1-7 今の人生を楽しみたい
ハレット家の敷地内の端に使用人の宿舎がある。
本邸から回廊で繋がっているけど、裏門から直接入ることができるように裏口もある。休暇の場合は、本邸を通るのではなく、裏口から裏門を抜けて外にでる。
もちろん裏門にも警備の者がいて目を光らせている。
本邸から離れているとはいえ、他の使用人たちは働いていたりするので、まったりするのも難しく、私たちは夕方まで街にいた。
ベンとスティーブにお屋敷の裏門まで送ってもらって、警備の者に挨拶して門をくぐると視線を感じた。
視線の先を追って仰ぎ見たけど、誰もそこにはいなかった。
気持ち悪いな。
「メグ。何か視線感じなかった?」
「別に何も感じなかったけど」
気のせい?
きっと気のせい。
そう自分にいい聞かせて、宿舎に入る。
部屋に戻って着替えをすませるとすでに日はすっかり落ちていた。
街で早めの夕飯を済ませてあるのだけれど、今日は夜食用にマリーナのパンを購入した。
「で、本当のところどうなの?」
パンをもしゃもしゃ食べてていると、メグが聞いてきた。
「どういう意味?」
「副団長のこと嘘なんでしょう?」
「え?なんで」
「だって、唐突なんだもの。ジャネットって誰かの追っかけとかしなさそうだし。しかもあの副団長でしょう?」
うー、どうしよう。
スティーブのことは断りたいから、話を蒸し返したくない。
かと言って、あの作戦を進められるのも困る。
現世ではオーランドとは接点を持つつもりはない。
彼には彼の人生があるし、それを邪魔したくないから。
ベンとスティーブから彼の過去を聞いた。
婚約者が事故で亡くなり、警備兵団に入る。
それからメキメキと頭角を現して二年後には小隊長を任せられる。
警備兵団に入団したらまず一年は訓練、それから正式な隊員、兵士になる。だから二年で小隊長になるのは異例みたい。
それで、何かロマンスがあったみたいでソフィアという女性と結婚。二年連れ添ったけど、どうやら彼女の浮気で離婚に至ったみたい。それから今まで独り身。噂もないみたい。
「ジャネット?聞いてる?」
「あ、ごめん。なんだっけ?」
「だから、副団長のこと。追っかけではないみたいだけど、何かあるのを感じるのよね。マリーナで副団長見た時、ちょっと泣きそうになっていたし」
「え?そんな顔してた?」
「うん」
そうか。びっくり。
私とオーランドの婚約は親が決めたもの。幼なじみでなんとなく。親同士が仲がよくて、お互いの家を行き来していたくらいで、ロンも混ざって一緒に遊んでいたな。私の外見はとてもおとなしい美少女だったんだけど、実際はオーランドと走り回ったり、元気な子だった。流石に十四歳くらいからは大人しくなったけど、女性らしさにかけていた気がする。それもあって、お父様はきっと他に嫁の貰い手がいないと、オーランドを婚約者にしたかもしれない。
「もう、ジャネット。また考え事している」
「あ、ごめん」
「うん。やっぱりおかしいわ。何かあるんでしょう?副団長と?」
「……あるといえばあるけど、今はちょっと話せない。今度でいい?」
生まれ変わりのことは、ロンは信じるみたいだけど、普通は信じてくれないよね。
しかもハレット家のマリーの生まれ変わりとか、妄想とか思われそう。
だから、話さない方がいい。
「わかったわ。で、副団長とは仲良くなりたいの?」
「え?そこ?ううん。実はあんまり。本当に今はそういう気分じゃないのよ。メグ。だからスティーブのことも」
「ごめんね。乗り気がないのわかっていたのに誘って」
「気にしないで。久々にマリーナのパンケーキ食べれたから嬉しかったし」
「久々に?ジャネットはあのお店に行ったことがあったの?」
「え、うん」
まずい、まずい。
あ、来たばっかりじゃないし、大丈夫だよね。
「なーんだ。知っていたのね」
「あ、でも久々だったし」
「久々?ジャネットって、カラントリーに来たのは初めてじゃなかったっけ」
「あ、うん。そうなんだけど。この街に最初に来た時に入ったお店なの。マリーナ。だから二週間ぶりの久々」
あぶない、あぶない。
「ふん。そうなのね。まあ、ベンにもスティーブにも適当に言っておくから心配しないで」
「ありがとう」
とりあえずメグは納得してくれたのでよかった。
彼女と知り合いになれて、しかも仲良くしてもらって本当に助かる。
「メグ。本当にありがとうね」
「どうしたの?改まって」
「感謝していることを伝えようと思って」
前世の時は、友達もいなかった。
オーランドがいたけど、それは違う。ロンだって弟だ。
だから今はジャネットとして楽しみたい。




