340円【インスタントフィクション#14】
「お会計は840円になります。」
私は、ポケットから財布を取り出し、1000円札を抜き取って店員に渡した。
サービスエリアの屋台の店員といえば、気のいいおじさんのイメージがあったが、
この店員は女性であった。
「おつりが160円になります。
こちらが商品のもつ煮込みとイカ焼きになります。
ありがとうございましたー。」
左手に商品の入ったビニール袋を持ち、右手に160円を握りしめながら車中へと引き返した。
時刻はすでに15時を回っていたが、もつ煮込みとイカ焼きは遅い昼食である。
おつりを財布にしまおうと財布の小銭入れを開いたとき、
ふと小銭を入れる手を留めてしまった。
「160円―。」
誰かと出かけている旅行であれば気にも留めないようなことであったが、
珍しく一人旅をしていて時間にも気持ちにも余裕があったために、何故か引っかかってしまう。
「たこ焼きは400円、焼き鳥は一本100円、もつ煮込みは500円。
なのに、イカ焼きは340円―。」
サービスエリアの屋台、というか、祭りの場合でも
屋台の商品というのは値段がきれいに設定されている。
おそらくおつりを少なくするためであろう。
実際にこの店でもイカ焼き以外の商品はきれいな金額に設定されている。
どうしてイカ焼きは340円なのだろうか。
最も、店としての優先事項はおつりを少なくすることではなく、
利益を上げることであるから、原価の関係から340円になってしまったのかもしれない。
だが、それならば340円ではなく350円のほうが金額がスッキリするのではないか。
何か350円であってはいけない理由があったのだろうか?
仮にイカ焼きが350円であった場合、400円の支払いに対しておつりが50円になる。
もしかすると屋台では50円玉のおつりを嫌うのかもしれない。
いや、そうであったとしても、それは340円の場合でも同じく50円+10円のおつりを渡すことになり、
現に今回もそうであった。
となると、340円に設定したのではなく、340円に設定せざるを得ない状況があったと考えるべきである。
例えば、もとは400円であったが、売れなかったために340円に値下げをした場合。
でも、400円で売れなかったとして340円に値下げするだろうか?
350円から値下げをした?いや、10円値下げしたからと言って売れるようになるとも思えない―。
私は、この人生に対して価値のない悩みを解決するか逡巡した結果、
店員に聞いてみることにした。
一人旅というものは人を狂わせるのかもしれない。
店員は、少し怪訝な顔をしたのちに、
「ちょっとわからないです。すみません。」
と答えた。
答えが得られると期待していたので、肩を落とした私は、
あきらめて真剣にイカ焼きを食うことにした。
そういえば、飲み物がないな、と思い、近くにあった自動販売機で
定番の緑茶を購入しようとした際、ハッとした。
自動販売機に吸い込まれていく160円と、その代わりに生み出された緑茶。
なんとも素晴らしい1000円のランチセットであった。