10 挿話 皇太子の事情
書き溜めた分が終わりました。
今後は、少しづつ投稿していきます。
読んでいただいている方、申し訳ありませんが、気長にお待ちください。
「おお、シグルド。そなた、バージェス公と婚姻を結ぶ気はないか?」
大広間に戻った皇太子は、すぐに侍従長から、皇帝がお待ちかねと告げられた。
やれやれと思いながら、皇帝の控室へと顔を出したとたん、思いもよらない口撃を受けて、一瞬、頭の中が真っ白になった。
夜の街での出会いから、皇城での態度、ユクライネン公とのやりとり、先ほどの魔法使いとの邂逅が思い巡った。
確かに不自然ではない。帝国一の大貴族と、次期皇帝。年まわりも良く、才気に溢れ見目麗しく、動作も完璧だ。文句のつけようもない。だが・・・。
「父上。皇族と公爵家は決して交わらないと、建国時に❝赤の魔法使いイシャーナ❞と契約を交わしたのではありませんか」
そうだ。その契約は決して破られることなく、現在まで連綿と受け継がれているはずだ。
「契約は5代皇帝までと、時代は変わると魔法使い自身が明言した。バージェス公爵家の栄華と引き換えに、帝国に力を貸すともな。ならば、新しい約定を確実にするため、公爵家と縁組して、なんの不都合があろうか」
確かに、一見して不都合はないどころか、真っ先に考慮すべき案件だ。それでも、彼には、頷けない理由があった。
「俺には、既に婚約者がいます」
「したが、レンドタール宮中伯の令嬢は、事故で亡くなったではないか」
「遺体がない以上、まだわかりません」
「そなたは、余の後継者だ。年齢的にも、婚約者がおらぬですむ話ではない」
「・・・・・・」
「宮中伯家では、双子ゆえ妹とどうかと打診をしてきたが、そなたが断ったであろう」
そう、皇太子は、宮中伯の中でも、帝国貴族を統括し監視する役目を担うレンドタール家の双子の姉、ヴィクトリア・デ・ラ・レンドタール候爵令嬢と、幼少時から婚約していたのだ。
彼女は半年前、馬車の事故で死亡したとされている。
現場からは、谷に落ちて壊れた馬車、怪我をした馭者と侍女が発見されたが、事故当時のことは、気を失っていて全く憶えておらず、専属の従者と、肝心のヴィクトリアの姿は見つからなかった。
皇太子の婚約者であるため、風評を恐れて療養中と発表されたが、関係者の間では生存は絶望的と囁かれている。
「俺は、彼女以外の伴侶を考えてませんよ。今の段階で不服とお考えなら、次期皇帝は辞退します」
「ヴィクトリア嬢は、次期皇后にふさわしくないとの噂があるな」
「バージェス公爵の方が、彼女よりふさわしい、とも思えませんよ」
親子はしばし睨み合った後、どちらともなく目をそらした。
レンドタール侯爵令嬢は、確かに様々な噂に取り巻かれているが、本人は、学園でも常にトップクラスの成績を維持し、生徒会の仕事を熟しながら、時には皇太子の執務にも協力する大変優秀な令嬢だ。
なのに何故か、魔道具を使って変装魔法をかけ、しょっちゅう己の容姿を変えている。
髪や瞳の色はもちろん、髪型、睫毛の長さ、目・鼻・唇の形。それぞれはほんの少しづつ変えても、全体像が出来上がると全くの別人、それに時には濃い化粧、時には薄化粧を施し、もはや素顔は家族ですらおぼろげというありさま。
それでも、髪と瞳の色以外は、双子の妹とよく似ているということで、かろうじて姿の予想がつけられる、という具合だ。
「とにかく、あの事故には不審な点が多すぎる。宮中伯家からは、婚約者はすでに決まっているのに、以前から何度も姉妹どちらでもよいと打診してくるし、怪しいことこの上ない。父上には申し訳ありませんが、俺の意見は、先ほど言ったとおりです」
「では、いつまでこの状態でいるつもりだ。そなたは今まで皇太子として遇されてきた。地位を返上すればよい、というものではないことくらい、わかっておるのだろうな」
「もちろん。学園卒業までには、片を付けます」
自分の立場くらいは理解している。
珍しく、強い言葉で諫めてくる父親にそう返すと、振り返らずに部屋を出て行った。
バージェス公爵との婚姻が一番自然かつ必要であることは、彼とて理解していた。父親の言うことが正しいことも。
別に嫌いというわけではない。年齢も不自然ではないし、容姿、能力、どれをとってもヴィクトリアに劣るということはないはずだ。
それでも、あのあかがね色の髪とコバルトグリーンの瞳の少女を思い浮かべた時、彼には、どうしても、婚約を破棄して、彼女の手を取る、という未来を想像することができなかった。




