世界を信じる
別のペンネーム、別の作品で某ライトノベル新人賞最終選考で落選したことがあります。
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何が、『王国の軟弱な魔術師など捻るのは容易い』だ――植精土壌を生み出した常罪術者は胸の内で毒づいた。
集落丸ごと一つを罠にした策戦は、懲罰術者の予想以上の奮戦によってあえなく潰えてしまった。植精土壌を増やすのは決して難しくないとはいえ、隠密性を保つ観点からいってそうそう派手に動かす訳にはいかない。
そこで、帝国の佐官であるシーモア男爵に邪魔な追跡者たちの始末を頼んだのだが……結果は失敗だ。
どうも、特務部隊の隊長である双子は戦いを楽しんでいる雰囲気があった。ふざけるな!
だが、抗議の声が離れた地にいる男爵の元に届くのには時間がかかる。
忌々しいが仕方がない、自分が始末するしかないと常罪術者は考えた。幸いに、懲罰術者の一行は神域に向かうことを考えているようだ。
あそこには、神域という環境のお陰で思わぬ“副産物”を生み出すことができた。アレを使えば、懲罰術者を始末することも可能なはずだ。
常罪術者は頬がゆるむのを堪えるのが大変で苦心していた――。
同刻、宿の外には昼間、ジョシュアとアリスに呆気なくあしらわれた二人の長賢族の姿があった。
「なあ、ティウ止めようぜ――見ただろ、あれ!」
声を抑えながらも、一人の長賢が必死に訴える。
宿に不穏な一団が侵入した――その地点は、自分たちを痛い目に合わせた人間とその仲間たちがそれぞれ泊まっている部屋に相違ない。陽のあるうちに、どこに部屋を取ったか調べていたのだ。
「黙れよ、シング」
一方の長賢は緊張に顔を強張らせながらも、口もとに意地の悪い笑みを浮かべていた。
「あいつらが厄介事を抱えてるなら好都合だ――隙を突けば、俺たちでも一泡吹かせることができる」
「――せっかく見逃してもらったんだから」
「てめェ、何が“もらった”だ? ビビッてんじゃねえよ!」
仲間の恫喝にシングという名の長賢は首をすくめる。
だが、自分の言葉は正直な気持ちから生じたものだった。本来なら命を奪われても文句は言えなかった――だというのに、あの人間は「まっとうな道を歩め」と魔術師協会の教育機関への紹介状まで書いてくれた。
感謝こそすれ、恨む筋合いではない。
だが、それはティウに言わせれば、「奴らは、態よく長賢を使いたいだけだ」ということになる。
友人は貧しい暮らしの中ですっかり荒んでしまっていた。
シングとて拗ねたくなる気持ち、世を恨みたくなる気持ちはある――が、あの人間の男、優しい瞳の中に悲しみを湛えた眼差しに、嘘があるとは思えないのだ。
「ほら、出てきた。追うぞ」
ティウの言葉に宿の出入り口を見やると、騒ぎが宿側に知れる前に移動することに決めたのか、例の男とその仲間たちが姿を現していた。
「……」
シングはため息をついて、喜々として尾行を開始するティウを追う――長賢は魔術の素養に優れていると同時に生粋の狩人だ。追跡はお手の物だ。
しょうがないな……――何といっても友達だ。見過ごすことはできない。
あの人間なら、もしかしたらもう一度襲撃しても謝れば見逃してくれるかもしれない、そんなことを半ば祈るように考えた。
7
昨夜の夕食時のことだ。
「神域に調査に入りましょう」
その日の成果、情報交換によって披露し合った後、アリスは開口一番言い放った。
……結論としては妥当なだけに、一瞬ジョシュアたちは否定や反論の言葉を口にすることができなかった。
スザンナ、オースティンとティモシーの組が集めてきた情報もおおむね、神域に“何か”があると示唆していた。先にティモシーがジョシュアに明かした話と同様のものだったのだ。
刑事事件の解決を担う官吏ではなく、時間の経過が致命的な事態を招きかねない常罪術者がかかわる事件――かもしれない案件。となれば、強行な手段も時には必要だ。
「――お前がリーダー面をするな。あくまで、俺たちの頭は懲罰術者であるジョシュアだ」
ティモシーが不機嫌な顔で彼女を睨む。
それをアリスは眉間に深い皺を刻んで、真っ向から受け止めた。ただ正論であることは否定する気はないのか、
「宰領であるジョシュアに尋ねます。神域の調査の “是非”を!」
キッと睨みつけられ、ジョシュアはたじたじになる。
彼女に噛み付いた訳でもないのになぜ、自分が叱りつけるような語気を向けられなければならないのか……――彼は胸の内で思わず嘆いた。
「どうなんですッ?」
アリスが抑えた声ではあるが、紛うことない怒声を漏らす。
い、胃が……――痛いというほどではないが、大きな精神的な負荷を受けて、ジョシュアの胃の腑が違和感を訴えた。
「問題は、神域の調査の是非よりもまず、可能かどうかの検討じゃない?」
それを見かねたスザンナが、苦笑混じりに両者のやり取りに割り込む。
「何か問題が?」
「神域には当然、長賢の見張りがいるわ。魔術的に優れ、生粋の狩人でもある彼らの目を盗んで侵入するのは至難の業よ」
今度はアリスの鋭い視線が彼女に向かった。
「問題ありません。私が責任をもって、彼らの目を眩ませます」
「具体的には?」
「魔神スコクスの能力で」
「相手はさっきから言ってるけど長賢よ。できるの?」
「できなければ言いません」
相手の威勢にも動じないスザンナに対し、アリスは一人で意固地になっているように見える。
「という訳だそうよ」
スザンナが裁可を求める顔つきでジョシュアに視線を向けた。
……ますます、否とは言いづらくなった。
ジョシュアはかえって事態が悪化したように思えて、音のないため息を漏らす。そして、ティモシーとオースティンに目線を向けた。
しょうがないな、とティモシーとオースティンは目顔で伝えてくる。
それでジョシュアの結論は下った。
「分かった。調査を行おう」
二人とスザンナの協力があれば、長賢が相手でも何とかなるだろう――。
ちなみに、スザンナは常罪術者を追う義務はないが、「乗りかかった船だし、ジョシュアのためなら協力するに決まってるでしょ」と代償を求めず請け負ってくれたのだ。
だが、ジョシュアたちは予想を裏切る形であっさりと神域への背丈程の木の柵を越えることができた。
理由はアリスの魔術の腕にある。
長賢族は総じて人間に比べて魔術に長じている。その中から選りすぐった優秀な者となれば、人が単独で魔術を仕掛けたところで圧倒することは難しい。
だが、長賢と並び賞される魔術の達人の闇の妖精の血を引くアリスが召喚した魔神の術に、呆気なく思考力・視力・聴力を盗まれ番小屋の中に崩れ落ちた。
それを為した魔神、野鳩の姿をしたスコクスは今もアリスの肩に止まって番小屋の長賢の無効化を続けていた。
ただ、彼女の力を借りることに対し、ジョシュアは抵抗を覚えないでもない。増長を招き、暴走を助長することになるのではないか……そんな危惧を覚えているのだ。
だが、今回に限っては仕方がないか――彼は自分を納得させる。声に出さずに呟いて。




