世界を信じる
別のペンネーム、別の作品で某ライトノベル新人賞最終選考で落選したことがあります。
ぜひ、お楽しみください。
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――アリスは枝の拘束具に囚われた状態で、ジョシュアが己の首に吸血擬手の牙を立てるのを目撃した。
「そんな……」
自分を責めるのは止めると言ったのに、みずから命を絶った?
……いや、守るためだ。
そのことに彼女は気づく。自分を――そして、オースティンを野放しにした場合に傷つくすべての人間を。
けれど、そのために犠牲になるなんて――。
「それのどこが自死と違うんですか……」
つぶやく彼女の視界で、ジョシュアが急激に蒼白になっていった。
そして、一度目を閉じたかと思うと、再び瞼を開けたときには顔つきが変わっている。別人だ――空腹を満たそうと獲物を求める、獣の目をした男の姿がそこにあった。
「植神巨壌――」
オースティンが巨大な、基幹樹木が植精土壌と化したおぼしき怪物に命令を飛ばそうとする。
同時に、枝が動いて再び檻を為そうとした。
刹那、ジョシュアを中心に枝に霜が広がる――彼、の身体を操る吸血擬手は無造作とも思える動きで前へと出た。
電撃的迅さの拳打を繰り出す。凍りついた地母樹木は、そうなる以前とは比べものにならないほど脆くなっていた――瞬時に砕ける。
重心を後ろに移し、オースティンは少しでも距離を置こうとする。並行して、植神巨壌の複数の枝の群れが、四方八方からジョシュアの身体に迫った。
「遅イ!」
早――その姿はオースティンの前にあり、手のひらをオースティンの首筋へと伸ばしていた。
牙が彼の皮膚を捉える――。
「ケッ、不味イ血ダ。オ前、モウ人間ヲ、止メテルナ?」
不平を漏らしながらも、吸血擬手は氷魔擬手の能力を電光の速度で連発する。迫る地母樹木の枝に氷の槍を数十、数百の単位で飛ばした。
人間のジョシュアと、元は吸血鬼の違いか、同じ身体を使っても顕現する力は段違いだ。
氷の破片が飛び散り、幻想的に闇の中で輝く。
……その間に、オースティンは紙のように白くなった。
それを見てとった吸血擬手は、つまらなそうな顔で彼を自分が元居た場所へと放り投げた。
枝の上に座り込んでいるスザンナの隣に、皮肉にも脅迫者は倒れ込む。
――吸血擬手は彼の行方など気にも留めず視線を巡らせた。そして、その目線がアリスを捉えた。
……彼女の背筋に寒気が走る。だが、その身を縛る枝の拘束は解かれておらず逃げることは叶わない。
魔神フュルフュールが召喚者を守ろうと、枝角の間に紫電を這わせる。
「止めて、フュルフュール!」
アリスは反射的に叫んでいた。
魔神はこちらに目を向け、こちらの意思を確認すると稲妻を生むのを止める。
次の瞬間、その身体に氷の槍が降りそそぎ、針山のごとき状態に変化した。魔神が身体を大きく痙攣させる――そして、脱力。
その姿は幻だったかのように宙に溶けて消えた。
死んだ訳ではない。魔神はそんな脆弱な存在ではない――現世に現れているのは矮小な分身のようなものだ。
それでも死の苦痛を本体も味わう……その事実に、アリスは罪悪感に息苦しさを覚えた。
――その苦しさが、物理的なものに変化する。
距離を詰めたジョシュアが、氷魔擬手の方の手で彼女の首を掴んだのだ。
「オ前ノ声ガ、コイツノ心ヲ強クシタ。オ前ガ居ナケレバ、俺ハ身体ヲズット支配スルコトガ、デキル」
告げながらも、ジョシュアの身体を使ってしゃべる吸血擬手は瞬時に命を奪うという行為には及ばない。
徐々に恐怖を味わうように死なせないと気が済まない――そう考えたのか、氷魔擬手の力を利用する手段を選んだ。
寒い……――アリスは少しずつ体温が下がるのを感じる。冬の雪山に裸で放り出された気分だ。
「……ジョシュア」
お願い、目覚めて――。アリスは彼を呼び覚まそうと声をかける。
吸血擬手も言ったではないか、『オ前ガ居ナケレバ、俺ハ身体ヲズット支配スルコトガ、デキル』と。
逆を言えば、自分はその妨げになるということだ。
ジョシュア、負けないで下さい!




