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魔法帝国の黄昏  作者: MAKIYA
 後継者の条件
4/24

4 新公爵のお目見え 1


 ライエルク帝国の皇城は、大陸一の大帝国を統べる皇帝の居城にふさわしく、壮麗な大宮殿だ。

 平和な時代が長く続き、元は城塞のような造りだった旧エガータ王国の首都に在った王城を、帝国建国の折に魔法使いの力で移築したと伝わっている。数百年の間に増築を重ね、尖塔や時計塔を備えて牢獄を兼ねる旧王城の部分と、増築した国政を司る執行部、皇族が生活する宮殿、来客用の客殿、外交用の宮殿、公的行事の行われる大宮殿といくつもの部分に分かれている。

 大理石をふんだんに使って意匠を凝らし、細部にまで装飾を施した建物は目を見張るほどに美しく、各所に配された庭園も見事で、それ自体が一つの街と言っていいほど広大だった。

 

 そんな皇城の一室で、重要な会合が行われていた。

 参加者は、ライエルク帝国皇帝ヨハネス5世、皇太子シグルド、宰相オルデラン公爵。ゆったり座っているように見えて、どこか硬い雰囲気を漂わせたまま、ソファーに腰掛けている。

 そんな3人の正面に座るのは、バージェス公爵アルシンダ。後ろにはハデイユ侯爵代理ロベルトが従者として控え、公爵家お抱えの魔法使いジアンナがさらに壁際に佇む。

 白と金で装飾された華やかな室は、少女であるアルシンダに配慮したものと思われ、大きな窓からは、冬であっても、美しく整えられた庭園が一望できた。

 ロベルトは、おそらく無駄になるだろう心遣いに若干の罪悪感を覚えたが、一応、皇帝が入室した時には、簡単とはいえ礼儀に則った挨拶をしたのだから、まあいいだろうと思い直し、前に座るの主の様子を窺う。


 アルシンダは、今日も変わらずの男装だ。一応、皇帝に会うからか、帝国貴族の礼装を身に着けている。見事に輝くあかがね色の髪に、濃紺の地に髪と同じ色のモール刺繡を施したフロックコートが映えて、たいそう美しい。

 相変わらず周囲の思惑には無頓着で、物憂げな様子で座っている。とてもじゃないが、帝国の頂点に立つ方々との対面とは思えないほど、畏まった様子が一切ない。この少女は腹が立つほどに、どれほど場の空気を無視しようと、常に堂々とした態度を崩さない。


「さすがはバージェス公爵家当主。お若くとも、実に余裕のあるご様子。私も見習わねばなりますまい」

「宰相殿は、いつも悠然と構えておいでだから、わたしの真似などする必要はないと思うが。無礼と余裕の違いも判らぬ愚か者よと笑われても、文句を言うつもりはないから、本心を言っては如何か」

軽いあいさつのあと、宰相の苦笑交じりの第一声に、いかにも興味なさげに応じる。

「手厳しいな。したが公爵よ、わが宰相は見た目に騙されるほど愚か者ではない。それほど侮るものではないぞ」

 アルシンダは皇帝のとりなしにも、そっけなく頷いただけだった。 それでも皇帝も宰相も、子供のくせに生意気なアルシンダを咎めるでもなく、鷹揚な様子を崩さない。実際、国内はもちろん外国にまでその手腕を轟かせる宰相は、器の大きいことで有名だった。目の前の少女が当代バージェス公爵本人であるから、一応皇帝がとりなした形をとっただけだ。

 つまり、底が見えない腹黒狸ということだ、とアルシンダは解釈している。でなければ、20代の若さから40代の現在まで、20年にもわたって権力の頂点にいられるわけがない。帝国は、人材不足ではないし、貴族もお人よしではない。


 そういえば、この宰相は、件のノートン卿の父親だったはずだ。食えない宰相の息子は、やはり食えない男なのだろうか。顔だけでなく、頭脳も相当という噂だった―――端正な顔を眺めながら、ぼんやりとそんな考えが浮かんできたが、強い視線を感じて、同席の皇太子に目をやる。


 親は食えない主従だが、皇太子は、そこまで達観できずに目を眇めてアルシンダを見つめていた。 帝国の後継者は、現在17歳。ダークブロンドに、ところどころ黒が混ざるくせのある髪、黒とピーコックグリーンがせめぎ合う独特な瞳、よく鍛えているのがわかる身体つきの長身の青年だ。整った顔立ちに、切れ長の目元が鋭さを与え,どことなく威圧感があり、黒地の略礼装が更に迫力を増して見せる。優秀という噂だが、感情が隠しきれていないのは若さゆえ、若しくは他に何か理由があるのか。


「皇太子どのが同席するとは、聞いておらぬが」

 アルシンダを見る目つきが気に入らないのか、珍しくジアンナが口を開く。 

「ああ、余の不手際で済まぬな、ジアンナどの。帝国の重要な存在に会いたいと、いきなり言い出してな。余の後継者ゆえ、問題あるまいと許可したのだ。何しろ、そなたらによると、帝国にとって重大な未来がかかっておるらしいからな」

 他意のなさそうな笑みを浮かべながらも、皇太子は無関係ではあるまい、つまらん話なら納得せぬぞ、と圧をかけてくる。いかにバージェス公爵家が魔法使いの加護を受けていようとも、帝国の主は我だ、との気概ある皇帝なのだ。

 そして、おそらく、❝赤の魔法使いイシャーナ❞は、その姿勢を嫌ってはいない。



「錬金術をどう思われる?」

「錬金術?あの、鉄くずから金を造るとかいう、手品のことですかな?」

 アルシンダの唐突な言葉に、真っ先に反応したのは、宰相だ。

「さすが、この魔法の国で錬金術をご存じとは。博識な宰相どののおかげで、帝国の未来は明るくて良いことだ。だけど、残念なことにあれは手品とは違う」

「ほう。では、詐欺と言い換えましょうか」

「ふふ・・・、宰相殿はなかなかに手厳しい。それも間違いではないが。ご存じの通りあれは、はるか昔は魔術の部類だったけれど、今では技術に分類されると思っている」

「鉄を金に換えるなら、確かに技術というよりは魔術といえような。しかし、その力を持つ者は、()()存在しない。作れなければ詐欺であろう?」

馬鹿々々しい、と言わんばかりに、皇帝が軽く首を振って見せる。

「では、鉄鉱石から鉄を造るのは?石から鉄を造っているが、わたしはあれは技術だと思っている。わたしの言う錬金術とは、物を加工して、別の物に造り替える、そういうものだ」

「確かに、それなら技術と言えましょうが、それが未来と関係ありますかな」


「他国は、すでに錬金術の―――いや、技術と言い換えようか―――研究を始めておる。いずれ、技術が魔法を追い越す時が来よう。その時、帝国はどうするのか、わたくしは、それを聞きにきたのだ」

それまで壁際に控えていたジアンナが、いつの間にか近くまで進み出ていた。

「魔法が役に立たぬということか。それでは建国以来の契約を違えることになろう。」

皇帝が、疑問を呈する。

「いかに強大な力を持つ魔法使いといえど、人である以上、時の流れには逆らえぬ。時を操ることができるのは、神だけ。ゆえに❝赤の魔法使いイシャーナ❞は、わたくしにライエルク帝国皇帝に会うよう指示した」

 ジアンナの声は、だんだんと低い響きを帯び、それにつれて室内に闇が下りてくる。明るい午後の日差しが入る部屋全体が、今は、薄闇の帳に包まれていた。


「❝赤の魔法使いイシャーナ❞どの―――!?」 

 続いて響いた驚愕を隠し切れない声は、誰のものか――――――。

 黒髪黒い瞳、黒のフードを目深に被った魔法使いは、深紅の髪に紫紺の瞳、暗赤色の衣装を着けた威厳ある女性に変わっていた。

「わたくしが契約を結んだは、5代皇帝ゲオルクまで。その後は慣習にすぎぬゆえ、苦情は受け付けぬ。」

「イシャーナどのよ。突然そのような重大事を言われては、我らとて対処できぬ。今少しの時間が欲しい」

 突然現れ、あまりに一方的な宣言をする偉大かつ尊大な魔法使いに、皇帝は、さほど慌てた様子もなく対処する。なんといっても世界有数の大帝国を統べる君主、このくらいで狼狽えていては、魔法使いどころか宰相にも見限られてしまいかねない。帝国頂点の主従関係は、いつでもシビアなものなのだ。


「むろん、いますぐどうこうとは言わぬ、安心するがよい。したが、あまり猶予はない。早急に騎士団の秩序を整え守りを強化し、他国からの技術を取り入れるよう図らねばならぬ」

「魔法使いどのは、他国が侵略するとお思いか。我が国が取り入れなければならない、それほどの技術があると?私も隣国に赴くことはあるが、さほどのこととは思えませぬが」

宰相が、丁寧ながら、納得しかねるという口調で尋ねる。

「他国はひた隠しているが、もう十年以上魔法使いも魔術師も生まれていない。」

「それは・・・」

「この帝国でそうなれば、魔術や魔道具に頼る生活がどうなるか。考えたことはあるか?」

「ばかな。余とて近隣国には気を配っておる。だが、それほど生活水準が落ちたという話は」

()()()()変わらない。」

報告にない、と続けようとした皇帝の言葉をアルシンダが強引に遮ると、今度こそ沈黙が下りてきた。

「魔法がなければ、代わるものを。そうして研究されてきたのが錬金術だ。昔は黄金を得るために。だが、その過程で有用な技術が考え出され、長い間連綿と研究され続けた結果、今では様々な技術が完成されつつある」


「魔法はを使えるものは、いずれいなくなる」


 アルシンダの言葉が十分に理解されたところで、イシャーナは、静かに宣言した。

「代わるものがなくば、如何にする?今、帝国の技術は無きに等しい。他国では既に武器を考案し始めているゆえ、いずれは侵略に屈するか、帝国のみ魔法に頼り一切の交流を断って、世界から孤立するか・・・・・・。その場合魔法が常に技術より勝る、という保証はしかねる。したが、まだ帝国の力は圧倒的だ。ゆえに此方に憧れを抱く国が数多ある今ならば、有利な立場で交渉できよう」

 イシャーナは言葉を切ると、この国の最高位に位置する3人に目をやる。

「決断するがよいヨハネス5世。選択肢はさほど多くなく、時が経てば不利になろうよ」


 その言葉は、重々しく留まり、決断を迫られた皇帝の心を慄かせるに十分だったが、大帝国を統べる絶対君主は愚かではなかった。

「よいだろう。魔法使いイシャーナよ、余は新しい時代を選択する。そなたに、この帝国のために力を貸してもらいたい。対価として何を望むか」

「わたくしが望むのは、今も昔もただ一つ、()()()()()()()()()の安寧。()()()()()()()()()、わたくしは加護を与えよう。皇帝よ、たとえそなたであろうとも、()()()()()()()()()()()ひとつもつけることは許さぬ」

「余と皇太子の治世中はそれもよかろう」

 皇帝ヨハネス5世が威厳を込めて答えた瞬間、部屋の闇がきれいに払われ、イシャーナの姿は、頭を下げるジアンナに変わっていた。


 契約書も調印もないが、全員が正確に理解していた。

 帝国が繫栄するには、バージェス公爵が帝国第一の地位を保ち続けなければならず、ヨハネス5世とその皇太子が帝国の主を退く時には、加護はなくなり、いずれ魔法帝国の呼び名は形骸化するのであろうことを。


 だが、今はそれよりも大きな問題があった。国境を守る結界が破られる時が来るから武力を整えよ、と魔法使いは言ったが、そのためには解決しなければならない難問があった。

「騎士団を改革するには、偉大なる老将を納得させねばならない。バージェス公爵よ、そなたの爵位継承報告にも係わってくる問題だな」

「・・・・・・文句を言ってくるのは想定内として、何をしろと仰せか」

「なに、そなたは普段通りにしておればよい。頭の固い年寄りは何かと煩いものだ、勝手に騒ぎをおこしてくれよう」

「何があろうと苦情は受付ないことをおわかりならば。それと面倒ごとはお断りです」

「わかっておるとも」

 アルシンダは、何やら機嫌のよさそうな皇帝に、無駄と思いつつも、釘を刺した。本当は、特大の槍でも刺してやりたいのだが、さすがに相手が悪い。

 この皇帝はとんだ腹黒狸だし、イシャーナの感情如何によっては、物事は物騒な方向に拡大し、被害は甚大になる。嫌な予感しかしなかった。








誤字・脱字、読みづらい、キャラが嫌い等々なんでも結構ですので、感想をください。

よろしくお願いします。

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