15話 狩り
低めの岩山の上から、いくらか森の開けた場所を見下ろす。
「見えるか?」
「ああ、イノシシかな?」
ずっと向こうにイノシシの様な獣が見える。
なんかデカくね?それに牙がやけに長い様にも見える。
「スパイクボアだ。魔獣の一種だな」
「普段からあんなの相手にしてるのか?弓で?」
矢が刺さっても効きそうにない巨体だ。
「まあな。いい方の矢と魔法を使って、急所に当てれば倒せるからな」
俺は魔法の練習の時に見た、「お手本」を思い出した。
ゴブリエルの放った魔法で補助された矢が、石を貫通してたっけ。
「急所ってのは、どの辺なんだ?」
「そうだな。目と目の間、額だな。喉、首の脇。胸の脇の心臓、辺りか」
「ところで、、獲物がちょっとデカすぎやしませんかね?
もうちょい小ぶりな奴がいいんじゃないかな?」
「お前の魔法の威力ならいけるだろ。それに収納出来る大きさのはずだ。
小物を何頭も捕るのは時間が掛かるから、あれでいい」
「う、仕留める自信が、、」
「仕留め損ねたら、俺がとどめを刺してやる。安心しろ」
「頼もしいっすね、、」
ぐぬぬ。ここで決めるしかない模様だ。
時間を割いてもらった上、獲物まで譲ってもらうわけにはいかない。
やるしかねえ!
俺は腹を決めた。
「決まったか?」
「ああ、やるよ」
「じゃあ、風下からもう少し近づくぞ。気配を消せ。音も立てるなよ」
「了解だ」
俺は森の気配に自分の魔力を合わせる。自分も森の木になった様な気がする。
ゴブリエルの後を音を立てないようにそろそろと付いて行く。
狙っているスパイクボアは木々の間から見え隠れしている。
まだ同じ場所にいるようだ。
ゴブリエルが立ち止まって、手で合図した後、獲物を指差した。
ああ、見えてるよ。距離は50メートルといった所か。
魔法の練習をした時より遠いが、これ以上近づくのは俺には無理そうだ。
狙っているスパイクボアは、牙と鼻ずらで地面を掘り返している。
真正面ではないが、頭はこちら側を向いている。頭の急所は狙えそうだ。
ゴブリエルの方を見ると、”さっさとやれ”と言う顔で頷いた。
俺は軽く頷くと、スパイクボアの額を標的にしてマジックミサイルを放った。
その瞬間、スパイクボアが顔を上げて、ギロリとこちらを睨んだ。
一瞬、目が合った気がした。
だが、同時にマジックミサイルが奴の額に引き寄せられるように突き刺さった。
いくらか血が飛び散り、奴は地面に伏せる様に倒れた。
「よし、仕留めたな」
ゴブリエルの落ち着いた声が聞こえる。
「おい、行くぞ」
「ああ」
俺は、仕留めた獲物の所に向かうゴブリエルの後をノロノロと付いて行った。
獲物の元に着いた。
デカいな。
そして、「本当に」死んでいる。ゲーム内の架空の物じゃない。
でも、何の感情も湧いてこない。
可哀そうとか、後悔とか、獲物を仕留めた喜びとか、何も湧いてこない。
それが恐ろしく感じるが、感情的な物じゃない。
元の世界の常識から外れていると頭で感じているだけだ。
何かの作業を終えただけの淡々とした感じしかない。
俺は、、
「どうした?」
「、、いや、、何でもない」
ゴブリエルは少し考えた後、口を開いた。
「お前は狩りは初めてだからな。いきなり獲物を仕留めさせるべきでは無かったか」
「大丈夫だ。思ったよりも、自分が何も感じない事に、少し驚いただけだ」
「、、そうか。まあ、あまりややこしく考えるな。
お前も今まで肉を食った事があるだろう?それは誰かがこうやって仕留めた物だ。
先祖の頃からそうしているし、子孫もそうするだろう。
まあ、肉を食うのを止めるなら、どうなるかわからんがね」
「そう、だな」
ゴブリエルは俺の方をじっと見た後、話し出した。
「俺達ゴブリンにとって猟師は特別な仕事なんだ」
「何でだ?」
「猟師は生き物を直に殺して食料にするからだ。
殺した獲物の魂をなだめて解放する力が必要になる。
安らかに死ねなかった者が死に際に放つ魔力を解放しないと森の魔素が穢れていく。
この精霊の森の様に魔素の濃い場所では特に影響が大きい。
浄化しないで穢れが溜まれば瘴気が湧くこともあるんだ」
ゴブリエルは近くの木の枝を折って持って来た。
魔法で水球を作り、枝を清めるかの様にそこに通す。
枝で煙を払うような仕草をした。水滴が辺りに飛び散る。
そして、小声で祈る様に呟く。
「死せる者の魂よ、大精霊の元に還れ」
ゴブリエルは、しばらく祈る様にじっと立っていたが、枝を折った木の所に歩いて行った。
そして、使った枝を木の根元に供える様にそっと置いた。
「魂の開放って、猟師は僧侶の様なこともするんだな」
「どうだろうな。この浄化のまじないはゴブリンのやり方だ。
人族の僧侶とはちょっと違うな。こっちのは、、まじない師だからな。
お前達の言う所の宗教とは違うからな。ゴブリンの信仰と人族の宗教では話が合わないのさ」
「ゴブリンは何を信仰しているんだ?」
ゴブリエルは困った様な顔になった。
「大精霊だ。地上の全ての生き物を見守る者。世界の守護者。魂の帰る所。そんな感じの存在だ。
そして、大精霊の元に還った魂は、再び地上の生き物として生まれる。
、、あくまで、ゴブリンの信仰だからな。人族の信仰とは違う。
だから、あまり人族と信仰の話はしないんだ」
「そうか。なんか、ごめん」
「いいさ。エルフ達も大精霊を祭っているから、信仰の話はしない方がいいぞ」
「なるほど。覚えておくよ」
まあ、俺はこの世界の人間が何を信仰しているか知らないわけだが。
「おい、獲物を収納魔法にしまえるか?」
「ん?ああ」
「大丈夫か?」
ゴブリエルは、気遣ってくれている様な気配だ。
「ああ、大丈夫だ。なんか気が楽になった感じがするよ。ありがとう」
「そうか」
俺は獲物をアイテムストレージに仕舞込んだ。
「なあ、今晩は、この獲物の肉を晩飯にしないか?」
「町で売るんじゃなかったのか?」
「でかい獲物だから、少し位なら金額変わらないんじゃないかな?それにお前にも分け前を渡さないと」
「お前が仕留めた獲物だ。分け前は気にするな」
「いや、色々教えてもらってるし、世話になってるからな。礼として貰ってくれ。村のみんなで分ければいいよ」
「そうか。なら、貰おう」
「そこでですね。獲物の解体とかお願いできるでしょうかね?」
「まあ、そうなるか。任せておけ」
「頼もしいっす」
ゴブリエルはヤレヤレと言った顔だ。すまんです。
「そうと決まれば、次の野営地に急ぐぞ。解体は時間が掛かるからな」
「お、おう」
これは本格的に急ぐ模様。
俺はゴブリエルに付いて走り出した。