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世界を信じる

別のペンネーム、別の作品で某ライトノベル新人賞最終選考で落選したことがあります。

ぜひ、お楽しみください。

   6


植神巨壌ドライアド・ジャイアント、そいつらを捕えろ!」

 突如としてオースティンの声が響いた。

 だが、その驚きをおもてにあらわす暇があらばこそ、基幹樹木アウドバウの無数の枝が意思を持ったように動く。

 剣光一閃、ジョシュアは反射的に剣を振るった。

 ――が、硬度と強度を備える枝に弾かれ、得物はあさっての方向へと飛んだ。

 その軌跡を視線で追う余裕はない。

 無数の枝が檻のようにジョシュアと、こちらにちょうど襲いかかっていたスザンナを捕えた。

 魔神と、焦慮を顔に浮かべたアリスは、枝の檻が主塔から中空へ離れるのを見送るしかない――地母樹木ユグラドシルを砕くほどの雷撃を放てば自動的にジョシュアも命を落とすことになる。

 ――その横に、節足動物の脚のような動きで、ジョシュアを捕えたのとは別の枝の群れが近づいた。その上には、市街地の屋根の上で行方知れずとなったオースティンが佇んでいた。

「オースティン、なんで……」

 ジョシュアは、状況が呑みこめない。

「なんでもも何もないだろ? 裏切り者は一人じゃなかったということだ。おかしいと思わなかったか? お前が落ちた橋、そして流れ着いた村が植精土壌ドライアドの巣窟だった――どう考えても仕組まれてる。だが、あのときはスザンナはまだ近くにいなかった」

 オースティンが嬉しげに嘲笑を浴びせてくる。

 ……――言葉よりも、彼の態度が雄弁に物語っていた。オースティンは裏切り者だ。彼が橋を落下させる細工をし、付近にあった村の人間をすべて植精土壌ドライアドに変えた。

 仲間に裏切られた――その事実に、脱力感に襲われる。次いで、怒りが湧き上がってきた。

 自分を危機に陥れたのはまだいい……だが、そのためにいくつの命を奪った、罪のない者を死に追いやった?

「お前のことだ、俺が殺した連中のことで怒ってるんだろう?」

 オースティンは莫迦にした口調で聞いた。

「当たり前だッ、お前どうして――」

「どうしてもこうしてもあるか。お前と俺は生きてきた世界が違う、見ている物が違う、培った価値観が違うのさ!」

 声を荒げるジョシュアの言葉を、さらなる声量で裏切り者は遮った――満面の笑みを浮かべながらも、その瞳の奥では負の感情が燃えていた。

「父と弟を失った? 母と妹を殺してしまった? それがどうした? それでも、お前には“そんな”お前を保護してくれる親戚がいただろう? だが、兵士に父親と母親を殺された俺は、独りでこの世界に放り出された」

 ――っ、穏やかに常に笑っていた仲間と同一人物とは思えない狂気に、オースティンの表情は染まっていた。

「戦場で死んだ魔術師の落とした魔導書で独学で魔術を身につけ、必死に身を守り、食い物を手に入れ生き延びた――そして、魔術師協会ギルドに拾われて、何とか命の危機から逃れた!」

 だがな、彼はトーンを落とす。

「それで俺の失ったものが返ってくるのか? 足りないんだよッ。負の遺産を帳消しにするには安全を手に入れただけじゃ足りない、魔術師として多少の地位を手に入れただけじゃ足りない――これだけの苦痛を味わったんだ、後の人生、毎日面白おかしくなきゃ嘘だろう?」

 ……ジョシュアは、オースティンに対して彼が裏切り者だというのに思わず同情してしまった。

 彼の送ってきた壮絶な人生に対してではない。

 今もって、彼が“戦争”に人生を狂わされていることだ。

 生き延びるためだけの日々――空腹に常に襲われ、楽しいことなど何一つない毎日、それが彼に強烈な錯覚を抱かせてしまっている。あるいは、父と母という自分を愛してくれる人間を早々に失ってしまったことで、彼は忘れてしまっているのだ。

 時に飢え以上に、人を孤独が苛むということを。

 今、彼が抱いている欠落感は、遊楽の類が癒してくれるものではない。

 そして、それを癒すことはジョシュアたちを裏切りさえしなければ、胸襟を開いて苦痛を分かち合えば、可能だったのだ。だが、彼はそれに気づけずに、本人も自覚のないままにさらなる闇へと堕ちていっている。

 今更だが――いや、今だからこそジョシュアには分かる。

 自分が完全に潰されずにいられたのは、仲間がいて、世話になっている家の家族がいたからこそなのだ。そうでなければ、とうに己の命を絶っていだろう。

 いくら金があろうが、いくら美味なる物を口にしようが、快楽を貪ろうが、闇を追い払うことはできない、立ち向かうことなど不可能だ。

「……何だ、その目は?」

 オースティンが囁くような声を漏らす。その瞳の奥の狂気が、さらに一層濃度を増した。

「俺を哀れんでるのか? 俺を上から見てるのかッ。高みから救いの手を差し伸べる気か!?」

「違う、オースティン――」

 激昂する彼に、ジョシュアは何とか自分が抱く言葉を伝えようとする――だが、言葉の不自由さが制約となりそれを阻んだ。

「スザンナ、そいつを殺せ」

「な……」

 オースティンの言葉を聞き、ジョシュアは目を驚愕に目を剥く。

「――分かりました」

 それに頷くスザンナに、さらに彼は驚かされる――完全に頭が真っ白になり、束の間、四肢の感覚さえ消えた。そこに体調の不調が加わり、立っていることさえできなくなって近くの枝の“柵”に衝突する。

 ……スザンナがオースティンに背を向け、彼とジョシュアの間へと立ち位置を移動した。彼女の肩越しに、オースティンの嘲笑が覗く。

 悪夢のような光景に、ジョシュアは何も考えることができず弱々しく首を左右に振った。

「――動けば、すぐにジョシュアを殺すぞ」

 ひそかに魔神フュルフュールを動かそうとしていたアリスが、それで呪縛される――刹那、植神巨壌ドライアド・ジャイアントうでが彼女と魔神へと伸びた。そのまま間が狭まり、枝は即席の拘束具と化す。

「う、ぁぁあ!」

「アリス!」

 執拗に身体を締め付ける力に耐えられず悲鳴を漏らす彼女を見て、ジョシュアもたまらず声を上げた。

 だが、スザンナの行動は冷酷だった――そんな彼へと一気に近寄り、己の爪を突き刺した。

「スザンナ……」

 ジョシュアは顔を青ざめさせ、語尾を震わせる。

 信じられなかった、彼女がそんなことをするなんて――。

「はははははは!」

 スザンナの身体が陰となって“何が”起きているかを視界に収めることができないオースティンが、額に手を当てて身を仰け反らせて笑った。

「ただ、一人で死んでいくのは怖くて怖くて、仕方がなかった……」

 その声に紛れるようにして、スザンナの言葉が発される。

 彼女の呼吸は苦しげだ――当たり前だ、彼女のナイフを思わせる鋭い爪はジョシュアではなくスザンナ自身を捉えているのだから。

 ジョシュアの服を濡らす。彼女の下腹部から流れた血が……。植精土壌ドライアドと化してもなお、その血は鮮やかな赤を保っていた。

「でも、あなたの胸の中で死ねるのなら、耐えられる」

「――」

 ジョシュアはスザンナにかけるべき言葉が見つからず、唇を噛んだ。皮膚が裂けて、少量ではあるが彼の口唇からも血潮が流れ出る。

 ――不意に、彼女はそんなこちらと口づけを交わした。こんなときだというのに、スザンナの唇の柔らかさは確かな感触として伝わってくる。

「ははは、別れの口づけか? 美しいなッ。特に、自分で手を下しておいてすることろが傑作だ!」

 誤解したままのオースティンが独白じみた言葉を吐き続けていた。

 しかし、その台詞はジョシュアの耳を素通りする。

スザンナを抱きしめたい衝動に彼は駆られていた――しかし、それはできない。スザンナの意図を察していたから。

 彼女は自分の身を犠牲に、オースティンの油断を誘ったのだ。

 増長しているオースティンは、己の目でジョシュアの死を確かめるために枝の檻をそのうち解くだろう――そこに反撃の機会が生まれる。

 だが……。

「あなた、ふらふらよ? ――ねえ、吸って。私の命を糧にして」

 ジョシュアが立っていることさえ辛いということを察したスザンナが、自分も四肢に力の入らない状態で微笑む。

 ――既視感のある光景だ。

 忠義者の従士の最後が脳裏をよぎる。

「……あたしの犠牲をムダにする気?」

 スザンナが、呼吸を速く、浅くしながらこちらの瞳を覗き込んだ。

 ――強烈な葛藤に襲われる。見えない手が四方から己を掴んで引き裂こうとしているような。

 ……確かに、このままではオースティンを斃すどころか、反撃に打って出ることさえ叶わない。だが、またも自分は犠牲の上に勝利を掴むのか?

 誰かを頼るのはいい――人間なのだから、そんなことは当たり前だ。

 しかし、他者の屍の上に立つというのは、結局のところ、方向性が違うだけで本質的にはオースティンと一緒なのではないか?

「さて、流れ出た血の量からして、もう動けないだろう――死に様を近くで拝むとするか」

 オースティンがついに、“枝の檻”を解いた。

 ゆっくりと、ゆっくりと、過ぎる時間を楽しむように足場としている枝を近づかせる。

「もう、犠牲はたくさんだ」

 彼の姿を改めて意識したことで決意は固まった。

 え? とスザンナが目を見張る。

「これが最期になるとしても、その瞬間まで僕は足掻く」

 ジョシュアは彼女の目を真っ直ぐに見つめる。

「後悔するのなら、せめて全力を尽くしたい。僕は、怪物軀宿者モンスト・サイバーになる前に、母と妹を守る道が他にないか探すべきだったんだ――安きに流れるべきじゃなかった。道を求めるのを止めたときから、思考停止したときから過ちは始まる」

「これが終われば、俺は貴族様だ!」

 その“見本”が、着々と近づいてきていた。

 そして、ついに一挙動で襲いかかれる距離に、オースティンが到達する。

 次の瞬間、ジョシュアは吸血擬手ブラッドサッカー・パートを己の首へと素早く移動させた。

「――!?」

 まだジョシュアが動けることにオースティンが驚愕する。

 そんな彼の前で、ジョシュアは己自身の血を吸血擬手ブラッドサッカー・パートに吸わせた――血液が瞬く間に足りなくなり、視界が暗くなる。

 オースティンを斃す――その意思だけを強く彼は抱いた。

 ……そして、彼の意識は途絶える。



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