立ち直る強さを知る物語
登場人物
大山美穂
僕とのトラブルで自殺した15歳の高校生の女の子
松田萌笑
全盲の盲学校に通う女の子、美穂と中学は同じだった
前田心輪
僕と隣のクラスにいる美穂と同級生の女の子
王様
僕の名前である
僕は机の前に仁王立ちしてる謎の男をぼんやりと眺める。
明らかに男からは僕に対して殺気がありまるで仇のようにこちらを凝視していた。
男は「おい」とこちらにドスの効かせて声を荒らげる。近い声は遠く感じ僕に言っているとは思えないほどに僕の心は疲弊していた。
男はそのままでは埒が明かないと思ったのか僕の胸倉を掴み無理やり教室の外までだした。訳が分からないまま僕は廊下に立たされて壁に押し付けられた。
男は知らない顔で同じクラスの子ではないのだけ分かった。
やがて向こうから僕に「お前が王様か?」と問いかけてきたので素直に「王だけどなんで手荒なことされているの」と聞き返すと顔を思い切り殴られた。
殴られた反動で僕は廊下に横向きで倒れる。
顔がじんじん痛み口から赤い液体が流れてた。
僕はまずなんで殴られたのか意味が分からずにそこから考える。しかし身も見知らぬ男からいきなり殴られるほど横暴な態度を僕はとった覚えがなくまるで検討がつかなかった。
しかし相手から怒ってる理由がすぐに出てきて把握できる状態になる。
「お前のせいで大山が自殺したんだろ、どうしてくれるんだ!」。
怒っている理由としては理由なのだろうがどうしてそれが僕を殴ることに直結するのかの疑問が今度は残った。
僕は美穂が自殺したのが継助と同じように自分に非があるとは思いたくなかった。継助の時から反省して相手を思いやったつもりが自分のエゴで結果的には同じ過ちをしてると思いたくなかった。
ただ僕は思いたくなかったが認めざるを得ない状態だったので黙って受け止めた。これは僕の責任だ。
あれこれ考えているがその間も彼の怒りは収まらないのか「なにか言ってみろや、くそやろーが」などと体を揺さぶられる。
廊下では目立っていてみんなが遠巻きになんだなんだと見ていて助けてくれる人はいそうにない、まぁこんだけがたいがよい屈強な男を前に止めにくいのもあるのだろう。
彼は興奮していてまるで銀行強盗をしたのち追い詰められて人質でも取ってる犯人のように必死だ。一歩間違えれば本当に死人がでる勢いである。
僕は相手の気持ちを宥めるために「ごめんなさい」と何度も謝罪を繰り返す。僕にできるのはそれしかない。
クラスから一人もこの事態を収束させる人が散見できなかった。僕は自分で解決するべく何故、殴っているのか、どうすれば怒りが収束するのか訊いたがそれが余計に彼の逆鱗に触れてしまいますます彼は興奮した。
「大山の彼氏として何で泣かせてんだ、なんで幸せにしてやることできなかった!」。
彼からの一言で僕は彼がなんで僕を殴っているかようやく気が付き誤解をしているのと若干いわれのないことを言われていることを解こうとする。そもそも僕は確かに美穂とデートはしたがお互いに告白はしてなく付き合ってお互いに心地よかったら告白する予定だったので順序が違うのだ。
「大山さんとは彼氏と彼女の関係ではなかった、君は何か僕と大山さんに対して誤解してる部分がある
」。
この一言がますます反感を買ってしまい人って真剣に怒るとこんなにも鬼の形相が出来るものなのかと感想がでるくらいには怖かった。恐怖を感じた。
そしておそらく彼は美穂のことが好きだったのだろう、彼氏としての言い方に自分も恋心があったのが見え隠れしてる。
真相はなんとなく理解はしてる。では一体、彼をどうすれば納得してもらえるかなんて今の僕にはこれっぽっちも見当がつかず目が泳いでしまう。
美穂は確かに魅力あふれる女の子だったしそりゃそうかとは思うが内心は凄く押しつぶされそうだった。継助の件といい美穂の件といい、どうしてそんなにも命を粗末にできるのか、どうして僕がこんな目にあっているのか、美穂と継助の気持ちを踏みにじった報いなのか…?と改めて二人に天に向かい心で謝る。
僕は「美穂の自殺は自分の責任だからごめん」とその点は繰り返し謝る。
もっとも彼に謝ったところで美穂は帰ってこないしこないし彼の怒りも収まらない。
彼の一方的な暴力をそのまま浴び続けていた僕は意識を保つ為に歯を食いしばる。やがて朦朧としてたが僕は彼に何かの暴言や質問責めを受ける。
たった時間に換算すると3分もかかってないであろうが果てしなく途方のない時間にさえ僕は思った。終わらない地獄にも思えたこの時間は唐突に終わりを告げた。
彼の再び振りかざした腕を一人の女の子が掴み止めていた。何事かと僕は思い腕の主の方に視線を向ける。こんな屈強な男のパンチを止められるとかただものではない。
顔を見るとすました顔で腕を掴みもう殴るのはやめろと言わんばかりに下方向へ抑えつけた前田さんがそこにはいた。
あの前田さんがここに立って誰一人として止めようとしなかった喧嘩?一方的にやられていたのでこの場合は違うとは思うが他の適切な言葉を思いつかず喧嘩とよぶことにする、を一人で止めていたので肺腑を抉られた。何故という感情で埋め尽くされ言葉がでないがまるで僕なんて見えてないかのように前田さんは口を開く。
「あのさ、今井の言動さっきから反吐がでそうだしうざいしきっしょいんだけど」。
相変わらずの言い方だが今回ばかりはありがたかった。このままでは先生がくるホームルームまでこの拷問ともいえる暴力を受け続けるところだった。
さっきから僕に殺気を向けていた人物はどうやら今井という名前らしい。
今井さんは放せと言わんばかりに力を入れて手の拘束を外そうとするが相当に前田さんの力が強いのだろう、ねじ伏せられていた。いやねじ伏せるほど力をかけている風には思えないがなんと振りほどけないでいた。
やがて力では勝てないとふんだのか言葉で相手を威嚇するようになった。
「邪魔するな」とか「お前に何が関係ある」などで威嚇してる。
前田さんは冷静にかつ冷酷な眼差しで粛々と「今井のことが気に食わんから邪魔する、正当な理由あるなら暴力振るってもいいんか?おい?」と告げる。
「俺にはこいつを殴らないといけない理由がある!邪魔するな!」。
「ふーん、なら私も殴らんとあかん理由があるから今井のこと殴るわ」。
「お前と俺じゃわけが違うんだよ!!言い訳するな」。
「は?じゃあなんなん?その理由って?言うてみろや、おん?」。
「こいつは人を傷つけた人殺しだから殴らないといけないんだよ!」。
「今井さ、なんとなく大山のことに好意寄せてたんは見え見えだから言うけどあんたダセーよ」。
この一言で彼は狂った猛牛の如く体の全身を使い暴れまわろうとするが察した前田さんは腕を後ろに持って足をかけたかと思うとうつ伏せに今井さんを倒してそのまま腕を拘束する。
固め技できっちり抑えられた今井さんはそれでも吠え続けた。
「人を傷つけた人を殴っていいなら今井の言っている理論は私にも通じるよな?何が邪魔するな?ムカつくこと言ってんじゃねーぞ」。
「しかも今井はお門違いなこと言ってんしな、そもそもお前自身も大山のこと幸せにできてねーじゃん、傷ついた女1人守れないでよく吠えられるな」。
「俺はこいつが彼氏だから大山のことを思って身を引いてやったんだぞ、なのにこいつは」。
「黙れや、何が思ってだ?本当に思っているなら大山のことをしっかり今井がフォローすればええだけ、傷ついた大山のことなんも気が付かんかった分際であんたはこいつにとやかく言う筋合いねーよ、本当に思ってるならお前自身が幸せにしろ、言い訳して他人にあたってんじゃねーぞ」。
僕はことの顛末をただ黙ってみていた。
何が起こっているのか分からないがホームルームにチャイムがなり先生が教室に来ようとするのが遠目に確認できる。
先生は遠目からすぐに異常を察知して駆け寄ってくる。先生によって職員室に今井さんが連行されてようやくことが収束する。
僕は前田さんにお礼を言った。
前田さんは聞こえないと言わんばかりに僕に忠告してくる。
「見てて腹立つわ、大山が自殺してんのまさか自分の責任とか思ってんか?自惚れんなよ、王の言動ごときで自殺するほどやわじゃねーし自殺するのはそいつの問題だろーが、責任感じてるのきしょいし止めろ」。
前田さんの目を見つめる、僕はその瞳からなんとなく理解したがきっと前田さんも過去に冤罪か何かで人から批難されたことがあるのだろう、おそらく今の僕みたいに周りに助けてくれる人はいなかった。
聞いたわけではないがはじめて前田さんの瞳を見た時からどことなくシンパシーを感じていて今日のこの出来事で僕は確信に変えた。僕が野球部で感じた、体験した時と同じ瞳をしてる。
僕は継助の時にキャプテンがうまく纏めてくれたもののキャプテン自体からも僕に責任はあるとは思うけど過ぎてしまったことは仕方ないといった感じでまとめてたので少なくとも味方らしい味方は誰一人としていなかったと思う。前田さんもそんなことを経験したことがあるのは僕の第六感が告げていた。
「前田さん、過去に辛い思いをしたことあるよね、誰からも味方されずに一人で孤立したことない?」。
継助で失敗し美穂でも失敗した僕は人との距離の取り方が完全に分からなくなり思ったことをそのまま形にしていた。
正直に言うともうどうでもよかったのかもしれない。ただ前田さんを放っておけなかった気持ちがあったかもしれない、何一つとして自分の気持ちが分からない、いや自分の気持ちを整理することが怖くて自分自身から逃げていたかもしれない。
とにかく僕は前田さんに質問していた。
前田さんは目を大きく瞠り明らかに動揺していたがいつも通り、言葉では自分の気持ちをさらけだすことはせずに悪態をついてくる。
日常で、ネットで、ありとあらゆる場面で人の悪意に触れてきたからこそ分かるが前田さんはその手の悪意とは違う悪意を感じる。
僕と前田さんはしばらく無言で見つめあうと学校を月に2回程度の頻度で遅刻するすば流が今日がその日みたいで遅刻してくる。僕たちの異変にきがついたすば流は「え?え?」と僕たちを交互に見比べて戸惑っている。
すば流は僕が怪我していて前田さんが僕の隣にいるから「何かあったんか?」と言うが僕は「前田さんとは何もないよ」と前田さんにやられたわけではないことをきちんと説明する。
そう言われたので分かったと返事をしたすば流は美穂のことはあれから聞くことは避けているのは分かるし正直、僕はその方がありがたかった。今は美穂のことについてあまり考えてない、いや考えることを放棄していた。答えが見えてこないことに答えを探している気がした。すば流がいるがシンパシーを前田さんに感じた僕は前田さんなら僕の求めている物を持っている、知っている気がして興味はそちらに引かれていた。
僕は静かに疑問を投げかける、前田さんに問いかける。魂の叫びだ。
「僕はどうすればよかったの?」。
「…私は大山じゃないから答えは知らないけど、あんたが大切な人なら自殺しないはずやん?それっぽっちの存在になったってことやん?なら間違えたと思うところを片っ端から訂正していくしかない、あんたが本気で自分に責任あると思ってんならな」。
「前も同じようなことがあって失敗して反省して美穂には接してた、どうすれば二つとも解決できたの?」。
「…アウフヘーベンって言葉を知っているか?好きな言葉の一つ、自分なりのジンテーゼを出していけ」。
「…ありがとう、前田さん、意味は分からないけど意味のあることを言っているのは分かるよ」。
「簡単に言うなら二つの事柄を超越して一つの事柄に昇華することだよ、テーゼの言葉ぐらい日本に住んでいるなら聞いたことあるだろ」。
「なるほど、美穂と美穂じゃない方の事柄を一つに纏めて答えをだすってことか」。
「はぁ、なんで私こんなマジになって答えてあげてんだろ」。
前田さんは自身の前髪をくしゃくしゃにしてめんどくさそうな顔をしている。
黙りこんでしばらくたったのちに授業始まるからと自分の教室に戻ってしまう。
戻っていこうとする前田さんの背中を前にすば流は「ありがとうな、前田」と感謝の言葉を送るが「フン」と鼻であしらわれまるで相手にされてないようだ。
ゆっくりと僕の疑問に答えて丁寧に道しるべを示してくれた前田さんの姿が見えなくなるまで見続けていた。
たまたま前田さんが止めてきてくれて、たまたま僕の質問に答えてくれて幾分かは気持ちが楽になった。
僕は前田さんがくれたヒントを反芻する、矛盾、対立するものに答えをだすなら矛盾がでないように折り合いをつけないといけない当たり前の事実にたどり着く。
どんなに辛くても僕はやはり考え続けて美穂と継助の双方が助かったであろう選択肢にたどり着く。
これがこれこそが僕に与えられた天命、僕にしかできないことなのだろうと悟る。
すば流は壁に寄りかかって座ったままの僕に手を伸ばしてくれて「立てそうか?」と言ってくれる。
手を握り力を借りて立ち上がる。
保健室に行くかどうか聞かれて行かないことにした。幸いにも傷は浅く赤い液体はすっかり止まっている。健康体に生まれてこういうところはよかったと思う。教室に入ると僕は何色で表現すればいいか分からない白色のような黒色のような好奇と冷たいが混じりあった視線を浴びる。
僕はこの場から逃げ出してしまいたかったがすば流に手を引かれ自分の席まで歩くことになる。
席についてしばらく時間を過ごすと先生が今井さんへの対応が終わったのか教室に入ってくる。
前田さんが止まるまで何事もないかのように日常を演じていた教室は果たしてドラマツルギーのような役者を演じているのか、それとも傍観者効果みたいな誰かが助けるだろうという心理が働いたのか考える。いずれにせよ、僕はこのクラスの中でその程度の存在と思い知り前田さんが過去に言ってた同じ箱に詰められただけの他人という言葉を改めて否定できないなと実感した。
黒板の前の先生が使用するようの机に出席簿を置きいつも通り出席確認をする。
出席のついでにお昼休みに先生に指導室にくるように言われる。おそらくさっきの件と無断欠席したぶんの生活指導なのだろう、容易に想像がつく。
先生からの情報では遺書は見つからなかったとのことだがイジメがあったかどうかのアンケートはとる方針とのことでいろいろ記入欄がある質問用紙を書かされる。
僕は先生に直前に僕が美穂を怒らせた事実を知られたくなかったしイジメについての質問だったので嘘をつかない範囲で用紙に記入する。
僕は授業を受けている中でこれから僕がやるべきことと解決する問題についての答えを作るための準備をしていた。
お昼になり僕は指導室で説教を受ける、今井さんがどうやって僕が美穂を怒らせたのを知ったのかが気がかりだったが聞けなかったしすば流もよくわかんないと言われた。
しかし先生の言葉で察しがついた。自殺する前日の学校に来た日、つまり僕が母さんの見舞いをしてた日でもある。その日は朝から様子がおかしくどこか右目はキラキラ輝いているのに左目が虚ろな目をしてアンバランスな表情になって気持ち悪かったとのことだ。
先生はたまらず美穂に何かあったのかと質問すると僕と約束してたけど約束を破られたと泣きそうな顔で白状したらしい。あまりにも深刻な顔に先生もたじろいでしまうぐらいだったと言う。
それがおそらく一部の生徒に知れ渡ってしまったのだろう、うわさ話というのはいつもこんな感じで広まる。
直接的な原因が考えられる範囲で僕が楽観視してしまった美穂との仲直りの約束を破ったことなのは一連の話しから明白であった。
僕は改めてショックを受けながら学校で一日を過ごす。
放課後、やることがあると人は落ち込むことがあっても切り替えできるように創られているのではないのだろうか?と確信めいた推測する。
委員の仕事で花壇の花に水を僕は与えている、花壇の花は今は紫陽花で階段状に植えられている。土のPHを調整したかいがあってピンク色と青色の紫陽花が交互に咲いている。
自分の環境によって色を変えるのは人間のそれに通ずるものを感じて好感が持てた。ハイドランシアといって紫陽花の品種改良されたものもあるらしい。根詰まりしないように土の様子を入念にチェックし問題ないことを把握する。
夏に向けて向日葵の花を咲かせる予定だったが夏休みの関係で却下されてしまったのが残念だったが仕方がない。向日葵の花は自宅で咲かせることにする。植物に水をやるといった朝の習慣を無理やり作ることで朝型になれると説明があるがまさにその通りだろう。ペットは命の重みが違うので飼いたくないがペットを飼ってる人は犬のために朝に起きて散歩しに行くように朝起きないとまずいことを日課にするのは朝に起きるための秘訣だ。
まぁ本の受け売りではあるが意外にも植物というのは心でも宿っているように感じる。僕が落ち込んでる時は植物も同様に色に鮮やかさが落ちてるように見える。
左右で瞳孔の大きさが違うが見え方はどっちの目でも同じで気分にだけに左右されていると自覚もしてる。
委員の仕事を終えるといつもとは違う道を使い定期内の路線ではないはじめて使う路線で母親の病院に向かう。
明日が退院の日なので今日が最後の見舞いの日だ。駅に着き母親のいる最寄りの駅を切符売りの上の看板を確認してその分を払う。いつも携帯を使ってその通りに動いているので念入りに覚える。以下に駅や道にかんして僕は携帯に依存してるか気がついた。乗り換えが3回もあるので間違えないように紙に〇〇行きの〇〇駅で降りると丁寧に書く。
切符を買い僕は目的の駅に向かう。相変わらず、次は何駅かを教えてくれる電光掲示板などは見当たらないし駅員のアナウンスは聞き取りにくい。乗り換えはこちらの駅で〜とアナウンスはかろうじて聞こえたのでその度に開いてるドアから外を眺めてホームによくついてる〇〇駅の看板を探す。上にぶら下がっている看板を注意深く確認して乗り換えの駅を乗り過ごさないようにする。
駅を乗り換える際に切符をポケットから出すのを手間取り改札口の前で止まってしまう。後ろからぶつかった男は僕の顔を見るなりチッと舌打ちをして隣の改札に進路変更をする。ポツリと「謝れよ」と聞こえたので僕は咄嗟に謝罪した。こう言うところはなんかしっかりしないと揉める要因になるのは前田さんから色々学んだ。
やっとの思いで目的の駅に着いた後は地図を持って行くべき方向を確認しながら地図を逆さに持つ。有名なコンビニの内の青いコンビニが右で緑が左にあるので地図の持ち方はこれで正しい向きだ。携帯の時は適当に進んでズレたら補正する感じだったが地図だと間違えているのが気づきにくいので入念に確認する。
地図を本の正しい位置で持ち続けて移動するから迷うのであって右に曲がれば地図の左側を自分の体の方に移動させることで地図を現実とリンクさせてれば迷うことはない。
真っ直ぐ歩き続けると公園が見え改めて地図と同じ方に向かっているのが確認とれる。母さんの入院してる病院は薬局が周りにたくさんあり大通りに面しているが基本的に他のものは何もなく静かだ。代わりに病院に大きめのコンビニ、同じ名前なのだが青いメインのコンビニではなく赤茶色をした女性向けのヘルシー食品を扱ったコンビニが内蔵されている。ヘルシーを謳っているので揚げたものは唐揚げぐらいしかなく基本的には自社製造パンがレジの横に並んでいる。
駅から直通のバスがあるがお金の問題もあるし歩くのが街の景色も観れるので歩いて行くのを選んだ。幸いにも20分ぐらい歩けば着くので問題はない。バスなら5分で片道220円。時間を無駄にしないように英語の単語を思い出しながら歩く。
並木道を歩き雑草を確認する、薺がここには確認できて至るところに生えている。
薺といえば七草粥だよなと思い美穂と一緒に伝統というのを経験したかったと不意に思う。
前に作ろうとしたが芹が芹なのか毒芹なのか分からないのが理由で作るのを断念した。
春の七草は菘や薺といい一文字のかっこいい漢字が多く好きだ。
夏の七草は3種類パターンがあるのが何故と思い調べたが定義した人によって変わるみたいだ。
あれこれ考えながら病院前に着いた。病院のフロントに行き見舞いであることを母親が入院してる部屋番号と共に伝えて中に入る。
母親の姿を確認して元気してた?と軽く挨拶する。母親の顔はとても優れていて外観だけなら健康的に見える。
しかし怒っているのは明白で眉間に皺が寄っている。開口一番に僕は学校を休んだことを説教された。
母親にも謝った後に僕は黙って俯いた。介護はあれから母親のお姉さんができる限りしていてその他はヘルパーさんに任せているのは聞いたがまた明日から介護すると思うと倒れるのでは?とも思うが僕の心配をよそに母さんは僕に学校で何かあったか確認してくる。
学校のメールで事件をおそらく知った母親はそれが僕となんとなく関係があるのではないかと疑っているのは目に見える。確かにあんな事件…があったのだ、母親の態度も納得できる。
母親には何も隠し事ができないと悟った僕は原因は僕にも関係がありそうなことを言おうとしたタイミングで母親に対して慌てて病院のスタッフである看護師が駆けつけて話しはじめる。
僕は看護師の言ってることが理解できなかった。
人と言うのは必ず死と言うのが付き物であるが人の死に立ち会うことなど医者でもない限り滅多に無いことだと僕は思ってた。しかし中学で一回、高校でも一回と人の死に立ち会った。これだけでも結構な非日常感があるのだが僕の耳にはまた訃報が入ってきた。
どうしようもない虚脱感と虚無感に襲われる。母親も信じられないと言った具合で放心してる。
父親が今日、電車の脱線事故に巻き込まれて帰らぬ人となった。現実にそんなことがあったとは思えず俄には信じがたかった。
母親は崩れて掛布団で顔を覆ったままだ。僕は何も言えないまま父親が運ばれた病院を看護師さんから伝えられる。少し遠いが電車で行ける距離だ。母さんも明日退院できるほどには回復していて医者に相談したところ許可が貰えたので今日、急遽退院することになった。
母親と急いで父親を迎えに行く、脱線した電車はちょうど僕がいつも使ってる電車で時間も使うぐらいで母親の病院に行ってなければ僕の巻き込まれた可能性があった。
偶々、母親が入院してたために巻き込まれずに済んだと思うと複雑な思いになる。
道中は家族2人黙ったまま静かな時間を過ごした。
父親が搬送された病院に行くと変わり果てた父がそこにはいた、いや電車で圧迫されたせいだろう、原形は父親をもはや保ってなく父親と言われてもいまいち実感が沸かないぐらいには誰か分からなかった。父の遺体をその目に確認した僕は父親の隣に倒れこむ。父親は何かと言えば勉強勉強、優秀な企業に入ってまっとうな人生を送れとうるさかったのは覚えている。お金を持っている人は全てを得ることができそうでない奴は淘汰されるのがこの世の定めであるのが父親の考えだった。僕はそんな父親の考えは一理あるとは思っているがお金で全て得られるのも実際には違うと確信している。
そういう複雑な父親への気持ちを持ちあんまり関係は良好とは言えなかったがこうやって対面してしまうと悲しみの感情があふれ出してくる。
「爸爸!为什么!?突然去世了吗!?」。
父親に向かって言っても仕方がないことを言ってしまう。父親は見るも無残な姿でベッドに寝ている。
寝ている父をただ見て問いかけることしかできなかった。
どうして僕の身近の人は僕から離れてしまったのだろうか、病院の窓から朧雲が太陽を覆いつくしすりガラス状に太陽の光が漏れていた。
病院に着いた時は既に息を引き取っていたらしく処置の仕様がなかったみたいだ。医師のご臨終ですという言葉を人生ではじめて聞いた。本当にそうやって言うんだなと改めて思った。
母親は静かに父さんを見てお勤めお疲れさまでしたと一礼した。
今後、父親がいなくなったことで僕たちの生活は激変するのは目に見えていた。
父親との別れをすました後に色々と手続きを済まし母親と自宅に帰る。
自宅に帰った後はこれからのことで母親はいろんなところに電話をかけている。
僕はパソコンでアルバイト応募のページからアルバイトの応募をする。収入がなくなるので僕がこれからは母親を支えていく必要がある。
夜中になりご飯を食べる。食べる時は黙っているがしばらくたった後に母親に学校の件の続きを自ら話した。うやむやにするべきではないと思った。
一連の美穂との出来事を僕は母親に話した。話し終わった後に堪えきれずに咽び泣いた。号泣はしない、これは自業自得でもある。
黙って聞いていた母親は何も言わずに僕を抱きしめた。
抱きしめられて落ち着いた僕は母親に訊いた、なんでこんなに人間関係って辛いの?と。
母親は辛かったんだねと様の責任では絶対ないと断言して守ってくれた。
美穂のことが大切ならお墓参りに行かないとダメねとだけ言ってくれた。
虚無感と喪失感に温かさが包み込んでぬるま湯になった僕の心は明日を見てた。
美穂がいなくなって父さんがいなくなってしばらく経った日だ、父の葬儀はとっくに済ませアルバイトもはじめ前を見始めて進んでいた。母さんも介護を仕事の休日にだけに諦めて仕事をはじめた。
今日は忙しくて後回しにしていた美穂の墓参りの為に美穂の家を訪ねていた。
正直、喧嘩しているあの場面を見られてて気まずかった。でも逃げない、美穂に謝りきれてないこのうちは逃げれない。
僕は美穂の家の前まで着いた。チャイムを鳴らす手が震えるのが分かる。拒絶されたとき僕はどうするべきか分かんなかった。
指を突き出してチャイムを押す。インターフォン越しに女性の声が聞こえる。はーいと声がこの世の終わりでもあるかの如く聞こえてくる。
「王様です」と意を決して自己紹介すると画面越しの女性は帰って下さいとだけいいインターフォンが切れてしまう。やはり拒絶されてしまった僕は仕方ないと諦めようとするがやはり悔しかった。
僕は嗚咽を漏らしながら目を真っ赤にした。頭を真っ白にして扉前の柵のところでうずくまって動けなかった。美穂の気持ちを知ることも別れの言葉ももう二度と言えないんだと思った、小説みたいに美穂の気持ちを知る答えが用意されているなんてそんな甘い展開なんて今の現実の僕にはないんだと気が付かされる。
どうして現実というのはこんなにも残酷なのだろうか、悲嘆に暮れていると僕の目にgaidouコーヒーの缶コーヒーを持った手が映る。
驚いた僕は手の主の方へ目を向けた。そこにはいつもと違い目を開いてキラキラ輝いている目をパチパチしてる松田さんの姿があった。
松田さんの瞳は普通の人となんら変わらず光に反射された瞳孔は光沢があり艶がある。
放っておくと吸い込まれそうだ。僕は「どうして」と訊くと「そりゃ、分かるよ」と即答する。
分かるよという言葉に色々な意味が込められているのを悟った。
松田さんは「どう、これgaidouコーヒーでしょ?」と以前に失敗した缶コーヒーをリベンジしにでも来たのか僕に見せつけている。
「gaidouコーヒーだよ」と嘘をつかずに正直に言い凄いともセットで言う。
松田さんは嬉しそうに「じゃあこれあげる」と言い持ってたコーヒーを僕に渡す。場所を覚えてたみたいで今日はお目当てのコーヒーを買うことができたみたいである。自動販売機は定期的に商品の入れ替えがあるから夏にはまた場所は変わるであろうが短時間で覚えたのだろう。
将棋の時といい松田さんの記憶力には驚かされるばかりである。
松田さんからもらったコーヒーを有難く飲み落ち着く。
春なので冷たいコーヒーだったが僕の心にはほんのりと温もりを与えてくれた。
「どうして、僕のことが分かったの」
「心が泣いているのが目に見えなくても分かるよ、今日ここに来るのもなんとなく気配で分かったよ」
僕は松田さんの目を注視する。ハイライトはなく目は光を失っているのは一目瞭然だったがそれでも目は輝いている。
松田さんにお礼をしてまた泣いた。頭の中で色々な映像がフラッシュバックで流れてくる。自分ってなんで生きてんだ、生とはなんだ、死とはなんだ、僕の人生どうなってんだ、いろんなことの思念が僕の心をかき回す。うざったくて払いたいのにまとわりついて離れない。自分で分析するにあたり壊れかけているんだろうか、いっそ壊れ切ってしまってもいいかもしれないと思いながらも壊れたくない相反する気持ちがぶつかり合って苦しい。
僕の右手が突然、温かさで包まれる。松田さんが僕の右手を両手で包んでくれたからだ。もう一度、顔を見る。松田さんも泣いていた。
僕は目が見えなくなると涙もでなくなるものだと思っていたがどうやらそうではないらしく瞬きを増やしながら必死に涙を涙腺にため込んでいるのが確認できた。
しばらく呆然としてたが僕は女の子をまた泣かせた事実に気が付き慌てて松田さんに「ごめん、泣かないで」という。
「私も泣かないから辛い時はそばにいさせて、見てて辛いよ、王君」
「…分かった、辛い時は頼るよ、約束」
「じゃあ指切りげんまんね」
指を交わした僕たちは見つめあっていた。松田さんと連絡先を交換した、また将棋を一緒にしたいと言われ一緒にやることは楽しく感じていたので快く了承した。
重ねて松田さんにお礼を言い気持ちを切り替える。
「私はあそこにいたから分かるよ、辛い思いもいっぱいしたことあるってあの時感じた、無理はしないでほしい」
松田さんがそう言うので僕は曝け出したい気持ちでいっぱいになった。
中学の頃の友人が自殺した件や今回の美穂の件も名前や具体的には言わなかったがそれで悩んでいることを吐き出した。美穂の墓にも行けないし父さんは急にいなくなるし母親の介護も僕一人で支えきれる自信もなかった不安も全部全部吐き出した。
1人で抱え込むには余りにも重すぎた。重すぎた鎖をいま、松田さんにも渡したことで体が軽くなる。
正直、話したところで引かれると思ったが松田さんは黙って話しを聞いてくれた。包んでくれた。
「松田さんは大丈夫なの…こんな他人の内輪揉めの話し聞いて、話した後で思ってごめん、僕はどうすればいいか分からなかった、間違えたところは美穂のことをよく見てなかったからなのは明白だったけど」
「ねぇ、王君は私とお話しするのも辛い?」
「そんなわけない、でも松田さんまで傷つけたら僕は…」
「間違えたっていいじゃない」
「え?」
「大事なのは間違えた後だよ、人によって答えなんて違っているもん、間違えたならちゃんと謝る、謝って謝って謝る」
「美穂はそれで自殺してしまった」
「本当にそれが原因だと美穂から聞いてるの?」
「いや、聞いてはいないけど…」
「なら、それを理由にしちゃ駄目、それに人のよって違うんだから聞けばいいじゃん、王君は私が王君の悩みを一緒に背負いたいのは嫌だったかな」
「嫌じゃない…」
「なら私も一緒に背負うよ、あの日は私もいたのに何もできなかった、王君はそれでいい?」
「うん」
僕は松田さんの一つ一つ確認してくる様子を見て実感した。
やはり人によって柔軟に態度、発言を変える、これこそが見えない答えであり寄り添ってコミュニケーションをとるしかない。
当たり前なんだろうけど当たり前にしてたと思って出来てなかったことを当たり前にできるようにするのが僕の目指すべき道だ。一歩前進しては半歩後進する僕だけど美穂には許してほしかった。
「松田さん、こんな情緒不安定で後退してばかりの僕だけど今度、美穂と思い出のカフェに一緒にきてほしい」
「分かった、一緒に行こう」
松田さんと約束を交わした僕はさよなら、愛してたと美穂へ合掌をする。
夕日が見える頃合いなので僕はアルバイト先の本屋に向かう。僕は永遠に美穂の気持ちは知ることはできない、知らないままでも僕は生きていく、それが僕の歩く道。
僕はアルバイトを済ました。本屋にしたのは本が好きだからだ、小説も語彙を養うし絵でイメージすることで想像力が鍛えられる、そんな気がしたし自己啓発書も生き方を参考にする分には視野も広がるしよかった。
僕は学校に行きアルバイトもしながら日々を過ごす。僕にとっての日常は少しかわりおばあちゃんの介護を母親と一緒にするとも何回かすることになったことだ。
そんな日常を過ごし約束の日になる。
僕は松田さんの家の前まで行く、松田さんに連絡を入れるとすぐに玄関から慣れた手つきでこちらまでやってくる。松田さんはいつもと同じような恰好にバッグを持って現れた。
松田さんは以前に美穂とカフェ巡りはしたことがあるらしい、僕は松田さんは聞けばいいと言ってくれたのでエスコートするべきか聞いた。
エスコートを希望した彼女に自分の肩から手を貸して誘導した。駅の中でも離れないように気をつけた。
電車の中で2人で立っていると若い男性が席を譲ってたので社交辞令とも呼べるようなお礼を松田さんはして席に座った。僕が目的の駅に着いたので扉まで案内すると皆んなすみませんと言いながら避けてくれたのでとてもスムーズに電車を出れた。
僕は電車では基本的に嫌な思いをすることの方が多かったので電車は好きではなかった。しかしこんなにも人の持ってる温もりを松田さんを通して感じ僕は認識を改めることにする。よく性善説や性悪説が昔は議論されていたが僕は性中立説という新しい見方を唱えるべきとも今回の件で感じた。
「いつもこんな感じで席を譲ってもらっているの?」
「あー心優しいからは譲られるね」
「それに関して松田さんってどう思ってるのか、聞いてもいい?」
「…人を頼らないと生きていけないのかなぁって落ち込むことはあったけど席を譲る人は良心からしてるから気持ちは嬉しいよ、むしろ申し訳ない方があるけど」
「僕がしてることって本当は嫌だったりする?…その美穂は嫌だったら言ってほしいを言えずに我慢させて苦しめたからちゃんと聞いておきたいんだ」
「そっか、ありがとう。私は嫌じゃない、むしろこんな大変なことしてもらって感謝しかしてないよ」
松田さんは意図的なのか無意識かは定かではないが会話をする時は目を見開いて真っ直ぐ僕の方を見ていた。こうして話すと目は綺麗だし白杖を持ってなければ普通の人にしか見えない、今は僕の肩を預けているのでバッグの中にあるから余計にだ。
そうこうしてる内に美穂の母親が経営してるカフェに着いた。
店内に入り店員がすぐにいらっしゃいませと声をかけてくれた。店内は相変わらず綺麗に清掃が行き届いている。
店員さんに店長の大山さんのことを尋ねた。
素直に美穂の学校の友達であることをさらしたら店の奥に行き一応、確認をしてはくれた。
大山さんは奥から顔を出してくれた、その表情は実に険しく固い。
立って話すのもなんでしょうと裏の事務所の机と椅子に通された。
コーヒーを用意され長テーブルの手前側に僕と松田さん、奥側に大山さんが向かい合って座る。
重苦しく沈黙が時を包む。
やがて大山さんの方から口が開いた。
「あの日、美穂から辛いって言葉を聞きました。様子もあれから変でした。首を吊…」
言いかけながら涙ぐむ大山さんに対して美穂に謝らせてくださいと頼んだ。
松田さんも一緒に頼んでくれた。
頭をさげて心から望みを言う。ちらりと大山さんの顔を覗くが静かに大山さんは顔を上げると首を横に振った。
お引き取りお願いいたしますと静かに言われる、お客様としては歓迎しますが美穂のことでは二度とお話しすることはないと断言される。僕は何も言えずにそうですかとしか言えなかった。
僕はせめて母親のはと思い美穂を傷つけたことを謝った。美穂と心の距離の取り方を間違えた、それだけ言って僕はお店を後にした。
「ごめんね、私も力になれなくて…」
「松田さんのせいじゃないよ、これは僕の問題」
松田さんは心配そうな視線を送る、この間は開いてた目は閉じているがこれでもかと心配の視線を感じた。僕がこんな温かい視線送られるのは継助や美穂に後ろめたい気持ちがあり後ろを向いた。
「1人で抱え込みすぎるのはよくないよ」
松田さんは僕の背中に体を預け声を震わせていたので驚いた。でも不思議と嫌ではなく体温が僕の冷えた心を温めた。
「過去を見てもいいけど引きずったらだめだよ」
「松田さんにとってコミュニケーションって何だと思う?」
「突然だね、突然のお返しだけど私はオススメのカフェに連れてってほしい、ダメ?」
「え?オススメ出来るほどカフェ巡りしたことないんだよ」
「んじゃ、それまでに調べてきて、私は待ってるから」
コミュニケーションへの解答がこういうことなのだろうか、でもこれではまるでデートではないだろうかと思うがコーヒーの好きな仲間が増えるのは楽しみが増えるのも事実だなと思った。
松田さんは僕からいったん離れて健やかな笑顔で僕を激励をした。
「前に言ってくれたけど私も思ったことがあるの、王君は自分が思っているよりも高く飛べるし速く地上を走れるし海も深く泳げるし可能性に満ちた素敵な人だよ」
「それと私は王君に励まされて心に決めたことがあります、聞いてください、私の目標」
松田さんは表情を見せないように将棋で使ってた扇子で顔を覆い宣言をした。
「私は奨励会に入会して有名な棋士になります、私の活躍見ててね」
「すごいじゃん、応援するよ、ありがとう」
松田さんはそういうとくるりと回転して「王君の夢はあるの?」と聞かれた。
そういえばお金を稼ぐのが夢だったけどこれと言ってやりたい職業があったわけではなかった。
僕は職業でやりたいことはまだ決まってないと正直に話した。
松田さんに夢ができて良かったと思う。
「カフェはじゃあ約束だよ」
「分かった、期待してて、僕が見つけておくから」
そういって僕たちは松田さんの家に帰りさよならの挨拶をする、松田さんはコミュニケーションが何かを持論で語ってくれた。
「私ね、目が見えなくなってから人の優しい心も悪い心もいっぱい触れたんだ、悲しいこともたくさんあったし嬉しいこともたくさんあった、善意の気持ちで相手に接するのも悪意の気持ちで相手に接するのも全部コミュニケーションだし相手の善意に善意で応えるのもコミュニケーションだし悪意で応えるのもコミュニケーション、相手の悪意に善意、悪意で応えるのもコミュニケーション、大事なのはお互いに信頼関係をそれで得て理解しあえるように手を取り合えるようにすることだと思うよ」
松田さんはゆっくり力強く僕に話した。
ーーー
松田さんとカフェの約束をして1人で先に巡っていた。
とてもジメジメしていて季節外れの暑い日だった。黙っていてもじんわり汗をかく日のお天道様が昇ったばかりの時間でもある。
電車は嫌いだったのでバスで行けるところで巡っていた。駅と駅を片道約40分かけて往復するバスは1つは超ターミナル駅でもうひとつはまぁまぁな乗り換え駅だ。まぁまぁな乗り換え駅の方が終点のバスに乗りそちらの駅に着いた。時間帯が時間帯なので日曜日だが遊ぶ人や通勤の人で栄っていたが駅に比べるとマシな方だ。
新しく買い直してる携帯で調べたところここから15分ぐらいのところにコーヒー専門店があるということだ。携帯の地図の案内を頼りにそのお店まで行く。
テラスの席が用意されてるその専門店は日当たりがとても良かったが夏のような今日は店内で涼しくコーヒーを嗜んだ方が気分良く飲めた。コーヒーは喉が渇いてなく体調も悪くなく環境も落ち着いた快適な状態で飲みたい僕のこだわりがある。
ちなみにだが1番飲みたいものを飲むのではなくそのお店のオリジナルブレンドを注文して飲んでいる。お店の良し悪しはそのお店のオリジナルブレンドで全て決まると言う本受けおりの情報で実践している。
とは言っても僕はブラジル、コロンビア、グアテマラなどは対して味の違いが分からずモカマタリやマンデリンぐらいならなんとか飲んではじめて分かるぐらいには味音痴な部分もあるが。
匂いの時点で銘柄まで当てられる人はかなり繊細で優秀な嗅覚と味覚を有していると思う。
専門店の次はコーヒーというか飲み物専門店と言った方が適切でお茶、コーヒー、紅茶、アルコール、ハーブティーなんでもござれなお店だった。それぞれのコーナーの隣にコーヒーや紅茶ならバウムクーヘンとかのお菓子、お茶なら煎餅や最中といった形でそれに合う食品が置かれている。
イートインスペースがないお店だったが嗜好品が好きな人にはたまらない空間であるのは間違いないないだろう。カモミールティーでも世界中のメーカーの商品が陳列していて圧巻だ。
ここはここで楽しめそうだなと感想を漏らす。コーヒーのことが一応、一番詳しいのでコーヒーコーナーに足を向ける。コーヒーのコーナーには店長オススメブレンドがやはりあり値段も手ごろになってる。
200gの豆をそのまま購入してみた。豆のいい匂いがそこらじゅうに漂い気分が落ち着く。
紅茶コーナーに立ち寄ってみた。紅茶と言えば紅茶と麻薬をかけた戦争が僕の中では印象が強いがダージリンやアッサムはそれとは違う国で作られているみたいだ。キーマン、ウバ、ダージリンの三種類をお試しで買ってみた。茶葉からはいい香りが袋越しに伝わってくる。
近くでもこんなに冒険しようと思えば出来るのに気がつき案外、カフェ巡りも楽しいと感じた。
美穂からオススメされてた僕の最寄りの駅の近くにある喫茶店と言っても差し支えない珈琲店に入る。
オリジナルブレンドを注文し飲んでみた。バランスがいい味で苦味と酸味がどちらもほどよく主張しており豆の油が後からほのかに甘味を舌に伝える。やはり個性が強い豆をオリジナルにするところは少ないのだろう、味も浅くも深くもない程よい感じに仕上がっている。
僕は店からでて噴水がある公園のベンチで腰かけた。本を読んでファンタジーな世界に没頭していると前田さんが公園の隅でジョギングともいえそうなスピードのランニングをしているのがチラリと見えてしまった。
前田さんもこちらに気が付いて歩を止めて近寄ってきた。挨拶を軽く交わすと「あれからどうなん?進展したんか?そんなに気を病むのが理解できんけど」と僕の状況を訊いてきた。
僕はコミュニケーションが前田さんとも取れれば何か見えるかもしれないと確信はしてた。
前田さんがせっかく向こうから話しかけてくれたので返すことにした。
「まだ何も進展はないしお墓を参りに行くことも許可もらえなかったから大往生してるところだよ」
「まぁそんなもんよな、贖罪って言っても王の場合って大山の場合とそれ以外で変わるし」
「前田さんはどうしてこんなところでランニングなんてしているんだい?」
「あー、別に私がどこ走っていても良くね?走っちゃいけないルールでもあるん?」
「理由なくなんとなく走っているの?」
「なんで私のことやましいことなんもないのに探ってくるん?」
「嫌な気分にさせたのならごめん」
「私は罪を償おうとしてる王の行く末が気になるだけでお前に私のこと探られる筋合いねぇーつうのに」
僕は乾いた笑いをして前田さんにじゃあ僕はこれからバイトがあるからと言いその場を離れようとした時だった。前田さんに向かって「やぁ、コンビニの時以来だっけ?」と声をかける男がいた。
僕は顔をみた瞬間にその男が誰か検討がついた。以前、コンビニで前田さんと声の大きさで揉めてた男の人だ。凄い怪しい笑みを浮かべて気分が悪くなる。前田さんは「あ?」と苛立っているのが目に見える。前田さんは凄い剣幕で男を睨みつけている。男は「もう一度聞くが謝る気はお前にはなんだな?」と前田さんに問いかけた。
「お前に謝罪することなんか一個もねぇけど」と相変わらず好戦的な言葉選びをする前田さんに男は「お前が反省する気のないクズ野郎でよかった」と言う。
「お前の方がいきなりクズ呼びしてクズじゃね?病院オススメ紹介するけど?」。
この一言に男の表情がぐちゃぐちゃになる、黒く染まって人間の出せるありとあらゆる負の感情がそこにはあった。僕は恐怖で支配されていく。前田さんは微動だせずに怒りの感情をあらわにしてる。
時が止まったかのような時は終わりを告げた。
男が懐から鋭利に尖った果物ナイフを取り出したかと思うと前田さんに向かって突進した。前田さんはとっさのことで動けないでいた。
時がスローモーションで動くとはこのことなのだろう。
前田さんを横に力強く押し倒し刺されないように庇った。
前田さんを庇ってほっとしたのも束の間、脇腹に鈍くて鋭い痛みが走る。
やがてそれは激痛へと変わり言葉が出せないまま僕はその場に倒れこんだ。
人というのは本当に苦しむ時は痛みで声がだせないことをここで経験した。
薄れゆく意識の中、周りの悲鳴と前田さんの怒号が聞こえた。
空が真っ暗で目の前には川が広がっている、川の奥には美穂がいるのが見えた。
川の手前側を川に沿ってあるけどあるけど橋は見当たらない、美穂は僕が歩くのに合わせてついてきた。
ここがどこかは分からないが夢の中なのだろうと見当はついていた、夢の中の美穂は遠目にさみしそうな顔をしておりどこかこちら側に来てほしくないような感じだ。美穂ともう一度話したい僕は川を歩こうとするが底は深く歩けそうにない。そんな中、一隻の舟が僕に向かって近づいてきたので手を振った。舟には一人の少女がオールを持ってないのにも関わらずまるで漕いでいるかのようだった。美穂の方を向くと慌てている様子だ。そこまで僕に会いたくないのだろうかと少し落ち込むと紙飛行機を美穂は投げてきた。
紙飛行機を受け取った僕はそれを開いてみた、字は何も書かれていなかったが一つの歪んだ絵が描かれていた、絵は僕なのだがドーナツのような黒い線が無駄に描かれていて僕の顔がドーナツの穴から見えるが体はほとんど黒く塗られていた。何故わざわざこんなことをしたのか分からなかったが美穂に会えるから関係ないかと思い舟に乗ろうとすると船長が僕に「紙飛行機であの子の絵を描いて送り返したら?ペンとかはここにあるよ」と言われた。
不思議なことに何も疑問に思わず僕は言われるがまま対岸にいる美穂の絵を描くことにした。美穂の今にもきえてしまいそうな桜のような美しさと悲しさ、儚さ全てを表現できるように描いた。拙い絵だが美穂の持ってる雰囲気は出せたと思う、絵が完成したかと思うと船長はどうするか聞いてきた。
一緒に乗っていくことをさしているのだろう、迷うことなく乗ろうとするが後ろから松田さんの声が激しく僕の脳を揺さぶった。
「乗りますか?乗りませんか?」と問いただされた僕は紙飛行機を渡して美穂の方を見た。
後ろで叫び声が聞こえて頭がグワングワンする。
「様君!!様君!!」
名前で呼ばれるのが珍しいと思いながら自分の後ろを振り返る、光が奥から微かに漏れて僕を照らしてくれた。とても暖かい光で包まれたい気持ちになった。
美穂のところに行きたいが後ろからの声で美穂のところには行ってはいけない気分になった。美穂は向こう岸から前を指さしている。口の動きを読唇術で読み取る。あっちに行って、こっちはダメと読める。紙飛行機を美穂のところまで思いっきり投げた。美穂はそれをキャッチすると満足そうな顔で手を振った。
乗ってはいけないと直観がそう僕に囁いた。後ろを振り向き光の方へ走った。
「様君!!」
目が覚めると白い天井と母さんと松田さんが見えて涙目で僕を見ていた。
様君と何回も呼ばれてたがどうやら松田さんが僕のことを懸命に呼んでいたみたいだ。
起き上がるとここが病院であることがすぐに分かる。
脇腹に痛みが走る、脇腹を確認すると包帯で巻かれていて見えないようになっていた。
松田さんと母さんはしきりに良かった、良かったと僕の無事を安堵していた。
僕は痛むお腹をさすりながら松田さんと母さんを交互に見る。
母さんは分かるが松田さんがここにいる理由が分からず頭がハテナになる、前田さんは結局、どうなったのかとか男はどうなったのかとか色々聞きたいことでやまずみだった。
僕はまずどこから確認すべきか考えていると松田さんが先に口を開いた。
「まだ痛む?大丈夫?」と不安そうな声で聞いてきた、正直に言うか迷ったうえで僕はこう答えた。
「確かに痛みはあるけどそんなに心配されると申し訳ない気持ちでいっぱいになる」
正直なことと本心を包み隠さずに話す、松田さんに心配をかけていることが凄く申し訳ないので早く回復したい気持ちでいっぱいになった。
松田さんにどうして僕のことを知っているのか確認したが携帯に連絡したところ連絡がつかず不安に思ってたところ前田さんが僕の事件を松田さんに言ったみたいだ。僕は家の電話も松田さんに教えていたのでそれで連絡を取り合えたみたいだ。前田さんは特に怪我がなく駆け付けた警察に事情聴取を受けているらしい。
僕を結果的には刺した犯人は僕が眠ってた3日の間に捕まって諸々の処理が終わったみたいだ。
何はともあれ僕もこれから事情聴取を受けなければいけないらしく今日一日だけゆっくり過ごせるみたいだ。
母さんは三日ほぼ毎日お見舞いにきた松田さんにお礼しなさいと促した。3日毎日心配させてたなら元気な姿を見せないといけないなと思い元気な声で松田さんにお礼をした。
松田さんとそれからたわいない話しをした。盲学校では普段、一人で授業を受けていてクラスメイトと話すことはそんなにないから普通の学校ではどんな授業を受けているのか気になるみたいだ。
盲学校では盲目でない弱視の人もたくさんいるが松田さんは全く見えないので点字や耳による授業をしてるみたいだ。
しばらくして僕も松田さんも落ち着いたので病院の中に付属されてるコンビニでアイスを買った。
チョコのアイスを二人とも買った。パッケージが同じ商品は普段はガチャ感覚で買うから狙った商品を買えるのは新鮮みたいだ。コンビニ店員に迷惑かけるから普段は自分で適当に選ぶらしい。
母さんは仕事があるのでこのタイミング帰った。僕の入院費もあるし迷惑はかけられない、アイスをいったん松田さんに預けてバイト先に連絡をいれていつならいけそうか店長に伝えた。
アイスを一緒に食べていると聞き覚えのある前田さんの声が聞こえた。
顔を上にあげて前田さんを見る、顔をみると頭と右腕に包帯を巻いてる、そして松葉杖で体を支えている前田さんが確認できた。警察によれば大した怪我してないんじゃなかったのか母さん…?と疑問には思った。
見てるだけで痛くなる姿をしている前田さんは「やっと目がさめたんか?」と普段と変わらない調子で僕に言う。
「前田さん、その顔はもしかして僕を庇って出来たの?」
「自分の身を守るためであってお前を庇ったわけじゃねーよ」
「でも前田さんいなかったらここにいなかったかもしれないしありがとう、前田さん」
「じゃあ、勝手にそう思っとけや」
「怪我は大丈夫そう?」
「聞いてどうするん?後遺症あるって言ったら治してくれるん?実用性のない心配りはいらんぞ」
「そうか、ごめん」
僕は前田さんってやっぱり前田さんだなって思うと松田さんが隣から興奮気味に前田さんに怒ってた。
「そんな言い方しなくてもいいじゃん、なんで心配することに対して怒ってんの」
「心配するぐらいなら怪我治せよ、気持ちはいらん」
「心配されること自体が嫌いなの?」
「いや、心配するのがそもそも要らんし何で心配するん?」
「え?怪我した人見てあなたは心配な気持ちにならないの?」
「なるかもしれないしならないかもしれない」
「じゃあ、あなたは人から心配されてもどうとも思わないのね?」
「だるいやつだな、何か感じることはあるかもしれないし感じないかもしれんゆーてる」
「王君が心配したの嫌じゃないなら王君に素っ気ない態度とったの謝って」
「話にならんやつやなこいつ、イライラする、目が変な奴ってどいつもこいつも人をイライラさせるの楽しいの?」
松田さんが泣いたことをきっかけに周りがこちらに注目しはじめみんなが前田さんに対して冷たい視線を送っていた。前田さんは慣れた環境なのだろう、味方がいないのは当たり前、世界は敵という覚悟ができている人間だ。
僕も感じたことがある。自分では悪いことしてるつもりはなくても皆は悪いことをしてるって認識して冷たい視線や心無い言葉を送ってくる。
周りに対して黙れと言わんばかりの視線を送って視線を振りのけていた。
「前田さんが命に別状なくてよかったよ」
「王も馬鹿だよな、庇って腹刺されて病院送りとか」
「なんでそんなことしか言えないの、どうして不愉快にさせることしか言えないの」
「松田さん、僕は気にしてないからいいよ」
「なぁ、ブーメランって知ってる?私も今、お前に不愉快にさせられているんだけど?」
「あーはいはい、松田さんも僕のこと思うならこれ以上は喧嘩しないで」
松田さんも前田さんに劣らず凄い剣幕になって怒っているのを僕は確認した。前田さんを助けたことに何も悔いはなかった僕は怪我が早く治るものなのかだけ確認したかったがこの感じだとできないいんだろうなと確信した。
僕は埒が明かないのは明らかだったので二人を無理やり止めた。
前田さんは知り合った時からこういう人だったなと思いながら病室の方に戻った。松田さんの意向で松田さんがいる間は面会拒絶をとることにして一件落着となった。
「様く…王君はなんで平気なの…」
「言ってくれたじゃん、悪意に悪意で返すのも善意で返すのもコミュニケーションって、僕はコミュニケーションでもう失敗したくないんだ、前田さんが美穂と同じ運命を辿ったら僕は…僕じゃいられなくなる」
「それに前田さんと僕はどこか似ているところあるからね」
「でも見つけた答え、とった行動は全然違うよ、本質は同じだったとしても全然違うよ」
「そうかな…僕はこんな時でも心配してくれてありがとうよりも松田さんは泣いてたらせっかくの可愛い顔が台無しだなってしか思えてないぐらいにはドライな性格してると思ってるし前田さんの言動なんて正直、苦しそうで救ってほしいって本人が思ってるなら救いたいって思うぐらいで結局はどうでもいいって半分は思ってるし」
「様君…分かった、もう泣かないから…」
「萌笑って名前、やっぱりぴったりだよ、笑ってる顔がいい」
「僕はまだ怒や哀の感情が残ってる前田さんが眩しくも感じてるよ」
「私は様君が前田さんみたいになったら許さないからね」
「分かった」
面会時間終了まで松田さんはいてくれた。夜は一人ベッドの上で寂しくすごした。
本を読んで僕は知識を蓄えた、学校の勉強もしなければいけないのでいろいろと勉強した。
世界についての真理とはいまだ解明されてないことの方が多い、人のどういう時にどういう行動するのかも解明はされてない。
解明されたら面白いのだろうか、解明されたら僕のこの苦しみは消えるのかどうか定かではない。
一つ言えるのは僕は今、悲しい気持ちで満たされているという自分の気持ちだけだった。
男が逮捕され僕が警察から色々聞かれたのがやっと収まって後は男の罪状が決まるのを待つだけだ、母親は弁護士を話しをしなければいけないなどやることがさらに増えて忙しそうだった。
日常を取り戻した僕はおめかしをしていた。
学校に戻った時は刺さった時の感触はどうだったとか色々聞かれたし大山さんと何があったのかとか質問責めにあった。継助の味わった痛みを直に感じることが出来て気分が多少はましになった。
それと同時に美穂の受けた痛みを思い出し発狂しそうになる自己矛盾を引き起こした。
アルバイトの初任給の半分を母親にあげた後、残りの半分で新しい服を買った。松田さんは目が見えないが感じてほしいとこれを見たときひとめぼれの如く惹かれて買った一品だ。
松田さんの家に松田さんを迎えに行きながらカフェ図鑑をもう一度見た。
松田さんがいつも通りの感じで出迎えてくれた。松田さんも心なしかいつもと違う恰好をしていて僕の好みの恰好になっていた。僕は思わず似合っているけどどうしたのと零してしまった。
松田さんはお母さんに手伝ってもらったと話した。
僕は約束のカフェ巡りの案内をしようとしたが先に松田さんが案内したいところがあるということでそっちに向かうことにした。
案内されたところは将棋教室でプロ棋士と直に対局できる日みたいだ。
松田さんは指導対局を申し込み対局することになる、相手のプロは松田さんが目を閉じているからか「え?この子は将棋指せるの!?」と言った驚いた顔になっていた。
松田さんはとびきりの笑顔で僕に「勝ってくるから待っててね」と囁いた。
相手の表情が見えないはずなのに困惑してるね、なんてまるで見えているかの発言をしてる。
ひょっとしたら見えているのではないか?と疑いの視線を送ると見えてないのは本当だよとかえってきた。
見えてないならエスパーなのだろうか。
いざ試合が始まると三冠のプロと同じように8筋の歩を最初についた。松田さんはリスペクトで絶対に飛車の道を開けるらしい。居飛車が好きなのもソフトによる研究が進んでいるから1人で研究が捗るのが理由らしい。
対局中は横で観戦させてもらったが表情を見る限り段々指導する方が苦笑いをし始めたぐらいには松田さん先手の優勢らしい。僕にはこの中盤にどうやって指せばいいかもう分からない局面まで進んだ。ひとつ分かるのは歩が突き出しては同歩で取らずに他の手を指して混戦となってきたぐらいだ。
松田さんが飛車で金を取った動きを見て無茶攻めをしてるわけではなくここから詰めれるのだろうな、僕にはさっぱり分かんないがと思ってたら綺麗に桂馬と金とと金で受け手がなく指導する方を負かしていた。
終わった後に「参ったなぁ…君は奨励会に入っているでしょ?」と悔しい顔をしながら言ってるのを見て松田さんはやっぱり強いんだなぁと実感した。
「私は目が見えなくなってこういう道に進むのを自分から無理だと決めつけて避けていました」
「でも彼が前に進む勇気をくれました、これからでも遅いとは思いません、プロ五級の試験にこの試合に勝てたらしようと決断してました」
「君になら多分師匠がついてくれるから推薦も確実に受けれると思うから急いだ方がいい、最短で四段に昇格間違いないよ、僕は戦っていてそう思った」
松田さんは謙虚な姿勢でお礼を言った後に僕にもお礼を言った。
その後はまぁ凄い興奮した指導する方の人があーだこーだ松田さんとお話ししていて忙しそうだ。
松田さんは今日は僕と約束があるといい連絡先などを大人の人と交換しあって名刺までもらっていた。
名刺は意味ないよなって思いながら見てると松田さんはバッグから点字出力機とメモを取り出して紙に点字で色々メモを取っていた。
相手の名前や数字を点字で書いているのは横目に確認できた。
メモを取るときの松田さんは仕事をしてる大人のOL感があってかっこよく思えた。大人と話す時もしっかりしていてアルバイトの面接でたじたじになっていた僕とは大違いだ。
しかし困ったことにコーヒー専門店というのは15時で閉まるところが多いのであまりゆっくりしてる暇はないなと微笑みながら思っていた。
巻いてやっていたのでそこまで時間が経ってないのが救いだ。
一連の話し合いを終えた松田さんは「おーい、様君?」と僕の名前を呼んだので「ここだよ、終わったの?」と声をかけた。
珈琲専門店に2人で入った後は松田さんがブラックコーヒーはじめてみたいだったらしく悶絶してた、さっきの時とはうって変わって子供っぽくて面白おかしくて吹きそうになった。
吹いた音が漏れたのか松田さんは「く…これが大人の味…」と耳を赤らめながら恥ずかしがっていた。
「砂糖いれよ」と僕が提案すると「同じの飲むもん」と言い切ったので僕は少し考えた後にカフェラテを頼むことにした。
食事というのは人生における娯楽なのだから苦痛な食事は健康の面においても避けるべきなのが僕の考えだ。
「食事は美味しく楽しくが僕のモットーなんだ、美味しいものを楽しく食べよう、昔の人も食べ物は美味しい食べ方で食べている、食事は修行でも訓練でもない」
「むーん、はーい」
ちょっとコーヒーを美味しく感じないのが残念だったのかションボリ顔になっているが誰にでも嫌いな食べ物はあって当然だろう、僕もシーウィード全般は嫌いである。
カフェラテは美味しい美味しいと言いながら飲んでいたので僕の顔も綻ぶ。コーヒーが口に合わなかったときの為にイチゴミルクやショコラオレなどのスイーツドリンクも扱っているお店を紹介してみたが杞憂に終わりそうで良かった。僕が飲んでみたかったのもある。
最後にショコラオレを2人で頼み飲み干すと口の中が甘ったるくなったので水を飲んで口直しをした。
店を出た後は松田さんからオススメ紹介したお礼を受けた。
松田さんはコーヒーを飲んでいる間もずっと将棋の話しをしていた。幸いにも僕も嫌いではないので楽しんで将棋クイズを受けることができたし話しを先導してもらって楽な一面もあった。
将棋の話しがきりよく終わったタイミングで僕はさっきの点字出力機を見せてもらった。見た目はまんまパソコンのキーボードのようで普通だ。かなり使い込まれているのか色はワントーン落ちてるがそれでも綺麗に手入れがされてるのは分かる、自分でも使えるのかなぁなんて思っていると松田さんは使ってみる?と言ったので挨拶の言葉を出力してみることにした。
おはようございますと出力した点字の紙が松田さんの方に飛んでいく。
松田さんは指をなぞると驚いていつのまに様君は点字覚えたの?と聞いてきた。いつか役に立つかもしれない雑学を頭に入れるのが趣味なだけなのでそこまで反応されるとは思わなかった。
点字は一定の法則で書かれているので読むのは遅いが確実に読むことが出来る。
松田さんに点字出力機を返すとバッグの中に戻そうとしたがバッグが最初に置いた位置とは違う場所に戻してたので一瞬、松田さんは固まった。
僕はバッグを松田さんに渡そうとしたが手を滑らせて落としてしまった。バッグの中に入れてたものが散乱としたので慌てて直す。
ごめんと謝罪しながらバッグに物を戻すと点字メモ帳の最後のページが開いていて僕はそれが読めてしまった。点字メモ帳に書かれているメモを見てしまった僕は取り乱しそうになったがすんでのところで留まる。
松田さんには気が付かれなかったらしくほのぼのとバッティングセンターに行こうと言われた。
バッセンに行くこと自体は僕は反対ではなかったがそれは松田さんは楽しめるのかと思い先ほど見てしまったあの文章を思い出して気を遣わせているのではないのだろうか?と勘繰ってしまう。
正直に僕がそれだと松田さん楽しくなくない?と言うと目が見えなくても泳いでいる人は泳いでいるしピアノ弾いてる人はピアノを弾いてるし最初からやらないのは勿体ないことだと思うと如何にも松田さんらしい返答が返ってくる。
バッティングセンターに誘われた僕はエスコートをいつも通りにして中に案内した。
バッセンで空振りしてる松田さんを見てそりゃそうだよなと当たり前の感想を述べながら松田さんの手を握り音でタイミングを教える。パラパラ漫画のように機械が動くからパラパラの音が何回目で球が来るか教える。
松田さんは音でタイミングを計ると芯は外しているけど当てることが出来ていて満足そうだった。
僕は松田さんの心のうちを勝手にしってしまったことを後悔していた。
同時にストレスとイライラで心は疲労していた。
最後に僕は久しぶりにバットを思い切り振った。
カキーンといい音が鳴ると天井に球がぶつかる。手ごたえはホームランだ。
機械が投げる球を次々と打っては網まで飛ばした。中学の時には受験まではずっと野球してたかいがあって勘を取り戻した。
バッセンのワンセットを終えた僕は松田さんを家まで送ることにした。
夕方のぎりぎり太陽が見えてる時刻に松田さんの家の前までやってきた。
松田さんは僕に周りに障害物あるか確認した後に「今日は途中からおかしかったけど私といるの楽しくなかった?」と聞かれる。
僕は点字メモの最後のページをみてしまったことを白状した、松田さんは一瞬、青ざめるがすぐに「そっか、見たんだね」と仕方ないと割り切った感じで言った。
「松田さんは知られたくなかっただろうに見えてしまった、ごめん」
「私は大丈夫だよ、何があっても様君を嫌いになるわけないよ」
「その…松田さん」
「その先はストップ、美穂の件でまだ踏ん切りついてないでしょ」
「僕の心を松田さんは知りたい?」
「私が一流の棋士になったら知りたい」
「僕は松田さんの気持ちが知りたい」
松田さんからの気持ちを直に受け取った僕は答えを松田さんの希望通りに保留した。
学校に登校した僕は美穂のことについて悪意ない心無い言葉を今日もうけた。
無理やり誘ったの?とかどうしてそういうことが言えるのか分からなかった。
距離をどう保つべきか苦労したが心に負担をかけたのは事実なんだろうが原因が分からないと言い済ませている。
刺された件でも人から恨み買いすぎじゃね?と事実無根の根も葉もないことを言われた。
今井と言われてた僕を殴った男はあれから前田さんに対して何かしたらしく休学処分を受けていた。
前田さんは怪我してたので治っているか確認もこめて隣の教室にお邪魔した。
前田さんはすぐに発見出来たが松葉杖を両手に持ち足には包帯が未だに巻かれていた。包帯をみて脇腹を刺されたことを思い出し痛くなりうずくまる。
前田さんは怪我治さないなら心配は要らない言う人だが心配なものは心配だ。
前田さんを遠目に見てた僕だが前田さんに聞こえない位置から女子たちの小言が聞こえてきた。
前田さんはあの件以来、右足を動かせなくなってしまい松葉杖が手放せなくなってしまったみたいだ。少しは動くみたいなので杖の補助だけでいいみたいだが自力で歩くのはできないらしい。
前田さんの性格のことなので声掛けは不要だろう、心配するなら手術費だせと言われそうだ。
「なに、こそこそ私のこと見てるん?おう」
「前田さんはお弁当なの?」
「きっしょ、女が今日、何食べるか知りたいんか?」
「お弁当なら一緒に食べたいな、いい?」
「なんでなん?理由あるん?」
「一緒にお昼を食べたいのが理由だよ」
「却下」
「残念だな」
「勝手に残念に思ってろや」
「勝手に残念に思います、いつなら大丈夫とかある?」
「なんで予定聞くねん、知らねーよ」
「じゃあ明日は一緒に食べたいから予定を開けてほしいな」
「なんでお前の予定に私が合わせないといけないん?」
「そうだね、僕の我儘、だからお願いであって強制じゃないよ」
「検討しておく」
「えー、ずっと誘われても検討しておくで終わらせるの?」
「は?そんなこと言ってないし捏造やめろ」
「じゃあ検討今してよ」
「めんどくせーやつだな、お前とは食わない」
「分かった」
お弁当を断られた僕は自分の教室に戻りすば流と食事を一緒にした。
すば流とはあれから微妙な距離で一緒にいる。
お弁当を食べ終わった僕はマイボールを持ってグラウンドに出てた。
壁に向かって思い切り投げたボールが自分のところに反射してきてそれを捕っては投げての繰り返しだ。
ピッチャーしたことないので今まで思ってなかったが変化球を投げようと思いカーブの持ち方で投げてみる。
曲がったには曲がったがワイルドピッチもいいところのノーコン具合だったので吹いてしまった。
球を拾いに行くと前田さんが前に居たのに気がつき声をかけてみた。
案の定、嫌な顔をされたが特に気にせずにボールをもらいに行った。
ボールを器用にかがみながら取った前田さんは左手で体重を右手で持っている松葉杖にかけながら投げてきた。
咄嗟に構えて捕った僕は前田さんにお礼をした。
おいと声をかけられた僕は何?と聞き返した。
「王の答えは見つかったのか」
「前田さんとコミュニケーション取れることで見つかるとは思っているよ」
「はぁ?なんやねん、それ」
「言ったまんまの意味だよ」
「私がお前と慣れあうつもりないって言ったらどうする?」
「僕がそれでも前田さんと友達なりたい言ったらどうする?」
「やばくね、お前、壊れてんじゃん」
「嫌なの?」
「もう好きにしろや」
「分かった」
その日以降無視とかされるものの前田さんに対してずっと話し続けた。
相変わらずコミュニケーションは取れないが僕はそれでも接した。
前田さんは僕のことを鬱陶しいと言いながらも拒みはしなかったので隣で食べ続ける。
足が辛そうな時は肩を貸そうとしたが嫌がられる、しかし足は本当に動かせないみたいだ。
ーーーーーー
僕は今、前田さんの営むコーヒー店でコーヒーを飲んでいる。
あれから僕たちは高校を卒業してお互いの道を進んだ。あれから警察の方から事情を聴き犯人は殺人未遂で起訴されて有罪となった。
松田さんは脚にギプスのような金属を巻いて歩くリハビリを今でもしてるが一応自力で機械のサポートありで歩けている。
前田さんがコーヒー実は好きなのは前田さんが調理専門学校行ってから知った。そういえばカフェであったよなと思い出した。
店を開きたい夢を誰からも理解されずに笑われていることまではなんとなく察した事実だ。
コンビニの時とは違って幾分か落ち着いた前田さんは不愛想ながらも仕事ができていた。
「前田さんのコーヒーは美味しいね」
「ほんと2年以上も私に付きまとうとか物好きなやつだな」
「前田さん、あれからも事件に巻き込まれたから心配なんだよね」
前田さんは専門学校でもトラブルが絶えなかったらしく傷害事件に何度も巻き込まれていた。
「どいつもこいつもまぁ正論ぶって私を悪にしようとするからね、悪にしてくる正義ぶった相手を分からせるにはトラブルそりゃ多くなるわな、はい、おかわりのコーヒー」
「足のこといつぐらいに治りそう??見た感じはだいぶマシになってるけど」
「はぁ、お前が死ぬまでには治るんじゃないの?」
「そっか、良かった」
「んでそっちの方はどうなん?」
「今日の対戦勝つと一冠だって、夜にホテルまで迎えに行く」
「あほ、怪我のことだよ」
「そっちは傷は残っているけど治っているよ」
「そうか、なら私があそこで男に正当防衛したかいあったもんだな」
「そうだね」
携帯が僕のポケットで鳴り応じる。お店をでてもしもしと言うと松田さんからの連絡だった。
松田さんいわく夜まで続くと思ってた試合はわずか53手で相手が投了し終わったと言う。
将棋界では盲目女性21歳一冠と話題にはなっているみたいだ。
今では弟子もいて色々教えているみたいだ。
早めに終わったから夕方には帰れそうとのことだ。
松田さんはずいぶん待たせてごめんと電話越しに謝罪した。
大丈夫といい電話を切り約束の場所へ向かった。
美穂のいる空に向かって僕は呟いた。
「美穂、コミュニケーション間違えたらすぐに謝る結論しかだせてない、すぐに美穂に謝らないで母さんをとった僕を許してほしいとは言わない、空から見てて、僕がコミュニケーション間違えてもそのままにしないで相手とちゃんと和解する姿を」
「…もし僕がこの誓いを忘れたらどうか僕を呪ってほしい、美穂のことほっといて本当にごめん」
背中に風を感じながら僕はまっすぐ歩き出した。
目的の場所に着いた僕は松田さんを発見し松田さんに優しく声をかけた。
「お待たせ、待ったよね」
「様君、いや私もちょうどだよ」
「正直言うと僕はこの結論をだすことにビクビクしてる、でもそれは美穂との約束を破ることになるからちゃんと向き合います」
「様君、ありがとう、私ね、あの日、本当は美穂が様君と喧嘩してラッキーだと思ってた、美穂と様君の距離がちょっと離れたことがうれしいとも思ったの」
「様君、こんな汚い私でごめんなさい」
松田さんが懺悔の言葉を羅列しているがそれは松田さんと美穂のコミュニケーションの問題であるから僕が咎められる筋合いはどこにもない。
僕は用意していた言葉を松田さんに言った。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
fin
結局、美穂の自殺の原因は書きませんでしたが現実も遺書がなければ推測でしか分かりません。後悔はしてないです。