立ち直る強さを知る物語
前書きは苦手だ。
どうしようもなく。
あらすじは先述の通り。
この作品は文字数がギリギリだったので後半もある。サブタイトルを回収するのは前半ではできなかった。うん、仕方ないと思う。
タイトルは最後まで迷ったが楽しんでいただけたらと思います。
あらすじ
高校1年になった僕は隻眼のクラスメイトである大山美穂に出会う。
瞳孔不同の僕はひょんなことから彼女の義眼を知ってしまう。
そこから僕と美穂の運命が動き出す。
1
僕と彼女の出会いは駅であった。
この日はようやく寒さがやっと引き心地よい春風が吹いていたのを記憶している。
ーーーーー
高校生なり入学式当日の朝に僕、王様は家で身支度を整えると母親に学校行ってくると一言、伝え自宅を後にする。
べたな話しかもしれないが高校デビューを考えてた僕は伸びきってた前髪を切りワックスを付け腕時計も大人がつけるような銀ギラに輝くシルバーに変えハンカチもキャラものからストライプの青が基調なものを身に付けていた。
入試の時にルートは体に叩き込んだので迷うことなく歩く。駅であらかじめ購入した定期をだし駅に入る。駅でICカードを使い入ると大人の仲間入りしたような感覚になり無意味に興奮する。電車に乗るとたくさんの人、人と人で溢れていて押しつぶされる。足が変に斜めになり自分のことが自分で支えきれなくなりそうになる。朝の電車のこの窮屈感は社会で生きていると僕に刻み込んでくれる。駅のアナウンスで次が僕が乗り換えする駅に着くことが分かる。入学式の電車なので降りる駅の名前はしっかり記憶してきたが如何せん、電車の中に次の駅は○○駅という電光案内板がないので今、どこの駅なのか分からないのだ。こんなことなら路線丸々覚えてくればよかったと後悔する。僕は乗り換え駅を乗り過ごさないようにアナウンスに意識を集中させるが駅員のクセが強くて若干、何を言っているのか分かりにくいのが僕を焦らせる。本当にこの人は日本語話しているのかと悪態をつきたくなる。
電車が揺れ隣の乗客がバランス崩し僕の方に寄りかかってくる。僕はつり革に掴まろうとするが背伸びしてギリギリ届くぐらいの身長だったので諦めて足に力を入れ踏ん張る。みんなが我慢しているから自分も我慢するという文化はこういうところでギリギリ生かされているのだろうなと実感する。なんか声に出して寄らないでと言うと言った方が白い目で見られる、そんな傾向があるからこそ、余程のことがないと口に出さないのだろう。日本で働いて将来、出世するためには必要な通過儀礼、所謂、僕はお金のために日本のこの空気に同化する努力をした。これは僕の偏見だが本当に偉い立場にある人物というのは朝にこんな満員電車で出勤するわけないと思っているので如何に早くこの場のグループから抜け出せるか考えてる。
勉強をしいい大学に行き1流企業に入社し電車生活を終わらせるぞと意気込むとちょっと離れたところから「いい加減にしろ」とドスの効かせた声が耳に流れてくる。声のした方に目をやり顔を確認すると一見ではごついが爽やかな普通の中年のサラリーマンが発している。周りを観察するとやはり白い目がチラホラ確認できる。まぁ大半は関わり合いたくなさそうに聞こえないふりをしてる印象だ。声をかけられた方は男性のサラリーマンだがヒョロヒョロしており見るからに腕っぷしがなさそうである。僕もがたいはいい方ではないのでああいうのに巻き込まれないために更に決意が固くなる。
なんて考えていると乗り換えの駅に到着する。乗り換え駅は1回改札をでて路線を変える必要があるので改札でもたつかないように定期をポケットから出して手に持つ。しかし手に持ったのが悪かった。あろうことか僕は乗り換えで電車を降りた際に隣の人のカバンが勢いよく僕の定期を持っていた右手をはじきその弾みで落としてしまう。
慌てて取ろうとするも後から降りてきた無数の人の流れには逆らえず拾えずじまいに終わってしまう。
僕としたことが隣のやつが遠慮なしに体をぶつけてくるそんな品格であることを予めに想像出来なかったのがショックでくっと悔し声が漏れる。
乗り換え駅で呆然と悲しみに暮れていると背後から「おうさまさん?」と声をかけられた。いや【おう よう】であって普通は名前で【おう さま】なんて親がつけるわけないでしょと小学生、中学生の時に散々、いじられたことも思い出しはぁと心の中で溜息をつきながら更に王は中国の名前なんだから様を日本の読み方のサマで読むのは論理的ではないのではともセットで思う。
肩を落とし残念そうな態度で振り返ると身長は140cmぎりぎりいってそうかいってないかぐらいの東洋の顔だちをした彼女から見て右目に眼帯をつけた女の子が立っている。こんなこと言うとあれだが小さくて可愛らしい、頭のてっぺんには重力を無視した1本のアホ毛がある。しかもどういうわけかぴょんぴょん釣り竿のようにしなっている。
服の方に目を向けると学生服を着ていているのが確認できるが年はどうみても小学生後半にしか見えない。ワイシャツにブレザー、そして膝上のスカートで恰好だけならどこにでもいそうな女の子である。なんかこの制服をみた覚えがあるなと思いながらもどこで見たのか思い出せずまあいいかと改めて彼女を見ると彼女の手には定期がある。
すぐに僕はそれが自分の定期であることに気が付いたのでお礼の言葉を彼女にして受け取る。
彼女はお礼の言葉を受け取るがいなや質問してきた。左目はすごくキラキラしていて光の関係上で黒く見える瞳孔と黒い瞳をこちらに熱く向けている。
「ねぇ、定期に王様って書いているけどそれあなたの名前なの?」。
僕は小学校中学校とあきれるぐらい、そして聞き飽きた質問を耳にする。さっきも心の中で言ったが【おうさま】と本当に読むと信じて疑ないでその質問してきたならからかいのつもりで質問してくるのよりたちが悪いなと目の前の可愛い生き物に対して思った。無視しようかとも思ったけど可愛い女の子とせっかく話せる機会でもあったのであくまでこの感情は表にださず紳士的に
自己紹介をすることにした。
「王は苗字、様が名前でそれは様と読みます」。
「へーいい名前だね!日本だとキング、つまり国を仕切る人になるけど中国だとどういう意味になるの?」。
「王は日本とほぼ同じ意味です、様はその概念、物質の状態のあり方、何かと何か本質は違うが両者を比較し似ている部分を説明するときに使えます。後は恰好ですね、あなたは学生服を着ているから学生などという意味です」。
何回してきたか分からない自己紹介をすました僕はいい名前と言われたことははじめてだったので戸惑いもあったが漢字の意味まで訊いてくるなんてそうとうな人だなと彼女を評価する。
自己紹介をして思ったが相手からまだ名乗りをされていないことに多少の不満も感じていた。普通は自分から名乗って僕が自己紹介するのでは?と定期を拾ってくれたことに感謝はしているがそれとこれとでは話しが別である。僕は意地悪く自己紹介を促した。
「人に名前を訊く時は先に自分からすると普通は習いますよね?定期の件は感謝してますけどお嬢さんは名前なんといいますか?」。
「お嬢さんー!?私と王さんって同じ年でしょ!?酷くないー?」。
結局、名前は聞けずに小学生ぐらいの女の子は抗議の意を込めて声を張り上げる。言った後に名前知りたかったから素直に訊けばよかったと若干、後悔したが同じ年という意味にピンとこず先にそちらの件に体がツッコミを入れてしまってる。
「同じ年?どこでそう判断したか知りませんが冗談ですか?」。
「むきー、人は見た目で判断したら駄目って”坊や”でも習うのに王さんは習ってないのー?、同じ学校の制服も着てるし定期に15歳って書いてるじゃん、もう!!」。
見た目が見た目だけにプンスカと怒っているのは分かるがそんなに怒っている風には見えない。
しかし意趣返しをするあたりそうとうご立腹なようでありアホ毛が真っすぐピンと張っている。
そして今、僕は思い出した。そういえばどこかで見たことある制服と思ったら同じ学校の女の子の制服だった。ということは彼女は15歳であり入学式をこれから受けるのかと気づく。僕は【おうさま】と言われることにいい思いはしてないがそれが彼女の年齢を間違われることと重なり彼女に対して申し訳ない気持ちになる。耐えきれなくなった僕は謝罪の言葉を彼女に伝える。
「あなたの年齢を間違えてごめんなさい、悪かったです」。
「…私は大山 美穂、大きい山に美しい稲穂の穂…そのこっちも自己紹介しないでごめん」。
謝罪の言葉を聞くとあんなにプンスカ怒っていたのが噓のように罰が悪くなったのかモジモジと自己紹介する女の子は大山美穂と名乗る。モジモジしている彼女はどこか小動物味があり一つ一つの仕草をじっくり見ていたい気分に僕をさせた。
そんな態度に段々と意地の悪い質問した僕も罰が悪くなり大山さんは何の飲み物が好きか尋ねた後で駅内のコンビニで奢ることにした。
途中「いいよいいよ悪いから」と言われるがもともと失くしたら困っていた定期を拾ってくれた恩を思い出したように僕ははんば強引に彼女に飲み物を買った。
ブラックコーヒーをチョイスした彼女に同じコーヒー好きとして更に好奇心が沸いた僕は学校の時間が迫っているがまだ話していたいと思うようになっていた。コンビニで会計を済ませると大山さんにコーヒーを渡すが僕の渡し方が悪かったのかコーヒーを僕は落としてしまいスチール缶が凹んでしまい謝った。
「あっごめん、コーヒー落としちゃった」。
大山さんも謝り拾って手で砂利をはらうとプルタブを引っ張って缶を開け飲み始めた。飲んでる姿がとても可愛い。
「ブラックコーヒー好きなんですか?僕はコーヒー好きですけどよければ学校まで一緒まで行きませんか?」。
「うん、コーヒーって苦くて悲しいこととかを薄めてくれるでしょ?だから好き」。
コーヒーが好きなことに対して先に答えた大山さんだがそれコーヒーの味が本当に好きなの?と僕を困惑させた。返しに困ってハハっと声にすると大山さんは続けて喋る。
「ここの中にある本屋で私は中学生の頃の知り合いと待ち合わせなんだ、ごめんね」。
そういうとじゃあ、また学校でと続け走り去ってしまう。
「綺麗な子だ」
ほんの数分しか話してなく今日あったばかりの彼女なのに彼女の目が、髪が、手が、足が、全てが神々しく吸い寄せられた。もう二度と会うことないと思うと勇気をもってウチャド(携帯のメールアプリで別名はウェイシンともいう)聞けばよかったとおもうばかりである。
これが僕、王様と彼女、大山美穂の出会いである。
2
僕は入学式を終えると退屈だったとひたすら思いやっと終わったと体を伸ばした。
説明によると僕はどうやら1-1のクラスであるらしくクラス表を確認していた。
青山わたる 飯塚風織 于峰 黄紅藍 王様、、自分の名前を見つけた後に一つ下の枠の名前を見て心臓が止まりかけそうになる。なぜなら彼女の名前である大山美穂がしたにあったからだ。
クラスがまさか同じだったなんてなんてついているのだと心の中でガッツポーズをした。
入学式を終えた大半の生徒はお昼時なので食堂に集まってランチを食べている。もしかしたら大山さんも昼食を食べているかもしれないと淡い期待を寄せながら寄ってみることにした、まぁお腹がすいていたのもある。
食堂に入りメニューを一目した僕は迷うことなく日替わりランチを買い食券を係りの女性に渡す。待っている間に大山さんの姿がないかくまなく探すと友達だろうか、さっき話してた待ち合わせしてた子だろうか、長テーブルに向かい合って大山さんと女の子が座席についているのを確認できた。
大山さんは一番奥の左側に座っているので近づきながら声をかけようとしたら向かい側に座っている女の子の何気ない一言が耳に入ってきてしまった。
「片目が変なのに可愛いのって羨ましいな。私だったら顔が崩壊しそう」。
右目を眼帯で隠しているのは朝から知っていたことなのでそのことを多分言っているのかと思いそれ以上のことは思わなかったので「隣いいですか」と言いながら相手の返答を聞く前に席についた。
大山さんは何か言ようとしてたところに僕が隣に座ったもんだから目を大きくまん丸にしてこちらを凝視している。
「おうよう君じゃん、まさか同じクラスだったなんてね。私も驚いたよ、改めてよろしくね」。
「応用?大山ってこんな外国人の友達いたん?」
よろしくを返す前に間に割って入ってきた僕の名前の発音が完全に応用のそれになっている女の子はやはり友達なのだろう、僕と大山さんの関係を訝し気に見ている。大山さんはことの経緯を友達に話す。どうやら友達は中学が一緒のクラスメイトでそれほど親しい間柄ってわけでもないそうだ。名前は前田心輪というらしい、心の輪と書くわりにはここあとこれで読むらしい。
前田さんは僕の顔をまじまじと見つめると何かを察したかのようにあ~と頷きながら発言する。
「王も片目が変やし、片目が変なことがきっかけで仲良くなったん?」。
色々とツッコミどころ満載な前田さんだが僕はまた何か言いかけた大山さんより早く口を開いた。
「前田さんは例えば青い目や緑の目を変な目で捉える人ですか?」。
僕は前田さんがどういう意図で発言したか真意を確認するために訊いた。
「東アジアの人が青や緑なら変に思うかもな~、それと色ってわけじゃないわ、王は黒い眼の部分が左右で大きさ違うやん。左右で大きさ違うん変と思ったで」。
僕はこの前田さんがステレオタイプの人と気が付くと同時に友達ではなくクラスメイトの間柄であることを納得する。前田さんが友達だったら何故と首をひねってたところだ。
「理解しました。僕たちは今日の朝に駅ではじめて会いました、ただ大山さんは僕に親切をくれました」。
すると大山さんはえっへんとまんざらでもないようすでしたり顔をしてる。したり顔をしている大山さんはもう定期無くさないようにと言わんばかりにこちらを見ている。一時期は守りたいこの笑顔という言葉が流行ったが殴りたいこの笑顔も流行ってよかったのでは?とこの顔見てふと思った。
「親切してもらったんだね、美穂は片目違う子にシンパシーでも感じたん?」。
なるほど親切はしてもらうという形で使うのかと学習した僕はシンパシーの意味が分からなかったのでこっそり携帯で意味を調べている間に大山さんは答える。
「いや定期を落とした人を放っておけなくてさ、拾ったんだ」。
意味を調べ終わった僕は大山さんの方に目をやると満面の笑みでまるで向日葵の花が太陽の光を浴びて気持ちよさそうにしてるみたいだ。
「大山さんは定期を拾った。だから僕に頼み事する選択ができます。コーヒーでは足りないです」。
僕は接触する機会がほしくて興奮気味にまるでこっちがお願いしてるかの調子で話した。
すると思い出したかのように大山さんはお願いごとをした。
3
僕たちは昼食を終えると駅に向かい歩いた。前田さんは自転車通学みたいなので学校で別れの挨拶をした。話しているうちに判明したことだが彼女と僕の最寄り駅は隣らしく彼女の最寄り駅まで僕はついていくことにした。なんでも彼女は絵を書くのが好きなようで僕をモデルにしたいと言い出したのがことの始まりだ。画材を指定された鞄とは別の鞄に入れているみたいだ。電車の中でコーヒー好きなの?
とか絵はいつから書き始めたの?とか朝に訊きたかったことを思う存分訊いた。聞き終わった後に意を決した彼女は心中を吐露する。
「私の片目のこと聞いたよね、気にならないの?」。
「意識したことない、コーヒーはなんの銘柄を何で普段飲んでいるかの方が気になる」。
「本当にコーヒー好きなんだね、私は王様君の目が病気かどうか気になるんだけど訊いてもいい?」。
「僕の目は病気に分類されるけど今のところは問題ない、瞳孔不同と言います」。
「僕の場合は単純瞳孔不同で良性と眼科医から診断されてます」。
「瞳孔不同は痛いの?」。
「痛くはないし違和感もないです」
「そっか病気が原因の瞳孔不同じゃなくてよかった」。
「話し戻すけどコーヒーはフィルターでよく飲む銘柄はグアテマラにケニアをブレンドしたものかな、最近はマシン買ってもらったからカフェラテものむけど」。
「ブレンドするの?僕したことないからやってみたい、モカマタリでお勧めのブレンドある?」。
「モカマタリ好きならお勧めできるお店知っているけど今度、行ってみない?」。
「ぜひお願いします」。
なんて過ごしていると最寄り駅に到着し二人は電車を降りる。幸せな時間とはあっという間にすぎるものだと痛感させられる。僕はウチャドではないLINKという別のコミュニケーションツールのアプリを彼女と交換することに成功した。駅をでると僕の最寄りと同じように商店街が建ち並ぶ風景だった。ネオンサインの明かりを発している看板が所狭しと飾られているのに日本の昭和を日本人は感じるみたいだ。商店街を抜け坂を上ると住宅地とひらけた空き地スペースが目に入ってくる。空き地スペースに僕と大山さんは鞄を降ろすとスマフォで僕が景色に入りこんでる写真を一枚とる。写真を撮った後に彼女はスケッチブックに鉛筆で景色を描き始める。
「高校に美術部あるけど入部するんですか?」。
「ううん、しない。私は気ままに絵を描くのが好きなの。キャラクター描いたり幻想上の生物も好き」。
「だけど水彩、油彩とかで風景を描くのが一番好き」。
「風景ってそこにいる建物、人によってころころ顔を変えるのが面白いんだよ」。
ニコニコしている彼女に晴れやかな気分になり乾燥している空気もまた違って見えた僕はモデルになりながら質問する。
「大山さんが見ている景色は今どんな顔をしていますか?」。
「出来上がってからのお楽しみでいいかな?」。
僕は了解の意を示してから彼女が描いているのを眺めてた。
出来上がったそれを見て僕と彼女とでは世界の見え方が違う、なんとなくそう思わせる出来栄えだった。世界とはだれが見ても普遍的であり絶対の真実であると思ってた僕は彼女がどういったフィルターを通して世界を見てるのか俄然、興味が沸いた。彼女が見る、見ている世界は余りにも悲しすぎてどこか僕を不安な気分にさせた。端的に言えば彼女の世界には焦燥感がフィルターされて映し出されていると感じた。
「どうかな?」
首をかしげながら眼帯してない方の目で僕の目をじっと見ている。僕は焦燥感がフィルターされている感想をここで伝えるべきか悩んだ。悩んだ結果、絵は上手いとなんともでたらめに言ってそうな中身のない感想が出来上がる。
彼女は不満そうにもっと他に言うことないの等の愚痴を漏らしてる。僕は絵の感想とは別に切り離して訊いてみることにした。
「大山さんにとって世界って綺麗に思いますか?」。
ひょっとしたら彼女の絵から滲みでてるこの焦りは彼女の目と関係あるのだろうかとも思うが関係あってほしくないとも思った僕は直接的に訊くことを無意識に避けた。
「えー?そんな哲学的なこと訊くのー?綺麗なんじゃないの?」。
質問の答えになってない答えを彼女からもらった僕はどこか儚く空しい、それであって世界に嫉妬してるような彼女の顔を目の当たりにする。
彼女が見ているこの景色と僕が見ているこの景色が違って見えていいはずがないと思った僕は彼女に懇願して今度は僕が絵を描くことにしてみた。僕のことを絵を通して知ってもらいたかったのもある。
普段、絵を描いたことはないので苦労はしたがそれでもパース図法を使って倦まず弛まず描いた。
「できた。見てください。」
素人が描いた絵なので出来栄えはやはり悪かったし笑われるとふんだが彼女は予想に反して目を瞠り口をパクパクさせている。しかしハッと我に返ったの如くフフと声をあげるとまた笑顔に戻る。
「絵は下手だね」。
僕は黙ったまま彼女を見てる。
「でも」。
「でも?」。
「暖かい世界だね。」
彼女はそういうと黙り込み沈黙が二人を包み込んだ。
「帰ろうか」。
しばらくすると彼女からそう提案があった僕たちは帰路につくことになった。
日はすっかり落ちていて鰯雲が空を覆いこんでまるで水が沸騰して澱んでいるのかのようだ。それに呼応するが如く烏の鳴き声がけたましく鳴り響いていた。
4
入学式が終わり始めての授業を終えた週末の土曜日に僕は眼科の病院に来ていた。
はじめての授業はいつも通り自己紹介の時に名前を散々ネタにされたがいつものことだったのでI am KINGと遜って自己紹介して場を治めた。ちなみに冠氏のaは実際にどこかの国の王ではなく王という概念である説明をするだけなのであえてつけないのが自己流の挨拶でもある。ようは拘りである。おうようという発音がoh youだねとも言われたがそれは日本語の話しであって実際はwang yangなので英語ではそんな心配しなくてもいいのだ。若いひとつと訳せそうなら分かる。one youngの方が聞こえる。
目についても色々聞かれたのでその度に反応して自分の目について応える。彼女はまだ眼帯をつけたままだったので彼女も怪我したの?なんてひっきりなしに訊かれていて少々うんざりしてそうな姿を拝見できた。
話しは戻るが僕は良性の診断を受けてはいるが誤診や悪性に変わる可能性も考えてと月に1回は定期検査を受けることを母親と約束されている。この日は日曜日にデートの約束を取り付けたのでいつも日曜日に空いてる病院から土曜日空いてる他の病院に変えたのだ。定期検査にしては大袈裟な病院に来てしまったがデートの約束の方が大事なのであまり気にしないことにしてた。
なんてことを1人で考えてると僕は白杖を持って歩いてる制服を土曜日なのに着ている同い年ぐらいの女の子が財布を落とすのを見かける。制服を着た子は点字ブロックと周りを白杖でこつこつとたたきながら歩いている。僕は迷惑にならないように斜め後ろから財布を渡すために声をかけた。
「お財布落とされてますよ」。
僕の斜め後ろからの声に体をビクつかせながら顔を後ろに向ける女の子の目は固く閉じていて完全に見えない感じが彼女から醸し出されていた。
「ありがとう」。
ペコペコと頭を下げる彼女に手の上に置きますと一声かけて財布を渡す。
コミュニケーションが問題なくとれているあたり後天性の盲目なのだろうなと思いながら彼女が去るのを見送っていた。財布を渡すことに満足していて財布と一緒に落としていた学生手帳に彼女がいなくなってから気が付いた。○○盲特別支援学校と書かれている生徒手帳には松田萌笑もセットで書かれている。日曜日は大山さんとカフェに行く予定があるのでこれからその学校に届けに行くことにしたそのときだった。
「お母さん、私もう16歳なる高校生なんだから目の受け取りぐらい1人でできるよ」。
「義眼制作センターじゃなくてここで受け取れるようにした理由を美穂は忘れたの?」。
聞きなれた声にびっくりして声のしたほうに振り向く。
「…大山さん?」。
彼女も聞きなれた声に驚きこちらを凝視する。僕は聞こえてはいたが聞こえてない体で偶然じゃんと声をかけ母親にもクラスメイトの王を自己紹介した。彼女は聞こえたの?と質問しすかさず僕は何のこととしらばくれた。いつも通り右目に眼帯をつけている大山さんはいつにもまして輝いて見える。
”僕は多少は親しくなったであろうと判断しいつもと口調を変えてみることにした。”
「そういえば眼帯してたもんね、今日はそれで?」。
「そんなところかな。王君は目やっぱり悪いの?」。
「いや本当にただの定期検査だからなんともないよ、大山さんもこれから帰るの?」。
「お昼ご飯これから食べる予定だよ、ね!お母さん」。
彼女の天使のような笑顔につられて笑顔になるがおそらくニヤニヤ顔になっているのだろう。顔をひき
つらせているのが自分でも分かる。
「ふふ、美穂。ついてきておいてアレだけどお昼は母さんと食べる?王さんと食べる?」。
彼女の母親の提案に嬉しいながらもどこか心を見透かされているようで恥ずかしい思いにもなる。母親も彼女と同じく低身長で年齢もさほど感じさせないスラリとした体格で全身華奢という表現はこのためにもあると思える。
「もう、お母さん!」。
「そんな顔しないの。じゃあ母さんの店に寄る?」。
大山さんは見せたことない鋭い目で母親を睨んでいるが顔が顔なので天使が悪魔の真似をしているようだった。
大山さんの母親はどうやらカフェを営んでいるみたいだ。店名は普通に大山コーヒーというらしい。大山さんにどうするか訊かれた後に行ってみたいと返答し大山さんに付いていくことにした。大山さんは母さんの店に行くけどついてこないでと反抗したため母親は結局、ついてこないことになった。
5
大山さんについて行った店はこじゃれた西洋のデザインでロココ様式の意匠が施されたモダンの室内にペンダントライトがオレンジ色に光っていて雰囲気がでてる。ベッセル型の洗面器で手を洗い席に戻った。結局、母親は途中で解散し僕と大山さんの二人でお店に行くことにした。大山さんを改めてみるとアースカラーでまとまったワンピースに茶色いブーツを履いていていわゆる森ガールといえる恰好をしていた。低身長なのでどこか赤ずきんやエルフを連想することができる可愛らしいファッションとなっていた。
「ねぇねぇ、ゲームしてみない?」。
天使の顔がニヤニヤと挑戦するような顔をし今度はあまのじゃくのように邪悪なんだろうけど純粋ともいえる顔で提案を受けた僕は一体全体何をするつもりなの?と聞き返す。
「このメニューの中で私が一番よく頼むコーヒーはなんでしょうーか!」。
メニューを渡されるとありとあらゆる銘柄がそろっていて尚且つローストもシナモンロースト以外は全部選べる仕様になっていた。グレードぐらいが選べないだけで後は何でも選べるお店ははじめてみたので少々たじろいだ。
「よく注文されるのはオリジナルブレンドかな、一番安いからかもね。あぁちなみにグアテマラじゃないよ。」
僕はグアテマラだと思っていたので落胆する。それにしてもメニューが多い。淹れ方はほとんどがサイフォンでいれるみたいでカウンター越しに理科の実験器具のようなコーヒー器具が散見される。なんとトルココーヒーも注文できるみたいでトルココーヒーなどの例外ではサイフォンで淹れないみたいだ。
決められなかった僕はヒントをもらうことにしたのだがコーヒー生産量2位の国と答えが返ってきてふきだしてしまった。
「いや答えだしロブスタ種の豆が好きなの?」。
ふふふと声に出しながらおかしくて笑ったが本人は大まじめに「だって他のお店はなかなか置いてなくて飲めないからね~」と目を閉じ人差し指を上に向けながら力強く発言した。答えのベトナムを言ってないが2人の中では周知の事実なので特に問題はなかった。
「私は決まったけど王君は決まった?」。
「うん、決めているよ」。
そう言うと大山さんは店員を呼んでベトナムコーヒーとブラジル豆を2つ、そしてイタリアカプチーノに2人分の軽食を注文する。
「モカマタリは飲まないの?1番すきなんでしょ?」。
待っている間にこう訊かれたけど家に購入している豆があるので普段飲もうと思っても飲めないカプチーノとバランスがいい豆を飲む気分になったと伝えた。
軽食を食べている時に授業とかクラスメイトとか共通の話題をし盛り上がった。大山さんは社会の歴史、地理が好きみたいなので今度教えてもらうことにした。
そうこうしていると注文してたコーヒーが届きさっそく2人で飲む。
いつも1人で飲み、カフェ巡りなんかしたことなかったので大山さんと飲むコーヒーは格別に美味しかった。
「本当は聞こえていたんでしょ、義眼のこと」。
ふいにそう言われた僕は危うくコーヒーを吹き出しそうになりむせた。
「眼帯の奥はどうなっているとか本当は気になってない?」。
不安そうに続ける大山さんにたいし真面目な顔をして僕は自分の意見をだした。
「話したいなら話せばいい、大山さんのことはもっと知りたい。うーん、この場で適切な返事かはわからないけど大山さんが辛いときは力になりたいって気持ちはあるからそのときは協力させてほしい」。
目のことで色々な思いをしたのだろうと判断した僕は反芻する。僕は義眼になったことないから大山さんの気持ちは分からないし変わってあげることもできない。でも辛いときにもし誰か傍にいてほしいときはその時は傍にいさせてほしいと思考が固まったので出す。
その言葉を聞いた大山さんはどこか儚く今にも消えてしまいそうな風貌でそっかとため息交じりにいう。
食事を終えて店内をでると雲一つないのどかな空が僕たちを包み込んでくれた。
6
しらす雲が並んだ暖かい風が昨日とはうってかわって吹いておりいよいよコートを着ている人がいなくなった朝に僕と大山さんは第一種低層住居専用地域でコンビニ1つない閑静な道を歩いていた。今日の大山さんは義眼をしているからだろう、眼帯はしてなく上は黒のフリルがついたシャツに下は白地にベージュ、グレー、ブラウン基調のタータンチェックが入ったスカートに黒のパンプスを履いている。さながら英国風ファッションだ。髪も肩につくかつかないかぐらいだがハーフアップに仕上げてる。
ピンポーン。聞きなれた日本のチャイムを押したときの音が耳に入り込んでくる。僕の隣には大山さんがいてこんな偶然ってあるんだねーと小声でポツリとこぼした。
いま僕たちの前のごくありがちな赤い屋根の一軒家は大山さんによれば僕が昨日、財布を渡した女の子、松田萌愛の家だ。大山さんは中学で同じクラスだったし家も隣同士の知人の話しを聞いたときは世間はなんて狭いんだろうとしんみり思った。
昨日、カフェデート(これは僕の主観だが女の子と2人でお店に行くのはデートと思ってる)した帰りにどこに行くかの話しになり盲学校に行こうと思ってると伝えると興味津々で追及してきたのでことの顛末を教えた。それからは先述の通りである。
はいとインターフォン越しに女の子の声が聞こえ大山さんが対応する。数分後に昨日、出会った女の子が慣れた手つきで扉を開ける。2人は久しぶりなどと声を重なて再会をかみしめている。ある程度の時間が経ったのち気配を察したのかそこにもう1人誰かいるのと松田さんは大山さんに訊いた。大山さんに僕のこと紹介してもらい挨拶を交わした。
「ここで立ち話しもなんだし美穂あがっていく?」。
「いや、ただ落とした生徒手帳を届けにきただけだよ」。
大山さんは家に訪ねた目的を伝えるとあー!と驚き閉じている目の代わりに口を大きくあけて腑に落ちた様子で首を縦に振っている。昨日生徒手帳も落としたことに気が付いた様子だ。
「ありがとう、えっと…王さんが苗字でいいんだよね?」。
「はい。王が苗字で様が名前です、昨日は生徒手帳の方まで気が付かなく今日は改めて届けにきました」。
「萌える愛でモエですよね?あなたにぴったりでいい名前ですね」。
僕は第一印象での感想をそのまま正直に伝えると向こうからも王様っていい名前だと思うと本心かお世辞か分からない返しをしてきたのでそれは嬉しい、名前でいい名前といわれたことないと話す。正直に言うと嬉しいのは本心だがどういう意味でいい名前と評したかによっては立ち直れないとは思う。偉そうな態度が王様っぽくぴったりな感じなのだろうか。
松田さんはその後は結構な時間を大山さんと話していて微笑ましいばかりだった。もっとも2人は付き合っているの~?の質問に即答でクラスメイトで偶々、萌愛のこと知ってた私が一緒に届けにきただけと一蹴したことは僕の心を抉った。いやいやこれからだよと自分に言い聞かせて平穏を装った。
生徒手帳を渡し立ち話しも終えたので僕たちは約束していた例のお店に行くことにする。
歩いている途中で松田さんは中学のころは弱視で卒業するまでは全盲ではなかった、先天性の白内障で小さい頃に手術をしたがその後も原因不明の緑内障を発病、後発白内障と目に関して苦労が絶えなかったみたいだ。
そうこう話しをしてるうちに目的のお店につく。天気予報では曇りだったがポツポツと雨が降りはじめた。念のためにと持ってきてた折りたたみ傘を僕と大山さんは差す。
お店の外観は本当に普通の一軒家という一軒家でとてもお店には思えなかったが一軒家の前にはsimizu cafeとチョークで黒板に書かれ黒板はイーゼルに置かれていてなんともオシャレな看板があった。個人店にしては珍しく食品サンプルもセットで机に置かれている。店内へはレンガ畳が敷かれた小庭を通るがちょっとした川もあり西洋と東洋がうまくマッチしてる風景になってる。
店内は玄関が最初に出迎えてくれて靴は脱がずそのまま4人掛けテーブルにセットで置かれてる椅子に腰かける。いらっしゃいませとカウンター席越しのキッチンから1人の30代の女性が涼しげな笑みでこちらに挨拶してくる。馴染みの店なだけあってメニュー表をさっと僕に渡すとモカマタリコーヒーのページを教えてくれる。
「酸味の効いたフルーティーなコーヒー飲もうと思ったきっかけってなにかあるの?」。
「いやフルーティーって単語が辞書で読んでも分からなくて味が知りたいなって思ったのがきっかけだよ、苦みと酸味と甘い、渋いは予想できるけど」。
ふふっと微笑を作り僕は続ける。
「フルーティーってレモンとかオレンジとかマンゴーのように甘く酸っぱいイメージをしたからおいしそうと思って飲んだら全然予想と違くてあぁこれが”フルーティー”なのかってなった」。
「それがモカマタリ好きなきっかけなんだね」。
「うん、そうだよ。フルーティーを知らないのがそもそもモヤモヤしたから解決できてよかった」。
「王君は知らないことはそのままにできないタイプなんだね」。
ハハと笑いながらバレないように携帯でタイプの意味を調べた。
2人で注文を済まし会話しようとしたところで玄関の扉が開きお客が入ってくる。2人で一瞥したところで見覚えのある顔に気づき2度見した。入ってきたお客はまごうことなき入学式で一緒に話した前田心輪だったので心中、僕は快くない気持ちになる。せっかくのデートをまた目のこと含め茶化されたくなかったのが大きい。
「あれ?大山と王じゃん、デートしてんの?」。
こちらに気が付いた前田さんは例のごとく茶化しにきて溜息がこぼれそうになる。デートと言えばデートなんだが他のクラスメイトの感覚だと告白してOK貰えば付き合ってデートするって感覚が僕には理解できなかった。ちょっとづつ一緒に出掛けて親睦を深めて一緒にいる時間が心地よくなったら告白するものだと僕の中では思っている。
僕はなんて答えるのがベストなのか分からず口をつぐんでいると大山さんからカバーが入る
「今日はね、王君にオススメのカフェを教えているんだ!ここのモカとモカマタリ美味しいんだよ!」。
絶妙に答えになってない生返事をする。どっちかというと僕に話しかけている印象だ。
「教えるだけでいいのにわざわざ一緒に来てるってお前ら仲いいの範疇超えててきっしょ、王はこんなちっこい大山好きなん?ロリコン?」。
「私から誘っているからそんな言い方しないであげてね、クラスメイトだから仲良くしたいって思っただけだよ」。
少し困ったような顔で言葉を選んで口にしてる大山さんはどっちかというと僕の心配をしているようだ。僕の心情は好意を持ってるのは否定したくないしデートも否定したくない、そもそも人に愛情を持つことの何が彼女は気持ち悪いのか理解できないので怒りというよりは未確認生命体が人類には理解できないことを論じていていい気になってるのを眺めている気分だった。
「クラスメイトってただの学校からおんなじ箱に入れられただけの他人じゃん、仲良くする発想なんてこれっぽっちもなかったわ」。
前田さんは仲良くする必要を感じないなら今、なぜ僕たちに話しかけているのだろうかなんてかんがえていると勝手に僕たちがかけている4人テーブルの大山さんの方の空いてる座席に座った前田さんはモカを注文した。
「あっそうそう、前田さんもここのお店よくくるの?」。
話題をそらしたかった大山さんは自然に疑問を投げる。
「なーんか大山は中学からだいぶ変わっとるけどなんかあったん?あ!?もしかして好きな男の子の前ではしおらしく振る舞っているん?」。
そう言われた大山さんは笑顔は一切作らずにハハと乾いた声をだす。心なしか僕目線は中学から性格が変わっている発言になにか気が付かされハっとしている様子にも思える。
「あの、話しかけた目的ってなんですか?」。
僕はこのままでは心地よくない雰囲気が続いてるのでわざわざ話しかけにきた目的を問いた。仲良くする必要がないなら話しかけにくる理由もあるはずだとも踏んでいる。
「いや社会の成績だけぶっちぎりで大山よかったから教えてもらおうかなって思うたんよ、こんな面で社会いつも90以上取ってたからクラスでは社会特化チビってあだ名ついてたんよ、あっなんならお金払うけどいくらぐらいが相場なん?こう言うのって」。
…そんな名称で呼ばれてたのかと僕が思うと大山さんは「王君の前で中学の話しはいいでしょ」と割りかし強めに声を荒げた叫んだので店内が一瞬静まりかえる。
「ごめん社会なら他の人に教えてもらって。王君と約束してるから」。
顔はあくまで真顔で冷静に淡々と述べているが前田さんはお構いなしのようだ。少し松田さんは黙った後に疑問を呟いた。
「中学の頃って誰にでも平等に接しなよって私に大山は言ったけど平等に接してくれないん?」。
あくまでも純粋そうに見える悪意の見えない言い方だが言ってることは悪意に満ちてる前田さんの一言で大山さんは何かを言いかけるが結局は何を言わない、言わないと言うよりは何も言えないが正しいかもしれない、目を真っ赤にするとお店から飛び出してしまった。置いてかれた僕は慌てて追いかけようとするが前田さんに「お金払わないで出ていくの2人揃ってやばくね?私が全部これ払うん?」って怒りながら腕を掴んできたため追いかけられなかった。お金を払い僕は店外に出るが雨は本降りになっていて視界が悪くもう大山さんの姿は確認出来なかった。携帯もかけるが連絡はつかない。僕は途方に暮れて土砂降りの中、雨に打たれながら帰路に着く。しばらく力なく歩いていると不意に足に何か押された感覚がしてその方向を見ると白状で僕のことをつついた松田さんがすみませんと言いながらお辞儀をしている。
「松田さん?」。
「あれ?その声は王君?傘差している?差してない気がするけど?」。
「その…大山さんとはぐれちゃったんだ、電話も繋がらなくて困ってる」。
「私の方からかけてみようか?その前に雨宿りできる場所まで行きましょう?」。
声はすごく驚いているのは分かったが表情は微塵も驚いている風にはみえない松田さんの提案を我にかえった僕はのみ、近くに流れ造りの神社があったので神社の庇で雨宿りした。途中、階段あったので階段そろそろあるよと伝えたりした。
神社に着くと松田さんは慣れた手つきで携帯を取り出すと携帯を耳にあてながら何やら操作している。携帯にむかってはい!携帯さんと言いRINE開いてと言うのが聞き取れる。画面まで行くとキーボードを操作するがキーボードのOに指を乗せるとオーと携帯が読み上げているのが分かる。なるほど目が見えない人のための操作方法もあるのかと感嘆していると大山さんにメールを送ることができたようだ。
「松田さんはなんでも1人でするの?」。
あまり他人のそういうことには深く考えたことをしてこなかった僕は無意識に僕自身からでてきた言葉に驚いていた。松田さんはにっこりしながらしたり顔をしてどこか大山さんの雰囲気を思い出す。
「はじめは苦労したけどね、なんとか自宅周辺と学校までのルートは杖使えば1人で歩くことできるよ」。
傘はお賽銭箱までの階段のところに置き白杖を折りたたんで持ちながら両手を背中に回し組むと回転しながら松田さんは続ける。
「どうしようもできないこともあるね、自動販売機だと飲みたいもの飲めないしカラオケは選曲するのに時間かかりすぎて面白くないし…でもほとんどのことは指先の感覚と聴覚でどうにかなってるよ、今、私ダンスもできてるでしょ」。
「お金とか払うときってどうしているの?」。
「お札って実は千、5千、1万で大きさ違うから綺麗に整えれば何かは分かるんだよね、まぁ後は何を持っていたか記憶して物を動かしてないからなんとかなっている感じかな」。
僕は生きていく上でお金の大きさの違いまで凝視したことがないので改めて視野の狭さを覚える。
松田さんは回転するのを止めると僕の声がしてた方を正確に向き体を傾けて上目使いになる。耳と気配を察知する能力が松田さんはあるようで心底、人間の神秘さを感じる。
「信号はすごい怖いからなるべく使わなくていいルートを使ったりとかしてるよ」。
「そっか」。
こんなにも力強く生きている松田さんに生きていることの再認識と命の輝きを実感させてもらいいつまでも落ち込んでいられないなと思った僕は改めて大山さんに連絡をするがかえってこない。
びしょびしょだった服は時間が経ち生乾いてきたあたりで松田さんは僕に大山さんが行きそうなところを訊いてみる。松田さんはそうだな~と一瞬、考えた後に心当たりある場所を教えてもらう。
「美穂はね、雨が降ってないなら空き地でよくお絵描きしてたんだよ、将来は絵に関する仕事をしたいとも言ってたな」。
折りたたんだいた白杖を伸ばし一緒に歩いた僕たちは大山さんの行きそうな公園に行くことにした。
「雨が降っているから多分、こっちの雨宿りできる方の公園だと思う」。
ちょっとだけ自信ありそうな声で松田さんは僕の後ろから喋る。大通りとまではいかないがそこそこ広い道に歩道もしっかり整備されたコンビニや塾が立ち並ぶ道を歩いている。反対側から片手で傘をさし片手で自転車に乗ってる人が来て僕はそのことを告げ端に寄るがどうしても傘のぶんスペースをとってしまう。松田さんは杖を上手に使いながら端に寄る。自転車はそれでもスペースがたりなかったらしくすれ違いざまに思いっきり舌打ちをされる。抗議の声をかけようとするが既に自転車はどこかへ走り去ってしまい姿が見えない。僕は松田さんに謝罪するとお礼と謝罪が返ってくる。大山さんが僕を置いて行ってどこか勝手に行ってしまったのとさっきの自転車の件で心に余裕がなくなっていた。争いというのは自分の気持ちよさを優先するから起こると思っている僕は自転車もそりゃ自分の通る道が通れないなら気持ちに余裕がなくなるのは容易に想像できるが今回は松田さんが後ろにいるぶん、もう少し盲目者に対して理解の言動があってもいいのではないのだろうかと遺憾の意を唱えたかった。大山さんに関しては前田さんの発言に心に余裕をなくした今の僕と同じなんだろうかと大山さんの心情を察してみる。
目的の公園を目指している最中に先程のこともあり唸ってしまっていたのが聞こえたのか松田さんはさっきのこと気にしてるの?と不安そうな声調で訊いてくる。僕は松田さんのせいではないけど心に余裕がないのは確かかもしれないと正直に伝えた。すると松田さんは何かを思いついた様子で僕の前にでて自動販売機の前に立つ。
「ここはよく通ってたから自動販売機があるの覚えているんだ。」
見えはしないだろうが僕の気配を察して顔を僕の方に向ける。
「私がボタンを押すから自動販売機にある飲みたいもの言ってみて」。
唐突な話しだったし大山さん探してる最中だったけど気を使わせてしまったのが申し訳なく提案に乗ることにした。
「ごめん、気にさせたなら申し訳ない。僕はgaidouコーヒーかmixコーヒーの缶コーヒーじゃあ飲んでみたい」。
「オッケー、その2つの場所はもう変わっているのかな。どっちも確か1番下の列だよね?」。
「合ってる、物覚えがいいんだね。」。
「知ってる?ほとんどの自動販売機って大きいペットボトルが上の下が缶コーヒーの間がジュース缶とかなんだよ」。
「知らなかった、また変な知識がついた、ありがとう」。
「その変な知識を雑学って言うんだ」。
雑学…なぜ雑な知識なのかツッコミたいがツッコミ入れようと思うと既にボタンを押し終わってて違う種類の缶コーヒーが手には握られている。
「惜しい、それはmandaコーヒーだね」。
「くぅー外したか、結構いい線言ってたと思うんだけどなぁ」。
2つコーヒーを買っていた、(正確に言うなら実際に買ったコーヒーは狙ったコーヒーではないのだが)内の片方を僕に渡すとここで飲もうと言われここで飲むことにした。
「買ってる間に思いついたんだけどクイズもしない?他のことにも頭使うと冷静になれるかもよ」。
「じゃあ、その挑戦受けてたつ」。
「じゃあいくよ、少年は喉がからからに渇いていた。目の前には自動販売機があり手元にはお金もあった、なのに少年は飲み物を買わずにそのまま家に帰ってしまった。いったい何故でしょう」。
「ヒントは何かないの?」。
「はいかいいえで答えられる質問をすることができるよー」。
なんかどっかで聞いたようなルールのクイズだと頭の片隅で思いながら僕は次々と質問した。
「そのお金はその国で使えるお金ですか?」。
「はい」。
「少年は買えるだけのお金は持っていた?」。
「例えば120円のジュース買うなら120円以上は確実に持っているよ」。
「少年は他に急ぎの用事はあった?」。
「いいえ」。
「少年が飲みたい飲み物はその自動販売機にあった?」
「はい」。
「少年は目は見える人ですか?」。
「はい」。
「お金を他に使うから飲み物に使えなかったですか?」。
「いいえ」。
「買えなかったのは少年のせいですか?」。
「そうとも言えるしそうとも言えない」。
「自動販売機のせいで買えなかったですか?」。
「そうとも言えるしそうとも言えない」。
いくつか質問をしたがまるで分からないし買えなかった原因が少年にも自動販売機にもあるようでないって理由が分からない。諦めて僕が参ったと言うとじゃあ答えはねーと松田さんが言う。
「少年は1万円しかもってなかったので自動販売機でジュースが買えなかった」。
「あ~なるほど、自動販売機は1万が入らないから買えなかったのか、そう言われると納得する」。
「でしょ~」。
どことなく嬉しそうな顔をしてる松田さんはじゃあ公園に行ってみようか?と言われて足並み揃えて歩き出す。
目的の公園に着くと確かに屋根があって雨宿りできる空間がありそうだ。僕は急ぐ気持ちを抑えながら屋根の下をのぞく。
「どう~?いた~?」。
松田さんに言われてるのをお構いなしに走り出した僕に気配を読みちょちょ?と焦る声が聞こえる。屋根の下には松田さんの予想通り大山さんがいた。僕は大山さんの目の前まで行くと「心配したんだよ」と声をかけにいく。
出会うがいなや「どうして、ここが?」と驚きを隠しきれない大山さんが椅子に座っていた。屋根の下にある椅子は見たところ濡れてはなさそうだ。僕は正直に松田さんに教えてもらったことを言うと後ろからゆっくりと、しかし声は早口で松田さんが僕を咎める。
「ひどいよー、置いていくなんてー」。
「…ごめん、置いてきちゃった」。
「じゃあ許しますー。次やったらもう知らないからね!」。
不貞腐れた松田さんに対して大山さんが心配でついやってしまった。次は気をつけると正直に誠心誠意謝罪する。
「萌笑と一緒なんだ…」。
少々、どうしてと悩んでかつ葛藤してそうな歪んだ顔をする大山さんを見て困惑するがとにかく見つかってよかったと思う。
「たまたま神社の近くで会って一緒に探すことにしたんだ、メールで知ってることでしょ?」。
「怒らせたのは本当にごめんなさい、どうして飛びだしてしまったは言い訳にしかならないかけど聴いてほしい」。
真摯な目、そして今にも泣きだしてしまいそうな顔をして大山さんは言うがむしろその態度で言われるとこちらの方が何か悪いことをしたような感じになるので止めることにした。きっと前田さんにああ言われたから気分がよくなかったのだろうと推測した。
「心配はしたけど怒ってもないし飛び出した理由も話さなくていい、中学での思い出を話すよりこれからの思い出を作っていきたい」。
「怒ってないの?理由も気にならないの?」。
俯きながら目を合わせず大山さんはもじもじしている。
「本当に怒ってないし話したいなら話せばいい。心配したのは本当、だから勝手に傍から離れないでいてほしい」。
ビシッと大山さんの合わせてくれない目を見つめ正直な気持ちを送る。
大山さんは顔に疑問を受けながら「どうして怒らないの、どうして気にならないの?」とポロっとこぼす。
「僕にとって大山さんはもうよく話すほかの人とは位置が違う…特別な人っていうのかな、だから」。
すると残念そうな顔をして「そっか、今日は本当にごめん」と重ねて謝る大山さんに対して「まぁ何もなくて良かったね!」と明るく元気な声で話す松田さんであった。
「なんで特別…」。ポツリと誰かがこぼすのを僕は聞いた
「ん?」。
しかし返事はどっちからもかえってこない。
諦めて大山さんの方を見つめ直すと何か不満気な大山さんは左目が赤く充血して1粒水滴を落とした。
「心配させたかわりにじゃあお願いしてもいい?」。
怒らないことにそこまで不満気なのだろうと反芻し提案をしてみることにした。なに?と可愛らしい声が耳になじむ。
「美穂って呼んでもいい?」。
少し意外そうな、そして期待してたこととは違って落胆しているような表情で「じゃあ私も様って呼んでいい?」と返ってきた。
もちろんと返事をする、しかし僕の心にはどこか選択を間違えたかのような得体の知れない焦燥感が生まれた。しかし松田さんに勇気をもらえた僕は焦燥感があっても原因を取り払って前に進んでいく前向きな気持ちも同時に生まれた。焦りがあるなら1歩ずつ解決していけばいい。
「じゃあ1件落着でお終いね」。
前田さんの笑顔、それに呼応するかのように雨がさっきとは違い弱まり傘を差さなくてもそんなに濡れないレベルになる。僕は松田さんの明るい笑顔で雨が弱まったのかなと冗談を心の中で思いながらお礼をする。
「ありがとう、松田さんのおかげで元気がでたし、そのうまく表現できないけど生きる力ももらえたよ」。
私は何もしてないよって謙遜しているが顔はどことなく嬉しそうでこっちまで嬉しくなる。人生不幸なことがあっても乗り越えられる力をまじかで感じ琴線に触れた僕は感謝でいっぱいだった。松田さんは帰ろうと言い3人で帰ることにした。
「さっきの自転車の人、僕がいたのに嫌な思いさせてごめん」。
僕は心残りだった本来なら僕が牽引して他人に迷惑をかけないようにする役目を果たしきれなかったことを悔いていたので松田さんに次はもっと丁寧にエスコートできるように気をつけると伝える。
「私も何も出来ないで歩くの手伝ってもらうばかりでごめん、何もできないばかりで」。
申し訳なさそうな松田さんに「そんなことないよ」と力強く否定した僕は早口に松田さんのいいところを述べた。
「僕だけだったら絶対に美穂を見つけられなかったし松田さんは何もできないことないし元気もいっぱいもらった」。
「僕は思うよ、松田さんは自分が思っている以上に地面を走れるし空だって飛べるし海だって泳げるし周りに力を与えてる凄い人だって。もっと自分に自信もっていい」。
「松田さん、もし僕が立ち止まった時や辛い時はまたお話し聞かせてもらってもいいかな?」。
「もちろん、いつでもいいよ」。
顔を俯かせ表情を見せないようにした松田さんは肯定の言葉を口にする。美穂は黙ってその様子を見守っている。なにやらどこか遠くを見てて何かを考えている。僕は美穂にもう帰ろう、暗くなるしと手を差し伸ばす。黙ったまま手を伸ばし立ち上がる美穂に僕はなんて言えばいいか分からないまま一緒に帰りだす。
僕たち2人は松田さんの歩くペースに合わせて一緒に歩く。
灰色に染まった空は雨は降ってはいるが彼方の奥の方では太陽の日差しがみえ僕らを温かく歓迎しているように思った。
傍らでボソっと呟いた美穂の灰色でぐちゃぐちゃな空と言っているのを僕は聞き逃した。
7
昨日の件もあり僕はどう声をかけようか迷っていたが幸いにも向こうはなんてことなさそうな表情で朝の挨拶をしてきたので僕も返し一日が始まる。
お昼も終わりクラスの委員を決めるために先生が前に委員の名前を書き連ねている。僕はやるなら植物の世話をしたいと思ってたので緑化委員会にしようと決めていたが美穂と同じ委員がいいと思い美穂に何委員入るのと後ろを振り向いてそっと聞いてみる。美穂は逆に僕は何に入りたいのと訊いてきたのでやるなら緑化委員がいいと希望を言うと私もそれにすると言ったので心の中でブレイクダンスをした。今の気分はウインドミルして観客を沸かしたような爽快感が全身をつたう。
無事に希望を勝ち取った僕らはよろしくねと言い合う。
なんだかんだで放課後になった僕たちは図書室に入り社会を教えてもらう。図書室に入ると勉強する前に三国志の本を借りたいんだと提案が美穂からあり僕は賛成しそれっぽいコーナーに行く。
「三国志演義って人気のコンテンツだと思ってるけど実際に好きなの?」。
「ふふふ、めっちゃ大好きなんだよね」。
僕はふと目に入った点訳本が気になったのでそれを借りた後に軽い気持ちで訊いたがこの時の僕はそこまで歴史好きだと思わず席に着いた後は熱弁を1時間ぐらい訊いた。もちろんテスト範囲になるであろう世界史の範囲も教えてもらう。
訊いたなかで分かったことは四大奇書が特に物語としては好きで諸葛亮とか曹操はもちろん李典がその手の中では好きらしく熱く語ってくれたしクラーク博士が言った「少年よ、大志を抱け。金や利己心を求める大志ではなく、名声というつかの間のものを求める大志でもない」といった名言が1番好きだし偉人なら坂本龍馬が1番好きとかいろいろ教えてもらった。
水滸伝、金瓶梅、西遊記に関してもこと細かく好きなところを聞いた。美穂は終始うきうきで楽しそうだ。
久しぶりに美穂の笑顔が見れて幸せな気分になる。先生の授業と比べるとその人物の心情と地図をセットで合わせながら教えてくれるのでわかりやすい。しかも世界史は教科書はとびとびな説明になっているが1つの地域にスポットをあてて歴史の流れを言うのが面白い。
「芸術、絵画の歴史も面白くて神様視点のデザインから人間視点中心のデザインにスタイルが変わっていってる工程も興味深いんだよね!」。
「絵を描くのも好きだもんね、将来は歴史漫画描く姿、美穂なら想像しやすい」。
「歴史漫画家かー、最近は絵を描けてないな、なんかスランプでインスピレーションが沸かないんだよねー」。
「なら美術館に一緒に行ってみない?第六感が沸くかもよ?」。
「じゃあ予定たてよ、インスピレーションって第六感なんだね」。
ノリノリで予定をたてるついでにインスピレーションはカタカナだから意味調べたらインスピレーションは日本語でいう第六感と辞書で出てきたと説明する。使い分けどうやってしてるのか訊いたが分からないと速攻で返される。ただ創作物を作ろうとするときはインスピレーションの方をみんな使うらしい。なんでだ…と腑に落ちない僕であった。
「好きな本とかは様はあるの?」。
「僕はいろんな本が好きかな、ワイン、ビール、コーヒー、紅茶の専門書、音楽、ミュージカルの踊り方、作り方、歴史に世界の言語の単語帳、心理学の本、さらに各スポーツの本、将棋の本に植物の図鑑とか最近だと猛毒生物の本とかも面白かったな」。
「いろいろな本を読むんだね、本も好きなの?」。
「うーん、成功者がしてる習慣って本に本を読むことと書いてあるから習慣にしてみたんだよね」。
続けて説明する。
「朝はジョギングにコーヒーを飲み朝食はバランスよく水も飲んでるみたいだからジョギングの正しいフォーム、ストレッチのやり方の本を買って参考にしたりコーヒーの本を買ってコーヒーの味を比べるのも楽しくなったし僕のルーツはこの【成功者がしてる習慣】っていう本なんだ」。
「ほえー、1個気になったのあってさ、世界のおはよう全部記憶してるの?」。
「おはようならかなりの言語は記憶してるよ、【Guten morgen】【Bonjour】 【Buenos días】 【안녕】 【Доброе утро】 【Bom dia】 【Buongiorno】 後は【Good morning】に【Xin chào】 教科書ではおはよう こんにちは こんばんは さようなら ありがとうは絶対に最初にでてくるからね」。
「様の国はなんて言うの?ニーハオ?」。
「…あえて言うなら【早】かな~そもそもほかの国は知らないけど僕はあんまり自分の国でおはよういったことない、一応、【早上好】が他の国だと紹介されている挨拶かなぁ〜」。
「へーザオって言うんだね」。
「他の国だとGoten Morgenも地域差で他の挨拶するとかテキストにはありがたく書いてたね、地域によっては【hallo】っても言うらしいし他の国の事情なんだろうね。」
「ワン ヤン ザオ!」。
元気よく美穂は何か言っているが何を言っているか全く理解できなかった。繰り返し発音しているが僕は理解をやはり出来ず諦めた美穂が日本語で様おはようと言う。もう放課後なのにおはようと言ってくる美穂に違和感を感じたがさっきの謎の発音でおはよう言っていたことを教えてもらって合点がいく。
「なんで伝わらないんだろう、ショボン。」。
すごい悲しそうな顔をするがこればかりは練習してくれとばかりに思う。
「いただきます ごちそうさまは何て言うのー?」。
追加で質問をされるが僕は返答に困った。無いと答えると悲しそうな顔をしそうだ。そもそもこんなに挨拶のバリエーションが多い国を僕は他に知らない。食事中に言うならいい香り、おいしいとかだげだし食後なら相手によってはありがとうとせいぜい言うぐらいだ。感覚としては会話に繋がる最初の一言が相手を視認して話しかけているのでそれで充分なのだ。
「…ごめん、思いつかなかった」。
僕は無いとしょうがなく伝えるとざんねーんと言いながら案の定、悲しそうな顔をした。残念そうな顔も可愛らしいので微笑ましくニヤケ顔になりそうになるが変な誤解を生みそうなので耐える。僕は代わりに食事中に使える僕の国の言葉を教えた。おいしいと言う単語は全世界共通の感覚であるし旅行するならこれは覚えておくと便利とアドバイスを無駄にしてみた。つまりごちそうさまの代わりに食事が終わったらおいしかったと言えば自然に挨拶ができるという寸法だ。挨拶の話しをしてて試してみたいことが出来て僕は懐にしまっていたチョコレートをこっそり美穂に「食べる?」と訊くとありがとうと言いそれを食べる。僕は何も言わずにチョコを食べた美穂を見て改めて食べ物を食べるときに必ずは使わないのを確認した。ありがとうがいただきますの代わりなんだろうなと結論付けしみじみする。「美味しかったよ、ありがとう」と食べ終わると耳元にささやいてくる。そもそも学食で生徒の人がいただきますと言い学食を食べてる姿を僕は1回たりとも見たことがない。美穂に関しては学食のときはこの言葉を聞かずお弁当のときだけいただきますと言っている法則性を見つけた。しかし他の人が全員そうかというとそういう訳でもなくお弁当でさえ何も言わず食べているので謎な言葉だと思わせていた。こんな法則性がない言葉は聞いたことがない。おはように関しても何故か親しい間柄の人ほどしてる気がするのは気のせいだろうか、親しくない間柄ほどむしろ挨拶がないのかと思えば学校の行事で一緒になった時は挨拶してるし規則性が感じられず浮かないように気をつけないといけないなと思わせる。
なんて会話や思考を巡らせているとすっかり日は落ちて空は薄暗くなり図書室が閉まる時間になる。
「帰ろうか」。
僕たちは駅に向かって歩きはじめた。
8
僕は今日、美穂が学校をお休みしていて落ち込んでいた。あまりに落ち込んでいる姿が露骨だったのかクラスメイトから「体調悪そうだけど大丈夫?」と口々に言われる。
クラスメイトである内の僕の前の席にいる江川すば流は後ろを振り返って俯いている僕の頭を人差し指でちょんちょんしながら軽い感じのノリで心配の言葉をかけてくる。
「大山のこと心配してるん?分かりやすすぎんか?王」。
「熱ってさっきメール来たけど40度の熱だよ??40度はさすがに心配なる体温だよ??」。
好意があることを隠す気ない僕はそれよりもこの間、雨に傘差さないで打たれたからでは?などと原因を考えている。今、僕に声をかけてきたすば流は40度の熱ぐらいで大げさだな~と言っているが人間というのは42度の体温になると簡単に死ねる生き物であり45度で短時間で確実に死ぬのだ。熱だからと大したことはないと決めつけるのは早計である。
僕はそういった事実ですば流へ反論をしようとするが反論よりも一歩早くすば流は口を開き僕へ妖艶な笑顔を向ける。
「王さ、今日は委員の仕事の水やり忘れたろ?土が乾いていたから代わりにしといたで」。
「はい、頭から抜けてました。サンキュ」。
委員の仕事を忘れてやらかしたなと思っていると廊下から女の子の張った甲高い声が聞こえてくる。席替えはまだしてなく1番右の列の後ろから2番目の席に座っている僕は廊下側なのでそのまま声のした方を振り返り「なんだろうな」とすば流に話しかける。
すば流は声の主がわかったみたいで心輪の声じゃね?って言ってる。あぁ前田さんの声かと納得するが名前で呼んでいたので質問した。
「あれ?すば流って前田さんと友達なの?」。
「学校が全部同じだし中学生の時は全部同じクラスだったんよ。てか大山と俺も同じ中学で接点あって話ししてて大山のおかげで俺ら今、こうやって話し合う仲になってるやん、忘れたんか」。
笑いながらすば流はそう言うが僕は初耳だ。中学が一緒のメンバーが3人も同じ学年にいるとは世間とはなんて狭いんだろうか。改めて思う。中学の時の美穂がどんなだったか気になった僕はすば流にどうだったって尋ねてみた。
「美穂って中学の時って今と違うの?前田さんいわく変わったみたいだけどさ」。
「あぁ…心輪も変わった感じなんよな。詳しくは知らんけど昔は困ってる人は絶対放っておけないし誰とでも分け隔てなく接する正義感が強そうなイメージだったんが見守るようになったのが大山って感じかな、心輪の方はよくも悪くも素直になった、なんか壊れた人形のように見えるけど本人に聞いても私は私のままだけど何が見えてんの?ってかえってくるんよ」。
前田さんが中学の時はそんなに素直じゃなかったのが意外だったけどそう言えば前田さんに平等に接することに対して指摘されてたのを思い出した。僕が見てる、知ってる高校生の美穂は確かに正義感が強いと言われても少し疑問が残る感じでむしろ大人しくて陰からトラブルとか大丈夫かなぁ〜と見守っているタイプだと思ってた。何がそうさせたのか考えると真っ先に目が義眼のことで何かあったのでは?と勘繰ってしまう。焦燥感をどこか感じていたがこれは僕が見えている美穂は本来の美穂ではないがそんな今の美穂にしか好意がなさそうに相手に思わせていたのが問題だったのか?と反芻してるうちにすば流は更に付け加える。
「大山はスポーツも中学1年の時は問題なくしてたけど中学2年から見学しかしてないしなんか変なところで躓くのも増えた印象かな、高校でも俺ら体育違うから気が付かないけど見学してると思う」。
「美穂の見学の理由って先生は何か話しているの?」。
僕は目のことを知っているが中学のみんなは知らない可能性もあったので知らないていで訊いてみる。
すば流は体調が悪いとしか聞かされてないけどまぁ何かあるとは思う、見た目上は健康体にしか見えないし特に頻繁に物にぶつかる以外は異変はなかったとのことだ。
片目が見えないことで距離感とかが掴みにくかったのだろう、高校生の美穂は特に自分が確認できる範囲ではそんな物にぶつかるとかそんな深刻な症状は確認できない。僕はそれ以上には何も思わない些細なことであった。
放課後になり僕は図書室に行き点字訳をじっくり読みながら試しにおはようと書いてみる。美穂は心配だったがさすがに家にまで押しかけに行くのは迷惑と思いメールでお見舞いをすました。メールには心配かけてごめんとかえってくる。スタンプでOKと送りまた熟読しなおす。
〇● ●〇 〇● 〇〇
●〇 〇〇 〇● ●●
〇〇 ●● ●〇 〇〇
面白いことに実際にはオと発音する書くとウの言葉は伸ばし棒になるのとか法則性があって楽しいと思う。ただヨだけは法則性から外れてしまっていて面白くないなと思った。
できた点字のメモを僕は鞄にしまいながら図書室を後にする。
電車を降りた後、今日は親が家にいないので渡されているお金で弁当を買うためにコンビニに寄った。弁当というのは基本的にお肉が多いがどれもぱっとしないものばかりでそのままチルド弁当のコーナーまで目を寄せる。食は人生を豊かにしストレスも発散できる最も重要な構成要因と思っているのでおいしいものをおいしく食べたい僕はおいしそうな満足できそうなお弁当を見つけられずげんなりする、僕は思うのだ、そもそもお弁当を選んで悩む時間がすごいストレスだ、お気に入りのお弁当ができれば毎日、考えることなくそれを買うのにお気に入りのお弁当が見つけられない。基本はレストランも日替わりで吟味することなく済ませるのは選ぶ行為が僕にとってそれほど嫌いな事実を証明していた。朝や夜に着ていく服を選ぶのも僕にとっては多大なストレスだ。食べるお弁当選ぶだけなのにこんなに疲れているのは地球上でも僕だけではないだろうか。
コーヒーの銘柄もルーティンで飲んでるが朝はペーパーフィルターでマンデリン、次にフレンチプレスでモカマタリ、マキネッタで最後にエスプレッソブレンドでカフェラテを〆にして僕の朝は始めているぐらい朝に何しようかなと考える時間を作りたくないのだ。休みの日に他の銘柄をルーティンにして飲むのは人生の楽しみだ。
僕は弁当を選ぶのに疲れてパンをみようと移動するが移動している最中にエンドで飾られているレトルトカレーの箱という箱が目に入る。その刹那、僕はレトルトカレーを夜ご飯にすることに決めた。上から下までカレーで埋め尽くされたエンドを見てグリーンカレーが一番左端に陳列されていたのでグリーンカレーをレトルトご飯と一緒に手に取りレジに並ぶ。
並んでいる最中に接客を受けていた人が急に大声をあげたかと思うとレジからは聞き覚えのある声がする。
「ポイントカード持ってるかってゆーとるやろが、耳くそわりーお前のために声量上げたんだからむしろ感謝しろや、切れてんじゃねーぞクソが、耳の悪さを棚にあげて店員だけのせいにするな」。
声の主は隣のクラスの前田さんだった。店員にこんな口をきかれたお客が黙って買い物を済ませるわけもなく「声ちいせーし何様のつもりできれてんだ、自分の立場わかっとんのかボケ」と喧しく店内に響き渡る。前田さんが接客業をしていることがまず意外だったし自分の最寄り駅と前の駅の間ぐらいに営業してるコンビニで働いていることにも驚いた。心の中ではやく終わってくれないかな~と深く溜息をつきながら揉め事は治まる気配がせず水掛け論っぽい殴り合いになっている。
その後、店外から店長っぽい人が入ってきて謝罪の言葉を”陳列”しているが前田さんの方が余計なことを言い油に火を注いでいる。矛先は店長にもなぜか向かっている。普通のコンビニならとっくに2台目のレジが開くのだろう、現にこのコンビニは駅にまぁまぁ競合店多いとはいえ近いので常時2台の板を上げて即席のレジカウンターにできる3台目がある。しかしどれも開かないので僕の前に並んでいた人はわざと聞こえるように溜息をつくと持っていた商品をその場に置いて店を出てった、明らかに置いてという表現では済みそうにない投げ捨てるという表現がしっくりくる置き方だった。店内はこの世のありとあらゆる悪を凝縮したような空気になっていた。
店長はしょうがなしに前田さんに反対側のレジに行って接客するように促して前田さんは反対側のレジをようやく開けた。僕は「やぁ」と一言添えて商品を差し出す。前田さんは特になんともなさそうな顔で接客をしてたが僕の存在に気づくと「なに?」とあからさまに嫌な顔をする。店内に急いで入ってきた2人組に僕はぶつかり財布から取り出した小銭を落としてしまう。レジの中に入っていったお金を拾ってもらうが「ださ」と前田さんに言われてしまう。
「他には店員さんいないの?」。
「遅刻だよ、今ぶつかった2人が友達同士で学校から間に合わんで遅刻」。
なるほど店員さんが来なかった理由は本来なら3人なのに2人が仲良く遅刻したのか。1人は性格に難ありそうだし店長は大変そうだなぁぐらいには思った。反対のレジではまだいざこざが続いてる。
会計を済ました僕は足早に店外に出る。コンビニの外でrineの着信音に気がつきメールを開くと母親からもう帰った?と届いている。僕はまだという言葉が書いてるスタンプを送ると今日のドラマの録画を忘れたから録画をしてほしいと文章が返ってくるのでりょと一言で済ます。
ご飯と一緒に買ってたコーヒーを開けてじっくり飲んでいると警察がコンビニの前の道に駐車してコンビニに入って行くのを目撃する。警察が介入することでお客が宥められている。コンビニの外にも聞こえる声で警察に対して2人とも相手が悪いことを主張するが前田さんはそのうち喉を荒らしたのか空咳を何回もしてとても喋れるような状態には見えなくなっていった。こういう時に別に警察は何をするわけでもなく淡々と話しを聞いて終わるのにそこまで警察に対して訴えかける姿勢が僕にはよく分かんなかった。殴ったとか警察自身に喧嘩ふっかけたなら話しは別だろうが。前田さんは体調が良くなさそうなのは僕から見ると明らかでありお客の罵声を浴び続けてもおり元凶とか立場関係なく少しばかりは気の毒には思う。
前田さんの顔はというとまるで犯罪者を見るような冷酷な目をしていて鋭く近寄り難い雰囲気を発して率直に言うとお客をゴミを見るような目で見ていた。お客もお客で素直に謝罪を入れない店員にあたったのは気の毒に思う。僕はいったい何を考えて何をしたいのか自分でもよく分かんなくなっている。そのうち僕も気分が悪くなりその場にしゃがみ込んだ。どうしてさっさと帰らなかったのかと自分に問いかけて反省した。反省していると店から私服で出てきた前田さんは掠れ声で叫ぶ。
「魅せもんじゃねーけど人の怒られてる姿を見て楽しんでいるとか、趣味わるくね?お前」。
「掠れ声だけど大丈夫?」。
「うわ、心配してますアピールとかいい子ちゃん演技?そういうのおもんな」。
「のど飴あげる」。
「飴ちゃんあげることで本気で心配してますとかこいつ思ってそう」。
僕が差し出した飴を振り払って胸ぐらを掴むと「しばくぞ」とメンチを切られた。僕は前田さんはいったいどうすれば幸せでどうすれば怒りの感情が治まるのかその前田さんの中での定義があまりにも僕とは違う気がしてはかれないでいた。
「前田さんが怒られている姿みて楽しんでいる風に思わせたならすまなかった」。
とにかく最初にかけられた声から怒りの原因を推測してこの場を治められそうな一文を作る。前田さんはチッと舌打ちして僕を解放すると「どいつもこいつも店員を舐めやがって」と吐き捨てる。前田さんの頭の中はいったい問題起きてから今にいたるまで何を考えていたのだろうか、果たしてそれを見たところで理解できるもの、正気を保てるものなのだろうかなんと考えてる。
「バイトはもう終わったの?」。
「あーバイト?お客に対してしか謝罪できねー店長とか要らんからこっちから願い下げでやめてっから」。
今まで生きてきた中で大人から普通というのが如何なことであるか、社会に出て行く上でやってはいけないことなどを教わってきて上品に生きることを選択してきた僕はどこか前田さんに親近感を覚えた、だからこそ憧れ、嫉妬、軽蔑など一見すると相反する矛盾する感情が僕の中で渦巻いていた。
「前田さんってこの世界は生きにくいって考えたことあるの?」。
「さあ?"てめー"の貧相な頭で考えてみてはいかがですか?」。
「生きにくいと思うけど今のままで本当にいいの?」。
「私は生きにくいなんて一言も言っとらんけどー?大丈夫?耳ついてる?」。
「じゃあ生きやすいの?」。
「さあ?"てめー"の貧相な頭で考えてみてはいかがですか?」。
あくまで心の中を開示せずなんとなくの返答や相手に考えさせる、させた上で明言しない言い回しの前田さんを見て僕の中学時代がフラッシュバックし屋上から飛び降りた友人が前田さんと重なる。前田さんを僕は過去の友人と重ねて助けようとしてたのかと今更ながら自分の支離滅裂さに面白おかしがった、目の前にいる前田さんは充分に強い人間だ。これまでの会話を聞いてもそれは紛れもない事実だ。僕はそれでもどこか心に引っ掛かりがありそれはずっと僕を締め付ける。
世の中には助けの必要な人と助けの必要ない人と助けてはいけない人の3種類いる僕なりの答えに辿り着いた、頭ではそう分かっているのにどこか放っておけない、僕は中学の頃の前田さんを知らないが本人の口から何があったか聞きたい、聞いた上で何かできることをしたいとそれがお互いのためではないことを知りつつもそう願ってしまっていた事実に気が付く。
「は~かったるい、どいつもこいつも偉そうに」。
そういうとどこかへ歩き出してしまう。見えなくなっても追いかけることが出来なかった。話し合いお互いの妥協点を提案しあえばどんな問題も解決できると信じたい僕はこの事実にどう向き合って昇華させていけばいいか自分が納得できる答えなんてないと分かっているのに答えを求めてしまう。
呆然と立ち尽くし空を見上げる、ひつじ雲から黄金色をした天使の梯子が僕を包み込んでくれた。
僕は不完全、矛盾の塊、空虚な存在。
9
僕は美穂と美術館に来ている。今日は眼鏡をかけていてシンプルな服装になっているが全身が黒で統一されており帽子まで黒のキャップにしている。低身長な美穂が全身黒で包まれているとテレビや劇場でよく見る黒子さんの子供版にも思ってしまった。心の中で言い訳するが低身長が彼女にとってはコンプレックスなんだろうが僕は容姿については完全に好みだと思っており高身長だから可愛い低身長だから可愛くないとかは定義としては存在していないのでむしろ個性に対して自信をもってほしいとさえ思っているがこれを伝えると更に距離を感じてしまいそうで怖く態度には表さないように細心の注意をはらう。
今日は念願の約束していた美術館デートだが美穂は病み上がりなので体調を念のため確認し大袈裟だな~なんて若干、くどそうと思ってそうな態度で僕をあしらう。
美術館というと歴史ある創作物を観察、視聴するイメージだが僕たちが訪れているのはみんなのイメージするようなそれとは違って近代美術館で今を駆け抜ける最先端にいるデザイナーが携わった展示品がずらりと並んでいる。
東京のシンボルの模型から電車模型が現実世界と同じダイアルで東京という世界を作り上げている作品の前までくると魅入られる。僕は東京の赤い塔をこの目で見たことがあるのでその時の記憶と照らし合わせながらまさにその通りの街並みだったと感動し、またよくできているなと感嘆した。僕は模型で世界を小型に再現することを美穂からジオラマということを教えてもらった。ジオラマを観察するとまさに大人の玩具と思いその感想をそのまま美穂に言うとその言い方はやめろーと拒否反応をされてしまう。なにがいけなかったのか、こんなに大人の夢がつまった作品は見たことがないし電車が絶えず走り回っているその様子は何時間でも見ていられた。美穂は仕切りにメモ帳に何かを書き記し琴線に触れているようだ。ぐるっと一周し展示品を全て見終わると僕たちは近くのファーストフード店に入りハンバーガーを2人で食べることにした。僕はトマトとレタスとベーコンのハンバーガーを迷うことなく注文する。ハンバーガーではこれをお気に入りとして毎回頼み違うハンバーガーはここ数年食べたことはないぐらい食に関しては一途と断言できるほどに同じものを食べ続ける。よく飽きないの?と言われるが飽きなかった食べ物が定番メニューと化しているわけであって定番が決まるまでは色々なメニューをもちろん注文してるのでそこら辺は勘違いされるとうんざりしてる。対して美穂はチーズバーガーを頼んでいた。僕たちは空いてるテーブルまで行くとさっそく食べ始めるがモグモグ食べてる美穂が可愛かった。一口が小さいのでいかにも食べづらそうに食べてる。仕方なくパンをちぎっては口の中に運ぶ。僕は美穂の食べるペースに合わせてモグモグとじっくり噛んで食べるがどうしてもはやく食べ終わりそうになるので美穂からスケッチブックを借りて美穂のラフを描いてみた。人の描き方を美穂から学んだ僕はグリッド描写で美穂を丁寧に描いてみる。定規を使いうすーい線を引く。頭のてっぺんと顎の先を四角の線の中に入れ輪郭を比較しながら収めていく。ハンバーガーを口元まで持っていく構図は描けたがどうしても服のしわまでが細かく描ききれなく描くことを断念した。美穂は微笑ましい顔をしながら可愛くかいてねと言うのでこりゃへたに描けないと僕は真剣に取り組む。顔を描き終わるぐらいで食べ終わり見せてとせがまれたので見せた。するとそうなんだと言っているような表情をし、様の中の私ってこんなに輝いているんだねと感想を聞かされた。そういうものだろうか、確かに僕が思っている僕と美穂の思っている僕も違うかもしれないなと思った。空き地でモデルをしたときは周りの風景のどこかはかなげで今にも消えてしまいそうな形相ばかりに注目してたので僕がどのように見えているかまではそういえば確認してなかったと今更ながらに後悔した。
ご飯を食べ終え店をでて噴水が綺麗な公園のベンチに座る。僕はアイスコーヒーを水筒に入れていたので味わって飲む。朝時間がない時はこうしてアイスコーヒーを作って嗜む。
目の前には広々とした野球ができるスペースがあり子供たちが野球をしている、年は中学生に見える。ちょうど18人の子供が野球をしてる。それを見ながら美穂はそういえばスポーツはなにかしてたの?と言われた僕は野球とサッカーをしてたと答えると興味津々に訊いてくる。
「いつやってたの?」。
「小学生、中学生で野球をやらしてもらった、サッカーは小学生のときだけで週に1回レベル、まぁそもそも父さんは勉強しかさせる気しかなくてスポーツすることは反対してたけどね」。
「そうなんだ。野球はどこをやってたの?」。
「ファーストをしてたよ、左利きだったからピッチャー、ファースト期待されてたけどファーストの方が楽しそうだったからそっち希望した。背が低いから柔軟して足伸ばせるようにはした、v字開脚おかげでできるようになったしまぁ楽しかったな」。
「へ~ファーストって主にとるポジションでしょ?投げるより取るのが好きなの?」。
「キャッチボールするときさ、すげーやつの球をとったんだ、ピッチャー志望の子だったんだけど将来は絶対プロに行くんだって有名高校の勉強もしてたし頑張ってた、ボールへのこめてる魂がミット、いや、その時はグラブだったけど、を通して僕の魂に流れ込んでくるんよ、熱い1球を受け取るのがすごい好きだった」。
「取るの好きだったんだね」。
「そうだね、どっちかというと球を送るより受け取る方が好きだった、美穂は小学生、中学生の頃になにしてたの?」。
「私は小学生の時にバトミントンで中学生の時は帰宅部だよ、絵を描きたかったからずっと絵をかいたりコーヒーをお母さんの影響で飲んでた」。
「バトミントンかぁ、今度さ、市民体育館でも借りて一緒にやろうよ、バトミントンは体育の授業で何回かやったことあるんだ」。
「あ…今、私ね、スポーツは医者から控えるように言われているから出来ないんだ、ごめん」。
「そっか、それならしょうがないね、今日はこの後、映画館だけど美穂はアニメ映画の魔女がハガキ」を届ける映画が一番好きなんだよね」。
「うん、あの映画は成長することで失うものもあるけどそれは決して悲しいことだけではなく得られるものもある、変わることを恐れないでってメッセージを感じたし今度、見てみてよ、可愛い映画だよ」。
しばらく僕を見つめると美穂は逆に僕の好きな映画が何か訊いてくる。僕はその映画のタイトルを教えた後でストーリーを話した。5つの試練を乗り越えたらなんでも好きな願いが叶うストーリーとざっくり言う。その映画を思い出し僕は前田さんを連想した。そしてもう一つは美穂のように片目がない人を五体満足にするために何でもすることは果たしてどこまで許されるものだろうかなどとも思った。こうして見ると美穂が片目がないことは忘れそうなぐらい僕たちはごく自然に日常を暮らしている。
顔をじっと見つめるとやはり右目は違和感なく日常に溶け込んでいる。
「自分の願いを叶えるためになんでもしたライバルだけど主人公はそうはできなかった」。
「私その映画見たことないけどライバルのその子は嫌いかな~」。
僕はその映画の伝えたかったメッセージを改めて演繹的にくみ取る。今、僕がこうして幸せに暮らせてる事実を噛みしめながら僕は野球を観戦している横顔の美穂をスマフォのカメラで許可を得てから撮った。少年たちの試合は片方が圧倒的で5回コールド負けの点数差になっていて見るからにチームの士気が下がってるがピッチャーの子は諦めておらず投げているがキャッチャーの子が諦めておりミットの構え方も悪くキャッチした後でボール球の位置まで手が動いてしまっている。あれではピッチャーの子が可哀そうに思えたが内野がピッチャー何してんだーとヤジを飛ばしている。僕は内野のそれに対して我慢できなくなって駆け寄ってキャッチャーの子にその子はまだ諦めてないのに諦めるなんてかっこよくないぞ!と応援した。キャッチャーの子はびっくりしている様子でこっちを見る、ピッチャーの子は諦めずにやろーぜと元気溌剌に檄を飛ばす。顔がかわって表情が鋭くなったので僕は安心してベンチまでン戻った。
「様にしては他人に干渉するの珍しいね」。
戻ってくるなりそう言われて僕はそうだったっけ?と首を傾げた。
「様なら諦めたいなら諦めてもいい、立ち止まりたいなら立ち止まってもいい、どうするかは自分自身の問題って言って干渉するとは思ってなかった」。
その言葉で僕は自分がした行動を自覚し自分の思いもまたはっきりと見つめることができた。僕は意を決してさっき感じた、聞いてみたかった疑問を投げかけることにした。
「ねぇ、美穂、嫌な気分にさせたなら申し訳ないんだけどさ、医者からスポーツ止められているってそれは体が悪いからなんだろうけど目が関係しているの?それともどっか他に悪いところあるの?」。
僕は普段は忖度してこういう他人の懐にもぐりこんだ質問はしないようにしているがそれでもどこか、美穂がこのままではどこか遠くに行ってしまいそうなあの時と同じ既視感を覚えたので聞かずにはいられなかった、どうか料簡違いではないことをあることを望んだ。
僕の異変に向こうも気が付いたのか結構な慌てようで片言に「本当に目以外はどこも悪くないから安心して」と返ってくる。冗談っぽく笑いながら言う美穂を誤魔化してないよね?と念押しで確認すると左目を瞠り閉口してしまったので「ごめん」と謝り信じることにした。
野球をしていた子供たちの方から歓声が沸き上がるのが耳に流れ込んできてそっちを見るとコールドの点数差だったはずだったのにぎりぎりのとこで踏ん張って今、キャッチャーの子が3点ホームランをかっ飛ばしたところだった。「すごい、あんなにボールって飛ぶんだね」と美穂も感心していた。すごい喜び合っているバッテリーをみてこっちまで嬉しくなる。
その後も見違えったようにさっきまであんなに打たれていたファストボール、カーブボールは打たれなくなっていた。中学生で一生懸命に練習したのだろう、カーブボールがうまく決まった時は顔が輝いてガッツポーズをしてる。まだまだフォームが甘いだろうが手首を捻りながらカーブを投げてないのは好感が持てた。僕はあんなに人差し指と中指をくっつけて投げるファストボールをみたことがなかったのでなかなか個性があって面白い子だなと考えた。
結果は負けてしまっていたがいい球だったし絶好調なら拮抗しただろう。僕が中学生の時の野球部の監督は中学生のうちはいいファストボールあれば十分だし配球もそんなに要らないと断言してとにかく怪我をさせない投げ方、コントロールを磨かせていたがやっぱり中学生に上がれば変化球は投げたいものだろう、彼にはカーブボールも一緒に磨いてほしいと思った。
「そういえば思い出したけど様っていつもご飯を食べる時と絵を描いたり文字を書く時は右手だよね?野球は左手なの?さっき絵を描いた時は右で描いてた」。
そういえば左手で何かしてるところ見せたことないなと思い同時に昔、母親の方に右手を使うように言われたのを思い出した。右手で字を書く時と左手で字を書く時のバランスのとり方の違いが絶妙に気持ち悪く体がアシンメトリーで体が歪んだ気分になる不快感を僕は美穂を見つめることに集中し拭い去る。
「ペンと箸だけ右手に矯正されたから元々は左利きなんだ、左手も使える」。
「両方を使えるってすごいし便利そうだね」。
「ありがとう、僕は昔からやっているから慣れたと思う」。
なんだかんだで映画の時間が迫ってきたので映画館に向かう。僕は予め予約していたチケットを取り出し美穂に渡す。アニメ映画で鬼と電車で戦うというあらすじの映画だ。美穂は映画の元ネタとなった漫画も好きなようだが僕はアクション、バトル物よりは恋愛物やホラー、学園物、コメディの方をよく見るので新鮮な気分だった。最近の映画は描写が滑らかで剣からでてくる炎のエフェクトがいちいちリアリティーある炎で主人公がピンチになるとオレンジ色をしてた炎は黄色に燃え上がりパワーアップ演出がされたところは音楽の力も相まって感動した。
化学の授業は軒並みの成績だったが炎に関する化学的要素がこれでもかと盛られており楽しみながら見ることができた。黄色の炎をだせるようになってからは地面を燃やしてガラスを作り鬼のパンチを防ぐといった芸当もまぁ少々ツッコミどころはあるが作者の子供たちに化学を楽しんでほしい意図が感じられた。
化学も楽しんだうえで眼光紙背に徹した僕は満足し映画館をでた。美穂は出た後に歔欷していて師匠~と9人の師匠のうちの1人の結末に対して感想を漏らしていた。確かにことの顛末はハッピーエンドとは言えず悔しい思いをするストーリーだったが僕はだからこそ物語に味わいが生まれるんだろうなと思った。創作物を通して他人に感動を渡しも与えたいと美穂は僕に語った。
僕は伏線と作者のメッセージと炎の化学に関する感想を伝えると美穂はそんな細かいところまでみてるの!?と驚いている。曲がりなりにも漫画家なりたいならこういうところは共感しながら話し合えると思っていたので僕は噴き出してしまう。さっき好きな映画でメッセージ性を伝えている話ししたよねって言うとどうやら母親の受け売りみたいだ。
美穂は辺りをきょろきょろして人が多いねと残念そうな顔で発する。映画館はカップルもそれなりに多く手をつないでラブラブにしてる組もいた。美穂はどこか憧れたような眼差しで視線を送っている。
映画館をでた僕たちは本屋に行くことにし大道りにでる。道路は綺麗に整備されている。桜のシーズンは終わって既に花はついてないがそれでもどこか逞しさを感じる。日がとても差しているのだろう、桜の下にはスズメノエンドウなどの雑草がチラホラとは確認できる。僕は雑草も命の神秘さを感じるので好きだ。生きるために子孫繫栄のためにあらゆる自分ができる工夫をしているのに惹かれる。いつもだったら見逃してたであろうスズメノエンドウを見つけた僕は何か天に手をつなげと言われてる気分になった。今の僕にはそんな勇気はない。
本屋にたどり着いた僕たちは漫画コーナーに行く。さっきの鬼を倒す炎を使うキャラとは別の炎と水の力を操る方が主人公の漫画が入口の一面に人気オススメ漫画と宣伝されている。
僕はそこで映画の主人公と漫画の主人公それぞれ違うことに気が付く、能力をできるかぎり現実再現できるところはしているのが僕はストーリーよりも凝っていて好きだ。
美穂は僕にこれ持っているんだと言い今度、読んでみてよとオススメされる。他にも色々な漫画を読んでいるらしくオススメされるが全部が能力ありのバトル物で漫画の好みは合いそうにないなと僕が確信していると僕が全巻揃えてる数少ない漫画が目に入る。恋愛の漫画ばかり読んでいる僕としては珍しく野球の漫画だ。今は世代がかわって主人公の子供が主人公をしている。
美穂はまじまじとその様子を見るとこれ面白いの?と聞くので僕は面白かったよとオススメし漫画を交換することになった。主人公が肩を壊して利き手をかえたエピソードが特に感動したので僕はそこをはやく共感したいなと思いながら恋愛漫画で新刊と注目されてる作品を確認してみた。
女性向け恋愛漫画に新刊をいくつか確認できたが美穂の前で買うのは恥ずかしかったので後日、買うことに決めた。成人越えてる警察の人が女子高校生に恋をするストーリーとか教師と生徒以上に危ない香りがして興味を注がれて買ってみたがまぁビンゴで僕ははまった。はやく続きを読んでみたい。なんて思いながら店内を見渡し面白そうな本を1冊購入した。
美穂も同じ本を買っていて後日、感想を言い合いしようって約束した。
ずっとこの幸せが続くだろう、それが当然だと無意識に思うぐらいには平和だった。
僕は心に残ってた引っ掛かりを取り除くために美穂にかしこまって言う。
「僕は昔の美穂のことは知らないけど昔の美穂も含めて今の美穂も素敵な人って確信もって言える、僕は…いや、見えてない部分の美穂も含めて綺麗だと思っているよ」。
「ぶふぉ!?、いや急になに?どうしたの?」。
「いや、僕たちってお互いのこと知っている部分もあれば知らない部分ももちろんある、僕も見せたことない僕があるって自覚してる、美穂はそういうことは嫌い?」。
「ううん、嫌じゃない、そっか、そういうことなんだね」。
「そういえば駅の周辺なのに誰もいないよね」。
美穂は終始、周りを気にしていて何かをしようとしては立ち止まったりクルクルしていたり僕の顔を覗き込んでいて様子がいい意味でへんだと思った。
美穂は何かを察したようで帰りの駅の帰路に並走してるが歩きは遅く何かを言いたげにしてるが別に何かをいうわけではなく何かを言ってほしそうだ。
太陽はとっくに沈み辺りはオレンジ色と深い青色に包まれていてまちゆく人はぼちぼち夜の街を歓迎する準備をしている。不意に風が僕の背中を押した。
僕は鼓動を速めながら美穂に近づいて手を差し伸ばした。美穂はちゃんと言葉で言ってほしそうな顔をしている。
「手をつないでもいい?いや、つなぎたい」。
「うん」。
僕ははやる鼓動を抑えながらゆっくり差し出された左手を右手で包みこむ美穂の体温が僕の右手を通して全身に流れてくる。美穂の手は温かく小さい、僕は異性の手をはじめて触ったという事実にいろいろな思いをはせながら頭が沸騰しそうになる。その場で倒れていまいそうになるのを必死にこらえ僕は軽く包んでいた手を意を決してがっちり握り僕は体も近づける、肩まで触れる勢いだ。いつにもまして何やら美穂が色っぽくも見えてしまっている。僕は温もり、感触、妖艶、愛情、いろいろなものに押しつぶされそうになるのを大好きな美穂と一緒にいるという事実を幸福に変えることによって昇華する。
その場で固まってしまった僕に美穂はもしもしと声をかけてくれて我に返る。男ならしっかりしろと自分に言い聞かせる。やっとの思いで僕は歩き出し美穂もそれに続いて歩き出す。自分のことで精いっぱいだが美穂は余裕そうな笑顔だ、僕は余裕そうな感じの美穂を見て余裕がなさそうに見えるであろう僕はますます恥ずかしくなり顔がのぼせているのが分かる。おそらくこの時に自分の顔を見たらとんでもない赤面を拝めたであろうなと考える。
そんな僕たちを少し遅れてやってきた桜まじ、日の入り中の大空、つぼみを芽吹かせそうな桜の木、下でたくましく生えてるスズメノエンドウ含む草花が僕たちを優しく包み込んでくれた。
10
春はすっかり鳴りを潜めるがまだ蝉が地中深く太陽の日差しを心待ちにしてる一つの貫禄ある積乱雲が空にそびえたっている日だ。太陽が地球に挨拶をようやくしたぐらいの時間でもある。
僕は今、美穂と松田さんの部屋に一緒にいる。どうしてこうなったのかと思考を巡らせるがやはり鍵を貰っていなかった美穂のドジではないだろうかと改めて責任を美穂に押し付ける。
ことの顛末はこうだ。
一緒に週末にどこか行きたいといういつも通りな話し合いをしていていつもの駅で僕たちは待ち合わせをしていた。
いつも通り家で支度をする、母さんは起きていて朝食の準備をしていてルーティンのメニューを調理している。母親も朝はいつも同じ食事で時間もだいたいは同じだ。沸き上がったお湯を貰いコーヒーを淹れて「今日も仲いい友達と出かける、帰る時間は19時ぐらいね」と言うがいつもの母さんらしくなく返事が曖昧でボヤっとしている気はした。最近は平日の夜に飲食店で働きはじめてもいたので疲れているのだろう、今度の祝日は母さんの代わりに僕も行くよと提案し考えておくねとよく社会で見るような「検討します」といって検討する気のない返事を母さんはした。海藻サラダにヨーグルト、バナナ、そして何も味付けされてないゆで卵と物心ついた時から今日に至るまで一度たりとも変わったことのない朝ごはんを済ませると鏡で身だしなみチェックをして出かける。
美穂の最寄駅まで僕が電車を定期を使用して迎えに行き美穂を改札の外で待っていると歩いてこちらへ来るのが見えたので僕は待った?などと言い手を振る。爽やかな笑顔を作り僕は近寄ってくる美穂を歓迎するとさっそく改札に入ろうとすると美穂は青ざめた顔で何やらバックの中を漁っている。やがて諦めて絶望したような顔をすると申し訳なさそうにして僕に謝罪をした。いったい何をしたんだと思えばなんと財布を自宅に忘れたと言うので美穂の家までせっかくだから行くことにしたのだ。
家まで閑静な住宅街を2人仲良く歩いているのもこれはこれで楽しくお金なんて僕が貸すのに〜なんて僕が美穂の頭に手をポンと置きながら言うといやお金を借りるのはまだ彼氏でもない人からはダメと断る姿も愛らしかった。
家に着くとちょっと待っててと扉を開けるがさらに青ざめる。先述の通りだが鍵まで忘れてしまったらしく携帯で母親に連絡を入れるが家までは夜になるまで入れないとのことだ。
僕たちは玄関の前でお金は後から返せるしいいじゃん、一緒に行こうって言うがお金に関してはすごく頑固な一面があるらしく駄目ったら駄目、今日は図書館に歩いて行こう!と違う提案をしてきたのでまぁそれでもいいかと諦めて乗ることにした。理由としてはこの間、話した漫画を貸したいという気持ちが先行しすぎてて鍵や財布まで頭が回らなかったようだ。笑いごとじゃないんだろうが内心はどんだけ漫画で頭が支配されてたんだと爆笑してたが悟られると機嫌を損なわせそうだったので必死にこらえた。
「えぇと…美穂に王君だよね?外まで丸聞こえだよ?」。
不意に横から知ってる声をかけられたと思うと松田さんだった。そういえば美穂と松田さんは家が隣同士で旧知の中だったのを思い出す。
そんなに大声で話してたつもりはないがやはり閑静な住宅街なので目の前の道路の話し声は聞こえてしますのだろうと僕は反省した。美穂はおっちょこちょいな一面を見られたせいか赤く顔を火照らしてぎゃー聞かれたなんて更に閑静なここに広がりそうな声量で悲鳴をあげてる。
松田さんはとても困惑してそうな顔で僕たちを見てるが同時に何か話しかけたがってる様子でもある。
「ええとさ、2人ともデートなんだよね?」。
松田さんは深刻そうな顔をして改まった態度で訊いてくるが美穂は速攻で定義的には男女が2人で日時を決めて合う約束をしてるからデートなんだろうけど様がどんな人物なのかもっとよく知りたいからこうして休日に会ってるわけで好意があるからデートをしているわけではないからこれは一般のデートとは違うわけなんですよと早口なおかつ今まで見せたことない変わった口調で言う。表情が迫真にせまっていてたじろいでいる松田さんが面白おかしく見えてしまう。
「そう、定義や客観的に見ればデートなんだろうけどこれはデートであってデートじゃないから」。
僕は黙ったまま必死に否定してる美穂を見てえぇ…悲しいと思いながら「一緒に遊んでいるけどまだそういう関係ではないよ」と事実だけは言う。
僕たちの意見を聞き「じゃあさ」と松田さんが切り出す。
「2人が本当にデートじゃなくて気にしないなら、もし良ければあがっていく?」
そして今に至る、居間に通された後にお茶と紅茶とコーヒー何がいい?と聞かれたのでコーヒーといい松田さんは慣れた手つきで部屋を移動する。2人きりで家にいるわけではなく3人なので僕は逆に落ち着くことができた。美穂はというとまるでしまったなとでも言っているような焦り顔を一瞬見せたがすぐに戻り仕方ないと踏ん切りをつけたような顔になる。松田さんの部屋はとてもシンプルなことで一つ一つの物が丁寧に置かれている。テレビを見ていたようだが将棋のチャンネルが映っていているが明らかに録画されているものだ。レコーダーは至って普通そうなもので音声によるガイドは使えなさそうだが使いこなしているみたいだ。ちょうどコーヒーを入れ終わった松田さんが居間に戻ってくる。
「松田さんはよく将棋を見るの?」。
「将棋は目が見えなくても一応出来るからね~、結構楽しいし暇見つけたらオンラインで将棋をしてるよ」。
「でもそれだとどこに何の駒があるの覚えるの大変じゃない?」。
「萌絵は中学生の時からガチ目に将棋をしてたからね~定跡ぐらいならイメージできるんじゃない?」。
「頭で盤面が絵であるからなんとかなってるかな、たまに忘れちゃって訊くことあるけどね」。
「オンラインだと最近は棋譜を読んでくれないところあるけど感覚でやっているの?」。
「あー、棋譜は読んでくれるアプリでやっていて将棋の盤面用のシートを貼っているよ、ちょうど9マスと9マス分の携帯に貼れるシール使って凹凸作ってる」。
笑いながら松田さんはいい携帯を見せてくれるが確かにシールが貼られていてそれがちょうど将棋盤のマスと重なるようにされている。なるほどよく工夫して遊んでいるんだなと感心して携帯を見る。
見えるところに将棋盤がありよく見る折りたたみ式ではなく脚が付いて横には取った駒を置く台もついてるし本格的でいかにも高そうだ。将棋は駒の動きと多少の戦法なら知っている僕は何級ぐらいありそうなの?と訊き分かんないと言われたので僕は1局対戦してみたいといい松田さんは美穂に確認してからオフラインで指すのは久しぶりだなと言いながら駒を並べる。並べ終えた後に松田さんは慣れた手つきで歩の駒を5枚振る、とが3枚の歩が2枚だ。松田さんは指で駒を触り駒の掘りをなぞり歩が2枚だから私が後攻ねと言う。
駒はよく見ると彫刻で掘られていて漆が土地を超えて盛られるように塗られている。触ってみると漆の凹凸がありつるつるしてる。文字も金ではなく金将と書かれていて金が金将というのを今ここではじめて知った。
なるほどなと感心しているが勝負は始まっている。
▲2六歩と先手の僕は指した。将棋はやっていて四間飛車と原始棒銀を子供の頃に将棋好きな友達とやっていて教えてもらった。原始棒銀では角の道は開けずに飛車道を開けるのがお勧めだと言われたので今でも真似をしてる。理由は聞いても僕にはよく理解出来なかったが角の頭を狙いますよって圧力を後手にかけるのがいいらしい。
角道開けないんだねと言いながら松田さんは△3四歩と角の道を開けてきた。構わず僕は▲2五歩と上がる。△3三角で歩の交換は避けてきた松田さんに対してここから玉を囲うべきか銀を上げるべきなのか迷ったはてに▲3八銀と一目散に銀を上げることにした。細かい僕が意識していた動かし方は後述するがまずは棋譜を説明したい。ここから後は信じられないほど攻めを受け切られ逆に攻められる無様なことになっている。
△3ニ銀 ▲2七銀 △9四歩 ▲9六歩 △8四歩 ▲2六銀 △6ニ銀 ▲5六歩 △6四歩 ▲3六歩 △6三銀 ▲3五歩 △同歩 ▲同銀 △4四歩 ▲2四歩 △同歩 ▲同銀 △4ニ角 ▲3四歩打 △2ニ歩打 ▲6八玉 △3三歩打 ▲1三銀成 △同香 ▲2ニ飛成 △3四歩 ▲2八龍 △2三歩打 ▲2ニ歩 △2四角 ▲5八玉 △5七銀 ▲5九玉 △3三桂 ▲7六歩 △4ニ飛 ▲1六歩 △4五歩 投了
攻めが僕は続かないが松田さんの攻めはすごく左側にも逃げられないので投了した。正直、こんなボコボコにされて凄いというよりは凹むというか何をしても敵わない挫折感というのをたたきこまれた。
シンプルな原始棒銀で威勢よく望んだものの2筋の受けが固くなかなか突破できず攻めあぐねたところこの醜態であった。6級ぐらいの腕前かな〜と松田さんに言われるがいったい松田さんは何級なのだろうか。
銀の捨て方が悪かったのか、玉の囲い方が悪かったのか、2筋で強引に攻めようとしたのが悪かったのか、角の使い方が悪かったのかとあーだこーだ感想戦をした。
いろいろと僕がアドバイスを求めて角の働きが弱かった、無理攻めをしすぎ、玉の動かし方もいまいちだったといろいろ聞けた。5六歩で角の進入を防ぐより金も7筋まであてる方がいいのだろうか。なるほど将棋は奥が深い。
「私も棒銀から色々と戦法を学んだかな、でも1番好きなのは相手の好きな戦法を受けて受けきることかな〜、王君が1番好きなのは棒銀?」。
「うーん、四間飛車と棒銀を最初指していて四間飛車が全部の駒をうまく使えないけど棒銀の方がしっくり攻めることできるから棒銀刺すけど攻め方自体は四間飛車が好き、なんか居飛車よりプロっぽく指してる気がしない?」。
「響きも綺麗だし棒銀よりは受けよりの戦い方が王君っぽいもんね〜、四間飛車はオススメできる戦法だよ」。
「四間飛車って受けよりの戦法なんだね」。
「正確に言うとカウンターする戦法で相手の攻撃を受け流して反撃するんだ、王君はこういうタイプかなって思う、穴熊が一番受け止める戦法だけど王君にはオススメこっちはできないかな」。
「四間飛車って美濃囲いした後にどうすればいいか分からないんだよね、相手が角の道を開けていると4筋の歩を前にあげると角交換から2筋を簡単に突破されるし」。
などと話すと四間飛車の左銀の使い方を相手の手に合わせてどう使っていくのがいいか教えてもらった。
将棋の戦法というのは四間飛車の一つでも何通りも存在し飛車交換や角交換で激しい戦いにするのもあれば右側の銀と桂馬を使って相手の王頭を攻めるパターンのあるらしい。高美濃囲いへの派生とかも教えてもらう。
しばらく四間飛車で対戦しててコツを掴めてきたし、なるほど自分から積極的に攻めるというよりは相手に合わせて攻め方を変えるのが棒銀よりも楽しいと思った。
いくつか手合わせしてもらい相手の銀を5段目には絶対出させないことを意識して駒を動かすといいと言われ銀を出させないように意識して駒を動かす、仕掛けの筋に飛車を動かすのも意識する、四間飛車といっても4筋に拘らずに柔軟に飛車を振るのが分かってからはいい勝負がまだ出来るようになった。盤面全体を見渡してどこに駒を配置していくかはサッカーのゴールキーパー、そして野球のキャッチャーに通じるものを感じた。サッカーはディフェンダー、野球はファーストだったので若干、違うが将棋の盤面全体を追い切れずに指示がいい加減になるのをこうして目の当たりにして自覚すると昔のスポーツ仲間の発言を素直に受け止めるしかないなと悔しさと惨めな気分がまた脳を支配する。
相変わらずに棒銀のときよりは善戦してるもののボコボコにされるので勝負にならなかったところに駒落ちで対戦してみないと提案されて駒落ちで戦うことにした。とりあえず最初は飛車と角をハンデで僕だけ持ってる状態ではじめる将棋の2枚落ちでやってみることにする。
僕は松田さんが駒を並べる度に手で握って駒が何の駒か判別するのがとてつもなく速いし、なにより正確に盤面を記憶しながら迷いなく一手一手を指してきて目が見えない事実を忘れそうになるほどである。もしかしたら見えているのでは?と疑えるほどである。
目が見えてたら有段者は間違いなく行くのではないのだろうかとさえ思う。
駒落ちで対戦することとなったが桂馬と香車を銀交換すると取られて気づけばふんどしの桂や田楽刺しで角か飛車取られる盤面になり2枚落ちでさえ全く歯が立たなかった。好手を指される度にどうして気がつかなかったのかと自分の視野の狭さに殴りたくなる。
これでも松田さんは将棋の道を選ばなかったのだからプロというのはすさまじく雲の上の存在なのだろうと改めて自分の平凡さを痛感させられる。
しばらく没頭して2枚落ちで対戦し自分なりのやってて楽しい指し方を取得し充実した時間を過ごした。なにより相手の銀を5段目にあげないようにするのが意識して指すうちに駒が動かしやすいと実感できる。
隣で見ていた美穂がそのうち私もやると言ってきたので僕は美穂と指すことにした。中学の時に松田さんと一緒にやってたので駒の動かし方もある程度の戦法も覚えているとのことだ。聞けば振り飛車と居飛車の戦法はすべてセオリーを聞いていて飽きるほど相手をしてたと言う。
振り飛車は難しいから居飛車しか指してないみたいだ。
よろしくお願いしますと一礼を美穂ともして先手を僕がもらう。覚えたての四間飛車を試す時がきたのでワクワクはしている。後述の棋譜で僕が何とか勝ったがなかなかキツイ試合で角を捨てるしかないなと思ったときは正直に言って負けたかと思ったが何とかなった。
▲7六歩 △3四歩 ▲6六歩 △6二銀 ▲6八飛 △5四歩 ▲7八銀 △5三銀 ▲7七角 △3三角 ▲4八玉 △5二金 ▲3八玉 △3二銀 ▲2八玉 △2四歩 ▲3八銀 △4四銀 ▲4六歩 △2五歩 ▲5八金 △2六歩 ▲同歩 △4二王 ▲4七金 △2三銀 ▲1六歩 △9四歩 ▲6五歩 △3二王 ▲6四歩 △6二飛 ▲6三歩成 △同金 ▲6七銀 △7四歩 ▲6六銀 △1四歩 ▲3六歩 △4二角 ▲4五歩 △6四角 ▲3七桂 △3三銀 ▲6五銀 △8二角 ▲6四歩 △5三金 ▲8六角 △2二王 ▲7四銀 △6四角 ▲同角 △同飛 ▲同飛 △同金 ▲6二飛打 △4二角打 ▲6三銀成 △8八飛打 ▲6四成銀 △8九飛成 ▲6六角打 △2七歩 ▲同玉 △5五桂打 ▲4八金下 △6七桂成 ▲3三角成 △同桂 ▲4四歩 △5五角 ▲4三歩成 △6四角 ▲4二と △5三角 ▲6七飛成 △4二金 ▲7七角打 △7九龍 ▲4五桂打 △7七龍 ▲同龍 △4四角打 ▲3三桂成 △同角 ▲7九龍 △2四銀 ▲8二飛打 △4七歩打 ▲同金 △1五歩 ▲4五桂 △3五桂打 ▲同歩 △2五歩打 ▲3三桂成 △同銀 ▲1五歩 △2六歩 ▲同玉 △5五角打 ▲8一飛成 △2五歩打 ▲同玉 △1九角成 ▲3一銀打 △1三王 ▲1四金打 △1二玉 ▲2一角打 △同王 ▲4二銀成 投了。
飛車交換をすると美濃囲いをするメリットを直に感じたし相手の王をしっかり追い込んでいく快感も味わえた。しかし美穂もなかなか強くて結構、将棋で指しあうのも悪くはないんでないだろうかと思えた。銀も前に出させないセオリー通りに出来たのではないだろうかと思う。
反省点は終盤の玉頭が睨み合っている盤面でどうやって指せばいいか分からず受けの指し方をした結果、龍の1枚が働きが弱いところにいて終始盤面でもてあそんでいたことと1筋をつかずにとっとと8一飛成で勝負を仕掛けに行くべきだったかというところだろうか、1筋からのスズメ刺しにびびって1筋の歩を取ったが龍の圧で王が1筋に逃げれば関係なかったか?と松田さんと感想戦をした。
この結果を踏まえて松田さんはさっきの棒銀の時も美濃囲いと同じように矢倉囲いや舟囲いを相手の戦術によってしていくことが初心者がやるべき最初の行動だよ、プロみたいに居玉で私たちがするのは早いと助言をもらう、確かに一番初めに指した棒銀は攻めることだけしか考えてなく結果、陣営が崩壊した。
サッカーや野球と同じで点が入れられなけば引き分けはあっても負けることはないから守ったうえで反撃をするこのスタイルはとても気に入った。松田さんが僕にオススメした理由がなんとなく理解できる待ちの戦法だ。
美穂は悔しい~と顔をしかめてもう一回やろと言い再戦をする。美穂は今度は居飛車棒銀の舟囲いで四間飛車に対抗してきたので松田さんに教わった四間飛車を使ううえでの棒銀対策を実行する、5五角で飛車取りを狙える形を作るが5四歩で牽制される。焦らずじっくりと指す、たしか7五歩には同歩と取らないのも教えてもらい飛車を仕掛けの筋に振りなおす。こうやって相手に合わせて大駒を使い捌いていくのは性に合って指していて気持ちがいい。スポーツでもこんな風に気持ちのよい戦法をしたかったな~と考えてたところで大駒の交換が終わり飛車で銀と桂取りを仕掛ける。ここからは自玉の硬さが勝り馬を交換せざるを得ない盤面まで追い込んで最後は詰めろをかけて美穂を投了まで追い込んだ。勝ち方が分かると楽しいがまだ僕は四間飛車の攻め方と棒銀の対策とかを学んだばかりだ。僕はまた松田さんと指す。四間飛車のプロって誰か有名な人いるの?と指しながら質問してみるが最近は急戦の相掛かりや角交換や横歩取りにすこし盛り返した矢倉ばかりが目立って四間飛車で連勝をしてる人は聞いたことないということだ。プロの絶妙な詰まない感覚による攻めや角の撃ち込ませる隙を作らない角換わりがダイナミックな試合が多くて見てて楽しいとのことだ。僕は角交換すると常に危険が付きまとい慎重さが求められるのでそういったプレイが上手いプロは凄いと思った。
プロの四間飛車は課題が多く居飛車穴熊にどう対応するのかを見てみたいんだよねと熱く言われる。戦術は棒銀と四間飛車ぐらいしか知らない僕なのでもっと他の名前みてみたいと思い一番かっこいい名前の戦法ってなんだと思うと訊くと右四間飛車左美濃って名前って返ってくる。
すごいかっこいい名前だけど四間飛車の右って先手の4筋に飛車を移動させる、美濃囲いが2八に玉で隣に銀、斜め下に金の斜め上に金だから言わば四間飛車美濃囲いの逆なだけでは…?と思った。8八に玉を移動させるの角の効きも飛車の効きも居飛車ならもろに食らって指すの僕なら難しそうだなという感想しかでなかった。居飛車相手ならもう右に玉を移動させたい気分だが矢倉囲いは左に玉を移動させるっぽいので銀で上部を厚くすればなんとかなるものなのかなとプロの棋譜を調べるが松田さんが言ったように居玉で戦っていてなんか圧勝してるものもありプロの世界は参考にならないやとため息をついた。
結構な時間が経っただろう、夢中になって指して松田さんと6枚落ちでなんとか勝てるようになったあたりだ。美穂は部屋の端っこの方で僕が持ってきた野球の漫画を読み終えキリがよくなったのか携帯をおもむろに取り出し母親と連絡を取り合っている。
「お母さんはもう少しで着くって、ごめんね、もうお昼すぎるのに」。
美穂からその返事を受け僕は了解という。
改めて将棋盤と正座し見えてるかのようにふるまっている松田さんを見比べる、松田さんの固く閉じた目を見て僕は自分の生い立ちを振り返る。中学の時のトラウマとはだれでも持っているものだろう、僕も人に言いたくない過去は一つは持っている。
前に僕は松田さんからもらった勇気をここでさらけだしてみることにする。小出し小出しでしか伝えられないが一歩ずつ前進すると決めたから。
僕は美穂のことを呼び美穂は何?と返すのを確認すると腹をくくり告げる。
「美穂はこの間さ、気にならないの?って質問したじゃん?、僕は昔、他人の懐に入り込みすぎて失敗したことがあるし無責任な言葉で傷つけたこともある、正直にいうと怖い、美穂を傷つけるんじゃないかって、分からないんだ」。
美穂は相槌をし深呼吸しながら「私たちってあれから時間経って進展もしたよね…そんなに私のことが信用できないんだね」と顔を俯かせてしまった。続ける言葉は意識が朦朧としてよく覚えてないが僕はまた他人を無責任な発言で傷つけてしまったらしい。
「なんで様は私のこと片目がないからって特別に見るの!?」。
「なんで萌笑といる時は顔が輝いていて普通に接しているの!?」。
「なんで私からいつまでも逃げているの!?、私たちってそんなに遠慮する関係だったの!?」。
「なんで私の中、心に興味がないの!?」。
「なんで私の外見にしか興味がないの!?」。
「なんで飛び出した時に追いかけてきてくれなかったの!?怒ってないって信用できないよ!」。
「なんで中学の時のことを言い訳にするの!?」。
「なんで今、萌笑のいる前でそういった大事な話しをするの!?」。
「なんで、なんで、なんで、なんで、何一つとして様の気持ちが分からないよ!」。
突然、豹変したように見える彼女の言動に呆然としてる僕に美穂の魂の叫びが刃となって突き刺さる。一言一言が苦しみに満ちており水滴が見える。
僕は何も言えないまま立ち尽くし美穂の顔を見つめる。感覚としては2次元の世界から3次元の人を見ているように近いのにあまりにも遠い人を見つめてるようでパソコンのブルースクリーンのごとく僕は固まってしまってるが矛盾して鼓動は早まり動悸がする。こんなに苦しい思いをさせていたのか、こんなに苦しんでいるのに気が付かなかったのか、後悔の念が僕を支配する。
やがてやっとの思いで僕は「ごめん」と一言を絞り出す。
目の前の美穂は中学生の野球部の親友だった子と重なり「そんなつもりじゃなかった」と自然に言い訳が口からでてしまう。
「そんなつもりじゃないならちゃんと私をなんで見てくれなかったの!?、野球みてた時に決心してくれたんじゃないの!?、なんでいつまでも臆病なの!?」。
僕はそれ以上、何も言葉に出来ず急いでいりのだろう、つまずき距離感がつかめないのかドアノブを掴むのを苦労したぐらい顔が崩れた部屋から飛び出してしまった美穂もしばらく追いかけることが出来なかった。沈黙がしばらく部屋を支配すると横から松田さんが追いかけなくていいの?と声をかけてくる。追いかけたところでなんと声をかければいいか分からず僕の心は立ち往生してた。美穂の過去をもっと知りたがるのが彼女の為なのか…僕は自分の過去は誰にも触れてほしくない、絶対に知ってほしくないが為にたったさっきの美穂の言葉をどう受け止めていくべきなのか迷い戸惑っていた。彼女の秘密だけ知っていて自分の心を隠すのはあまりにもアンフェアではないか、彼女の心を知るなら僕の心も彼女に知ってもらわないといけないのでは?なんて美穂の心を咀嚼、これからどうするべきか反芻し松田さんに促される形もあり隣の美穂の家に行く。
玄関にはドアの前の段差に腰かけ丸くなっている美穂がいて声をかけようとするがタイミングが悪く、後ろから「…ただいま?」と疑問形で美穂の母親が声をかけてくる。
美穂が泣いているのをすぐに察した母親は鍵を美穂に渡すと僕の方に振り返り「事情は分からないけど今日は1人で落ち着かせてあげて」といい暗に帰ってくれないかと告げられる。
そのまま僕は話しをさせてもらいたいことを懇願するが聞き入ってもらえず玄関の扉は固く閉じられてしまう。
松田さんが僕のそばに感覚でやってきて心配そうに首を傾ける。目は開いてないがここまで心配してる様子は伺える。
「明日は必ず言葉で誠心誠意に謝る、ごめん、巻き込んじゃって、配慮が足りなかった」。
こんなやり取りを全く関係ない人の前でしたのだからさぞ、引かしてしまっただろうと思い僕は松田さんにも謝罪の言葉を入れる。松田さんは真顔をして「大丈夫?」と声は優しい感じで訊いてくる。僕は自分でも大丈夫か分からなく返事に困っていると見透かされたように手を握られた。え?と驚いて声をあげると「元気だして」と応援される。
「私は王君の過去は知らないけど王君が悪い人ではないのは心を通じて感じたよ」。
「僕は意図せずに2人の人間を傷つけてしまった。なんだかんだ自分の気持ちを優先して相手の気持ちを考えてなかった、相手の気持ちを考えられなった人は悪い人だよ」。
「違うよ」。
はっきりと断言した松田さんは顔をこちらに向けて口角をあげる。
「ちょっとすれ違いを起こしただけで人のことはちゃんと考えてるしそんなに落ち込んじゃ私も悲しくなる」。
やはり見えないはずなのに的確に僕の頭をそっと撫でで優しくつつみこんでくれた。どうして自分自身の境遇が辛いはずなのに他人のことを思いやれるのだろうか、僕はますます羞恥心を募らせる。そしてまた自分のことを考えていることに気が付く。
「ありがとう、松田さん。ちゃんと美穂と仲直りするから」。
「1人で帰れそう?危なかしいけど」。
僕は大丈夫、もう平気だよと言い松田さんに心配かけないように振舞うが心配かけないようにするのも自分のエゴで松田さんのことを本当に思っての発言ではないのでは?と疑心暗鬼に陥るが悟られたくなかったので僕は必死に平静を装った。
美穂にごめんとメールをかけ明日、改めて言葉で謝りたいから明日の何時にどこでかを伝えて待ち合わせするメールも送る。メールを送った後に僕はポケットに携帯を直そうとするがうまく直すことが出来ずにそのまま携帯を地面に落としてしまう。大きな音に松田さんはぎょっとして携帯を落とした音を説明する。携帯を確認すると画面が真っ暗になっていて電源をつけても反応がなかった。どうやら壊れてしまったらしい。僕は松田さんにこれ以上、心配してほしくないと松田さんのせいにして駅まで帰る。
松田さんは駅まで付いてきてくれた。電車に乗った僕は最寄り駅につくといそいそと自宅に帰る。
やっとの思いで自宅に帰ったのだが自宅の様子が何やらおかしく黒いオーラで包まれている。僕は我が家を見た瞬間に漠然とした不安に襲われる。どうしてか今日の自宅はワントーン色彩と明度が落ちて暗くよどんで見える。
恐る恐る自宅に帰る、玄関の扉は鉛で開けるのに少々、時間がかかった。靴は母親の分が置いてあり家にいることは確認できる。玄関で靴を脱ぎ手洗いやうがいを済ませ奥の居間に向かう。いつもは電気がついていて土日休みの母親が居間でテレビでも見てるのだが今日は居間に母親は見えない。靴は玄関にあったのだからいるはずなのだが姿が見えずますます名状しがたい恐怖感が強まる。何事もないはずさと自分に言い聞かせながらも母親の姿を確認しようと母さんと連呼しながら母親の寝室にまず向かう。寝室に向かうにつれ周りの重力が強まり中に入るのを誰かが拒んでいる。寝室のドアノブはこの世のものとは思えないほど冷たく触っていられないほどだった。素早くドアノブをひねりドアを押す。
僕は寝室のようすを確認して絶句した。
母親が寝室で倒れていた。
「様、心配させてごめんね。命に別状ないみたいだから」。
僕は寝室で倒れていた母親を確認しだい母さんと連呼して反応がなかったので救急車をすぐに呼んだ。
救急車で病院に運ばれた母親は意識がなく救急隊員が救命活動を行う。見つかった時間が早かった為に一命はとりとめた、あと少し遅ければ助かっても後遺症は免れなかったとのことだ。
僕は学校を休み病院に見舞いしに来てた。夜通し行われた救急活動に僕は感謝しながら母親と言葉を交わす。
「無事に済んでよかった、母さん、やっぱり、おばあちゃんの介護で無理をしてるんじゃない?」。
母さんは黙り込んで辛そうな顔をしてる。おばあちゃんは認知症で母さんの実家に土日は母さんのお姉さんが平日は母さんが介護しに行ってるが平日に遅く帰ってくる母親はいつもぐったりしてる。その疲労が溜まっているのが今回、祟ったのは明白だった。黙ったままの母さんの手を触る。おばあちゃんは夜間訪問介護ヘルパーで夜間のみ介護を任せている。1回、施設に預けることは考えないの?と僕は母さんに訊いてみたが母さんは今まで育ててもらったこともあるのだろう、そう簡単に決断できるものではないのよと前にはぶらかされたっきりで、そのことを聞くことはしてない。
母さんは本調子ではなさそうなものの命に係わることはなさそうなので安心はしたが平日に介護しに行くことは僕の立場からだと反対だった、今日はヘルパーさんに任せているけど平日は続くのでしばらくは大事をとってヘルパーさんに頼もうと懇願する。母親はそもそも入院してるのでそれしか手はないだろう、お姉さんに明日を任せるよりは現実的なことだ。母さんはそうするしかなさそうよねと残念そうな顔で答える。僕は面会の時間が終わる時間までぎりぎりまで母さんといた。
それまでに携帯を壊してしまったことを母さんに伝えると携帯を新しくしないとねとちゃんと物は大事にしなさいを言われる。
他愛のない話しが続く中で不意に母親が学校で何かあった?と質問してきたのでドキっとしながらどうして?と最大限、動揺を隠しながら母さんにそう聞いてみた。学校楽しそうだったのに急に暗そうにしてるの母さんが倒れた以外にもあるでしょ?と言われ何もかも見透かされている気分になる。母さんは野球のことでトラブルがあった後に僕の変化を好ましく思ってなかったようで高校生に上がってからでも暫くはしょっちゅう学校は楽しい?と聞いてくる始末だった。聞かれなくなってたのはおそらく学校を楽しいと思っていると確信できる要素が僕にあったのだろう。母親の観察眼には恐れ入った。
僕は悩みの具体的内容は口にせず人間関係って難しいなっては思ったよとだけ伝えて多くは語らなかった。母親は友達と揉めたならちゃんと謝りなさいと一言それだけで済ましてくれた。
母親との会話はこんなものぐらいで後は世間話やおばあちゃんの様子などを話し合った。
病院をあとにして僕はどうしてこんなにも人間関係というのは複雑なのだろうか、いっそ0からもう一度、友達関係を清算して楽になりたい気分だった。こんなにも逃げてはいけないのに逃げたい気分になり自己嫌悪に陥る。
僕が予定より早く帰ったことにより母親の命が助かったと思うと複雑な気分にはなったがそれでも命は一個しかなくかけがえのない代わりのないものとその身に刻まれた僕は母親が助かってよかったと思う気持ちの方が多く感じてしまっていた。美穂との仲直りの約束の件は気がかりだがちゃんと説明すれば大丈夫さと楽観視をした。明日は学校なので気まずいがそれでも向き合う、勇気をもてと自分を奮い立たせた。
色々なことがあり疲れていた僕は何も考えることが出来ず自宅に帰るとすぐに床についた。
ーー
僕は今、学校にいる。だけどこの学校は高校の学校ではなく昔に通っていた中学の学校であることに気が付いた。僕はすぐにここが夢の世界であることを認識した。夢の中の学校の教室には僕しかおず、あたりは静まり返っている。僕は夢の中なので教室をでてベランダに行きグランドまで飛んだ。グランドは広く野球ができるスペースとサッカーができるスペースがある。野球の本塁ベースのところまでいくとぐしゃぐしゃになったキャッチャーとファースト用のミットが乱雑してた。キャッチャーミットの一つを取り右手にはめると後ろから球が迫っている気配を感じ慌てて振り向いて取る。腕と手で取りに行くのではなく腰と脚を使って取る。中学までやっていたから癖がついているのだろう。球がきた方向を見ると僕がバッテリーを組みたいと誘ったピッチャーの中島継助が立っていた。継助は僕を冷酷な目で見ていた。グラブは左手につけたままでさっきの球を投げたのが伺える。右肩を壊して投げれなくなった継助は退部しているが想像上で高校生の容姿で中学生の時のユニフォームを着ている。
継助は右手にグラブをはめなおすと唐突に左でボールを投げ始めた。構えがあるので備えることができ僕は立ったまんまど真ん中に来たスピードもコントロールもいい球を捕った。継助は一度も左手で投げたことはないし左手で投げるわけないし左手で投げるのはトラブルになった大きな要因のはずだ。継助は眉間に皺を寄せながら怒号を飛ばす。
「これで満足か?お望み通り壊れた右肩の代わりに左肩で投げる努力したぞ」。
肩を壊しても利き肩を変えればピッチャー続けられると強引に引き止めた僕は相当、精神を追い込んだらしく怒りの叫びをさせてしまったことがある。例によって記憶が微かだが努力すれば利き手なんて簡単に変えられると思ってた僕は野球でも右手で投げる練習をして右手でも左手と遜色なく投げれるようになり継助に披露した。右手に昔からペンと箸を矯正されたせいか利き手を変えることがそれほど難しいと思えてなかった僕は右手で球をいともたやすく投げたことでも彼を追い込んだ。彼の叫びは耳にこびりついたままだ。
問題はわかっている。野球への情熱をなくしてしまった彼を僕のわがままで引き止めたことだろう。それほどまでに中学生2年生ではよくも悪くも素直な性格だったと思う。一緒に続けたかった僕の気持ちを優先させ続けた。間違えた説得の仕方もした。もしかしたら野球続けたい気持ちもあったのだろう、本来なら利き手を変えることは死に物狂いで努力しないといけないみたいなのでそれも逆鱗に触れてしまった要因だと後々に分析した。
今の形成された僕なら信じて待ってるぐらいで済ました問題だっただろう。ただ小学生の頃から一緒にやってきた中で継助のボールを受けてきてキャッチャーを最初に志望した僕は肩を壊したぐらいで野球への情熱を簡単になくせるほど適当にやってきたわけでは無い、彼はそんな性格ではないと思い込んでいた。実際のところはもう知るよしもない。
中学の2年の時に彼は急行電車に轢かれる自殺をした。それほどまでに追い込んでいたのかと気がついた時にはもう遅かった。彼の気持ちは結局、分からずじまいで確かめる方法もこの世には存在しない。唯一、分かっているのは僕のことを相当に恨んでいることだけだ。みんな誰も悪くないし誰の責任でもないと監督は言い部員も頷くがみんな腹の中では僕が強引に継助を引き留めたのは多少なりとも原因があるのでは?と態度や雰囲気を見ると明らかではある。僕は元々、ピッチャーかファーストの適正審査とかをしてたのでファーストの楽しさも知っていたし継助の球が捕れないならみんなの球が捕れるファーストのがいいと思いキャッチャーからファーストに希望を変更した。監督からは何も言われずファーストとして中学二年から一年間はファーストで頑張った。みんなとは若干、継助についての壁があったがチームをキャプテンがうまくまとめてくれた。継助が教えてくれた楽しい野球を捨てることは真の意味で継助を裏切る気分にさせたのでその点についてはなんも問題なく活動をできた。
「ファーストミットもあるのにキャッチャーミットの方を選んで手にはめたのはそういうことなんだろ、またバッテリー組めるな」。
全然嬉しいようには思えない冷たい声が聞こえる。僕はキャッチャーミットを見つめながらそれでも僕は心の底では継助の本気の球を捕るのが好きだ。それはどうしようもなく変えられない事実だ。この心まで嘘はつけないと体が心が叫んでいる。小学生の時にキャッチボールを一緒にして本気の球を捕った時、継助と一緒に大会でて優勝したいと思った。継助のファストボールはそこらへんの中学生の球速を遥かに上回っているのではないかと思えるぐらい速かった。小学生の時の監督も小学4年生にしては異様に速い、即エース、6年のエースには悪いが番号変えるの検討するぐらい凄かった。その球をしっかりしたプロテクターを装備して捕った感動は今でも覚えてる。継助は中学生の時に変化球も投げるようになったが他の投手に見られるバウンドやイレギュラーな球がなくワイルドピッチをさせたことはないしパスボールもしなくて済むぐらいには捕りやすい正確な球しか投げなかった。低身長とか肩が弱いとか全体が見えてないとか散々言われたけど肩を並べられるように、隣にいられるように継助が行く強豪の中学に行けるようにやれることは全てやった。
正直に言うと6年生の先輩が継助の球をちゃんと捕れなかったのに対して僕がきちんと捕れたのが使命感とでもいうのだろうか、僕は他人の役にたてている実感を得て興奮させた。もう僕とバッテリーを組んで大会でるのは確定と一人で舞い上がってたぐらいには嬉しかった。
「…継助、僕は継助の異変にも気が付かなかったし無理に引き留めた、ごめん」。
野球を教えてくれてありがとう、いっぱい傷つけてごめん。
こんなにもここに残ったままの気持ち。
継助に会いたい、笑いながら高校も話し合いたい、恋しい。
置き去りにされた感情。
継助の顔は歪み冷たい風が辺り一面に吹き荒れる。僕が他人の気持ちを忖度しなく肩は治った?とか早く投げれるように応援してるとか無責任なことを言いすぎた罪の報いが継助の恨んでやると反響する声となってやってくる。
2年を巡らせた僕は今までの自分を変えるには充分すぎた。継助に誓う、二度と僕は他人の懐にずかずかと入り込まない。無責任に応援もしないと。
継助との呪いのような勝手な約束は問題なく僕の中に共存してた、してたはずだった、美穂の件で僕は人というのはなんてめんどくさいものだろうか、どうしてと思いを募らせる。
顔が崩れていて継助を保ててない何かは僕に言う。
「早く構えてくれよ、防具なしで捕るなんて言うなよ」。
さぁさぁと言いながら僕の方に詰め寄ってくるが詰め寄ってくるたびに目は漆黒に染まり白目の部分までついに黒くなりやがて黒い涙を流し出す。
僕は堪らずやめてくれと叫ぶ。継助は泥人形のようにドロドロに溶け出し土に帰って行った。世界が鏡のようにヒビが入りピキ、ピキ、バキと音があちらこちらに鳴り響く。僕は絶叫した。
気がつくと僕はベッドの代わりにしてるハンモックから落ちていた。起きた僕は汗で身体がぐっしょりと濡れていて首も痛めていた。時計をすぐ確認すると深夜すぎぐらいの早朝で次の日になっていた。学校まで行くまでにシャワーを浴びていつものルーティンをする。どんなに何かあろうが日頃からついてる習慣と言うのはやらないと気持ち悪いものなのだ。
豆を粉にしてお湯を沸かす。朝食は自分でも作れるので時間を効率よく使いながら調理もする。ゆで卵を作りサラダも作りヨーグルトにバナナを入れてお終いだ。
食前にモカマタリを飲み朝食を済ませ食後のマンデリン、いつもと同じことをしてると安心するのはいつも平日学校に行ってるのに平日にズル休みした時のあの背徳感と通ずるものを感じる。いつも学校に行ってるのに正当な理由なく行かないと悪いことをしたという反省の気持ちのようなことに僕のルーティンは意味のあるものになっている。
心理学の本を片手にコーヒーを飲む。継助の件いらい、僕は2度と同じことをしないように心理についての勉強もした。どうすれば友好的に継助と野球を続けることができたのか、その答えを探して読み漁る。
しかし案外、心理学というのは分野が2つあるが哲学的なことと人間の五感のメカニズム、気持ちのメカニズムを科学的に調査したものと脳の仕組みなどを纏めたものが主体でどうすれば他人から嫌われないとかそういったテクニックに通ずる説明はなくどちらかというと人が好き嫌いを判断する過程や根底や結果に対しての調査やそれに関するメカニズムを専門用語として説明するなど求めている情報とは少し違うものだ。
人は生まれながらにして白紙で親が教えることで吸収していくなどの事象を専門用語にしてたりだ。相手の心を曝け出すために役に立ちそうな項目は全部読んだ上で確認出来なかった。
僕はコミュニケーション能力を高めるだけなら他の本の方がいいなと思いながら以前に読んだ心の健康管理に関する本のアサーティブコミュニケーションという言葉を思い出していた。美穂の時も自分が結局、傷つきたくなかったから妥協点を見つける努力を怠った。継助もバッテリーではないが継助が野球続けられる妥協点を話し合えばよかった。
話し合えば解決すると思って継助の時はうまくいかなかったけどそれでも僕は信じたかった。本を閉じ今度は小説のボーイミートガールを読む。いろいろ構成はあるが僕は恋愛漫画、小説が好きだ。その中でもスタンダードな男の子が女の子に会って恋に落ちるストーリーが特に好きだ。現実でこんな恋をしたいと何回思ったことだろうか。
ある程度、読み終えたところで時間が迫っていることを確認して学校に向かう準備をする。
「学校着いたらちゃんと謝らないと」。
僕は独り言で今日やることや予定とかを確認して駅に向かう。耳にも入れると忘れていることとか思い出すので結構便利だ。駅で水筒に入ってるコーヒーを飲もうとするが開けた際に他の人にぶつかり水筒を下に置いてたスクールバッグの上に落としてしまう。中身が全てぶちまけられたが幸いにも待合室の中だったので周りの人の服にコーヒーをかけてしまうことはなかったがコーヒーはもうほとんど入ってなくまた水筒をすぐしまう予定だったのでチャックを開けっ放しだったのだが鞄の中にコーヒーが入ってしまう。片づけていた分、時間がかかりなんと乗らないと急行の電車をスムーズに乗り換えできる電車を乗り過ごしてしまった。
仕方がないので僕はコンビニでフェイスタオルを買い中身を拭くことにした。
コーヒーを駅で飲もうとするから失敗したのだ、コーヒーを飲みすぎでは?と思うかもしれないがコーヒー4杯までは許容範囲と思っており水筒のコーヒーはまだ3杯目なので飲みすぎとは自分では思ってないしこれは事故である。
美穂と感想言い合う約束の本を僕は左手に持ち表紙をみる。冒険もの小説だ、冒険のリアルなワクワクを丁寧に描写されているストーリーでゲーム感が一切なく言葉回しも巧だ。中身を重視してあまりジャケット買いはしないのだが表紙の女の子が美穂にどこか似ていたので惹かれて買った、僕にとってははじめてのパッケージを見て買った本である。
今はコーヒーのせいで濡れて茶色に変色してボロボロになってしまっていて表紙の女の子の顔はぐちゃぐちゃになってしまっている。タオルで拭くが力を入れすぎたのか破けてしまった。僕は諦めて他の学校に必要な用具を拭き鞄に直す。
やっとの思いで僕は学校に出席する。
美穂は優等生の部類なので僕が出席するときにはとっくに出席してるはずなのだがこの日に限っては珍しく美穂の姿が見えない。朝練で早く学校に来てる野球部の練習をベランダ越しに眺め時間を潰す。野球部のピッチャーの投げる球を見てやっぱり継助の球は強豪の中学である純一色中学(じゅん いっしき ちゅうがく)のエースの名の通り凄いと思い知らされる。正捕手になるために継助とバッテリー組むために先輩にあーだこーだ言われながらも1年で正捕手もぎ取るぐらいには僕の出来ることはなんでもしたし持ってる全ての力を使った。瞬大中学(またたき だい ちゅうがく)に行くと言っていたのに純一色中学に行くことに決めたとか唐突に志望校を変えたときは焦ったが今ではまあ懐かしい思い出である。
監督はともかく継助はみんなが認めざるを得ないぐらい異次元の存在だった。若くして三冠の称号を得てる将棋のプロもいるが継助なら高校の一番有名な大会を当たり前に優勝し当たり前にメジャーで活躍する、そんな雲の上の存在だった。あまりにも惜しすぎる命を日本は失ったと思う。
僕はドライフルーツを一口食べ自分の席に戻り数学の勉強をする、僕もどちらかと言うと文系で数学と物理が苦手な方だ、化学と物理に関しては全体を把握することはできるし直観的には問題の意図も掴める、摩擦係数、重力加速度などのベクトルとかは公式を覚えなくてもなんとなくで頭の中で組み立てることはできる。絵でイメージができるからだ。絵で直観的に描けるものは理解をできる、この前の世界史を美穂に教えてもらった時も世界地図を使い日本の縄文時代に欧州で起こってたこと、中国で起こっていたことを紙人形を地図上に置いて説明してたが絵でイメージできて覚えられる典型的な例だ。
数学は全て数字でしか書かれてなく関数や連立方程式は具体的に何をしてるのかイメージできなかった。以前に先生に訊いたが数学は真理であるから何故で考えてはいけないと一蹴されてしまったことはある。面積を求めるのと絵でイメージできる証明問題、例えば正四角形の四隅を対角線上に引いた中心の点の角度が45°になる証明をしなさいなら無駄な説明もするかも知れないが絵でイメージできるので出来るが確率とかの証明問題は意味不明である。
僕は数学の問題の苦手な問題を解いた後、英語の単語をストーリーにして覚える。
最近は音声を端末にダウンロードできるのでミニ端末にダウンロードしてる音声も聞く。
輸送されたものを配達 急いて行くが約束守れずに嫌われる 後悔で成り立ってる僕
transport deliver rush commit hate regret consist.
今日の小テスト範囲はここなのでこの単語のストーリーを覚える。
こうして他のことに頭を使うことで気をまぎらわした。
僕は英語の予習も終えて百人一首の本を読む、古文の授業は楽しいかと聞かれると微妙だが音楽は好きで昔の人は旋律ではなく決められた文字数で歌を歌ったのかと感心する。
いつの時代でも歌というのは人の心にあるものだなと深く感動していると偶々、目に99番目の歌が目に留まる。人間関係はなんと複雑なのだろうか 愛おしくもありまた恨めしいものであるという意味の歌みたいだ。
月や恋、時の流れを儚く歌う曲でほぼ埋まっている中で珍しいタイプの歌だった。
「人もおし 人もうらめし あじきなく 世を思う故に もの思う身は」。
おしが愛おしくでうらめしが恨めしい、あじきなくはつまらないで世を思う為にもの思うが悩む、身は自身のことだ。
現代訳するなら人は愛おしく、また恨めしい。つまらない世だと思い私は思い込んでしまうだろう。
現代訳で短歌を作るなら「つまらない 恨めし愛し 人の世 思うがあまり 悩み苦しむ」と僕はする。昔からこうして人間関係に複雑さを感じるのは意外だったと思う、昔なら法律がなかったわけで勝者が正義みたいな世紀末な世を想像しているので気に入らない人は処分できるものだと思ってた。
なんて気を紛らわしているとホームルームのチャイムの予鈴がなる。
美穂はまだ出席してなく風邪かと思うが携帯が壊れているので連絡のつけようがなく待つしかできなかった。なにやら教室がいつにも増して騒がしく重い空気が漂っている。部活を終えたクラスメイトもほとんどが席についていたりお喋りをしている。
すば流も挨拶を僕にしながら前の席に着席して先生が来るのを待っている。すば流は学校の職員室で何やざわついていて様子がおかしかったけど僕は何か知っているか訊いてくるが心当たりはない、心当たりはないが予想ができてしまう。でも予想通りにはなってほしくなくてそんなわけないさと自分に言い聞かせて先生が来るのを自分の席でひたすらに待っていた。
どうしたものかと考えるがどこか僕の心には焦りがあった。焦りを静めるために僕は外の空を眺めるが空は灰色の雲で覆われていて今にも雨が降りそうな模様をしていた。天気予報を確認し忘れた僕は余計に不安な気持ちになる。生徒たちはひそひそ話で話して嘘とか信じられないとか口々に呟いている。
どうやら何か事情を知っている人もでてきたみたいだが怖くて聞くに聞けなかった。
そうこうしていると何やら重苦しい雰囲気で先生が教室に入ってくる。いつもならそこまで明るくはないが暗くもない担任はやけに口を開けたくなさそうなオーラで開口一番にみんなにお知らせすることがあると伝える。いつにもまして真剣な担任の態度に教室中は静まり返っていた。
やがて僕は先生の言っていることが理解できずに頭の中で先生の言葉が回り残響しておさまらない。どうして、なんでと答えのない答えなんて二度と手に入らない疑問を僕はもういない人に問いかける。
もう一度、先生が言った言葉の意味を考える。
その日、美穂は自殺した。
先生は美穂の訃報を坦々と話した。
嘘だ、嘘だと頭の中が負の感情で支配されていて自分の心に歯止めがかけられなくなってくる。
正直、その後の展開は頭が拒否反応を示していてよく覚えてない。夢でも見ているように美穂の葬儀が坦々と進んでいるのを傍観していた。僕は魂が抜けたもぬけの殻のごとく自宅に帰った。僕はそのまま眠り込んだ。
どれくらいの時間が経っただろうか、2日、3日、あるいはそれ以上だろうか。僕は学校を無断欠席していて母親から大量のメールが届いていた。僕はようやくベッドから起き上がり水と白飯を胃の中にかきこむと泣いた。僕は生きている実感がありこんな時でも空腹を感じる自分に負い目を感じていた。学校に行く気はしなかったがこのままではいけない気もして重たい足を引き釣りながら学校に向かう。
どこで選択を謝ったのか、考えるが頭は鈍く働かず何も考えつかない、最初の挨拶の時かカフェデートで飛び出した時か、松田さんの家で将棋をした時か、母親の病院を優先した時か、考えれば考えるほど脳はぐちゃぐちゃになりやがて穴の空いたコップのように思考が空っぽになるまで流れていく。
どうして人間はこうも簡単に自らの意思でその人生、天命を終わらせることができるのか、僕には到底、理解できない行動に怒りや悲しみの感情をぶつけながら自分の愚かさにも嫌気がさして左手で靴箱を思い切り殴った。痛みは全く感じないが青く指が変色してるのはぼんやりと覚えている。
靴箱にはラブレターではない手紙が入っていて何時にどこで待っているという簡潔なメッセージが書かれている。僕は手紙で呼び出されたがそれどころの気分ではなく応じる気はとてもなれずに無視して自分の教室に行きいつも通りに先生を待つ。
すば流は僕の姿を確認できしだい心配したんだぞと言ってくれるが無断欠席をしたためか僕に対する視線がいつもより白く感じるし注目を悪い意味で引いてるような気もした。やがて廊下から獣の雄たけびの如く、なにやら怒りに満ちた叫び声が聞こえてくる。
何事かと思ったが身体が重く動かせないでいるとやがて足音をわざとするように歩いているのだろう、足音が聞こえはじめその音は近くなりとうとう僕の教室の目の前まで響いてくる。
やがて足音は止まったかと思うと今度は教室の扉が勢いよく開かれ威勢のいい轟音が教室中に残響してクラス中が静まり返る。
顔を机に俯かしたままの僕は迷惑な人だなと思いながら顔をあげると机の前に鬼の形相をして僕を睨みつけてる一人の男が突っ立っていた。
2へ続く
色々と疑問に思うことはあるかもしれませんが人間というのはこうも不自然で完ぺきではないものと捉えてます。
後半でサブタイトルの回収や前田さんとの落ち、美穂とどう向き合うか、松田さんとの絡みを描いてます。小説は答えがくるものだと思いますが現実だと答えとは教えてくれないいじわるな世界なので答えのないものにどう答えを持っていくのか、様の成長を見守ってくれたらいいなと思います。
雨や冬が好きな作者からは以上です。