世界を信じる
別のペンネーム、別の作品で某ライトノベル新人賞最終選考で落選したこがあります。
ぜひ、お楽しみください。
†
しばしの後、ジョシュアの姿は魔術師協会イルマリネン支部の一室にあった。
彼の正面、執務室然とした部屋の執務机備え付けの椅子に座すのは法衣姿の渋い風貌の壮年の男だ。名前はドミンゴ。第四階級の地位――ヤルダバオト教における司祭に相当――にある。ちなみに階級は一〇階級に分けられ、数字が増えるほどに権威と権力が増す構造だ。
部屋にいる人間は彼だけではなく、ジョシュアと同年代の二人の男性がいる。
一人はやや背の低い猫背の男で陰鬱な顔つきをしている。ジョシュアと似たような身なりをしていた。違うのは、東洋――その果ての島国発祥の片刃で反りのある剣、“刀”を腰にさげていることだ。さらに、背には片刃半剣を負っている。
もう片方は、大柄だが常に笑みを浮かべているような顔立ちの男だ。こちらは法衣姿だ。
どちらもジョシュアの仲間だ。それぞれティモシー、オースティンという。
前者が火のついた葉巻を、後者が蒸留酒の入った革の水筒の口を口にくわえていた――二人とも、重度の中毒なのだ。室内には紫煙と酒精の臭いが立ち込めていた。
上司もこの件については諦めていて、意図的に無視している。――が、眉が時折、小刻みに痙攣しているのはこちらの目の錯覚だろうか。
「イルマリネン近隣で、旅の途上で姿を消す者が急増しているのは知っているか?」
沈黙でもって否と応えたジョシュアとティモシーに対しオースティンは、「はい」と頷いた。
「何でも特定の集落を通った者が姿を消す事件が続発し、訴えによって騎士が駆けつけると、住人全体が忽然と姿を消しているとか」
「そうだ。しかも、怪物の仕業でないことはその痕跡が一切残されていないことから確かだ。血痕が見つかることもあるが、精々それは一人分にしかならない」
ドミンゴはそれが地の険しい表情で告げた。
「そこで、常罪術者の犯行が疑われたと?」
ジョシュアの問いかけに、そうだ、と上司は顎を引く。
――常罪術者というのは、怪物軀宿者技術を悪用する魔術師のことだ。そして怪物軀宿者というのは、人間の身体に怪物の身体を移植した者のことをいう。
この技術の出現によって、魔術という強大な力を持ちつつも戦闘という局面に突入すれば運動を不得手とする者の多い魔術師が容易に戦闘力を向上させることができるようになった。魔術師だけでなく、凡人を数十、数百の数の騎士に相当する戦力に強化することも可能だ。これはかつての歴史における鉄製武器の登場などと比べてもなお劇的な出来事だ。
よって、それを悪用する者も後を絶たない――ために、貴族や宗教者からの圧力もあり、魔術師協会は彼らを罰する懲罰術者を用いて常罪術者の討伐に当たった。懲罰術者は通常、怪物軀宿者が任命され、彼らを補助魔術師が支援して任務に就く。
「そういうことだ」とドミンゴがジョシュアの言葉を肯定した。さらに、
「植精土壌と生み出した術者の探索、及び討伐を命じる」
と言葉を重ねた。
「植精土壌?」
「実は、巡礼の騎士が件の集落の一つから生き延び、自分が目撃した一部始終を証言した」
紫煙を吐きながらのティモシーの疑問の声に、ドミンゴが応じる。
「それによると、村の人間の眼窩から植物の根が飛び出し、身体のあちこちが瘤のようになって膨れていたそうだ。そこから、怪物軀宿者と見られる者たちを植精土壌と呼称することにした」
証言があったのならさっさと言えばいいだろうに、とジョシュアは思った。彼の上司はどうも持って回ったしゃべり方を好む傾向がある。
「それと、今度の任務は多くの怪物軀宿者を同時に敵に回す可能性が高い。よって、お前たちにもう一人仲間が加わることになった」
そう告げると、ドミンゴは「入れ」と廊下に向かって声を張り上げた。
すると、扉が開いて一人の人物が姿を現す。
「……」と意外な人物との再会に、ジョシュアは声を失った。
尖った耳、浅黒い肌という特徴を備えた少女だ。理知的な瞳に高い鼻梁を供えた整った容姿をしている。ジョシュアと似たような装、つまりは活動的な男装だ。
さらに、改めて彼女を間近で仔細に観察したことで、思った以上の相手の幼さに驚いた。その顔立ちにはまだあどけなさが残っている。いくら優秀でも、死地に身を晒す懲罰術者の仲間に一〇代半ば前後の少女をあてがわなくていいはずだ。
彼女は義務的にこちらを一瞥し、ドミンゴへと視線を移した。あちらは、再会に対して何の感慨もない――あるいはこちらに興味がないようだ。
なんだかなぁ、ジョシュアは心の中で肩を落とした。少女の無視に近い扱いに、いい歳して傷ついてしまう。
「彼女は外見からも分かる通り、北方に住まう闇の妖精の血を引いている――お陰でその魔力はずば抜けたものだ。必ずや常罪術者討伐の力となるだろう」
「――ですが」
ドミンゴの言葉に対し、ジョシュアは異を唱えようとした。
が、
「腕前を確かめもせずに私を侮っておいでですか?」
と、当の本人にそれを封じられる。刹那、彼女はこちらに腕を伸ばした――指先には、鉄と真鍮が材料として半分ずつ使われた指輪が嵌められている――彼女は魔神召喚の呪文の詠唱を始めた。
「我は汝を召喚する。おお、フォカロルよ、もっとも偉大なる万軍の主の御名によりて汝に命ず……」
こちらが驚愕し呆然となっている内に術を完成させる。
――ジョシュアの側に一メトールほどの直径の魔法陣が出現、その内側に“影”が吐き出された。引き締まった肉体に猛禽の翼を備えた男の姿をした魔神、フォカロルだ。
召喚に成功した……しかも、魔神は完全に制御され、凶暴な形相を浮かべながらもこちらに襲いかかる様子は微塵もない。
「フォカロル、その方が暑いそうなので少し涼しくして差し上げなさい」
おいッ――ジョシュアが抗議の声を上げる前に魔神が動いた。
フォカロルが腕をこちらに突き出す。直後、顔に向かって微風が吹いた。それで終わりだ――少女はただそれだけのために魔神を召喚してみせた。
……確かに腕前に不足はない。いや、超一級と言ってよい。
ただ、実力を示すために魔神を召喚してみせる精神性は明らかに問題だ。本気で上手くやっていける気がしない……――ジョシュアは彼女を前に胸の内で呻く。
ジョシュアはさらに憂鬱になる光景に帰り道に遭遇した。
朝市の時間を過ぎて閑散とした中央広場の一角に、子どもたちが輪になって集っている。ジョシュアは気になって、列の最後尾から顔を覗かせた。
――子どもたちの視線の中央には、ゆったりとした喜劇的な衣装に身を包んだ吟遊詩人の姿がある。弦楽器を手に、幸薄そうな顔つきをした彼は、容姿に似合わない浪々とした声で唄う。
「帝国、彼の国は悪魔、悪霊の住まう地。彼奴等は王国の民草を食い物にせんとする闇の住人なり。危機に陥る聖なる住人の国、スズリ――そこに現われたるは、英雄ゲオルク。魔術師にして偉大なる指揮官たる彼は……」
子どもたちは、ゲオルクの登場に目を輝かせた。きっと、彼らの心には威風堂々とした英雄の姿が多い浮かんでいるのだろう。
……そして、同時にノルズリ帝国の名は、悪と同義語として脳裏に刻まれているはずだ。
これは一種のプロパガンダだった。
吟遊詩人の協会は、一般には知られていないが、国の特務機関であるルアド・ロエサの支配下にある。
そのため、協会に所属する吟遊詩人は国の有利になるお伽噺をするよう強制されるのだ。そして、それを拒む者や、協会に属さない者は徹底的に弾圧される。
そうして、些細な悪意が国中で芽を吹く――やがて、それは大きなうねりとなり人間を激しい争いへと突き動かすのだ。
本当は、こうした芽を摘むことが必要だと思っている……しかし、母と妹を守れなかった自分に、何か巨大なものに立ち向けるとは思えない。そう、自分は負け犬だ。
戦争の影は常につきまとう――ジョシュアは個では立ち向かえないものを前に、ため息をついて背を向けた。
4
パーホロン大陸の西、ヴェストリと呼ばれる地域にジョシュアの住まうスズリ王国がある。そして、彼の国と百年の長きに渡って戦争を繰り広げているのがノルズリ帝国だ。
主な原因は二つある。一つは、ヴェストリの国々の多くの王室が姻戚関係にあり、それを根拠に帝国が王国の王位継承権を主張したこと――これが原因で両国の争いを『王権戦争』と呼ぶ。二つ目は、王国の織物の産地、肥沃な農地である土地を帝国が欲したことだ。
王国と帝国の戦争は後者の優位に進んでいた。
原因は幾つかある。まず、帝国に比べ王国の諸侯間の結束が脆弱で、国王の元に一致協力することができていなかった。さらに、スズリ王国の現国王の叔父、ヴィクトル侯爵が欲に目が眩み帝国に寝返ったことが大きい。
だが、百年の間、間断なく争いを続けて訳ではない。両国も戦争の初期から中期にかけて中央集権制が盤石ではなく、双方ともに兵力は傭兵が中心を成していた。故に、資金が乏しくなると休戦状態となる。決戦が終わった後は、次の戦闘のために資金・物資の調達に王国、帝国ともに奔走することになるのだ。
しかし、民にとってそれは必ずしも平和を意味してはいない。何故なら、戦いが絶えれば傭兵は職を失うことになる。そうなったときに、彼らはどうやって生計を得るか? 答えは略奪だ。つまりは、村々を傭兵たちが襲撃することになる――彼らは盗賊に様変わりする。
大きな決戦が終わり、王国は束の間の休息を得ているが、決して平和な訳ではない……。
――人気のない山間の街道をジョシュアたちが進んでいると、不意に剣呑な無数の気配が生じた。
空気を裂く音が聞こえた――電撃的迅さでジョシュアは右手を跳ね上げた。
矢に吸血擬手が貫かれる。痛覚は常に遮断しているため痛みを感じることはない。
が、その光景に近くに立っていたアリスが目を瞠った。
こちらの意気を挫いたと判断したのか、街道に無数の人影が姿を現す……粗末な兵装に身を包んだ野盗の男たちだ。むさ苦しい顔に歪んだ笑みを浮かべている。
「言わずとも分かるだろ?」
頭目らしい髭面で一際屈強な壮年の男が、数メトールの距離で足を止めて告げた。その背後には十数人からなる配下の者たちが、斧や鎚鉾、弩を構えている。
――あれがジョシュアの手のひらを射抜いた矢を発射した得物だ。狙い打つことにかけて右に出るもののない武器で、有効射程は五〇から一〇〇メトール。大型の物から放たれた矢は、板金鎧さえ貫通する。弱点は一発放つのに、六〇の数を数える時間が必要なことだ。しかし、頭数で圧倒している現在、短所はさして問題にならない。
……相手がジョシュアたちでなければ。
ジョシュアは、刺さると抜けないように工夫された矢印形の矢尻を無理やりに引き抜いた。その様子を目の当たりにして、頭目の男の表情が呆気に取られたものに変わる。
それはそうだ――ジョシュアの手の甲、手のひらを貫通する怪我は無惨なものだ。それをみずから作っておいて顔色一つ変えない男――まるで化物、そんな風に相手には見えているはずだ。
ジョシュアにしてみれば痛くも何とも無いのだから当然のことなのだが。
さらに、盗賊の頭を驚かせる出来事が起こる。
彼の見ている前で、傷口が見る見る塞がったのだ。桃色の肉が傷口を埋め、赤ん坊を思わせる色の皮膚が表面を覆う。
「化物かお前……?」
頭目が蒼白な表情になってこちらを凝視する。
そんな彼を前にして、ジョシュアは腰のベルトに吊るした小袋から小指の先ほどの大きさの鉄球を右手で取り出した。
こちらが言うことを聞かなければ殺される、そのことが分かっているから彼も躊躇うことなく行動することができる。逆に言えば、命が天秤にかかることでやっとジョシュアは実効的手段に打って出ることが出来るのだ。
――彼は親指と人さし指で輪を作り、双方の間に鉄球を挟む。何気ない動作で弾く。刹那、皆の視界から鉄球が消失する……それほどの速度で飛んだ。
息を吐く時間すら相手に与えずに飛翔した鉄球は、盗賊の一人、その手に構えられた弩を直撃する――大げさなくらいに破砕音が鳴った。弦受けの前の部分からつがえられた矢ごとへし折れる。
武器を破壊された盗賊の一人は何が起こったか分からないという顔で手もとを見下ろし硬直した。
いや、彼以外の連中も凍りついている。
そしてこんなときでさえ、ティモシーとオースティンは喫煙&飲酒中だ……どういう神経だ、とジョシュアはこういう場面に直面するたびに思わされる。
「もし、やり合うというのなら、自分の頭が弩と同じように砕けるのを覚悟してもらう」
ジョシュアは意識的に相手を威圧しながら、小袋から鉄球を取り出して野盗の頭目を“照準”した。
無力な得物のはずが、相手は竜のように強力な力を備えていた――その認識と現実の落差で、野盗たちは茫然自失の状態に陥る。そこに、ダメ押しの脅迫が来たらもうお終いだ。
ゆっくりと野盗の一人が後退りした――そう思ったら、次の瞬間には身を翻して駆け出していた。
それに触発されて、野盗たちは一斉に逃げ出す。
「お、おいッ!?」
逃げ送れた頭目も、ジョシュアが照準を外すと慌てて手下に続いた。
それを、
「待ちなさい!」
アリスの声が追いかける。
と思ったら、魔法陣が出現。魔神がその中から姿を現した。以前に彼女が召喚したフォカロルだ。
――敵を追いかけて駆け出すアリスを、間近にいたティモシーが襟首を掴んで制止する。
「どうする気だ?」
呆れ混じりの問いかけに、
「貴方がたは悪を見逃すのですか!」
と彼女は鋭い声で非難した。
せっかく、ジョシュアが穏便に事を収めようとしたというのに、彼女は野盗たちを“成敗”する気でいるようだ。
「野盗退治は騎士の仕事だ、俺たちの務めじゃない」
「だからといって――」
「我が儘を押し通したいなら、協会を抜けて野に下れ小娘」
反論するアリスにティモシーは厳しい顔で言い放つ。
――彼の言い分は正しい。並の騎士では常罪術者は斃せない。彼らを抹殺できるジョシュアたちが本来の目的を忘れて野盗狩りに躍起になればその分、常罪術者の悪事による被害を増やすことになる。
それにたかが野盗と侮って戦えば思わぬ痛手を負わされる可能性もある――アリスがその可能性を気に留めているかというとどうも怪しかった。
また、野盗たちもある意味、戦争の被害者だ。安易に兵力と掻き集められ、用済みとなれば放り出され、鼻つまみ者として故郷にも帰れない――王政にその責任がないといえば嘘になる。
だが潔癖な少女には心情的に納得できないらしく、彼女は襟首を離されてもティモシーを睨むのを止めなかった……。