3-9 前世で弟だった旦那様は超シスコンだったけど、多分矯正できたはず。
「ジャネット姉ちゃん、これ教えて!」
「うん。ちょっと待っててね」
途中で掃除をやめるわけにも行かないので、トコトコと歩いてきたユッカにそう言って待ってもらう。だけどやりかけの窓拭きが終わって、ユッカがいた場所に目を向けると既に彼の姿はなかった。
待ちきれないよね。悪い事しちゃった気もするけど、中途半端にも出来ないし。
後で様子を見に行こう。
父の葬儀が終わって、あの誘拐事件から三ヶ月経った。
市長であったオリバーは死罪、シャーロット様の罪は十七年前のことだけなのだが、自ら望んで修道院へ入られた。
次にサンバリンの市長になったのはシャーロット様の従兄弟で、王都からわざわざ移って来られた。オリバーの市長時代の膿は、シャーロット様の協力で完全に出し切り、残っている役人たちは信頼できるものばかりのようだ。おかげで街に混乱が起きることはなかった。
今は私はケンバルに戻り、家を売って孤児院で再びお世話になっている。
ガント家のメイドの仕事の後任が決まってから、私はガント家を退職した。何故かキャリーさんが物凄い残念そうで驚いた。旦那様でオーランドの義理の弟ジャック様はあっさりしたものだったのに、奥様のメリー様には引き止められた。けどオーランドが中に入ってくれて、辞める事が出来た。
「まあ、自由に色々考えた方がいい。何かあれば頼ってくれよな」
「ありがとう」
礼を言うと、おじさんぽくない大昔に帰ったような爽やかな笑顔を見せられ、泣きそうになった。
当時によくやられたように、オーランドはかき混ぜるように私の頭を撫でる。おかげで私の髪は鳥の巣のようになってしまった。
「オーランド、ちょっとやめてよね!」
「ははは。悪い、悪い」
悪いなんて全然思っていない。
髪がぐちゃぐちゃになって怒ってるはずなのに私は何故か泣きそうだ。
「じゃあな。マリー」
「うん。オーランド」
恐らく初めてだろう。オーランドは目を細めて私の前世の名を呼ぶ。
気がつくと私はマリー・ハレットとして彼に返事を返していた。
オーランドはくるりと背を向けると、手だけをヒラヒラ振って行ってしまった。
「それではジャネット。元気で頑張りなさい」
ガント家の玄関で執事のサイモンさんに見送られて、屋敷を後にした。ハレット家には前日挨拶に行っていて、大旦那様と大奥様に引き止められた。誘拐事件があった後、ロンに頼まれてお二人と会った。ぎゅっと抱きしめられて、泣かれてしまった。私の中のマリーもつられて、ちょっと大変な事になった。二人に抱きしめられて、嬉しかった。
本当に二人は私をマリーだと思ってくれてたんだ。
それがわかって、私は泣いてしまったのだと思う。
メグとはまた会う約束をした。彼女の結婚式に呼んでくれるらしい。考えてみればメグとはたった数ヶ月の付き合い。なのにずっと前から友達みたいに思える。
ハレット家の使用人、執事のカーネル、メイド長のセリーナ、厨房長のメイソン。みんなにもしっかり別れの挨拶をした。
私はマリー・ハレットだった。だけど今はジャネットだ。
「ジャネット」
ガント家の門から数歩歩いたところで呼び止められる。塀に寄り掛かかるようにロンが立っていた。
「ケンバルまで送るよ」
住んでいた街、ケンバルに戻り働く事を告げるとロンは驚いた。でも反対はされなかった。正直軟禁された事もあったので反発を予想していたので、肩透かしにあった気分だった。で、準備を整えこの日を迎えたのだけど、ロンに待ち伏せされるとは思わなかった。乗合馬車に乗って帰る予定だったのに。
「馬車を用意したんだ。ケンバルまで送らせて」
「そんな……、困ります」
「両親から、最後に親らしい事をしたいって言われてるんだ」
そう言われたら断れない。
しかたないので好意に甘える事にする。
「ロン、馬車に乗れるの?」
用意された馬車に乗り込むと、ロンも当然のように乗ってきた。
「乗り越えたんだ」
そう微笑んだ彼の表情は眩しくて、私は目を逸らしてしまう。
マリーの死を乗り越えた。
それは私が望んだこと。
そして彼のためになること。
それなのに少し寂しい気がするのは私の我儘だ。
私はジャネット・ソウ。マリー・ハレットは死んだ存在で過去の人だ。
ロンはケンバルまで私を送ってくれて、院長様にも挨拶、父と母のお墓にも花を添えてくれて、帰っていった。
彼の馬車が去るのを馬鹿みたいにずっと見ていて、なんだか自分が嫌になる。
私が決めたことだ。
ロンは私にプロポーズまがいのこと伝えてきたが、断った。
私はジャネットだ。ロンがマリーの死を乗り越えたことは嬉しいことだ。でも姉であった私が彼の隣にずっといるのはおかしい。
彼にはマリーの影のない、優しい女性と付き合って、仲良く暮らして欲しい。
そう思いながら胸がシクシク傷んで、自嘲する。
嘘ばっかり。
けど、私はそれを「本当」にする。
☆
「ジャネット」
「ロン」
子供たちと庭で遊んでいたら彼が現れた。
「おお、ロン兄ちゃんだ。お菓子?お菓子?」
わらわらと子供たちはロンに群がる。
ロンは一ヶ月に一度、こうしてお菓子をたくさんもって孤児院に来る。おかげで子供たちは彼が来るのを楽しみにしていた。だから、私も笑顔で歓迎する。
心の痛みに蓋をして。
「ジャネット。これはあなたに」
「あ、ありがとうございます」
院長様が気をきかせてくれたのか、子供たちは建物に戻ってお菓子を堪能中だ。なので私たちは庭に二人っきりになった。
彼から渡されたのは、花束で戸惑いながらもお礼を言う。
こうして彼は孤児院に来ると私に花束を渡してくれる。いただいた花束はしばらく飾った後、乾燥させてポプリにしている。
「ロン。孤児院訪問のことはとても嬉しいです。子供たちもあなたが来るのを楽しみにしてます。けれども、こうして私に花を贈るのはやめてくださいませんか?」
「嫌だ。僕は君に花を送りたい。それだけだ。迷惑にはならないだろう?」
「そうですけど」
「それに君の話し方。僕はもう雇用主でもないし、爵位だけで考えれば君は男爵の位をもつ貴族だ。平民の僕に敬語なんておかしいだろう?」
「爵位は返上しました。今の私は平民です」
「それでも、そんな壁を作るのはやめて欲しい」
「壁?」
「うん。君は僕との間に壁を作っている。どうして?」
そんなの。
ロンに詰め寄られて言葉が出ない。
「君は怖いんだ。僕に対する気持ちに向き合うのが」
「な、何を言っているの?壁なんてないし、私は怖がってなんかない。ただ私はマリーと私を分けたいの。私はもうマリーではなく、あなたの姉ではないから」
「君は僕の姉だった。でも僕はジャネットという君が好きだ。どうして受け入れてくれない?」
「受け入れられるわけないじゃない。あなたは弟で、」
「前世に囚われているのは君だ。僕は姉の死を乗り越えた。君という存在のおかげで。君が姉で嬉しかった。姉上だから、君に執着したのだと僕は思っていた。でも君がガント家に行ってから、僕は自分の本当の気持ちに気がついた。もう僕は隠さないし、自分を誤魔化さない」
水色の瞳、かつての私、マリーと同じ色の瞳。
それが真っ直ぐに私を見つめている。
「駄目よ。あなたは私のことをそんな風に思ってはいけない。マリーとは関係ない人と」
「どうでもいいだろう。姉上のことは関係ない。僕は、姉上ではなく、君に、ジャネット・ソウに側にいてほしいんだ」
嬉しい。
一緒にいたい。
そんな気持ちが溢れてきたけど、私はそれに必死に蓋をした。
彼は、マリーと関係ない人を幸せにならないと。
「いいよ。急がないから。さあ、お菓子を食べに行こう。僕の大好きなシャリスがなくなっているかもしれない」
ロンはそう言うと、歩き出す。
彼はそれからも毎月やってきて、結局二年後私が十八歳、ロンが三十一歳のときは私たちは結婚した。
ロンが私のことを姉上と呼びかけることは二度となかった。
だから、私は彼の極度の姉好きを矯正できたと思っている。
(おしまい)
最後まで読んでいただきありがとうございました!




