世界を信じる
別のペンネーム、別の作品で某ライトノベル新人賞最終選考で落選したことがあります。
ぜひ、お楽しみください。
4
ジョシュアたちの直接の上司であるドミンゴ――彼の姿は、魔術師協会イルマリネン支部ではなく、フレイヤ連合国の一つ、潜陰小人が統べるマウンド王国の街道にあった。
その格好は、鎖帷子の上に貫頭衣をまとったものだ。剣帯で剣を吊るしており、あとは冑をかぶれば完全武装だ。
そして、騎乗の人となり、周囲を武装した無数の潜陰小人に囲まれていた。
――彼が亜人たちを指揮しているのだ。
フレイヤ連合国に最も近い魔術師協会支部の人間として彼の国々の住人たちを頻繁に交流していたドミンゴは、彼らから信頼を得ており、その縁もあって警戒態勢にあるこの地に足を踏み入れることができたのだ。
フレイヤ連合国では自分の部下たちが任務に就いている――もし、帝国の蹂躙を看過すれば彼らを見捨てることになる、その思いからの行動だった。
人を殺め過ぎた……、その思いから妻との間に子を設けず、人生の伴侶にも病気で先立たれたドミンゴにとっては、三〇代になるジョシュアたちも子供のように映った。
戦争で矛盾に満ちた光景を度々目の当たりにした――正義を叫びながら町々を蹂躙する軍、同じく親や子を持つ敵国の人間を殺しながらも家に帰って我が子に早く会いたいと漏らす父、敵を散々に手にかけておきながら仲間の仇を叫ぶ若者。
そのせいで、ドミンゴは何か言葉を発するときについつい断言を避けてしまう癖がついてしまった。……部下には、持って回った言い方をする鬱陶しい男だと思われたかもしれないが。
今思えば、私は戦場から逃げたのだ……――ということになる。その後ろめたさは言葉にならずとも、常に胸の内を塞いできた。
しかし、同時に偽りの自分に戻りたくないのは事実だ。
虚飾の鎧をまとった状態ではなく、己自身で戦場に戻るのだ。そして、最早戻ることのかなわない過去と決着をつける。
それに直感で、部下たちが追いかけている事件が、この危機を解消する鍵となっていることを確信していた。
勝利を収めずとも、時さえ稼いでいればジョシュアたちは必ず成し遂げてくれるはずだ。
だったら、自分は彼らが帰る場所、国を守る。それでこそ、恐らく己が逃げた過去に対しケリをつけることができる。
「――光栄でございます。英雄と名高い、神将ゲオルク殿の指揮の元、戦えるとは」
進軍する潜陰小人の一人、近くを歩いていた甲冑が一際立派な者が、そう声をかけてきた。彼らの外見は、短軀で、頭の大きな老人を思わせる、正直なところ醜い亜人だ。
英雄、神将か……――ドミンゴこと、ゲオルクはその言葉を苦く噛みしめる。
そんなものはまやかしだ。国の中枢にいる者たちが国民を、兵を鼓舞するために目覚しい戦果を上げていた魔術師の指揮官という風変わりな男に目をつけて利用しただけだ。吟遊詩人の唄うゲオルクは虚像にしか過ぎない。
絶対無敗なぞ存在するはずがない。
連戦連勝などいつかは途切れる。
聖人君子? 笑わせるな。
必ずお前たちを生きて故郷に返すと約束したというのに、大敗を喫したことがある。
逃げ惑う人々を無視して軍事行動を優先して勝利を得たこともあった。
苦悩と憤怒に叫びだしたいことが何度あったか。
「その名は捨てた。今の私はドミンゴという」
彼は静かに潜陰小人に告げた。
首を傾げる亜人に対し、
「進軍を停止するように伝えてくれ」
ドミンゴを苦笑で応じる。
「全軍、止まれェ!」
潜陰小人の指揮官の叫びに応じ、指揮を伝える鉦の音が伝播していき、やがて潜陰小人の歩みが止まった。
――その地点は、複数の街道が合流し一つとなる地点の手前、山間でいうところの隘路だ。出口の側も、複数の道に分かれている。
ここに陣取る意図はこうだ――敵を隘路に閉じ込めた上で合流する複数の道に兵を展開させ、地形の関係上少数しか進んでこられない相手を多数でもって集中的に叩くのだ。
戦術の基礎の一つだった。
英雄などといってもこんなものだ――ドミンゴは皮肉な思いを抱く。だが、虚像でも利用できるのなら利用してやるさ――。
「我らには勝利が約束されている。後はただ手中に掴むのみだ!」
彼は声を張り上げた――それを掻き消すように、鯨波が返ってくる。
突き上げられた槍や剣の切っ先が天蓋から届くかすかな陽光を照り返し、大海の水面の煌めきを連想させた。帝国の兵と接敵すれば、彼らは津波のような勢いで衝突し、水しぶきのように呆気なく命を散らせていくのだろう。
しかし、血の波涛の先にしか勝利はない。
それを命じるのは俺だ――虚像ではなく、己自身なのだとドミンゴはみずからに言い聞かせた。今度こそ、罪からは逃げたくない。
†
ジョシュアたちの元にも、帝国の兵が進軍を開始したという報が聞こえてきた。
特務兵の襲撃に加え、この時機での帝国の侵略の開始――最早、植精土壌を巡る事件が単なる一常罪術者の犯罪で終わらないことは明白だ。
植精壌蟲と戦った町の基幹樹木のことを思い出せば、地母樹木を支配下に置こうとしている、そう考えるのが妥当だ。
もし、万物呑込が発動しないなどという事態に陥ればフレイヤ連合国は帝国に踏みにじられ、王国は最短の距離で敵と相対しなければならなくなる。
「だから、スザンナを追う。そして、常罪術者を捕まえる」
昼を回った時刻で、ジョシュアの姿は馬の鞍の上にあり、町の外の街道に佇んでいる。
すぐ近くには、ティモシー、アリス、オースティンも騎乗して彼の言葉に耳を傾けていた。
「協力してくれるだろうか? 今回に限ったことではないけど、危険な任務だ」
「当たり前だ――仲間だからな。それに、それが俺たちの仕事だ」
ジョシュアの問いかけに、真っ先にティモシーが茶化すような調子で応じる。馬上だというのに紫煙をくゆらせ、ふざけて煙りをこちらへと吐きかけてきた。
「まあ、危険は少ないに越したことはないけどね」
オースティンが迂遠な言い方で同意を示した。こちらも、相変わらず言葉の合い間に革の水筒の酒を口に運んでいる。
ジョシュアが視線をアリスに移すと、
「短い付き合いですが、私もあなたの仲間です。どうか、あなたの側で戦わせて下さい」
と彼女は真剣な目で告げた。瞳の中に闘志が燃えている。
「『あなたの側で戦わせて下さい』だってよ、熱いなぁ、お前ら」
「ティモシー、それはマズい……」
からかう仲間をジョシュアは抑えようとした。が、
「ほら、口づけを交わしたら、どうだい?」
「お、いいなッ。やれやれ」
オースティンが悪ノリに乗っかり、さらにティモシーが調子に乗る。
刹那、「我は汝を召喚する」という呪文がアリスの口から漏れた。
魔神を召喚する気だ――何だかんだで進歩のない仲間のやり取りに、「はぁ」とジョシュアはため息をついた。
直後、ティモシーとオースティンの悲鳴が辺りに響き渡った。
締まりがないなぁ――。




