3-8 結末
ここは?
目を覚ましても周りは暗い。ジメジメしていてカビた匂いがする。すぐ側に温かい体温を感じて見上げると、それはロンだった。
それだけで、どこにいるかわからないのになぜか安心してしまう。
「ジャネット。痛い所はない?」
「ないけど、ロン!」
薄暗さに目が慣れてきて、ロンの頬が少し腫れている事に気がついた。
触れようとしても手は後ろが括られ自由がきかなかった。
「心配しなくても大丈夫」
ロンは首を振って私を安心させようとしてか微笑む。
「ジャネットが元気そうでよかった。僕は頬が腫れただけだよ。もっと抵抗したら、危なかったかもしれないけど。さて、これからが問題だ。多分間に合うと思うけど」
「ロン。さっきから何か知ってるみたいだけど、なんなの?」
「僕はわざと捕まるようにしたんだ。君を巻き込んでしまってごめん。でも一緒に攫われたほうが安全だと思ったから。きっと助けはすぐにくる。護衛がきっとオーランドには知らせたはずだから」
「どうしてわざと捕まったの?捕まらないために護衛を雇ったんでしょう?」
「うん。そうだけど。その場で殺さない。生きたまま捉えるのが先だとわかって、わざと捕まることにしたんだ。証拠を揃えるのは時間がかかる。けれども、こうして僕たちが捕まっているところに踏み込んでもらったら、現行犯で捕らえることができるだろう?だから、この手を選んだ。証拠はうまいこと隠してあって、なかなか難しいんだ」
「そう。だけど、大丈夫なの?」
「君のことは守る。絶対に」
「ロン。無茶なことはやめてよ。お願い」
手足を縛られたままだけど、顔だけは自由に動かせる。
ロンに懇願したところで、数人の足音が聞こえてきた。
「おや。ロン殿。頬が痛そうだなあ」
そんな声とともに、三人の男が現れる。
口を開いたのは中心に立つ男で、身なりがよく、ロンの顔を舐めるように見ていた。
気持ち悪い。
市長に会う機会などない。けれども、絵姿は見かけたことがあった。高級そうな服に身を包んだ気持ち悪い男は市長ーオリバーに違いなかった。
まさか、黒幕がこんなに簡単に姿を見せるなんて思わなかった。
私たちが逃げられるとは思っていないんだろう。
「これは市長さん。ご丁寧な歓迎ありがとうございます。わざわざ御自らがお越しいただき、驚いてしまいました」
「何。面白い余興が大好きだからな。見物させてもらおうとおもって。参加するのも面白そうだしな」
オリバーはロンに対してニタニタ気持ち悪い笑みで返す。
こんな奴が市長だなんて信じらない。
「さて、どこまで知っているか。吐いてもらおうか。まずは、そうだな。その女から。前世の記憶があるとか、嘘つきもいいところだ。そんなことあり得ない」
「ジャネットに触るな。やりたいなら、僕からだ」
ロンは縛られたままなのに、体を動かして私を庇おうとした。
「ふうん。姉思い。いや、違うな。前世など存在しない。その女はハレット家の当主夫人になりたいがあまり、マリー・ハレットのフリをしたんだろう。マリー・ハレットのフリとは、その平凡な顔でよくやるな」
「フリなんてしてない。当主夫人にも興味はない。それよりも、なんで悪戯を唆したの?あなたが唆さなければ何も起きなかったのに!」
「俺は事件を起こしたかったんだよ。おかげでシャーロットは人殺しの罪を勝手に背負った。俺は何もしていない。悪戯をしたのはシャーロットだ。そしてそれを知っているのは俺だ。彼女を脅して婿になり、市長に成り上がるのは簡単だった」
オリバーは高らかに笑う。
側にいる二人の男は止める様子もなく、ただ黙って控えてる。
「簡単ね。本当に私は愚かだったわ」
突然女性の声が降ってきた。
カツカツという靴音が聞こえ、声の主が姿を現す。
年頃は二十代後半。金色の髪を結い上げ、緑色の目をした美しい女性だった。
面影に見覚えがある。
「シャーロット?お前は!」
シャーロット?だから面影があったんだ。お茶会に呼ばれて、ロンと一緒に参加したことがあった。可愛い女の子。マリーと同じように少し勝ち気な子だったけど、ヤケにプライドが高かったような……。
成長した彼女はしっとりとした美人で、傲慢なところなんてない。だけど、かなり痩せ気味だ。あの時のような目の輝きはなく、少し澱んだ緑色の瞳をしている。
「オリバー。私と一緒に捕まりましょう」
「なっ!」
オリバーがシャーロットに掴みかかろうと踏み出したところ、背後から数人の兵士が現れ、彼女を守る。
そのうちの一人は私が知っている人ーーオーランドだった。
「オリバー。ロン・ハレット及びジャネット・ソウ誘拐の罪で逮捕する。他にも余罪があるので覚悟しろ」
「何を!俺は市長だぞ。騎士団はどうしているんだ!」
「騎士はあなたに従いません。シャーロット・カリエットの名で、警備兵団の邪魔をしないように命じています」
「なんだと。お前にそんな権限が!」
「あなたはもう私の夫ではありません。なので市長ではありえないのです」
「な、なんだと!」
騒ぎ立てようとするオリバーを警備兵団の隊員たちが抑える。彼の側に控えていた二人も逃げようとしたが無理な相談で、オリバーとともに囚われていた。
「間に合ってよかったです。本当に申し訳ありません。私の罪です。何もかも」
オリバーが去り、シャーロット、オーランドそして私とロンがその場に残された。彼女は私たちの前に膝をつくと、許しを乞うように頭を下げる。
シャーロット。
あんな勝ち気な子が、こんな風に。
十七年前、彼女はオリバーに唆されて、何気なしに鏡を使って馬に悪戯をした。少し驚かせるだけとかオリバーが上手いこと伝えたのだろう。
けれども起きたのは惨劇。
マリー・ハレットは死んでしまった。
彼女の謝罪に私は何を言っていいか、わからなかった。ロンも同様でただ無言で彼女を見ている。
「シャーロット様。まだやるべきことがあります。騎士団にも指示を出してください」
長い沈黙の後、オーランドが彼女を上に連れていった。
二人が去り、私は思わず溜息をつく。
「……ジャネット。いえ。姉上。あなたを姉上と呼ぶのはこれで最後にします。なので聞かせてください。あなたは彼女を、シャーロットをどうしたいですか?」
「どうもこうも。彼女がしたことは許されないことだわ。でも彼女は私を殺しかったわけじゃない。しかもこの十七年間、罪に苦しんでいたんじゃないかしら。もう償いは十分だと私は思っている」
「そうですか。あなたならそう言うと思いました。だけど、僕は彼女を許せない。殺意がなかったとはいえ、彼女がしたことで、あなたは死んだ。僕の心はきっとあの時一度死んだ。彼女は姉上と僕の心を殺したんだ」
ロンの思いはわかる。
怒りも悲しみも。
だけど、私は違う。
私はマリー・ハレット自身ではない。生まれ変わったジャネット・ソウだ。
「でも、僕はあなた、君と出会い生まれ変わった。君が僕の心を蘇らせてくれたんだ。君が望まなければ、シャーロットに極刑は求めない。王族の端くれでもある彼女に極刑は無理だと思うし」
カリエット家は王族にゆかりがある貴族の一族で、このサンバリンの市長の座を継承してきた。オリバーのことが片づけば、シャーロットの親類のだれかが市長になるのだろう。
「ジャネット。君ともう一度関係をやり直したい。姉上とではなく、ジャネット・ソウとして」
ロンの水色の瞳に射られるように見つめられる。
だけど、どう答えていいかわからずに黙っていると、待ちかねたオーランドが降りてきた。
ロンは酷く残念そうだったけど、私はほっと胸を撫で下ろした。




