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地平線に浮かぶ月  作者: 風魅 蒼
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おわりのはじまり

 目が覚めたら、そこには見覚えのない場所でただひとり、見覚えのない《軍服》をきたじぶんがたっていた。

 目の前に突如現れた一人の少女。

やさしく微笑んでくれる彼女に、どうしようもない恐怖を覚えずにはいられない。

 自分の知らない日常に取り残されたわたしは、なにをおもう―――?

別に、約束をしていたわけじゃない。

縛っていたつもりも、

縛られていたつもりも なかったんだ。


いつから『絶対』なんて不吉なコトバを 信じるようになった?


お互いがお互いを必要としている、そう 信じてた。

信じていると 信じていてくれていると。

お互いだけを 信じていられるんだと

ただそうとだけ 確信していたんだ。


 漠然と生まれる 焦燥 疑惑 不安 の たね。


それに眼を向けるのが怖くて、眼を塞いだんだ。

見ないように。

気付かないように。


 どうしてそんなことをしたんだろう?

眼を背けてさえいなければ 耳を傾けてさえいられたら

ここまで胸が痛むことも なかったかもしれない。


あんな言葉――言われる事など有り得無いと 信じなければ よかったんだ。






ワタシガキエテイタナラ キエルコトガデキタナラ ヨカッタンダ。





   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


「ここは・・・?」


 呟けば響く、そこは夜の不毛の砂漠。

 夜の砂漠は温度の変化が激しいと聞く。

それでも。今自分が立っているという現状以外に、特に変化はない。寒く、ない。

 見ず知らずの風景に、思わず背筋が凍るような錯覚を覚えた。

 自分には夢遊病などというものはない。聞いたこともない。

近所にこんな砂漠があるなんて有り得ないことであるし、出かけた覚えこそないのだ。


 自分の周りは、まるで絵画を切り取ったかのような、静粛でいまいち現実味のない風景。

 絵画としてならばなんの異常もないという、決定的な"己"という異常性。

 一人だけ取り残されたような、そんな、孤独。


「なんなのさ、これは・・」


零れ落ちた声が震えているのがハッキリとわかる。理由など簡単なこと。


               自分以外にそこを動くモノがないのだ。


                  本来あるはずの音も。

                世界に存在するはずの時間でさえも。

                 砂も 水も 雲も 光も 風も 

            ただそこに在るだけで、静止したまま、なにもしない。


 わたしの着ている服も信じられないことに蒼の軍服。

手に持っているのは 一本のダガー。ただ、それだけ。


 そこに在るだけで なにもしてはくれない。

教えてはくれない。導いてはくれない。


わからない。 なんなんだ コレは。



「――いい加減にその、何かに期待する癖、直しなさいよ」


呆れたような、静かだけれども、自分にとって耳障りに近い声が響く。 自分の後ろから。

勢いよく振り返れば、そこにいたのは困ったような表情を浮かべ、黒と白を基調とした、豪華とも質素ともとれる、なんとも上品な服を着ている、可愛らしい自分とそう変わらない年月らしい、少女だった。


「っ・・・・」


 わからない思いに貫かれた身体は、思わず後退した。

わからない思いを抱えている自分が、とてつもなく怖い。

まるで、おそろしいバケモノを自分の中に飼っているような、そんな 感覚。


何故だろう?


駆け寄って彼女をこの腕で抱きしめて。安心させてあげたいと思う。

彼女に、手にあるダガーを突き立てて。思い知らされる前に消したいと思う。


「だめよ。」


 深淵にはまって落ちていくような感情に呑まれかけた私を覚醒させたのは、その目の前に居る彼女の放ったたった一言だった。


「自分にとって不可解なものを、無理に理解しようとしては駄目よ。壊れてしまう。貴女は強くも弱くもない、とても不安定な   なの。

 それは誰よりも、貴女自身が知っている事でしょう?」


 その声を聞いた途端に、私の肩が大きく跳ねる。

 恐れからか、驚きからか。

自分の事であるはずなのに、それらは何一つ納得も理解も出来ないものだったけれど。そんな私の様子をみて、少女は哀しそうに瞳を伏せた。


「・・・ごめんなさい。貴女を怖がらせることはわかってたの。でも、わからないという事実を、貴女は何よりも受け入れられないと思ったから。・・・出すぎた真似をしてしまったようね」


いつもはすぐに起動するはずの自分の頭も、この時ばかりは動揺が大きすぎるせいか動かない。それでも、変化した現実は、目の前にカタチとして現れてくれた。


独りきりの世界のナカで、わたしでない   が、居てくれている。


彼女がいるという事実が、この世界を動かした。


「―――風が・・・。」


   それは、わたしと彼女のどちらがこぼしたことばだったろう。


 私と彼女の間に、風が舞う。砂漠の砂が、風によって地面を滑る。砂と砂がぶつかり合って、静かに音が響く。有り得ないことに、水が風と一緒に宙を舞っている。


 無くなっていた音も、時間も、一人によってこうも簡単に動き出した。

その水を私が呆然と見つめた後に、こちらの視線に気付いた彼女は嬉しそうに笑う。


 私はまだ、止まった頭を元に戻すことに一生懸命なのだけれど、彼女の微笑みが安らぎを運んでくれたのを自覚して、我ながら単純だなぁと微苦笑を溢してみたり。


「・・・よかった。拒絶しないでいてくれたのね」

「――ぁ――――あなた、は」


緊張のせいであろう震える声が一言目に。その声は自分が想定していた元来の声音よりも、はるかに弱弱しく、また情けない声音だった。深く息を吸い、強張った体に鞭打って、先程よりかは幾分はっきりとした声を無理やりに出す。


 そんな私を知ってか知らずか、彼女はクルリと私と反対の後ろを向いて、水と風とを片手に、静かに小さくそれらを掻き回し、その残留を見ながら話し出す。


「わたし・・・いいえ。何でもないわ」


 自然とこちらに向き直る視線を受け止めながらも、私は気恥ずかしさのためにその視線を出来うる限り流した。


故に。考える様な間を作っていたときの、彼女がどこを見ていたのかという事実は、永久に誰かが知ることはなくなった。


「あたしの名前は、ユエ。貴女の知識だと、月という意味を持つわ」


 ―――貴女は? 


 彼女はわたしを見つめながらそう和やかに聞いてきて、私は安堵の吐息を漏らす。


―――何故?

まるで、彼女が違う事を話さなかったという事に、過剰に反応したような?


「人の話ぐらい聞いてほしいのだけれど」


 呆れたような、怒ったような、低いような、高いような。

そんな声で、私は彼女に呼ばれた。

 はっとして自然と何処かに飛んでいた意識を浮上させる。

 彼女はやっぱりというかなんというか、怒っているような、いわゆるふくれ顔という表現がピッタリの様子でこちらに視線を送っていた。


「――あ、わ、私は・・・|綾乃(あやの) |巴(ともえ)」


 思わず、本当に無意識に本名を答えてしまった自分に驚く。



 まさか、嘘だろう。

私が、見ず知らずの他人に、名前、を、教えてしまった、なんて。

   こんなのは、何かの冗談だ。



「そう。巴。貴女は歌が好きなのでしょう?今すぐに歌いなさい」


 神様は軽い現実逃避さえも私に許してはくれないらしい。理解不能な現実に、解析不明な彼女の言動。


「はぁ?」


 何様。そんな単語が頭の中枢を握りこんで離さない。ついでにいうと、たった今自己紹介をした初対面の人間に、知らない場所で、しかも呼び捨てで命令できる彼女を睥睨したりもした。致し方ないことなのだと、頭の片隅で自身を慰めながら。


 私自身の返答など知ったことか、などと言いそうな表情で、彼女――ユエは地面の砂の上に座り込んで、私を見上げてくる。


 なんだか、勝手に歌うと決め付けられてしまった。

否、命令している時点で、このお嬢様(見た目だが)にとって私に拒否権なんてないんだろうが。


「早く歌いなさいよ。ほら。早く」

「・・・いじめっ子。」


ぽつりと呟けば、ユエはニッコリとしながら体を乗り上げ、私を見上げてくる。


「なにかしら?」

「いえ。なんでも」


なまはげを前に泣き叫ぶ子供(私自身も幼い頃に経験したが)というのも、こんな感じだったろうかなどと思いながら即効で答えれば、またユエは笑う。


 似ているではないか。「わるいこいねがー」と言っていないけれども。

あのなまはげの仮面を被ったときに自然発生する威圧感がこれまた絶妙なまでに。

ひょっとしなくとも、なまはげよりも効果は抜群だと思われる。


 そんなふざけた思考を止めたのは、他でもないユエ自身で。





「―――歌ってくれなきゃ、ここが何処なのか、教えないわよ」





 そのユエの笑顔は、今までと変わらない表情のまま私に言い放たれた言葉だった。





でも、あまりにも、ちがいすぎる。

変わらないけれど あまりにもちがう。


彼女のその微笑は、私に一抹の不安を胸に刻ませた。





「 ―――|夜叉(やしゃ)が|詠(うた)うは |血潮(ちしお)の|宴(うたげ)

      |誰(た)が為に流るるは |瑠璃(るり)の色

    

     |無味無臭(むみむしゅう)の|深淵(しんえん)にて

      |生まれ出(うまれいずる)は |慈悲(じひ)の|命(みこと)


     |淵源(えんげん)を|辿(たど)るべき|時(とき)は

      |己(おのれ)を|殺(ころ)すべき|時(とき)なのか

  


     問いかけは|愚問(ぐもん)

    


     |全(すべ)ては我が|心(ねがい)の為

      いずれ|来(きた)るべき|黄泉(よみ)の|門前(もんぜん)

       その|躯(むくろ)に|刻(きざ)みしは |死(たびだち)の|傷跡(きせき)

   

     |憎(にく)しみの|焔(ほむら)に|焼(いだ)かれし |我が心(ねがい)

       |願いし(そのさき)はただ |命(みこと)の|幸(さち)を ――― 」





 私が歌い終わっても、ユエは瞳を開こうとはしなかった。

その姿は、眠っている様にも、余韻に浸ってくれているようにもみえる。


 私もなんだか、話す気にはとてもなれなくて ただ黙ってその沈黙を聴いていた。


「・・・きれいな歌」


 出し抜けのように唐突に響いた静かなユエの声は、とても、安心できて。

                                   だからこそ 怖かった。


 わたしは風に舞う水を自分の手でかき混ぜて、気を紛らわす。

一瞬の恐怖は、跡形もなく消し去って。


「・・・いい唄だわ。」

「・・・・・・あり、がとう」


 ユエはよくわからない。いきなり命令してきて、いきなり褒めてくれて。

その賞賛だって、きっと社交辞令だと思うのに、なんだか私自身はそう思ってはくれないようだ。この顔に集まっている熱が、きっとその証拠。


「―――約束だったわね。」


 そう言って立ち上がって、こちらに体をむけるユエ。


「ここが何処なのかは―――――」


 お互いに視線を合わせて、私は次の彼女の言葉を待った。





「・・・まぁ、気が向いたときにでも話すわ。」



「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」




「はぁ!?」



 沈黙の中、顔を見つめあう。

次の瞬間に、笑ってしまった。ユエも、わたしも。




|まるで、長年の付き合いである友人同士のように。|(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)




「ホラ。日が昇る。大丈夫。きっとすぐにまた会えるから」


 どの位経ったのか砂漠の地平線の向こうから、太陽が昇ってくるのがわかる。

それを眺めていたら、ユエはそう言った。


「うそつきに言われてもナー」




ほんの少しの、軽い気持ちで、そう私はおどけてみせた。






「――あら?コレは元々、貴女のものよ?」



 そう言った彼女の――ユエのその言葉は、私の中の何かを、

                  

                           音を立てて砕いた。



ばりん。

ぱりぱりぱりぱりぱりぱりぱりぱりぱりぱりぱりぱりぱりぱりぱりぱりぱりぱりぱりぱり。

ばりばりばりばりばりばりばりばりばりばりばりばりばりばりばりばりばりばりばりばり。



「―――え?」


そう言った私は、目の前の彼女が、身近なあのヒトとかぶったような錯覚を起こす。






「 それじゃ、行ってらっしゃい ――― ?」





 彼女は、私が一番聞きたくないコトバを、



 楽しそうに  わざと聞こえないように言った気がした。

 






   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇




 おちていく。

 おちていく。

 まっさかさまに。

 まっさかさまに。


 そこにていこうはひつようとされず、

 またていこうといういみすらあらず、


 ただがむしゃらに、

 けっしてうごけないからだのかわりに、

 けっしてうごかないこころのなかで、


 せいいっぱいのていこうをしながら


 おちていく。

 

 こわれていく。

 

 きしむおとがする。


 わらうおとがする。






 嗚呼、(ああ)




 ああどうしてどうして、





 わたしはこんなにもわらっていられるのだろう。





お初の小説です。

拙いながらも頑張りたいと思っておりますので、どうか生暖かく見守ってやってください。。。。


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