世界を信じる
別のペンネーム、別の作品で某ライトノベル新人賞最終選考で落選したことがあります。
†
拠点に決めた宿屋の一階、奥まったテーブルには既にティモシーの姿があった。卓上には酒の肴の干し肉を炙った物と、麦酒のジョッキが並んでいる。
「よう、遅かったな――相棒はどうした?」
「……わかってて訊いてるだろ?」
ジョッキを掲げて挨拶する彼をジョシュアは半眼で睨みながら隣の席に腰を下ろした。
いい性格しているよな――胸の内で毒づく。
「あんな厄介な娘、お前みたいに気が長い奴以外に相手できる訳ないだろ」
「僕だって務まってないよ――」
アリスと出会ってから、こんなやり取りをしてばかりの気がするのは気のせいだろうか? 考えたら、何だか情けなくなった。
「で、あの魔王娘は?」
「『文句があるというのなら、この場で別れます。集合場所で落ち合うということで』って言って、どこかに行ったよ」
こちらの言葉を聞いただけで、ティモシーはため息を漏らした――こっちはその“魔王娘”の相手で散々だったというのに、それはないだろう?
記憶を反芻していたら、ちょっとやさぐれた気分になる。ジョシュアは注文を取りに来た店の女将に酒精の強い酒を注文した。
「それで、聞き込みの方はどうだった?」
「神域の周辺が怪しいと思う」
荒くれ者たちから聞き出した情報を統合するとそういう結論に至るのだ。
「地母樹木を支える樹のひとつ、大地を流れる魔力の流れ霊脈の噴出口に生える基幹樹木が存在する区画を、長賢族が聖域としているのは君も知っての通りだ」
「ああ、四六時中見張りを立てる気合いの入りようだ。まあ、連中の要だからな」
ジョシュアの台詞にティモシーが顎を引く。
他国の侵略に働きかけることで行使できる――だから、神域は単なる精神的な支え以上の重要な意味を持つのだ。
「だけど、その周辺では最近、夜中に不審な人影が目撃されている」
「子供だろ?」
「ああ」
そうなのだ、神域の周辺で夜中に子供が出歩いているという情報が得られたのだ――それはティモシーも同様だったようだ。
「しかも、偶然その場に居合わせた人買いが追いかけたところで消えたらしい」
「まるで幽霊譚だな。だが、“あの村”の延長線上にこの町があり、なおかつ“村人”の目撃情報も重なっている以上、無視はできない」
雲行きの怪しさに、ジョシュアとティモシーの両者は揃って顔をしまめた。
よりによって長賢族の神域だ……、彼らの命運を握る場所である以上、魔術師協会を通して協力要請を申し出たところで、まず立ち入り許可は下りない。
――となれば、最終手段“不法侵入”も考慮しなければならないだろう。表情の一つも歪めたくなるというものだ。
だが、そこでティモシーがさらに気分が重くなるような話題を持ち出した。
「――ところで、例の“橋の落下”や“怪物軀宿者の巣窟になっていた村”についてどう思う?」
「どう、っていうのは?」
「都合が良すぎないか、っていうことだ」
余り考えたくなかった話を、ティモシーはさらに続ける。
「……魔術師協会に内通者がいる可能性は捨てきれないだろうと思う」
「それが仲間内にいる可能性は考えたか?」
仲間内? 眉間に皺を寄せて、改めてジョシュアはティモシーの顔を見やった。
「――アリス、あの娘の父親は常罪術者だ」
「アリスの父親が常罪術者……」
仲間の明かした事実に、ジョシュアは息を詰めた。だが、それも一瞬のことだ。
「だからって、彼女を疑う理由にはならない」
「だが、疑いの目を向けられ続け――場合によっては虐げられる暮らしを送っていれば、非道に走りたくなるってものだろう」
「ちょうど、今のお前みたいに“疑いの目”を周りの人間が向けたら、そうかもな」
「……」
珍しく強いジョシュアの物言い、そしてティモシーが抱いたであろう猜疑に対する後ろめたさが言葉を途切れさせる。
あの娘が頑ななのは、こちらが敵視してるからじゃない――ジョシュアはティモシーの話を聞いて、アリスの胸の内を一部ではあるが理解していた。
彼女は過去と戦っているのだ。
そんな争いをいつからかは分からないが、両親が常罪術者として討伐されて以降、アリスは繰り広げてきたのだろう。
勝利など得ることはできない戦いだというのに……。僕とは大違いだ――苦い思いが口もとをほころばせた。
「どうした、なんか面白いことがあったか?」
「別に、ちょっと思い出したんだ」
このときにあって、やっと女将が酒を運んできた。それを受け取るや、ジョシュアはグラスを傾けて酒精を喉へと流し込んだ。
湧き上がろうとする様々な物を呑み込む。代償として、喉から胃の腑かけてが焼けた。
6
真夜中――ジョシュアは例の集落と同じように目が自然と覚めた、暗然とした思いを抱く。
だが、覚醒していたのは彼だけではない。ティモシーも目を開け、ベッドで片膝を立て刀を手に既に臨戦体勢にある。
オースティンだけが、「うぅ、そんな言い方はないよアリス……」などと平和な寝言を漏らしていた。
まったく、こいつは――前回の戦いで森の中ではぐれてしまったことといい、以前のアリスの「無能ということですね」という台詞を否定できない。
しかし、そんな呑気ともいえるジョシュアの思いは、強い緊張に対する緩和から生まれたもので、その精神状態は決して穏やかなものではない。
異様な気配を感じて、オースティンに声をかけて起こす余裕さえなかった。無言でベッドに立てかけていた小剣を握る。
突然生じた刃の銀弧。敵の姿は見えない。
交刃、ジョシュアは片手に持った小剣でそれを防いだ。途端、刃が甲高く鳴く。
刹那、ティモシーが動く。ベッドを下りるや、倒れるのにも似た武術独特の歩法で姿なき襲撃者が“居る”と推定される空間に抜き打ちの一閃を浴びせた。
……が、手応えはない。
寸前のところで大人の指先から肘の辺りほどまでの刃渡りの刃が消えていた――恐らくは、襲撃者はその場を退いたはずだ。
どこだ? ジョシュアは五感を研ぎ澄まして敵の居場所を探し求める。
――聴覚が微かな、風でも吹いていれば聞き逃してしまうような微かな音を拾った。それは、窓の外から聞こえていた。
直後、木の鎧戸が破壊される。
小柄な影――子供が木片と共に部屋に飛び込んできた。
軽装ではあるが、手甲、鎖帷子、膝当てと兵装に身を包んでいる。さらに、その身体には革のベルトが縦横に走り、腰の一点が彼が掴んでいた縄と金具で繋がれていた。
だが、一際目を引くのは整った金髪碧眼の容姿を異様なものに見せる、右目を覆う皮製の眼帯だ。
素早い操作、彼は縄とベルトの接続を解くや、腰に携帯していた棒状の得物を左右に握る。窓側に佇むティモシーに襲いかかった。
怒涛の打撃。対する東方剣術の使い手は前へと出る。脱力した足を前へと踏み出す。そして左に上半身を傾けた。転瞬、ティモシーは相手に背を向けながら“すり抜け”る。襲撃者の目には、彼の姿が一瞬消えて見えたはずだ。
ティモシーは大上段からの一撃を送る。刹那の内に刃を返し、峰打ちを見舞った――これで、攻撃を受けた人間は“斬られた”と勘違いして気絶する……はずだった。
が、子供は驚異的な反応を見せる。
勘を働かせ、二本の棒状の武器で振り返り様に斬撃を受け止めたのだ。しかも、力を受け流しながら、余剰分を後退する力へと転換する。
――閃、再度の攻勢へと出た。
たまらず、ティモシーは武術の歩法で距離を置く。目の回るような神速の攻防だ。
加勢したいのは山々だったが、ジョシュアもこの時、攻撃を受けていた。――銀光一閃。虚空から生じた刃が、目前に迫る。
対するジョシュアの対応も尋常のものではない。咄嗟に空いている方の手、右手を掲げる。
……角度を調節しても、刃が深々と食い込むことは防げない。が、それでいい――強引にそのまま、刃を掴む。
次の瞬間、ジョシュアの左腕が電光と化した。振るわれた刃に微かな手応え。
途端、刃圏内から少し離れた場所に、窓を割って入ってきたのと同じ姿の襲撃者が姿を現す。柔らかな金髪に磨き上げた宝石を思わせる碧眼、そして左目を覆う眼帯――。
こっちも子供か……――ジョシュアは苦い気分になった。
己の懲罰術者という立場から言って襲われることに心当たりがない訳ではないが、やはり年端もいかない者を相手にすることには抵抗を覚えずにはいられない。
「はは、僕の攻撃を素手で受けて、なおかつ得物を奪うなんてスゴいね!」
大きな瞳を好奇心に輝かせて幼い襲撃者は頬を手の甲で拭った――一筋の血の雫がそれで取り除かれる。そう、ジョシュアの剣尖は辛うじてではあるが、彼の顔を捉えていたのだ。
無論、吸血擬手とはいえ、深手を負わされたにしては与えたダメージは小さすぎるが。
ジョシュアは右手に残された短剣を角度を調節して握り、親指に力を込めた――硬質な音が鳴る。
「……へぇ、本当にスゴいね」
子供の顔に、年頃には不似合いな歪んだ笑みが浮かんだ。
「おじさんも、怪物軀宿者なんだ」
「――も?」
聞き返した瞬間には相手の姿は視界から消えていた。奇術じみた突然さだ。
そして、次の瞬間には攻防を終えてティモシーと距離を置いたもう一人の子供の隣に移動を完了していた。
並んでみてよく分かる――彼らは双子だ。
「ぼくたちの能力は、怪物軀宿者ゆえのものなんだ」
「でも、その真価はそんなものじゃない」
息のあった言葉のリレーを終え、二人は手を繋いだ――この瞬間、ティモシーと戦っていた方の子供は得物を腰のホルダーにしまって素手になっていた。
「「急急如律令」」
声が揃う。刹那、両者の前に巨大な影が生まれた。獅子の身体に鋭い牙を備えた人の頭、そして蠍の尾……人面融獣という名の怪物。
その名は古代の「人殺し」を意味する言葉が変化したものだ。
「な……」
ジョシュアとティモシーは声を失う。
双子が唱えたのは東方流の呪文だ――だが、あの術式は呪符と組み合わさってこそ効果を発揮するもので、そういった補助もなしにいきなり怪物を呼べる類のものではない。
「ぼくたちの片方の目は、それぞれ聖と魔の属性の強い怪物の物が移植されている」
「――そこに東方の魔術の、陰陽が合わさることで万物を生み出す術式を使えばこの程度のことは簡単だよ」
言葉を巧みにリレーして双子は嬉しげに語る。その表情だけなら、抱きしめたくなるようなあどけなさがあった。
「それじゃ、そろそろ人が来そうだから、威力偵察完了!」
一方的に告げるや、彼らは突入に使った縄を二人で仲良く手に握って窓から飛び出した。
だが、ジョシュアたちの戦いは終わっていない。
……低い唸り声が聞こえた。人面融獣が嗜虐的な顔つきで前傾姿勢で、オオースティンとジョシュアを覗っている。
「氷牙貫通で動きを止めろ、俺がトドメを刺す」
オースティンが静かに納刀した――間合いを計りづらくしたのだ。
「了解だ」
ジョシュアは意識を左手に集中した。
この狭い室内だ――一歩間違えば、次の瞬間には怪物の爪牙に命を奪われることになる。
死地にはすなわち戦え――とある兵法書の言葉が脳裏に浮かんだ。
……人面融獣の肩が動いた、そう思った瞬間にはジョシュアは能力を発動させていた。
閃、閃、閃、氷の錐に貫かれた怪物を瞬時に三度の斬撃を襲う。さすがはオースティンだ――軒先から落ちる雫を三回斬ってみせる腕前はだてではない。
人面融獣の身体が痙攣するように震えた。次の瞬間、二本の前脚が切断されて床に落ち、深々と割れた額から血が流れ出る。
残心、確かに仕留めたことを確認し、血振りしてオースティンは刃を収めた。
さっきの子供が戻ってくる気配がない、そのことを確認してジョシュアも身体を弛緩させる。今回も生き延びたか――だが、その胸の内は必ずしも生存を喜んではいない。
母と妹が自分の死を望まないだろうから、“義務”として生きているのだ。そうでなければ、わざわざ苦しみ《イキ》たくはない。
ジョシュアは枕元に置いていた小袋から血の保存された試験管を取り出す。栓を抜いて、吸血擬手に“飲ませた”。先ほど無理をしたから、血液を補給しないと治癒ができないのだ。傷が見る見る癒えた。
――途端、全身の神経に強い電流を流したような痺れが走る。
何だ? 今までに感じなかった異変に、ジョシュアは顔をしかめる。
「――今回の件、帝国がかかわっているかもしれないぞ」
「……!?」
思案げな顔をしたオースティンが発した言葉のせいで、ジョシュアは体調の変化を忘れた。
理由は? と目顔で尋ねる彼に、
「あの太刀筋、見覚えがある。帝国で名を馳せた短剣術の使い手のものだ」
と深刻に応じた。
先の王権戦争に参加している彼の裏づけ、それも自身が達人級の人間の台詞となると容易に否定する訳にはいかない。
帝国が……――それでも言葉にするにはその事実は重く、ジョシュアは声に出さずに呟いた。
「ところで、未だに寝てるそのマヌケ、どうにかしろ」
ティモシーの言葉で、ジョシュアは失念していたオースティンの存在を思い出した。
ジョシュアは半眼になって、彼のベッドに歩み寄り左手に握ったままの剣を持ち上げる。降下――急激に位置を下げた剣身の側面がオースティンの頭部を直撃した。
「――ッ!?」
痛みと驚きに、彼は目を限界まで開いて飛び起きる。
「な、なんだ、なんだ! 敵か!?」
「敵ならとっくに逃げた――このバカ」
ジョシュアと同じくベッドサイドに近寄ったティモシーが、とぼけた発言をする仲間の頭をはたいた。




