1−5 元婚約者
「どうしたの?」
ロンの部屋から戻ってきた私を怪訝そうにメグが覗き込んだ。
「えっとおかしい?」
「顔色が悪いわよ。何か失敗したの?」
「えっと、失敗といえば失敗かな」
そう、私はただのメイド。あんな風に諭すような事は言ってはいけなかった。だから余計に怒らせてしまった気がする。
「大丈夫?まさか旦那様に叱られたの?」
「えっと叱られてはない」
かなり怖かったけど。
あれから十七年も経ってるんだから、彼はあの時のロンではない。しかも子供じゃないんだから。
次からは気をつけよう。
「ならいいけど。しばらく旦那様の担当代わってあげましょうか?」
「お願いできる?」
「うん。任せて」
よかった。
ロンに対してどう接していいかわからない今、直接会うのは避けた方がいい気がする。
「明日は美味しいお店に連れて行ってあげる。元気出して」
「あ、明日」
忘れてた。何だっけ。ベンの同僚に会うんだっけ?
「忘れてた?まったく。ベンの友達がものすっごく楽しみにしてるのに」
「え?そんな期待されても困るんだけど」
「大丈夫、大丈夫。ジャネットは期待以上の女の子なんだから」
そんな事言われたら困る。
「気負わないで。私に任せて」
うーん。それが逆に心配なんだけど。
メグのお陰で明日の事で頭が一杯になって、先ほどの恐怖が薄らいだ気がした。
ごめんね。ロン。もう少し時間をちょうだい。
生まれ変わりを信じてるロンに私が姉だと名乗るのは、まだちょっと怖い。いざ話すと、マリーと外見が違いすぎて信じて貰えないかもしれない。もしかしたら嘘吐き呼ばわりされるかもしれない。
だからもうちょっと時間を頂戴。
✳︎
「俺はスティーブです。よろしくお願いします」
ベンの同僚スティーブは明るい茶色の髪を刈り込んでいて、濃い茶色の瞳をしていた。
メグの彼氏のベンとスティーブは警備兵団の兵士だ。
この港湾の街には王都から騎士団が派遣されているのだけど、それとは別に市長が組織した警備兵団がいる。隊員のほとんどが平民で占められる警備兵団は、平民の男子にとって憧れの職業の一つだった。
騎士団とは街を守るために王都から派遣されているはずなのに、街で起こる諍い事などには関与しない。高級住宅街の一角にある騎士団の詰所にいつもいて、街に降りてくることはほとんどない。
出てきたらきたで、警備兵団との縄張り争いになるのがわかっているので、騎士団の騎士たちが詰所に入り浸りなのは理解できる。
しかも騎士団は貴族のみで構成されるので、高級住宅街に住む人たちには歓迎されているようだし。
私は歓迎しないけど。
ハレット家も店は街にあるけど、屋敷はこの高級住宅街の一地区に建てられたものだ。住居を構えるのは、市長のカリエッタ様一家、王都から派遣された役人で、その他に貴族の別宅、ハレット家のような裕福な商人の屋敷、そして騎士専用の寄宿舎と詰所がある。
「初めまして。私はジャネットです。よろしくお願いします」
ベンの同僚スティーブに挨拶を返すと、彼はにっこり笑って手を差し出した。
友好の握手?
恐る恐るこちらも出すとぎゅっと握られる。
「スティーブ。握りすぎだ。ジェネットの手を壊す気か?」
痛いと声をあげようとするよりも先にベンが注意して、手が自由になった。
力加減できないのかな?
「ジャネット。ごめん。嬉しくて思わず」
「嬉しい?」
初めて会った人にそんなこと言われると不思議だ。
「さあ、さあ、まずは食事にしましょう」
メグがそう言うと、スティーブは何かに気がついたような表情をする。それからベンに肩を叩かれて苦笑していた。
なんだろう?
連れてきてもらった店は、当時私が好きだったマリーナだった。名前が似ていてのと可愛い外見だったからお母様とロンと一緒によく来ていた。お父様は外見が可愛らしすぎるとかで付き添ってくれなかったけど。
当時は色鮮やかだった壁は年季が入り、すこし色がぼんやりとしていた。外装は変わっていなくて、入口近くには焼き菓子とパンが並べてあって、店内で食べることができる。スープとサンドウィッチ、パンケーキがお店のメニューとして掲げてあった。
そういうところも変わってないんだ。
感慨に浸りながらも、メグたちと一緒に店内に足を踏み入れる。
すると入口付近でベンとスティーブが立ち止まって窓際を見ていた。
「あれ、副団長だ。なんでここに」
「本当に副団長だ」
「あ、あの人が副団長?」
メグが二人の会話に加わり、私も自然と話題の「副団長」に目を向けた。その人はベンたちよりも体格がよくて、この店の雰囲気とはまったく合っていなかった。こちらに気がついた様子はなく、窓の外を眺めている。
髪色は赤色で……
「オーランド?」
「え?ジャネットは副団長を知っているのか?」
スティーブが驚いたように大声をあげる。
それで、その人も気がついたようでこちらに目を向けた。
あの頃よりも確実に筋肉質になっていて、かなり落ち着いた雰囲気。おじさんというのは失礼だけど、すっかり大人になった彼は立ち上がる。
「おお、お前たち。偶然だな。一緒にどうだ?ああ、デートだったか?」
声は意外に変わってない。
懐かしさで泣きたくなった。
オーランド・ガント。
私の元婚約者だ。




