相応しい実力を 3
「閣下は、いずれ世界から魔法が失われると言われるが、儂はそうは思っておりませぬのでな」
「魔物も魔法使いも減少しているのにか?」
「未だ海には強大な魔物がおりますぞ。海運業が発展せねば、どれほどの技術があろうと、先は見えておりましょう」
「海・・・ね」
この世界は陸より海が多く、何日も航海しなければたどりつけない島もある。海の魔物は独特で、力も強く未開の領域と言っても良いほどで、航海するには特殊な装備と魔術師の存在が欠かせず、どれほど備えをしようと命を懸ける覚悟が必要だった。
「我が侯爵家には、❝赤の魔法使い❞ほどではなくとも偉大なる魔法使いがおりましてな。現在、彼が海に結界を張っておるゆえ、帝国にはさほどの被害が無いといっても過言では」
「それが5人目の魔法使いだとでも言いたいのか」
「そこまでは申しませぬ。ただ、魔法を否定するのならば、それなりの根拠を示していただかねば」
「否定まではしていないし、いきなり魔法を排除するわけではない。何度言えば理解する?」
「魔法の無くなりつつある世界だからこそ。閣下には我がバージェス一族を率いるに相応しい実力を示していただかねば、我らとて納得できませぬ」
「ずいぶん曖昧な要求だな」
「なに、簡単なことです。他国にはほぼ魔法の無い戦闘をしている地域が何か所かある。そこで数か月。何らかの功績を上げていただければ、我らも納得できようというもの」
「他国の戦闘に首を突っ込んで、無関係の者を害するのか?」
「そこまでは。数か月傭兵団に紛れ込み、彼らを巧みに率いて被害の出ないように立ち回る、というのは
如何ですかな」
「女の傭兵は後方支援が主なはずだが」
「性別は、いかようにもできましょう」
つまり、姿を変えるのは許容範囲ということか。
「いいだろう。舞台はおまえが調えろ。期間は半年、二週間後に出発する」
「こちらで用意しろと?」
「言い出したのはおまえだ。優秀な魔法使いがいるのだろう?」
「確認しなくてよいので?」
「それはお互い様だ。今年は西庭園の完成披露がある。時間が無い、それまでに間に合わせろ」
バージェス公爵家で請け負った、皇城の西庭園の噴水はほぼ完成に近く、あとは周囲を庭園として整備するまでになっている。完成披露は1年後の予定で、その時にアルシンダ参列は必須だ。
どうせこの男は、何をしてもアルシンダを認めない。
バージェス一族にとって、公爵家は決して一族の長などではない。魔法の使えない一族の厄介者が珍しい魔力を持っていたせいで、たまたま❝赤の魔法使いイシャーナ❞の目的に適い引き上げられたに過ぎない、いわば体のいい道具のようなものだと思われている。
魔法使いの器などと大層な呼び名だが、歴史を紐解けば欠けたるモノを差し出したにすぎず、それは必ず一族のある家系の出身で、その家系が今の公爵家なのだ。一族の始まりから強大な魔法使いや魔術師を輩出し、自身も優れた魔術師であるロドリック・デ・ラ・ハデイユにとって、どれほど優秀であれ魔術はおろか錬金術の一つも使えないアルシンダを主君と仰ぐなど、ましてや魔法の衰退など、決して認められることではなかった。
「お前の調えた舞台で、お前の望む通り振舞ってやる。その代わり、それが終わったら、もう二度と口出しはさせない」
「何を・・・」
「これは取引だ。お前は受け入れるしかないぞ。私は、そんなに寛大じゃないからな」
アルシンダは、自分より頭一つは背の高い初老の男を睨み上げた。鮮やかなコバルトグリーンの虹彩に彩られた、深い緑の瞳が仄暗い光を宿す。
「傷を増やしたくはないだろう?」
「・・・・・・」
「二度とお前たちの口出しは許さない」
ロドリックは、無意識に額の銀環抑える。焼けつくような痛みが走ったように感じたのだ。そして、もう一つ。
「これ以上、何を・・・」
「だから、今まで従ってやった」
これ以上、だと?それは此方の台詞だ。
「次はジアンナを連れてくる。お前は、魔法契約の準備でもするがいい」
「魔法契約⁉」
魔法契約は、魔法使いの立会いの下に結ばれるが、普通の契約とはまるで違う。契約内容はどれほどくだらなくても明確でさえあればよいのだが、罰則は立ち会った魔法使いが履行する義務を負うため、厳しくなければ成立しない。つまり、魔法使いでなければ不可能な罰則でなければならない。決して破られないことを目的としているのだ。
「よほどおかしな条件でなければ、お前の主張が通る。そのくらい当然だろう」
言外に、今度こそ最後だ、と意味を込める。
「お前の魔法使いも同席させるといい」
外国でとなると、イシャーナの怒りが見えるようだったが、仕方がない。
アルシンダは、公爵の地位も帝国の権力も、魔法使いの加護も望んだことは無かった。それらは、生まれながらに備わっていたもので、物心ついた時には、相応しくあれと強要され続けてきた、いわば窮屈な重荷だ。
割に合わない――――それがいつもアルシンダが抱えてきた感情だ。豪華な城、贅沢な生活。悪くはないが、こんなに豪勢である必要がどこにあるのか。それなのに、一族の不満までぶつけられたら、反撃したくもなるというものだ。
そう、もう我慢はしない。イシャーナとの話はついている。長年公爵家を守護してきた、偉大な魔法使い。だけど、彼女が護ってきたのは、ロクシエラ妃ただ一人。他はただの有象無象で、おまけでさえないことを、今のアルシンダは知っていた。
今の世では、彼女にしか知り得ない厳然たる事実。
ようやく、長い柵から解放される時が来たのだ――――――。




