1-10 最後の候補者
「旦那様。ジャネットです。カーネルさんに頼まれて最終候補者の書類を届けにきました」
軽く息を吐いて、呼吸を整えた後、扉を叩く。
「いいよ。入って」
執務室にはロン、ただ一人。
誰かいてくれたらよかったのに〜〜
さっさと書類渡して帰ろう。
「旦那様。こちらです。どうぞ」
彼のところまで歩いて書類を差し出すが、受け取らない。
「ジャネットは応募しなかったの?」
「と、とんでもないことです」
代わりに質問されて、答える。
なんかめっちゃ視線が怖い。
久々に間近でみる彼は、なんか昔のロンのような柔らかな雰囲気がなくなっていて刺々しい気がする。疲れているのかな?
「ジャネット・ソウ。十六歳。ケンバル市のソウ男爵の娘。十歳の時から母と共に孤児院で働く。母は三年前に他界し、その後も働いていたが孤児院が火事で全焼して、エドワーズ家のメイドとなる。そして三週間前からハレット家のメイドとして働いている」
なんで、そこまで。
サイモンさんの紹介状には男爵の情報とかなかったはずなのに。
「この書類も候補者の中に入れるから」
ロンはにこりと微笑むと、私が手持ちぶさで持っていた書類を受けとり、机の上に置いていた紙をその一番上に重ねた。
「どうしてですか?私には、マリー様の記憶もないし、そんなわけないのに」
「ジャネット。本当に?」
「ええ」
空色の瞳は何も見逃さないとばかり、私を見つめている。
「僕は僕の直感を信じる。君は姉上の生まれ変わりだ。そんな風に僕を見つめる人は他にはいない」
「どういう?」
自分がどんな顔をしてロンを見つめているか、私にはわからなかった。
「面談は三日後だったね。楽しみだよ」
もう用はすんだとばかり彼は視線を落とす。そして仕事も再開したので、私はそれ以上話しかけることもできず、部屋を出るしかなかった。
☆
「ジャネット。それ、もう諦めるしかないわよ」
その夜、メグに今日あったことを話した。
するとすぐにそう言われた。
「最近の旦那様は落ち着いているみたいだし、バレたとしてもしかたないんじゃない?あなたが思っているほど怖いことにはならないわよ」
「そうかなあ」
二人でいるとロンの視線が鋭過ぎて怖いと思ってしまう。
昔はあんなに可愛い子だったのに。
「そんなにいや?だったら、面談の時にどうにか生まれ変わりじゃないと信じてもらうしかないんじゃない?あなたから聞いた話によると大旦那様たちは生まれ変わりを信じてないみたいだし、そこら辺を攻めれば」
「うん。そうしてみる」
「本当に、いやなのね。どうして?」
「だってロン、めちゃくちゃ怖いし。いや捕まったら籠に入れられて一生出られないかもしれない」
そう、そういう怖さがある。
「……否定はできないわね」
「でしょう?」
メグが否定しないので、ますます怖くなってしまった。
けれども、このまま嘘を吐き続ければ、ロンを傷つけてしまう。なぜか知らないけど、彼は私がマリーだと確信してるみたいだし。それならお父様たちにも気づいてほしいのだけど、そんな様子はない。
なんでだろう。
「とりあえず面談は避けられないんだし、出るとこ勝負でやるしかないわね」
「そんな投げやりで」
「だって、私はあなたじゃないし、助言なんてできないわよ」
確かにそうだけど。
メグの言う通りだ。
私もメグの立場だったら何といっていいかわからない。
お父様たちは生まれ変わりを信じていないみたいだし、目的は結婚相手を探すこと。
カーネルさんと一緒に有望な結婚相手を絞ったので、その人たちに頑張ってもらうしかないな。
☆
三日後はあっという間にやってきた。
その間ロンとは直接会っていない。
もちろんお父様たちともだ。
候補者は一箇所に集められる。
待合室には、私と他の候補者五人。貴族が二人、残り三人は商人の娘で、みなさんおめかしてしている。私はメイド服をそのまま着ていて、かなり浮いている。
だってねぇ。一応仕事の一貫と思っているから。
他の五人も私が候補者だと思っていないらしく、完全に無視だ。いや、無視はされていない。メイドの仕事を押し付けられている。
「ジャネット。あなたは候補者の一人なのよ。これは私が運ぶわ。面白そうだし」
「メグ。その面白そうって。メイドって思われていたほうが楽だから、私が運ぶから」
「そう?」
露骨に残念と顔に出したけど、メグは茶器を私に譲ってくれた。
そうして五人の面談が終わるまで、私が候補者の一人であることに気づかれることはなかった。
っていうか、なりたくてなったわけでもないので、全然忘れてもらってもいいのだけど。
面談が終わると候補者は部屋に戻ることなく、玄関に直接案内される。
そうして一人、また一人と消えていき、私が最後の一人になった。
「ジャネット。あなたが最後ですよ。やっぱり応募したのですね」
執事のカーネルはそれまで他の候補者に声をかけることがあっても私に話しかけることはなかった。恐らくメイドの振りをしていたほうが都合がいいという考えを理解してくれたのだと思う。
本当に助かった。
候補者たちの猫の縄張り争いのようなものに付き合わされることがなく、この時を迎えることができた。
「カーネルさん。色々ありまして。だけど、私は絶対にマリー様の生まれ変わりじゃないので大丈夫だと思います」
「大丈夫?」
あ、間違った。
「ご安心ください」
あれ?これも違う。
「面白いですね。あなたは」
ロンと同じようなことを言われて、複雑な心境だ。
面白いって何?
「さあ、話はこの辺にしましょう。大旦那様と大奥様、旦那様がお待ちですよ」
カーネルに言われて、ごくりと唾を飲み込んでしまった。
ロンに会うのも怖いけど、お父様たちに会うのも不安だ。
直接話したのはこの屋敷にきた初日だけ。
それからまったく話したことがない。
しかも初日なんて、記憶がまったく戻ってないから、普通の挨拶しかしてない。
あ、それが普通か。
私はあくまでもジャネット。マリーの生まれ変わりではない。
それを主張するつもりなのだから。
ロンには悪いけど、私はジャネットとして生きたい。
そうなると、ロンは。
だけど最近ロンはおかしな行動はしてないみたいだし、今回の応募でよい結婚相手が見つかればきっと大丈夫なはず。
カーネルに案内され、私は大広間に通される。
広い部屋の中心の長テーブルに三人は座っていた。
奥がロン、その両隣がお父様とお母様だ。