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魔法帝国の黄昏  作者: MAKIYA
 後継者の条件
14/24

14 公爵の条件 1


 

「今すぐ帰る」

「いつだって?」

「今だ」

 帝都のバージェス公爵邸は、朝食後、当主の突然の一言で、俄かに慌ただしくなった。

 ただでさえ使用人の数が少ないのに、いつでもアルシンダの行動は唐突だ。

 常に振り回される、ただ一人の従者ロベルトは、いつもと同じ言葉を告げる。

「いきなり言うな。準備する使用人の身にもなれ」

 バージェス公爵邸には、転移のための魔法陣が組まれてる。イシャーナが組んだと言われるそれは、どこへ行くのも自由自在という優れものだが、使う気はないらしく、厩舎へと向かう。

 バージェス公爵は、それぞれの代で独自にイシャーナと契約を結ぶ。積極的に魔法を利用することもあれば、そうでないこともあるが、ただ一つ言えることは、❝過ぎた力は己を滅ぼす❞を家訓としているということだ。殊に、あまり大きな動きがなかった、ここ数代の当主はそれが顕著だった。


 当主の出立となると、荷物の整理、馬車や宿の手配、本邸への連絡とやることは山積みだ。朝言われて、はいそうですか、とはいかない。

「ウマで帰るから準備はいらない。どうせ大した荷物もない、後で十分だ」

 何しろ来たときは、ジアンナ・メイアの強い主張により、転移魔法を使ったのだ。なのに、時間は真夜中、転移先は違うときた。ありえん。

 アルシンダにとっては、ほぼ人生初の転移魔法の利用だ。しかも、操ったのは❝赤の魔法使いイシャーナ❞。家訓がしみじみと身に沁みた一件だった。ついでに、他人を信用するな、と付け加えたくなるくらいには。


 すでに服装を整えていた彼女は、後ろで騒ぐロベルトを完全に無視すると、さっさと愛馬に跨り、独特なリズムで、指笛を吹く。屋敷を囲む広大な雑木林に響き渡った指笛の音が、すいこまれるように消える頃、羽ばたきと共に大きな影がさし、真っ白な鷹がアルシンダの差し出した手に止まった。

「フィメル。これをハデイユ侯爵邸に届けてくれ」

「ちょっと待て!なぜうち(ハデイユ家)なんだ」

 ロベルトの抗議を全く無視して、脚にメッセージを結ばれたフィメルは、主人に挨拶するように頭上で旋回し一声高く鳴いて、そのまま空高く舞い上がると、姿を消した。

「侯爵邸は少し遠いが、フィメルは賢いから、すぐに連絡が届く」

 確かに、ハデイユ侯爵領は、バージェス公爵領より遠い。訪問前に先ぶれを出せ、と常々言っているのも、ロベルトだ。貴族の常識として間違ってはいない。だが、そういう問題ではない。

「なんで、自邸じゃないんだ!?」

 おかしいだろう!ロベルトは、抗議する。

 バージェス公爵が帰還するのならば、バージェス公爵邸であるはずで、分家の屋敷に行く必要などない。用があれば、呼びつければいいだけなのに、なぜわざわざ出向くのか。


 だが、ロベルトの抗議を全く無視して、アルシンダは、呆れたように返す。

「お前。たまには、実家に帰れ。お前がハデイユ家当主だろう」

「余計なお世話だ。あっちは優秀な弟達がいる、俺が戻らんでもどうとでもなる」

「私が無能だと言いたいのか」

 目的を突っ込まれたくないアルシンダは、すかさず話をそらそうとする。

「誰がそんなことを言っている?用もないのに、行く必要はないと言ってるんだ」

「生憎だったな、用があるから行くんだ。そんなに嫌なら、お前は来るな」

 余計なことは、言わずに越したことはない。はるか東の国に、いい言葉がある。ここは、三十六計、逃げるに如かず、だ!とばかりに、さっさと馬首を返し、瞬く間に駆け去っていく。


 後に残されたロベルトは、やられた、とばかりに舌打ちする。こっちは、まだ軽装のままだ。とても今すぐ出発、というわけにはいかない。

 旅装と言うには軽い出で立ちからして、あのままハデイユ候爵邸まで、単騎で駆けるつもりなのだろう。完全に出し抜かれた。なんて手のかかる主なんだ!

「すぐに追いかける!ウマ(ウーシュカ)の用意を!」

 ジアンナ・メイアは、心配いらない。彼女は魔法で何でも対処できる。だが、ロベルトはそうはいかない。主が単騎駆けで、従者が転移魔法などあってはならないし、アルシンダの傍から離れるつもりなど毛頭ない。

 内心で盛大に罵りながら、自身も準備するべく、すぐさま屋敷の中へと引き返して行った。


 帝都からハデイユ候爵邸までは、馬車なら二日~三日、馬なら最速で二日というところだ。

 バージェス一族は魔物討伐の際、有用な魔物を捕えて調教し、使役することにも長けている。実際、アルシンダとロベルトの愛馬も、そうして手懐けた魔物だ。ウマと呼んで区別している。おそらく、一日かからずに走り抜けるだろう。

 ロベルトは、地図を思い浮かべ、幾つかのルートと、()()()()()()()()()()()()()()を考えながら、手のかかる主が選択しそうな街道を目指して、後を追う。


 朝帝都を出てから、約四時間。駆け続けて今は昼食時だ。街道沿いには集落も多くなってきた。心惹かれる店を物色していると、妙な気配を感じて、それとなくあたりを探る。

 この時間は、何かと賑やかだ。人々は浮かれ気味だし、店自体も活気づいていて、なかなか気配を探りにくいが、アルシンダの鋭い感覚を誤魔化すことはできない。

「諦めが悪い奴だ」

 アルシンダは、うんざりとした様子で街道から外れ、灌木の中を進んでいく。ついてくる気配は五つ、人ではない。


 街道からそこそこ距離があり、そこそこに開けた場所に出たので、愛馬(ケルピー)から降りる。はたからは、騎獣に餌を獲らせてやろうとしているように見えるだろう。

 あたりの気配が殺気を帯びた瞬間、ケルピーを解放しがてら抜き放った剣で、何頭かの獣を薙ぎ払った。

「へえ?珍しく気合いが入っている」

 巨大な狼に似た獣は、かなり凶暴な魔物だった。群れをなして人を襲い、喰い散らかす。大きな群れだと集落を襲うこともあるくらいだ。

 次々と増える気配を探りながら、剣を構えなおしたアルシンダは、どこか歪な嗤いを浮かべた。

「そんなに私が邪魔か」

 この事態は予想済みだし、首謀者もわかっている。だけど、せっかくのいい天気、愛馬と楽しく疾走していたのに、命を狙われたらすべて台無し。意趣返しくらいしてやりたくなろうというもの。


 結構な数を屠り、いい加減片をつけようとしたところ、後から追いついたロベルトが、親玉の息の根を止めてしまった。たちまち群れが散っていく。

「何を手間取っている」

「首謀者に送りつけてやろうと思っていたんだ」

「・・・そりゃ悪かったな」

「構わない。ジアンナ・メイア」

 姿の見えない魔法使いに呼びかける。

これ(魔物)を全部、奴の寝室にプレゼントして、私を送ってくれ」

 言葉が終わるか終わらないかのうちに、巨大な魔方陣が浮かび上がり、魔物の死骸とアルシンダの姿が掻き消えた。


 またしても残されたロベルトは、軽く舌打ちをする。

 アルシンダは、ハデイユ侯爵邸に向かうようなことを言っていたが、彼の眼は、魔方陣が二つあったのを見逃さなかった。つまり、送り先は別と言うことだ。

「全く、手間のかかる主だ」

 彼は、おいて行かれた理由を知っていたが、むろんのことおとなしく撒かれてやるつもりなどない。

 今回は、かなり念入りに命を狙われたのだ。ほっておくことなど、できはしない。

 昼食を食べ損ねたうえ、魔法使いの助力は期待できない。夜には目的地につきたい、とうんざりする事案が揃い踏みだ。ため息が出る。


「頼むぞ、ウーシュカ」

 これから休憩なしで、全力疾走させなければならない愛馬の首を、いたわりと謝罪を込めて撫でながら、自分も労いの言葉くらいほしいものだ、としみじみ思ったのだった。

 


 

 


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