1-3 同僚との付き合いは大事
「おはようございます」
翌朝、ロンの目覚まし係をメグから代わってもらって、にこやかに挨拶する。
記憶が戻る前は、変態かもしれないとか思っていてごめん!ロン。
だってベッドの上に私のドレスを広げて寝るとか、ちょっとおかしいよね?
今朝だって、ドレスに埋もれたロンがベッドの上でぼんやりしていた。目覚めたばかりのロンの銀色の髪は寝癖でぐちゃぐちゃで、どことなく視点も定まっていない。
幼い時のロンそのものに見えて、とても可愛い。
今はそう思うけど、記憶が戻る前は全然そんな風に思えなかった。
本当、ごめん。
彼は私の姿を視界に入れると、驚いたように目を瞬かせた。
「ジャネット?調子はどう?頭が痛かったりしたら、もう一日、」
「大丈夫です。元気いっぱいですから!」
思わず彼の言葉を遮ってそう言ってしまったけど、ロンは気分を害するのではなく軽やかな笑声を上げた。
「君、面白いね」
いや、あなたほどでは。
そう返しそうになったけど言葉を呑み込む。
マリーとしての記憶があるけど、今の私はジャネットだ。なので性格はジャネット寄りだ。マリーならそんなこと思わなかったはず。
「ありがとうございます」
とりあえずお礼を言ったら、ロンはまた笑った。
こんなに笑う子だったっけ。
うん。そうそう、前の小さなロンはよく笑っていた。今のロンがこんな風に笑うところを見るのは初めてかもしれない。
作り笑いじゃない自然な笑顔だ。
「そうだ。君は僕がシャリスが大好物な事をよく知っていたね」
「は、はい。厨房長に教えてもらいました」
これは嘘。マリーの記憶が教えてくれた。
でもバレるわけがない。そんな事いちいち確認するわけないし。
「そうなんだ。なるほどね」
ロンが自然な笑みを引っ込めて、目を細めて微笑む。
何かちょっと胸がドキドキするので、一旦退散だ。お目覚め係の役目は果たしたし。なので後から入ってきたメイドに引き継ぐと一目散に部屋を出ていった。
「ジャネット、どうしちゃったの?」
休憩室で休んでいるとメグがやってきた。
その目は興味津々と輝いている。
そうだよね。昨日まではあれほど嫌がっていたロンの世話を買って出たわけだから。
「うん。ほら、旦那様も大変だなあと思って」
歯切れの悪い私の答え。
「大変?ああ、大旦那様たちのこと?今までも大旦那様たちが旅行に行くことはあったから大丈夫よ」
メグは私の苦しい言い訳を別の意味でとらえたようだった。
お父様とお母様、いや、大旦那様夫妻は今旅行中だ。旅行と言っても遊びではなく、お茶の産地の視察も兼ねている。
ロンは私が馬車にはねられて以来、馬車には乗れないらしい。乗馬は大丈夫らしいけど。産地に行くのに単独馬で行くわけにもいかないから、お父、大旦那様たちが代わりに視察に行っている。
彼を何度か馬車に乗せようとしたみたいだけど、ひどい時は気絶したりして、ダメだったらしい。これはメグに聞いたことだけど。
「……でもこのままじゃよくないよね?」
「うーん。だけど、難しいんじゃないかな。大旦那様たちもまだ若いし、旅行がてらに出掛けているみたいだから楽しそうよ」
まだ若い……?
お父様もお母様も当時三十四歳だったから、今は五十一歳かあ。若くないよ。全然。
実年齢を知らなかったらそう思うかもしれないけど。
旅行に出かける前の二人の姿を思い出してみても、外見は当時とあまり変わっていない気がする。
先週挨拶した時は記憶が戻っていなかったから、何にも感じなかったけど、今会うと泣いてしまうかもしれない。気をつけよう。
「ジャネット。昨日からちょっと変わった?もしかして旦那様を好きになったとか?」
「じょ、冗談言わないで」
昨日からってそんなに態度に現れている?
っていうか、ロンは弟だから、そんな気持ちになるわけない。大体、その前に雇い主なんだから。
そういえばセリーナ、メイド長が最初の日に言っていたよね。もしそういう気持ちでロンに接することがあれば、首にするって。恐ろしい。
ということは、親しげにすると首になるってことだよね。
気をつけなきゃ。
「ジャネット?」
急にメグの声が心配そうなものに変わった。
「ちょっとからかっただけよ。でも本当に何があったの?」
「うん。別に。ちょっとこのお屋敷に骨を埋めようと思って」
「あれ?急にどうしたの?」
「ほら。メグも言っていたじゃない。旦那様のちょっとおかしいところを除けば完璧な旦那様って。私ももう一度考えたのよ。終身雇用もいいかなあって」
「確かに私はそう言ったけど。ジャネットはまだ十六歳でしょう?早すぎるわよ」
メグは十九才。私より三つだけ年上だ。
数ヶ月後に結婚して辞めることになっている。
ロンのことは崇拝しているけど、結婚して子供を持つのが夢だから、きっぱり辞めるらしい。
「私がベンとちゃんと付き合い始めたのは去年なのよ。それまで結婚とか意識してなくて、このお屋敷でずっとお世話になろうと思っていた。だけどね。結婚の申し込みをされたら、気持ちがかわったの。だから、ジャネットだってわからないわよ。まだ十六歳なんだから」
確かに。私はまだ十六歳。マリーが成れなかった十六歳。これから色々あるかもしれない。だけど、まずはあのロンのおかしなところを直してあげなきゃ。
メイド長に疑われないように、変な勘違いをさせないようにロンに接近して……。
かなり難易度が高いかもしれない。
だいたい方法もまだ見つかってないのに。
「そうだ。今度のお休み。ベンの友達と会ってみない?ベンの同僚なんだけど、かなりいい人よ」
「遠慮しとく」
「え〜。会うだけだから。本当いい人だから」
結局メグに押し切られて、三日後にその人に会うことになってしまった。あ、でもメグもその彼氏のベンも一緒だけど。
そんなことしてる場合じゃないんだけどなあ。




