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世界を信じる

別のペンネーム、別の作品で某ライトノベル新人賞最終選考で落選したことがあります。

ぜひ、お楽しみください。

      †


 食後、ジョシュアは再びニコルと二人きりになった。

「ねえ、遊んでぇ!」と彼にせがまれ、「こら、お客様を困らせないの!」と母に叱られるのを見ていると居たたまれなくなって、つい不慣れな子守りを引き受けてしまったのだ。

 家の外に出てニコルが提案したのは、

「よし、騎士ごっこをしよう!」

 というものだった。

 適当な長さの木の棒を二本拾ってきて、彼は片方をこちらに持たせたのだ。

 それ自体はほほ笑ましい光景だ。

 だが、次の瞬間、小さな子どもが口にした言葉にジョシュアは胸に鋭い針で突かれたような痛みを覚える。

「我は神将ゲオルクッ。闇の軍の遣い、帝国の兵を打ち倒さん!」

 喜々とした表情でニコルは、吟遊詩人あたりから仕入れたであろう口上を述べた。

『闇の軍の遣い』――それは、帝国を罵倒するときに使われる常套句だ。悲しいことに、部族や国民の大多数は、ある程度、意図的に敵を作ることによって社会的連帯感と集団への帰属意識を得ている。

 そして、それはいよいよ戦争が近づくと、あるいは渦中へと突き進むと、最高潮に達する。

 あたかも、敵国の人間は“人間でない”という流言が飛び交い、人でない者なら殺して構わないという理屈が平然とまかり通る。

 それは国家によって意識的に生み出されるものだ――敵に対して人間性を感じるような兵士は兵力として役に立たず、なおかつそんな人間の言葉は周囲を混乱させる。それを防ぐために、プロパガンダが為されるのだ。

 そして、権力者に躍らされた人々は、戦争が終わった後もそれを深く反省することはない。

 何故なら、大量殺戮を為し、あるいはそれを指示した罪は常人が耐えられる重さではない。だから、過去を顧みることから逃げて、「あれは仕方がなかったんだ」「あれは過ちだった」という簡単な言葉で済ませて、平然と未来へと歩き出す――その末に、再び戦争へと突入するのだ。

 場合によっては、記憶や記録を改竄し、自分たちを完全な被害者に仕立て上げて「大義は我らにあった!」と主張するに至る。

 そんな芽が、既に小さな子どもの中に芽生えている……――ジョシュアは暗澹とした思いに駆られる。

 しかし、それを改めるための行動を取ろうとは思わない。どうせムダだ――強固な諦念が彼の心を捕えているのだ。

 母と妹すら守れなかった僕に、何かを為せるはずがない――。

「ねぇ、何か言ってよォ!」

 ニコルの抗議の声で、ジョシュアは我に返る。

 ごめん、ごめん、と謝罪し、

「やあやあ、よくぞやって来たな勇敢なる将兵共よ!……」


      †


 夜、不意に目が覚ましたのは、やはり吸血擬手ブラッドサッカー・パートの「血ノ臭イ、ガ、スルッ」という言葉が引っかかっていたからだろう。

 ジョシュアの戦士としての直感が、違和感という形で警告を鳴らしていた――時刻は夜半、場所は寝台の中でのことだ。

 頼むから、何もないでくれ――。

「……」

 彼は無言で、気配を殺して寝台を抜け出した。そして、昼間の内に返してもらっていた荷物――川に流されたというのに旅の道具など一式は失われてしなかったのだ。そして、その中には“武器”も含まれる――は、既に身につけてある。

 出来れば、この家の家族を巻き込みたくない……いや、村人も――そんな思いをジョシュアは抱きながら、窓の木の鎧戸を開け放って外へと忍び出た。

 体勢を低くしながら――そうすることで、闇を見通すことができると武術の鍛練の一環で学んでいる――周囲を窺う。嫌な感じだ――。

 ……あちこちで無数の影が蠢いていた。酔漢のような足取りで村長宅へと近づいてきている。

(戦イダ、戦イダッ、血ノ饗宴ガ始マル)

 右手が嬉しげな声を脳裏を響かせるのを、ジョシュアは眉間に皺を寄せて聞いた。

 だが、確かに衝突は不可避のようだ。家屋へと近づいていた影の幾つかがこちらに気づいたらしく進路をジョシュアへと変えつつある。

 だったら、先手を――と考えかけたところで、彼は素早くその場を飛び退いた。

 彼の元居た場所、胸の辺りの高さを突き出された腕が空を切る。いつの間にか襲撃者が背後へと近寄っていたのだ。

 ジョシュアの鋭敏な感覚でさえ察知できないほどに相手の生気が薄いがために起きた出来事だ――しかし、彼を驚かせたのはそんなことではない。

「あなたは!?」

 体勢を立て直しこちらに向き直ったのは……。


    3


 時は数日前に遡る――。

 身支度を整えたジョシュアは貴族の邸宅が建ち並ぶ区画を抜けて、町の中央の地区へと向かった。『新しい任務だ。魔術師協会ギルドに顔を出せ』と寝起きのところに、伝声妖精コーリング・フェアリィで連絡があったのだ。だが……

「おっさんさぁ、俺たちに施ししてくんねぇか?」

「食べるのにも困っててさぁ」

 剣呑な目つきをした若者――というより少年に思いっきり絡まれた。はぁ、なんだかな――いい年した大人として、こんな年少の相手に侮られるとは情けない限りだ。

 彼等まだ成長途上なのか、ジョシュアに比べれば頭二つ分ほどは低い身長が低い。しかし、ちょっと気弱な風貌が“絶好の獲物”とこの種の人間の目に映るのか、ジョシュアはこのたぐいのトラブルに頻繁に遭遇する。

 しかも、 “命にかかわるという状況でもない限り相手の言葉を拒絶できない”という厄介な性質たちのために、相手が刃物を持ち出すなど物騒な状況に進展するまで解決の糸口を掴むことができないのだ。

 結果、

「いや、あの、その……」

 ジョシュアは返答に困って曖昧な言葉に終始することになる。そして、そんな彼の態度はこの類の少年を大抵は苛立たせる。正直、うんざりだ――。

「寄越すのか寄越さないのかはっきりしろよ!」

「お前舐めてんのか?」

 恫喝がエスカレートする。別に怖くないんだけどなぁ――。

 貴族の住まう地区と中央区の間隙を縫うようにして生まれた貧しい人間の住まう地域のため、ジョシュアを助けようとするような殊勝な人間など存在しない――近道をしようとしたのが失敗の元だった。

 通りがかった浮浪者は“マヌケ”がマヌケらしくマヌケな目に遭っていると薄ら笑いの一瞥を寄越すのみだ。

(オレニ、喰ワセロ――血ヲ、啜ラセロ!)

 緊迫した気配を感じて“右手”が強烈に訴える。

 黙れ――ジョシュアは無言でその意思を捻じ伏せた……はずだったが、気づけば「黙れ」とそれが声に出ていた。

 あ――ジョシュアは我に返って、ゴロツキ少年二人の表情をうかがう。当然、彼らの目尻はびっくりするほど吊り上がっていた。今のは違うと告げてみたところで理解してもらえそうにない。

 そんなぁ、と彼は胸の内で情けない声を漏らした。

(ハハハ、ザマァ――)

 そんな彼を“右手”が嘲笑う。

「……黙るのはてめぇだ」

「本気で痛い目に遭いたいらしいな」

 二人の少年が手馴れた手つきでナイフを取り出した。その顔つきは怒りを露わにしたものだ。

 ううう、そんなつもりじゃなかったのに――ジョシュアは益々、情けない気持ちを抱く。

 一方で、あーあ、とジョシュアは内心ため息をつく。できれば穏便に終わらせたかったのだが――何はともあれ“条件”は整った。

 ナイフを彼らが取り出したことで、“命にかかわるという状況でもない限り相手の言葉を拒絶できない”という障害はクリアされたのだ。

 ――ジョシュアが動き出す寸前、視界を影が掠めた。

 刹那、仕立てのいい服装をした偉丈夫が眼前に現われ、二人の少年の刃物を持った腕を迅速極まりない動きで捉える。次の瞬間、彼らの骨が折れる乾いた音が鳴った。

「……ッ!?」

 筆舌しがたい悲鳴が少年らの口から漏れる。

 さらに偉丈夫は拳を高々と掲げ、追撃の姿勢を見せた。

 この気配はッ――尋常でない、相手のまとう空気を感じつつもジョシュアは声を張り上げる。

「――もういいです!」

「……フォラス、手を止めなさい」

 攻撃が開始される直前、あさっての方向から涼やかな声が聞こえた。

 それに従い、偉丈夫は二人を放り出した。その衝撃が傷に響いたのか、彼らは再び悲鳴を漏らす。

 ――音源を見やると、一人の少女がこちらに近づいてきている。その格好はジョシュアと同じような物、つまりは男装だ。人並み外れた整い方をした容姿の少女が男のなりをしている様は、どこか倒錯した気配が漂う。

 しかも、彼女の肌の黒さ、耳の尖り具合からすると、彼女はどうやら純粋な人族ではなさそうだ。

 しかし、もっと重要な事実がある。

 今、確かに――とジョシュアは記憶を反芻した。

 彼女は『フォラス』と言ったはずだ。確か、その名は魔神の名前のはず……。

「あなたのような方がこの辺りに足を踏み入れるのはお止めください」

 こちらが確認の言葉を口にするより早く、少女は忠告のせりふを発した。

 こんな年頃のに注意されるほど、僕は弱っちく見えるのか……――彼女の言葉に、ジョシュアは内心打ちひしがれる。

 そして、こちらが精神的に立ち直る前に、

「フォラス、こっちです」

 少女は偉丈夫を引きつれてさっさとその場を去ってしまった――。


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