2 公爵家の継承者 1
こんにちは。
今を去ることウン十年前に思いついて、ずっと頭の中で考えていたお話です。
剣と魔法、錬金術、ワクワクして考えていましたが、なんだか、ずいぶん違ってしまったような・・・?
何はともあれ、楽しんでいただけたら幸いです!
広大なユクレイア大陸の、約半分の領土を持つ強大なライエルク帝国。その帝都グエンダルは、言うまでもなく世界一華やかな都だが、治安の良さでも知られている。
だが、繫華街には闇がつきものである以上、当然胡散臭い裏街も存在する。人の住まないような廃墟が並ぶ一画を足早に通り過ぎ、路地裏に姿を消す男。人通りのない暗闇を縫うように、明らかに尾行を気にしながら移動する男。人影が近づくと、客を引こうと物陰から現れる女。
夜には静まり返るのが常の物騒な街角で、一人の少年が絡まれていた。
「そんななりでこの界隈をうろついていたら、よからぬ輩に攫われちまうぜ」
「そうそう、だから俺らが案内してやるって言ってんだよ」
人数は2人、物陰に2、3人。親切そうに見せかけた言葉とは裏腹に、崩れた服装、下卑た表情に脅しの気配を隠す気もない様子から、さしずめ質の良くない組織の三下といったところか。囲まれているのは、年の頃は12、3歳、品の良い上衣に上等なレースのクラバットを結んでいる、見るからに上流階級の見目麗しい少年だ。
「案内はいらないから、通してもらいたいんだけど」
「なんだと。親切にしてやりゃつけあがりやがって!」
何度も同じやり取りをして、うんざりした様子の少年が答えると、様子が一変した。護衛や従者がいないと確信して本性を現した男たちが、問答無用で少年を捕まえようと一斉に手を伸ばした瞬間。
「何をしている」
特に大きくもないが、人の動きを止めさせるに十分な響きを持つ声が届き、声のした方を見ると、帝都の治安を守る第六騎士団の騎士服を纏った長身の青年が立っていた。
男たちは一瞬怯んだが、相手がただ一人とみるや目配せをしあい、一斉に躍りかかった。
「なぜこんなところに一人でいる?」
僅か数分で息も乱さず制圧した青年は、絡まれていた少年に問いかける。
「野暮用で。助けてくれてアリガトウ・・・」
別に困ってもいなかったと言わんばかりの、全く心の籠らないお礼の言葉を口にした少年を、器用に片眉を上げて、訝しげに眺める。
夜目にも輝く髪に、手入れの行き届いた滑らかな肌。おまけに美少女と言ってもよいような美貌、上質な身なりときては、こんな場所には不似合いな、いかにもワケアリな様子だ。トラブルの予感しかない。なおも問いかけようとしたその時、膨大な魔力を感知して、思わずあたりを見回す。
その間数舜。そして、目を離したそのわずかな間に、少年は目の前から消えていた。
「空間転移だと、あんな子供が・・・魔法陣も使わずに!?ばかなーーー!」
空間転移は、失われた魔術とされて久しく、魔法陣を使わないとなると、魔術ではなく魔法ということになる。魔術師さえ数が少なくなった今、魔法使いとなると既に存在しないと言われているくらいだ。
第一、魔法使いならば、青年とてそこそこの魔力保持者なのだからすぐにわかる。だが、先ほどの少年が強大な魔力持ちとはとうてい思えなかった。ならば、魔法使いまたはそれに匹敵するほどの魔術師が近くにいるはずだが、気配がない。遠隔から操ることもできなくはないが、それこそ伝説の四大魔法使い並みということになる。
予想を超えた事態にしばしあたりを窺ったが、街は何事もなかったかのように、すでに夜の静寂に包まれていた。
「あんなヘマするなんて、信じられない」
帝都の貴族街でもひと際豪華な館の一室で、先ほど絡まれていた少年はソファに身体を投げ出して不満げに鼻を鳴らしていた。
「こんな夜中を指定した挙句、転移先ミスとかありえない、危うく不審者として尋問されるところだった。バージェス公爵家末代までの語り草だ!」
「ミス・・・赤の魔法使いが?それこそありえないだろう」
同じ部屋の中で、一見したところ腕の立つ従者といった服装の、濃褐色の髪に隻眼のヘイゼルの瞳をしたかなり見目の良い青年が、こちらは長椅子で脚を組み、若干白けた様子で咎めるような視線を投げてきた。
彼は、ロベルト・デ・ラ・ハデイユ。バージェス公爵の一族で、分家筆頭侯爵家の嫡男。数か月前まで貴族子女が通う帝都のヴァイザシルト高等学院の最上級生だったが、来年秋に卒業するはずなのに、夏に片目を失うと同時に学院を休学して以来、何故か目の前の少年の従者などやっている。従者を装っていても、身についた貴族然とした雰囲気は隠しようもく、その隻眼とも相まって、何やら訳あり感満載の怪しげな人物といった風情になっている。
ついでに言えば、先ころバージェス公爵家は長年空位だった公爵位がついに継承され、同時に全ての分家が代替わりした。彼は本来ならばハデイユ侯爵自身なのに当主業を放り出し、弟たちからの帰還要請を完全に無視して、頑なに主の側を離れようとしない。
そして目の前で不満をぶちまけている、珍しいあかがね色に輝く髪に、鮮やかなコバルトグリーンの光彩、すいこまれそうなエメラルドグリーンの瞳という、大変色彩に富んだ麗しい容姿をしている少年こそが彼の主、帝国でも特異な地位にある大貴族バージェス公爵その人であり、帝国法で女性に爵位は継げないと明記されているにもかかわらず、一族を従わせ、三日後の皇帝主催の大舞踏会での、爵位継承報告の約束を取り付けた。要するにいろいろと規格外な❝男装の美少女❞なのだ。
「その騎士はどんな男だった?」
憤る主人を宥めるような、女性の落ち着いた声が響く。
「どんなって・・・。長身、鍛えた身体つきのロベルトくらい腕の立つ男だった。髪は・・・金髪交じりの癖のある暗い色―――かな。あと、態度が大きい。」
「おまえよりもか」
「よけいなお世話だ。あれは―――一介の騎士の雰囲気じゃない。あの男は、常に命令する立場にいる人間だ」
「なるほど。それで、そなたはその男をどう思った?」
「・・・・・・?別に。なんでそんなことを訊く?」
「ロベルトと同じく、イシャーナのミスとはわたくしも考えておらぬゆえ。そなたとそやつを会わせたかったのではないか?」
細い漆黒の巻き毛を長く垂らしたその女性ジアンナ・メイアは、バージェス公爵家お抱えの魔法使いで、何代もの当主に仕え続け、なおかつ何百年も姿が変わらないと言われている。事実、一族の重鎮であるロベルトの父、先代ハデイユ侯爵が子供のころから全く変わらない姿だという。現在ではありえないほど強大な魔法使いであるため、実は❝赤の魔法使いイシャーナ❞本人なのではないか、と実しやかな噂が流れているほどだ。
「興味ない。それより明日は皇帝に会って、その次は夜会だろう。面倒くさい」
「帝国貴族の義務だ、我慢しろ。普通はもっと面倒なんだぞ」
「あ~・・・。ハイハイバージェス一族だから、ね。わかっているよ」
「ヴィゼ」
「その名はもう使わない」
それまでの苦笑交じりの口調とは明らかに変わった、ロベルトの呼びかけに、彼の主は立ち上がり、すぐ側までやってくる。
「もちろん、うちが特別なのはわかっているよ。・・・ねえ、ロベルト」
腰を屈めてロベルトの目をのぞき込むと、一拍おいて、まるで秘密を打ち明けるかのように声を潜めた。
「そのせいで、私が今までどれほど大変な思いをしてきたと思っているーーーーーー?」
帝国でのバージェス公爵がどのくらい特別かというと、いかなる場合であろうと皇帝に跪づく必要がない。さらに公爵位の継承者を勝手に決定し、事後報告で済ませられるうえ、分家筆頭は、ふつうなら伯爵家が最高なのに侯爵家であり、分家の継承者認定権は本家の公爵家当主が持っている。国に治める税率の決定権を持ち、領内の法規決定も事後報告。おまけに、場合によっては、皇帝の呼び出しですら無視を決め込んでも咎められない。それどころか各貴族領の騎士団の規模はほぼ定められているのに、勝手に拡大縮小できる。ほぼ治外法権に近く、やりたい放題なのである。
最も、バージェス公爵領は国境近くに深い森があって、魔物が出現するため、騎士団の強化は必須であり、古から伝わる魔石を埋め込んだ宝剣を使いこなし、自ら騎士団を率いることが公爵家当主の条件とされている。
とはいえ、これほどの優遇にどこからも文句が出ないのは、それなりの理由があった。
ライエルク帝国は、周辺国からは魔法帝国と称されている。
この国では、魔法や魔術、魔道具が他国よりずっと身近であり、魔法使いはかなり珍しくなったが、国お抱えの魔術師団があるくらい、それなりの数の魔術師が存在している。他国にもそれなりに存在しているが、ライエルク帝国ほどではなく、その結果として国力や文化水準に結構な差があった。
では、なぜそれほどの差があるのかというと、800年近く前の帝国建国時にまで遡る。
ライエルク帝国が成立する前はエガータ王国といい、隣には、強大な魔法使いが支配する広大な魔法帝国があった。建国の英雄譚によると、魔法使いの名は、伝承に残る4大魔法使いのうちの1人、❝赤の魔法使いイシャーナ❞。火と雷を操る彼女は、統治に飽きたのか、地方の独立や周辺の国々の侵略を放置し、領土をかなり小さくしており、当時はすでに現在のバージェス公爵領程度になっていたという。
そして当時のエガータ王国王太子バスティアンが、イシャーナの魔法の根幹をなす❝魔法使いの器❞を解放し、両者の間で契約が成立した。
エガータ王国と魔法帝国は統一され、バスティアンが初代皇帝となる。新帝国は、エガータ王家の家名ライエルクを冠し、皇帝は、イシャーナの養い子❝魔法使いの器❞たるロクシエラを妃に迎え、第一皇子をバージェス公爵として、旧魔法帝国の領土と共に、様々な特権を与えること。代わりにイシャーナは、魔法の恩恵を国中にいきわたらせ、帝国と他国との国境を守り、魔物を帝都に出現させないこと。
こうして魔法帝国ライエルクは成立し、初代皇帝のバスティアン一世は建国の英雄譚の主人公となったが、実際に魔法帝国を継承しているのは帝室ではなく、バージェス公爵家であり、魔法使いイシャーナの加護を受けているのもまた然りなので、誰一人公爵家に文句言う者もいないという状態なのである。
最も、面倒ごとを嫌うのが伝統なのか、代々の公爵は必要なければほとんど領地で過ごす。特別扱いと言えば、皇帝と謁見する時は分家筆頭のハデイユ侯爵を従え、跪づく必要があれば侯爵にさせて自分は簡易的な礼をする程度のことで、時にうるさ方のお小言をくらうこともあるが、全く意に介さないため、大きな揉め事もなく済んでいた。
何しろ、後ろには強大な伝説の魔法使いが控えている。誰もがご機嫌を取り結びたがりこそすれ、批判などとんでもないという雰囲気だった。
今回は例のない少女の爵位継承、しかもその少女は、皇帝に跪くなど考えてもいない様子とくれば、大嵐の予感しかない。
何があろうとも主に付き従うつもりの忠実な従者は、わざとらしく盛大なため息を吐いて見せたが、当然のごとく無視された。
誤字・脱字、読みづらい、キャラが嫌い等々なんでも結構ですので、感想をください。
よろしくお願いします。