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魔法帝国の黄昏  作者: MAKIYA
 後継者の条件
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1 プロローグ

今を去ることウン十年前に思いついたものです。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 満月の夜には魔力が宿る―――。

 ふと、そんな言い伝えを思い出した。


 真夜中に近い時間、美しく大きな月が見える窓辺の豪奢な寝台に横たわる美貌の青年、その頬に落ちる緩やかなウェーブのかかった長い髪。間近には陶器のように整った、無表情な美しい顔。

 月光のせいで全てが青白く輝き、何もかもが幻想のように美しい。


 完璧な光景だ。自由を奪われた彼は、心の中で呟く。

 忌々しいが、認めないわけにはいかなかった。


「わたくしの公爵さま」

 花のような唇がゆっくりと綻び、醒めたくせに、どこか甘く響く囁きを紡ぎだす。

「こうお呼びするのは今宵限り」

 冷たい指先が頬に触れる。その仕草だけ見れば、まるで愛おしいかのようにやさしげに、優雅に動く。

 だが彼は、自分の顔を映し出すその瞳が、目の前の者など見ていないことをよく知っていた。

「約束通り、貴方はわたくしの全てを手に入れた―――。これからこの帝国で、貴方に逆らう者はおりませんわ。以前、申し上げましたでしょう?」

 一拍おいて声を低め、耳元に唇を近づけて預言するかのように言葉を繋げる。

「貴方は昇り、わたくしは――――、降りる」


 その言葉に記憶が刺激される。何年も前の記憶だ。

 年に数回開かれるか、皇帝主催の煌びやかな夜会。皇城の大階段ですれ違い、言葉を交わした男装の美少女。当時感じた違和感と、その理由が不意に脳裏に閃いた。


 そうだったのか!


 悟った瞬間、唇に柔らかい感触を感じて瞠目する。口づけられたのだ、と理解すると同時に自分でもよく解らない激しい感情が突き上げてきた。


 婚姻が成立した日の真夜中、夫の寝室を訪れた妻と、いささか強引にその唇を奪った夫。そこまではまあ、普通の範疇に入るだろう。だが、その先はどうだ?

 おそらく、彼女の唇に塗られた薬によって、動かない身体を寝台に押さえつけられて言われ放題、いいように扱われた挙句に一方的に離婚されようとしている、らしい。結婚して、まだ半日もたっていないというのに!

 平穏にはいくまいと予想していたが、相手の目的を完全に読み違えた結果がこのザマだ。あまりの間抜けぶりに屈辱や怒りさえ通り越して、いっそ笑えるくらいだ。

 だが、今はそんなことはどうでもいい。このままやられっぱなしなどという選択肢はあり得なかった。


 薬がどうした、気合いだ!


 既に朦朧としている意識を思い切り叱咤し、先ほどの激しい感情を煽り立てる。そのかいあって、わずかに腕が動き彼女の腕に触れた瞬間、その瞳が驚愕に瞠かれた。驚愕はすぐに感嘆に変わる。


 今はまっすぐに彼を見ている瞳を、正面から見つめかえす。微笑んで余裕を見せたいところだが、薬のせいで表情をつくるのが難しかった。それでも、月明かりのせいで、本来の鮮やかなコバルトグリーンが見られないのを残念に感じながら、その双眸が、今ははっきりと自分を捉えていることを確認して、思わず笑みがこぼれそうになる。この眼が自分だけを見ていることに、これほどの満足感を覚えるとは思っていなかった。

 先ほどの気合といい、自分がこんなにも単純な人間だったとは、呆れるどころかいっそ新鮮だ。新しい己を発見した気分になり、やはり、これほど感情を乱される人間は他にいない、と結論づける。


 だが、残念なことにそろそろ体も意識も限界が近づいていた。だから、うまく動かない唇で一言だけ囁く。


「―――――――――」


 一瞬おいて、彼の目の前の美しい顔が訝し気に眉を寄せ、さらに困惑へと変わるのを認めて、一矢報いたような気分になったその時。

 まるで時間切れだとでもいうように、鳴るはずのない、皇城の大時計が真夜中を報せる音が響き渡った。

 

「―――ああ、もはや刻限のようです」

 その時を待っていたかのように耳元で囁かれると、ぞくり、と背筋に震えが走る。


 鳴るはずのない大時計、今まで見たこともない表情、独特な響きを持つ囁く声。

 ああ、本当に。今までこんなに感情を搔き立てられたことはない――――――!

 

 だが相手は、当然のごとくそんなことなどお構いなしに、さも愛おし気に見つめると、流れるような動作で身を起こし、ベランダへと出ていく。窓を開けて振り向き、片手を胸に当て片手を広げてこの上なく優雅に礼をすると、それまできっちりと留められていたナイトガウンの中が露になった。

「ごきげんよう。わたくしの公爵さま。もう二度と、お会いすることはないでしょう。わたくしのことなどお忘れになって、ふさわしいお方とお幸せに」

 これが最後とばかりに鮮やかな微笑を残し、まるで重力などないかのように跳躍する。ふわり、と脱ぎ捨てられた豪華なガウンが、その姿を一瞬だけ覆い隠し、月光を浴びながらキラキラと輝いてベランダに落ちた。


 大きな月に向かって、黒装束の美女がしなやかに身を躍らせて翔けあがる。あとに残されたのは、抜け殻のようなガウンだけ。まるで舞台のように計算しつくされた、この上なく見事な幕引き。要らないものをきれいにそぎ落とし、華麗に飛翔して見せた。

 

 あまりの完璧さに、一瞬、観劇料を支払うべきかと思ったほどだが、勝手に舞台に上げられ、一方的に切り捨てられた身としては、むしろ出演料を請求するべきだろうと考え直す。

 月に翔けあがった花嫁を地上に引きずり戻し、繋ぎとめる。なんなら慰謝料を上乗せしてもいい。我ながら完璧なほど悪辣な計画にほくそ笑む。完璧には完壁で応えなければ、失礼というものだ。


 今後の方針が決まると、自然と瞼が落ちてきた。


 今夜は、さすがに限界だ。今まで保った自分を褒めてやりたいと思いながら、帝国きっての頭脳と称えられる年若い公爵は、意識を手放した。

 

 



誤字脱字、読みづらい等なんでも結構です。参考になりますので、ぜひご意見ください。

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