待させていただきます」
とこちらに背を向けた彼女がそう言ったように聞こえた。
え? と思ったが、今の言葉が現実だったのか確認はできなかった。