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小悪魔

子供の姿をした悪魔だから、小悪魔というのだろうか。

小悪魔ワガナオはメリルの隣にひょいと腰かけて、話を始めた。


はるか大昔、今よりうんと凶悪だったワガナオは、神々の力を借りた聖者の手によって、退魔の指輪に封印されてしまった。

弱体化させられたとはいえ、ワガナオを永遠に閉じ込めることはできない。


「500万年なんだよね、俺の禁固期間。500万年もじっとしてるなんて、暇でたまらないからさ、解放を早めるために『時間』を集めることにしたんだ。俺、賢いでしょ」


天真爛漫な笑顔でワガナオが言った。


「その指輪を着けた人間だけが俺を呼び出せるし、俺と契約できる。それを阻止するために、指輪は長らく神殿に奉納されてたんだけどさ。いつの時代にも欲深な人間ってのは争いを起こしたがる。願いを叶える指輪を巡って戦が起こった。で、神殿に大々的に奉納する形式はやめて、そこにはダミーの指輪を置いて、本物はひっそりと人知れず、辺鄙な山奥のほこらに納められた。一応結界とか張って、誰も踏み入れないようにしてたけどね。それも何百年も経てば薄れる。守り人の継承も途絶えたみたいだし」


「それで巡り巡って、……どうして私の手元に?」


「まあ、ご縁があったって事だよ。巡り合わせだね。辺鄙な山奥で俺を拾ったのは君の婚約者……あっ元婚約者か、だったけど彼は指輪を着けなかった。君が着けて、願い事をした」


「私があなたに願い事を? 全く記憶にないの。私は何を願ったの?」


「婚約者の命を救ってほしい、それが君の願いだったよ。俺はちゃんとそれを叶えたよ。だから彼、ピンピンしてるでしょ。良かったね」


「待って。ロイの命を救ったって……ロイは死にそうだったの?」


「うん。ああ、そこから覚えてないんだね。願い事に関することは、願いが叶った後は忘れちゃうからね。彼、俺を拾った山で滑落事故に遭って、重体だったんだよ。病院に担ぎ込まれて緊急手術を受けたけど、五分五分の生存率と言われた。だから君は俺に願った。彼を元気にしてほしいと。5年分の時間と引き換えにね」


5年分の時間と聞いて、メリルははっとした。


「もしかして、だから私には5年分の記憶がないの?」


「うん、そうだよ。正確に言うと、記憶が無いんじゃない。5年っていう時間そのものを俺にくれたんだから、その間の記憶なんてものは最初から存在しない。君は5年分の時間を失っただけだ」


「どういうこと?」


「君が過ごすはずだった、5年間を丸々俺にくれたってことだよ。君以外の人間は5年という月日を過ごしたけど、君は俺と契約した瞬間にそれを失い、次に気付いた瞬間には、もう5年後にいる」


「それって……まさに今がその状態だわ」


「うん、だからそうなんだって。理解してくれた? で、どうする? さっきの願い事。彼のことを全部忘れたいって願い。対価は1ヶ月ね。願い事の程度によって、報酬対価は変わる」


「ロイのことを忘れさせてくれる代わりに、今度は1ヶ月という時間をあなたにあげるってこと?」


「そそ」


「もし願い事を叶えてもらったら、その瞬間私の1ヶ月は失われて、次の瞬間にはもう1ヶ月後の世界にいるってこと? 私以外の人間ーー例えば家族からしたら、私は忽然と姿を消して、1ヶ月後に再び現れるってことになるのかしら? そして私は願い事の記憶をすっかり忘れている、と」


「その通り!」と小悪魔ワガナオは答えた。


何てことだとメリルは愕然とした。

話がその通りなら、謎は全て解けた。

目が覚めたら5年経っていたことも、その間失踪していたことになっていて、何も覚えていないことも。


大怪我をして生死の境をさまよっていたロイドのために、この悪魔と契約を交わしたせいだったのだ。


「ねえ……」とメリルは尋ねた。


「過去に戻してほしいっていう願い事は叶えられる? ロイドが事故に遭って怪我をする前に。山に行かないように注意して、怪我を回避できればいいのよね」


「それは出来ない。最初に言ったでしょ、俺には出来ることと出来ないことがあるって。時間を戻すということは、一番出来ないことだよ。貰った時間を返すことも出来ない。俺は『時間』を集めてるんだ。時間を前に進めることを目的にしてる。過去に巻き戻したり、集めた時間を手放すことは絶対にしない」


きっぱりと断られて、メリルは考え込んだ。


「あなたにあげた『時間』の分、私はその時間を生きていないってことよね。5年経ったけど、私はその5年間を過ごしていない。じゃあ、その分歳を取っていないということ? 本来なら今年25だけど、20歳のまま?」


「だね。歳を取らずに、そのまま5年後にスライドした感じかな。けど別に寿命が伸びた訳じゃないよ。仮に元々の寿命が50年として、俺に10年くれたとしたら、40歳の状態で50歳を迎えて死ぬ。分かるかな?」


「ええ、何となく。でもロイドの命を救ったのは? 寿命を伸ばす行為に当てはまらないの?」


「指輪の持ち主以外の時間は、どちみち奪えないからね。どうとでもしてやるよ。俺は指輪の持ち主から、出来るだけ多くの時間を巻き上げたいんだよ。指輪の持ち主が殺されそうになって、助けてと願えば勿論助けるけど、対価の時間は貰う。一度貰った時間は返さない。過去にも巻き戻さない。分かる?」


「指輪の持ち主って、交代できないの? この指輪外れないんだけど、どうやったら外れるの?」


「死ぬまで外れないよ。それを外したいっていう願い事も、叶えられない願い事の一つだよ。せっかく着けて貰ったんだもの、時間が尽きるまで付き合ってよ」


そう言って悪魔はにっと笑った。



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